出会いは突然に⑤
約束の時計台の前で二人は落ち合う。ちょうど12時を知らせる鐘が鳴った。
「べ、別に」
ふんとあらぬ方向を向くティエリア。だがいつになくかわいいワンピース系の服装に、髪を結い上げてリボンで綺麗にアクセントをつけている。
すれ違う人が、ティエリアの姿を見ては振り返る。どこぞのアイドルか?などという言葉まで聞こえたきた。
「は、早くいきましょう。さっきからじろじろ人が見てきて、不快だ」
それは、ティエリアがもつ容姿ゆえのものなのだろうが。
適当な格好をしていても一目を引くのに、少女らしいティーンズファッションでまとめあげて、少しお洒落をすればアイドルのように見えなくもなく。
服装一つで、こうまで人の雰囲気は変わるものなのかと、ニールは楽しそうに心の中で感嘆した。
「似合ってるよ。その服」
「あ、ありがとう・・・」
もじもじした様子で、小さな声が返ってくる。
ニールはティエリアの手をとって歩きだした。
「ちょ!」
「映画見に行こうぜ。チケットとってあるんだ。もうすぐ始まる」
「な、いきなりか!」
ティエリアの言葉も聞かないで、ニールが誘導していく。
ニールの手をはたいてから、ティエリアはとことことニールの横に並び映画館に向かって歩いていった。そして2時間ばかりのラブストーリーを見終わってカフェに入った。
「うう、グス・・・・」
「なんであなたが泣くんですか」
「だって、パトラッシュが!!」
一体どんな映画を見たんだお前ら。そうつっこみたくなる。
「ううう。パトラッシュ、いい子だったのに!!」
涙をハンカチでふくアイリッシュ系の男性に、店内の視線が集まる。あまりの恥ずかしさに、ティエリアは耳まで真っ赤になっていた。
初めて異性とデートしたのはいいが、なぜ連れの男がデートで、映画を鑑賞してそのストーリーで泣くのだ。普通立場が逆じゃないのか?
「も、もう泣き止んでください。チョコレートパフェおごってあげるから」
「おう・・・チョコレートパフェ2つくださーい」
泣き止んだニールは、アルバイトであろうメイドの人にチョコレートパフェを2つ頼んだ。
「何故2つ・・・」
「無論、ティエリアの分。お金は全部俺が出すって。無理すんなよ」
「う。まぁそういうことなら」
バイトはしていないので、小遣いはあるが無駄遣いできるほどはもっていないティエリア。
それからカフェでチョコレートパフェを食べて、適当に会話しながら公園を散歩して、ティエリアが新作のゲームが見たいとゲーム店に入って出る頃には、もう日が傾きかけていた。
「今日は楽しかった。思ったより」
「それは何よりだ。またデートしようぜ」
「ふん」
あらぬ方角をむいたティエリアの顎に、ニールの長い指が絡まった。
「ん?」
触れるだけの優しいキス。
「な、ななななな!!!」
「ごちそーさん。また明日学校でな。それから俺と付き合うの、真剣に考えといて。俺本気だから」
「な、なななな!ば、万死ーーー!!!」
はははと走り去っていくニールの後を睨みつけて、ティエリアは顔を真っ赤にして震えていた。
ニールに振り回されている自分が、嫌でないのに違和感を覚えつつも、彼と付き合うのもありかと頭のどこかで冷静に考える。
教師と生徒というタブーはあるが、2ヶ月もすればニールは教師ではなくなる。そのあたりはあまり問題はないと思う。
「万死・・・なんだから」
キスされた唇を指でなぞって、夕焼けの紫に染まりゆく空を見上げた。
出会いは本当に突然に。そしてデートまでしてしまった。学校でも毎日のように会話して、一緒にお昼までとっているし、休日には家にまで遊びにくるニール。
「人を好きになれるのかな?」
夕焼け雲を見ながら、ティエリアは寂しそうに呟く。かつて、ティエリアには好きな人がいた。従兄弟で、自分とよく似た容姿をしていた少年だった。幼い頃は将来結婚するんだとまで約束しあった。
「ねぇ、リジェネ。どう思う?」
リジェネという名の、まるで双子の片割れのような少年だった。彼を殺してしまったのはティエリア。交通事故だった。
今から5年前のことだ。それほど昔のことではない。
もう、誰も愛する資格などないのだとずっと決め込んでいた。
刹那やアレルヤのことは好きだけど、友人として家族としてだ。
異性としての恋愛など、もうすることもないだろうと思っていた。
「リジェネ、君は笑うかい。あんな人に、心惹かれていく僕を」
リジェネが優しく微笑み返している気が、した。
出会いは突然に④
今日もまた、何気ない一日がはじまる。
学校につくと、職員室の前でニールとすれ違った。ニールは手を振って名前を呼んできたけど、即効で無視してやった。
昼休みになると、なぜかニールが教室にやってきて弁当箱をティエリアの席の隣で広げ出す。
「何しに来たんですか」
「いや、昼飯くいに」
「職員室で食べたらどうですか?」
「いやー、ティエリアと一緒がいいから」
あけられた弁当箱の中身を、さっと刹那がはしで玉子焼きをかっさらっていく。
「あー、こら!!」
「ふ。俺はガンダムだ」
そういう刹那の弁当箱はOOガンダムがプリントされていた。
「うりゃあ」
刹那の弁当からウィンナーをさらっていくニール。
これで一応講師、まぁ臨時の教師なのだから信じられないとティエリアは思った。
「隙あり!!」
ティエリアの弁当箱から、エビフライをかっさらっていったニール。
ティエリアは無視して弁当を食べ終えると、電子辞書を開いて勉強を始めた。
「もうちょっと昼くらい休憩すればいいんじゃないのか?」
ニールの言葉に、ティエリアは耳をかさない。
電子辞書で出される問題を解いていく。
少し難易度をあげてみると、ちょっと回答までに時間がかかった。
「ふっ」
「ぎゃあああああああ」
ニールが、ティエリアの耳に息をふきかけたのだ。
「あなたという人はあああ!!」
ニールのネクタイを掴みあげる。
「万死に値します!」
頭をべしっとはたいてやった。でも、ニールは嬉しそうだ。
「もっかい、もっかい!!」
「マゾですか、あなたは!?」
「いや、ティエリアだから嬉しいの」
この果てしなくチャラついたようにしか見えない教師は、何を言っているのかティエリアには全く理解不可能だった。
「このチャラ男がああ!!」
「はい、チャラ男ですけど今はティエリア一筋です」
「は?」
「俺と付き合わない?」
手をとられて、キスをされた。
全身にさぶいぼが立った。
「ちゃらいわ!」
べしっとまた頭を叩いてやった。
「うーん。俺真面目なのに」
ニールはちょっと悲しそうだ。
あ、かわいいかも。ティエリアはそう思った。
しょげた大型犬のようだ。
でも、所詮はニール。すぐに方向を変えてくる。
「じゃあ、また今度デートしよ!」
「はぁ?なぜあなたと?」
「だって好きになったんだから仕方ない」
「あなた、教師でしょう?」
「うーんでも講師だし、2ヶ月だけだし」
「ちゃらいわー!万死に値する」
はたから見ていると、ただの漫才にしか見えなかった。でも、刹那はガンダム雑誌を読むのに必死だし。
教室に他に人はいたけど、みんなニールとティエリアのやりとりを聞いて笑っていた。
ニールの言葉が本当だとしても、ティエリアなら誰も嫉妬しない。
それだけティエリアは美しく、勉強もできて完璧に近かった。
クラスの男子の中でダントツで、好きな子NO1。でも性格はかなり男。おまけにいつも刹那がいる。
刹那とティエリアは付き合っているようで付き合っていない。ただの友人だ。
そこにニールという、これまた複雑なのが入り込んできた。
「とりあえず、今週の日曜の12時に、時計台で会おうぜ!」
「誰があなたなんかと!!」
とかいいながら、日曜になるとちょっとだけお洒落をして、11時前には家を出て時計台前にいくティエリアの姿があった。
アレルヤは恋したのかなぁとか思いつつ、ティエリアを見送る。
ちなみに、刹那は今日もティエリアの家に勝手にあがって、ゲームをしていた。
出会いは突然に③
先先と前を歩くティエリアをニールは追いかける。
「待てよ~」
ティエリアは少しだけ振り返って、そして無視して今度は走り出した。全速力で。
「ええ!?」
いきなりそうくるとは思っていなかったが、ここは意地になってニールも走って追いかけてみた。
「はぁはぁ」
「ぜぇぜぇ」
二人は公園のところまでくると、ベンチに座って荒い呼吸を繰り返す。
こんな全速力で走ったのは久しぶりかもしれない。
すぐ隣にあった自動販売機からニールはコーラを2つ買うと、1つをティエリアに渡した。
「ありがとう」
照れながら、ふたをあけて中身を口にする。
朝からなんの水分もとっていなかったので、喉はかわいている。
ほぼ一気に飲み干した。
できればウーロン茶系がよかったのだが、文句はいえない。もらったものなんだから。
「お前さん、俺のこと嫌いか?」
「別に・・・・」
じっと地面を俯いて、それから空を見上げた。
「ならデートでもするか?」
「いいが別に。買いたい服があるんです。ついてきますか?」
おお、誘いに乗った。
あんだけ嫌そうにしてたのに。
こうしてティエリアはニールを伴って買い物に出かけた。
「なぁ。これってデートっていうより」
「正解。ただの荷物もち」
あっちの店に入って新作の服だの、挙句にはゲーム店にはいって新しいゲーム機の購入、本屋に入って文庫本に漫画の新刊、ハードカバーの本とか。
いろいろかったティエリアはすっきりとした気分だった。
いろいろもたされたニールはちょっとどんよりとした気分だった。
「家まできてください。飲み物くらいだしますから」
「あ、うん」
ティエリアの後ろをたくさんの荷物を抱えながら歩く。
それから30分くらいして、ティエリアの家についた。
一戸建ての家だ。くる途中で話したが、親は海外赴任中で大学生の従兄弟と一緒に住んでるらしい。
「おかえり、ティエリア」
「おかえ・・・り?」
「ただいま」
なぜかニールがそう言っていた。
刹那は途中で首を傾げている。
「ティエリアが・・・・男拾って帰ってきた」
「拾ったとかゆうな!これ臨時の英語の講師。町でこえかけられて・・・荷物もちにさせた」
「やっぱりデートじゃなかった」
がっくりとするニールに、アレルヤが中に入るように促してくれた。
中に入って、リビングルームでティエリアが入れたアッサムの紅茶を飲みながら、アレルヤが冷蔵庫を物色している。
「刹那、ケーキ食べた?」
「食べた」
「もう、勝手に食べないでよ。お客様に出そうと思ったらなかった!」
「ケーキに名前を書いておかないほうが悪い」
刹那の思考はいつもずれている。
簡単なクッキーを出されて、ニールもそれを口にする。
なんだろうかこの沈黙は。
「賑やかな家だな」
「別に」
ティエリアは一瞥をくれてやると、また沈黙する。
紅茶を飲む静かな音だけが聞こえる。
「臨時講師、おい、格ゲーはできるか?」
服の袖をひっぱられる。真っ赤な目をしたうさぎみたいだった。刹那は大きな目でニールを見上げると、ティエリアも誘って部屋で格闘ゲームをしはじめた。
「うっしゃ、勝った」
「くそ、負けた!」
街角で出会ったティエリアにデートの誘いをした最終結果が、隣家に住んでる刹那の部屋とされている客室で一緒に格闘ゲーム。
夕暮れになり、そろそろニールは帰る時間になった。
「また遊びにくるよ」
「もうこなくていい」
「遊びにくるならガンダムのガンプラ買ってきてくれ」
「ろくなもてましもできなくてすみません」
ペコリとアレルヤがお辞儀して家の中に戻っていく。刹那は自分の家に戻った。
「その・・・この前は、線路に落ちた時は、たすけて、くれてありがとう」
ニールは少し瞳を和ませるとティエリアの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「な、何をする!」
「いやなぁ。かわいいと思って」
「かわいい?」
ボンと、ティエリアの顔が紅くなる。
「また遊ぼうぜ」
「もうごめんだ!」
まるで台風のような男性だった。
なのに、なんでこんなに胸がかき回されるのか、ティエリアには分からなかった。
出会いは突然に②
「彼女、かわいいね。暇?」
いつものように男に声をかけられる。
無論ティエリアは無視して歩き続ける。
お洒落をしなさいとアレルヤが煩いので、ロングスカートとちょっと歩きにくい服装で出てきたのがダメだった。歩くのに疲れる、この服装は。いつものようにズボンかジーンズにするべきだった。
アレルヤはかわいい服をみると絶対ティエリアに似合うからと、長身のティエリアに似合いそうな服を買ってきてはティエリアにプレゼントしてくれる。
全部、元はアレルヤのバイト代から出ているので拒否するのも悪いし。
こんなことなら、アレルヤか刹那でも連れて一緒にくるんだった。
でもアレルヤは課題があるからと部屋にこもっていたし、いつものように家に遊びにきていた刹那は買ったばかりのプレステ3のソフトに夢中になってプレイしていたし。
元はといえばあのゲームはティエリアのものなんだが、刹那はお構いなしでプレイする。
刹那はもう一人の家族だ。
よく家に泊まるし、ティエリアを異性としてみていない。
ティエリアも性格が男なので、刹那を異性としてみていない。アレルヤのことは少し気になるといえば気になるけど、その程度の問題。
恋とかそんなのどうでもいい。
道ばたに転がった石程度のものとティエリアは思っている。
ああ、早く帰って、刹那と新しくかった格闘ゲームで刹那をこてんぱんに叩きのめしてやろう。それとも二人でプレイのできるアクションRPGでボスでも倒そうか。
刹那がプレイしているRPGのシナシオの続きを、刹那がプレイするとを見ながら漫画を読むのもいいな。
女の子、という意識にかけたティエリア。
遊ぶ友達は男の子ばかり。大抵刹那の友達。女の子の友達もいるけど、会話の内容についていけない。昨日のドラマの俳優がかっこよかったとか、新しいアーティーストの新曲が良かったとか、ファッション雑誌のあの服が良かったとか。
新しく発売されたあの化粧品はいい、携帯で見れるあのイケメンのアイドルのプログ更新されてたよとか。
とにかく、内容についていけないし、面白くない。
一緒に行動してもなんだかかわいい店に連れて行かれるだけで、それを選んでキャアキャアいう彼女たちの心情が理解できないし、理解しようとも思わなかった。
「彼女、かわいいね」
「万死」
一言だけ与えて、ティエリアは道を進んでいく。
喉が乾いた。
どこかカフェかファミリーレストランで休憩しようかな。
「はーい、彼女かわいいね」
「万死」
「彼女一人?」
「万死」
「君、暇?」
「万死」
「あ、俺実はこういう者で」
「万死」
芸能プロダクションからのスカウトだった。
それさえも無視して、ティエリアは信号が赤に変わったので、そこで立ち止まった。
ティエリアの足を止めることができるのは信号くらい。
刹那がよくそういっていたのを思い出した。
「よ、一人?」
「万死」
「そんなつれないこというなよ」
「死ね」
「きっつー」
「なら声をかけるな」
男の顔など見てもいない。
「ティエリアちゃん」
「な」
なぜ名前を知っていると叫ぼうとして、ティエリアは振り返る。
そこにいたのは英語の臨時講師ニール・ディランディだった。
「あなたは街で少女をナンパするのか」
「いや」
「このロリコンめ!」
確か、ニールは24歳だった。
十代の少女をナンパするなら、ロリコンといってもいいかもしれない。
「いや、違うって。買い物の帰りにたまたまティエリアの姿見つけたから」
「そうか。僕はあなたに用はない。さようなら」
「ちょ、まじかよ」
信号が青に変わった。
先さき進んでいくティエリアの後を、ニールが追う。
「ちょっと待てってば!」
「嫌だ」
本当にティエリアは先へと進んでいく。そこで誰かとぶつかってよろけた。
「危ない」
倒れそうになるのを、ニールに腕を掴まれて、なんとか姿勢を直す。
「この手はなんだ」
ニールは急に立ち上がったティエリアの胸に手をあてていた。
「い、いやまじこれは事故!」
手が動く。モミモミ。
「あ、けっこう胸ある」
ピキ。
ティエリアの額に血管が浮く。
「万死に値する!死ね!」
バッチーン!ビターン!
往復ビンタを決めて、ティエリアは去っていった。
「なんつー気の強い・・・往復ビンタされたの初めて、ま、されても仕方ないけど」
ニールはぽかんとしてから、それから去っていくティエリアの後を追うために走り出した。
出会いは突然に①
「列車が参ります、白い線の内側までお下がり下さい」
ティエリアは、英語の勉強をするために、英語の電子辞書ノートに英語で出題された問題をタブペンで答えを書いていく。
ぼーっとしていた。
うかつだったといえばうかつだった。
今日も電車は満員だろう。
トン。
「え?」
誰かの手がぶつかって、ティエリアは気づくと線路の上に落ちていた。この駅に止まるはずの列車がだんだん近づいてくる。全身が恐怖で震えて動かなかった。
「大変だ、女の子が落ちたぞ!」
「大変だ!」
「誰か救出を!」
その声だけが大きく響いた。
「きゃあああああああ!」
誰かの耳を劈かんばかりの悲鳴。
ティエリアは目を見開いた。
あ、こんなところで死ぬのか。人生意外とあっけなかったなぁ。学力テストのために、駅で勉強なんてしなければ良かった。
そんな考えが脳裏に過ぎり、頭に両親のことや友人のこと、今までのことが思い浮かんでは消えていく。
ああ、これが走馬灯というやつか。
そんなことを冷静に考えていた。
ガタンガタン。
列車は急ブレーキをかけて止まった。
「何やってんだ!死ぬ気か!」
気づくとティエリアは、スーツ姿の男性に駅のプラットホームの、ちょうど電車とコンクリの間の空間。僅かばかりの空間に押し込まれていた。
「あ」
今になってがたがたと全身が恐怖で震え、涙が零れた。
「ひっく、ひっく、ああ・・・」
「参ったな」
男性にしがみついて、ティエリアは泣き続けた。こんな恐怖を感じたのは生まれて初めてだ。
こうしてティエリアは救助された。翌日の新聞にも載った事件。
ティエリアを助けてくれた男性は、何も言わずに駅の、ティエリアを心配して集まった人ごみに紛れていなくなってしまった。
ティエリアは念のためにと救急車で運ばれ、一日だけ精神が不安定になりすぎているために安静をとるように入院措置がとられ、次の日には無事に帰った。
「ただいま・・・」
「おかえり。心配したよ」
居候の従兄弟のアレルヤと、隣に住む刹那が家に来ていた。
「大丈夫か、ティエリア?」
「あ、うん・・・・」
刹那に抱き締められて、ティエリアは安堵のため息をもらす。
「勉強のしすぎじゃないのか」
「そんなことないよ」
刹那とは幼馴染で、男女の垣根さえこえた親友だ。
「今夕ご飯つくるから。刹那も食べてく?」
「ああ」
ティエリアの両親は海外赴任している。
ティエリアは現在高校2年生の17歳。隣の刹那も同じ高校に通う2年生だ。刹那はまだ16歳。
アレルヤは20歳で、大学生。
両親は一人暮らしになるティエリアが心配のあまり、従兄弟に頼んで面倒をみてもらうようになって、アレルヤとの生活が始まった。
そこに、いつものように隣家の刹那が混じって、3人はまるで本当の兄弟のように仲が良かった。
「名前、聞き忘れた」
「助けてくれた人?」
「そう。お礼したいのに」
「スーツ姿だった。多分アレルヤより年上」
「ふーん。でも同じ駅を利用してるなら、また会えるかもよ?」
「そうだね」
次の日、大学が休みのアレルヤに見送られて、刹那とティエリアは一緒に登校した。
駅で助けてくれた男性を探すが、それらしい人はいなかった。
やがて学校につくと、みんな心配して近寄ってきてくれた。普段は口を聞かないようなクラスメイトまでも。
「ありがとう、みんな」
「ホームルームを始めます。それから、交通事故で入院してしまったイオリア臨時講師のかわりに、新しい臨時講師の先生がきています」
みんなざわつく。
イオリア先生といえば、もう老年なのに、でもまだまだ元気いっぱいのおじいさんだった。みんなにも好かれていた。
ガラリと入ってきた臨時教師に、ティエリアは立ち上がって叫んだ。
「昨日の人!!」
「あー!昨日の自殺少女!」
二人に視線が注目する。
「なになに、知り合いなの?やだ、講師の先生かっこいい!」
アイリッシュ系の白人の男性だった。
「誰が自殺少女だ!たまたま誰かの手にあたって線路に落ちただけだ!」
ティエリアはまくしたてる。
「はいはい、ティエリアさん、講師の先生とお話がしたいなら後でね」
ティエリアは担任に注意されて真っ赤になって席に座る。
「えーと、俺はニール・ディランディ。交通事故で足をぽっきりいってしまったイオリア先生のかわりに1ヶ月だけこの学園で英語を教えることになった臨時講師だ。よろしくな!自殺少女もよろしくな!」
明るく挨拶する。
今思えば、出会いの仕方としては、最悪な部類だったかもしれない。
誰が自殺少女だ。
ティエリアの美貌は高校内でも有名だが、告白してくる男子はあまりいない。いつも側に刹那がいるせいだ。
アレルヤから、ティエリアに変な虫はつかないようにと刹那は言われていたので、高校でも親友としていつもティエリアの側にいたし、教室移動も一緒だ。クラスメイトは二人が付き合っていると思っているらしい。
だけど、刹那には隣クラスのフェルトという学級委員長のことが好きだし、刹那ははっきりいって、男女な性格のティエリアのことなど女としてみていないだろう。
二人はティエリアの家で、高校2年なのに同じ部屋で泊まることがあるくらい仲よしだった。二人は男友達のような関係だ。
そもそもティエリアは、自分が少女であるという意識も薄い。両親は男の子を望み、生まれてきたのはティエリアただ一人。小学校まで男の子として育てられた。
紫の髪にガーネットの瞳の美少女は、外見とは裏腹にツンデレで、性格もきつめだった。
英語の授業が終わると、ニール講師をとりまく女生徒たちからニールを奪いとり、その手をむんずと掴むと屋上までつれてくる。
「なんだ、愛の告白か?」
「助けてくれたことには礼をいいます。ありがとうございます。お陰で助かりました」
清楚な少女がそこにはいた。
「いやいや。気をつけろよ?こんなに美人でかわいいんだから」
頬に触れてくる手を、うるさそうにティエリアははたき下ろした。
「あれ?」
ニールは、いつも女生徒に囲まれキャーキャー騒がれるのが当たり前と思っていた。女子高生とつきあったことも何度かある。
ティエリアは息を吸い込んで。
「誰が自殺少女だ!万死に値する。死んでこい」
それだけいうと、教室に戻っていった。
「え?万死?俺をこんなにこきおろすとは・・・面白い子だなぁ」
最悪な印象を刻んでやろうと思ったのに、ティエリアの思いとは裏腹に、ニールはティエリアに興味を抱いてしまったのであった。
寝ぼけてます
ロックオンは、備え付けのバスルームの浴槽に湯をはって、そこに草津の湯の元をいれて、頭にタオルを乗せて上機嫌で歌っていた。
ティエリアと、同じ室内で生活しだして数か月。
もう、ちょっとやそっとのことでは動じなくなったロックオン。
それでもお風呂はたいてい別々だし、こうして一人でのんびり湯に浸かるのは気持ちよくてほろ酔い気分に似た心情になる。
小さい湯船にあひるなど浮かべて、他のマイスターが見たら「お前本当に24歳か?」とか甚だ疑問を浮かべそうな光景ではあったが、もともとこのあひるはティエリアのために買ったものだ。ティエリアはお気にめさなかったらしく。
「子供ではありません!」
と、ジャボテンダーでロックオンをしばいて、怒ってたそうな。
「ああ~~富士山の雪化粧~~~」
どこのかも分からない演歌をのりのりで歌っていたけれど、次の瞬間ロックオンは湯船の中に沈んでいた。がらっと浴槽の戸が開かれたかと思うと、まっぱのティエリアが入ってきて、いつものジャボテンダーをロックオンに向けて投げたのだ。
水分を吸って重くなったジャボテンダーの重量に、ロックオンは湯を飲む羽目になった。
あまりにも唐突すぎて、目が真ん丸になったロックオン。
「ティエリア?」
ティエリアは無言でシャワーを浴びだす。ロックオンなんてほんとに眼中にないってかんじで。
「おい、ティエリア?」
湯気で蒸気した真っ白な肌はほんのりピンク色に染まっていて、幼いティエリアの裸体を何度も見てきたというのに、どくんと心臓が高鳴った。
とうのティエリアは、シャンプーで頭を洗っている。
それを流して、体も洗い終わってから、堂々とロックオンの前に立って首をひねった。ちなみに、すっぱだかです、はい。
「なんですか?僕がシャワーを浴びるのに何か問題でも?」
「いや、恋人同士とはいえ、一応別々に風呂入るのが普通だし、なんていうかさ、せめてバスタオル巻いてくんねぇ?」
「どうして?風呂場では裸が普通なのでしょう?裸のどこがいけないのですか」
「いや、目の毒っていうかなんていうか、目のやり場に困るから」
ロックオンは視線を泳がせている。この幼い肢体を、時には彼が泣いて懇願するまで愛撫したことも数えきれない。平らな胸に、何もない下肢。それなのに腰はくびれ、細い手足に目がいってしまう。細い肢体をしているが、決して貧弱なものではない。中性がもつ独特のラインを描いていて、似ているとすれば思春期を迎える前の少女のようなかんじだろうか。
未熟すぎる体であるのは、ロックオンとて知っている。そして、彼の体が決して成熟しないことも。男でも女でも、ましてインターセクシャルでもないのだ。
「ティエリア、あのさ・・・・」
ロックオンの言葉は、途中で途切れた。紅をぬったようにあかいティエリアの唇に塞がれて、それに応えようとすると、ティエリアはシャワーの湯をロックオンの顔にかける。
「さからないでくださいね」
「お前から煽ったんだろうが」
もう一度、キスをするようなしぐさを見せて、微笑する。
「おあずけ」
くすっという笑みの小さな音が、まるで小悪魔のようで。彼は、ロックオンの頭のタオルを手にとってから、水分をしぼって、それで髪をまとめてから浴室から出て行ってしまった。
ちなみに、ジャボテンダーさんは風呂に残されたままだ。
「あーくそ。あとで絶対なかしてやる」
一人残されたロックオンは、湯の中にまた沈んでぶくぶくと泡をたてる。
そんなことがあって、ロックオンが風呂からあがり、夜になってからの話なのだが。
「はぁ?僕が煽った?あなたの入ってた風呂に入ってシャワーを目の前で浴びて、淫靡にキスして微笑んだ?ばかですかあなたは。脳みそ沸騰しましたか?」
ティエリアにさんざんこきおろされて、ロックオンはジャボテンダーが揺れる室内(ジャボテンダーを室内で干している)で、あんぐりと口があいたまま閉じることができないでいた。
「バカなこと言わないでください。僕はそんなことしていません。シャワーは浴びましたけど、何もしてません。ふーんだ」
子供のようにすねて、そのままベッドを占領されて先に寝られてしまった。
「・・・・・・・はい、寝ぼけてたわけね」
がっくりと、肩を落とす。
ティエリアは昨日完徹で、今日の朝から夕方にかけて惰眠をむさぼり続けていた。彼は低血圧で、なかなか起きてくれない。
一度おきても、歯を磨いたまま寝たりする。そんなティエリアは、寝ぼけた覚醒しきらない状態のまま、ただシャワーを浴びにきたのだろう。自分がおこした行動なんて覚えているわけがない。
歯を磨いたまま寝ていた時だって、注意して完全に覚醒した後に、歯を磨いたまま寝ていたと教えると、「そんなことするはずがない」と一蹴する始末だ。
まぁ、そこもティエリアのかわいいところなのだけれど。
この人ではない、イノベイドの恋人は本当に変わっている。ロックオンは苦笑しつつ、ティエリアが風邪をひかないように毛布と布団をきちんとかぶせて、空いている空間に自分も横になって、眠るのであった。
「愛してるよ。おやすみ」
深い眠りに入ってしまったティエリアの額にキスをして、その紫紺の肩まである髪を手ですいてから、消灯を消すと、室内は静寂に包まれて、そのままトレミーは今日も宇宙を静かに漂うのだった。
もきゅ!
ティエリアは紫紺の髪をサラサラと空気に流して、愛しのジャボテンダーさんを思い切り振り上げて、ロックオンに振り落ろしたかと思うと、今度はジャボテンダーでまるでバットのように空気を切った。
ガスっと最初に鈍い音が響いたかと思うと、次はすごい悲鳴が室内にこだます。
「ぎゃああああああ(>'A`)>ア゙ー!!」
床に倒れて、身悶えているロックオンは床を手でたたいて、もう片方の手で急所をおさえていた。
普通のぬいぐるみやら抱き枕のジャボテンダーならいいが、このジャボテンダー、中身に鉛が入っていた。そんな重い物をよくティエリアが振り上げることができるものだと普通は感心するのだが、頭の部分にだけ鉛が入って強化されているので、頭部以外はさして重くはない。
ティエリアにだって振り回して遊ぶことができる。
いつもの愛しいジャボテンダーとはまた違う、運動用の(どんなだ)ジャボテンダーである。
地上が嫌いな上に、訓練は受けれども他のマイスター、特にアレルヤのように身体を動かすことをあまり好まないティエリアのために、ロックオンが運動不足解消にとお手製で作った、いわば遊び道具なのであるが。
ぶんぶん振り回していれば、それで筋肉が動いて運動不足の解消となる。
それが、めりこんだ。
どこにって、ロックオンの急所、股間に。
そりゃ男だから痛いったらありゃしない。
その痛みを言葉に表すならまさしく(>'A`)>ア゙ー!!ってかんじだろう。
「ロックオン?ピクピクしてますね。大丈夫ですか?」
つんつんと、ティエリアが指でロックオンをつつくが、ロックオンは痛みのあまりに意識が遠のきかけていた。ジャボテンダーで股間を殴られて、気絶とかまじでありえないぜと胸中で悲鳴をあげる。
この痛みがティエリアにわかるのならと思うけれど、男でも女でもない中性のティエリアが分かるはずもなくて。
「踏んでいいですか?」
問いかける前に、すでに倒れたロックオンを踏んでいたティエリア。むぎゅむぎゅとその引き締まったロックオンの筋肉を踏む感触が心地よいらしい。ちなみに裸足である。
垣間見えるだけなら、ティエリアがロックオンの体を足でもみほぐしているようにも見えるけど、ただの興味本位で踏んでるだけときた。
「ぎぶ・・・・」
「ギブ&テイクですね?もう一発ほしいってことですね?」
これのどこがギブ&テイクだと、そこに刹那がいれば必ずつっこんだことだろう。アレルヤでもつっこみそうだ。
ティエリアは爽やかに、運動解消用のジャボテンダーでなんとか立ち上がりかけていたロックオンの股間をもう一回強打した。
「もきゅ!」
変な声が口からとびでる。そして、ロックオンはまさに音にするならバターン!と爽快な音を立てて床に沈んだ。白目をむいている。いつもの甘いマスクもこれでは台無しであるが、愛という名のスクリーンがかかっているティエリアには、いつものかっこいいロックオンが眠っているようにしか見えなかった。
ほんと、愛って恐ろしい。
翌日、ロックオンの部屋には「運動用のジャボテンダーで急所強打禁止」と二人以外が見たら、爆笑しそうな張り紙がされていましたとさ。
明けの明星
時間など、もはや無意味であるように思えた。
あれから何日経ったのかも、もう感覚さえ麻痺して分からなくなってきた。
ただ続くのは暗い宇宙と瞬く星の光。何百万光年と離れた星の光さえ、今はただの情報の数値だ。
仲間によって流された、自分の棺を見下ろす。
真っ白に塗装されて、信じてもいない宗教の十字架が中央に刻まれ、棺の背中の部分には、ティエリア自身が肩甲骨に持っていたGN粒子の輝きをもつ翼の刻印のようなものが刻まれていた。
意識を広げると、宇宙と混ざり合って、彼は背中に翼をはやした。翼の数は12枚。かつて天にこの人ありと謳われたあの有名な堕天使のようだと、真っ白な顔に自嘲的な笑みを刻む。身体は半分透けている。
ヴェーダとの融合を強制解除して、半身をヴェーダに残して、そして勝手に抜け出した。
そして、棺の中の、もう動くことはない器と一緒に宇宙を遊泳する。
ただ、ティエリアが最も愛した彼に出会いたくて――。
何か月探し続けただろうか。
もう自分の棺はどこかに流れていってしまった。あの器にはもう興味もないし、使うこともできないから、宇宙に流してくれた仲間に感謝をしつつも、彼は探し続けた。
また時間が経っていく。
飽きることもないような、宇宙の同じ景色が視界に飛び込んでくる。暗くて、そして星はまぶしい。ただ光と闇がある、静寂の世界。
地球と月の間はもう何往復もしたというのに、その先のまだ見たこともない暗闇の果てで、やっと見つけた。
「こんなところに・・・・寒かったでしょう」
暗闇の果ての、その狭間にある深淵で、彼は翼をはためかせてそっと、愛しい人の残骸を包み込んだ。
乾いた血が凍ったまま、額にこびりついていた。ヘルメットの中の顔は、今でも生きているように見えた。凍りついた肉体を包むパイロットスーツは、いつも見慣れた彼が着ているものだった。
閉じられた、エメラルドの瞳は隻眼で、ティエリアを庇って失った右目には黒い眼帯が痛々しそうに装着されたままだ。そのもう開かぬ手が、右手は何かを求めるように伸ばされているのを見て、涙があふれてきた。
きっと、この右手で地球に向かって手を伸ばしたのだろう。
生きたいと、彼は願ったのだろうか。
でも、そうであってほしいとティエリアは思った。
「ロックオン・・・・・」
愛しい人が生きていた、その器。魂を失った今となっては、ただの肉の塊であるけれど、それでもよかった。
ヘルメットの上から、ロックオンの凍った唇にキスをした。
涙がとまらなくて、それは光の泡となって宇宙の深淵に飲まれていく。
「やっと・・・・・見つけた。ロックオン。もう、放さない。このまま、永遠にここで眠ろう?」
ヴェーダには、必要な分の「ティエリア」という情報もイノベイドとしての意識体も残してきた。ここにいるティエリアは、ティエリアの欠片。
人として生きてきた、そのすべてできているのかもしれない。
「眠ろう・・・・・一緒に・・・・・」
ロックオンの遺体を暖かく抱擁しながら、そっとティエリアも目を閉じる。たくさんの思い出があふれてくる。人として生きた期間は短かったけれど、それでも後悔だけはしていない。
ロックオンを愛せて、愛されて本当によかったと思う。それが醜い感情でも、ロックオンにここまで固執するなんて、それが妄執でもなんでもいい。
ただ、会いたかった。もう一度だけ。
だから、眠ろう。
あなたと一緒に。
この明けの明星が見えるこの場所で。
ぎゅっと、ロックオンに抱き着いて力をこめると、その頭を撫でられるような感触を覚えた。
「ああ。やっぱり、あなたは・・・・・だから、大好きなんです」
にこりと、ティエリアは微笑んで、涙をこぼして、そしてロックオンの遺体と一緒に、まるで人魚姫のように光の泡となり、光の渦となってこの世界から消えてしまった。
眠ろうか。
一緒に。
いつか、またこの世界を生きるのもいいね。
柔らかなウェーブを描く髪に首筋をくすぐられて、光の泡沫となっていくティエリアは涙を流すのをやめた。
眠ろうか。
一緒に。
いつか、またこの世界をいきるのもいいな。
隻眼のエメラルドが、柘榴色の紅い瞳をのぞきこんでくる。愛している。そう唇が、音にならない音を刻む。ティエリアは、彼と深く唇を重ねて、そして人として存在していたそのティエリアは完全に愛しい人の魂と一緒に消えてなくなった。
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・。よかったね、ティエリア。人としての・・・・・」
ヴェーダの中で眠るティエリアはふと目覚めた。切り離した人としてのティエリアが、ロックオンの魂を見つけて一緒に逝ってしまったことに、安堵した。柘榴色を通りこして、刹那のような鮮血の真紅になった瞳を瞬かせて、残された悲しみをかみしめるわけでもなく、ヴェーダの中をたゆたうように、その情報を処理しつつ、移動する。
「僕も、愛しているから、ロックオン。イノベイドの僕もね」
刹那に向けけて、暗号で示した文章をおくった。先日刹那がヴェーダにアクセスし、ティエリアとコンタクトをとったのだ。
刹那も何か気づいているらしかった。
応答するティエリアが、あまりにイノベイドらしく、皆で仲良くやっていた頃の彼とは少し違うことに。
イノベイドとしてのティエリアは、またヴェーダの中で眠りについた。寂しくはない。
ロックオンとの思い出があるし、大丈夫。
一人ではないから。
そう、刹那もいる。
皆がいる。
ロックオンの心も、ともにいてくれる。
だから、安心して眠ろう。僕も。
おやすみなさい ロックオン
イノベイドでもある僕さえも、愛した人よ。
聖なる棺
頬に触れると、彼独特の、少し低めの体温を感じられる、そんな気がした。
刹那は彼に触れてみた。
そっと、そっと壊れ物を扱うかのように。
恐る恐る手を伸ばして、頬に触れてその冷たすぎる体温を確かめてから、静かに名を呼んでみる。
「ティエリア。もう、目をあけて俺を見ることはないのか」
すでに死を迎えてしまった彼の身体は、もう器としては意味をなさない。
魂のない器など、ただの肉の塊なんだから。
でも、彼の器は生きている頃となんら変わらりないくらいに壮絶なまでに美しかった。普通は女性に施すものなのだが、唇の変色を分からないように、紅いべにをさされていて、本当に眠り姫みたいで。
薄く化粧を施された彼は、茨の森の眠り姫のようで。
でも、彼が呼吸をすることもないし、鼓動を打つこともないし、刹那と対になるような柘榴色の瞳を開けることはもう永遠にこないだろう。
ティエリア・アーデは死去した。
リボンズ・アルマークに撃たれて。ヴェーダの内部においておくしかなかったその遺体を回収できたのは、全てが終わった後だった。
「今までありがとう。俺の親友にして、愛した人・・・・・」
刹那は聖なる棺に入れられたティエリアの冷たい唇に指で触れたあと、そっと唇を重ねた。
氷みたいに冷たい温度に、少し泣きそうになった。
地上から取り寄せられたたくさんの花たちに飾られて、ティエリアは花に埋もれて、そのまま生き残ったCBのメンバーがお別れの言葉を順々に放ち、別れを惜しみ、泣きじゃくり、そしてそっと棺の蓋が閉じられた。
刹那は知っている。ティエリアがヴェーダに意識体を宿らせているのを。けれど、彼は人としては死んでしまったのだ。イノベイドとしての存在になり、もう会うこともないのかもしれない。
刹那が強く望み、ヴェーダにアクセスを試みているが、未だに反応はない。
「さようなら・・・・・」
比翼の鳥であった、友であり愛しかった恋人よ。
さようなら。
「宇宙へ・・・・流してくれ」
ハッチがあけられて、聖なるその棺は、地上嫌いな彼を地球に葬ることなしに、ティエリアの最愛の人が眠る宇宙に流されていった。
その白い棺が見えなくなるまで、皆ガラスにはりついて泣いていた。
「きっと、届くよ。お前の意思は」
それは、ティエリアの遺言のようなもの。何かあって命を落とすことがあったらなら、宇宙に遺体を流してほしいというもの。本当は灰にしてばらまいてほしかったらしいのだが、彼のあの美しい身体を灰にすることなど、刹那だけでなくCBの誰もができなかった。
焼いてしまえば、本当に永遠に、ヴェーダに宿っているはずの彼まで消えてしまう気がした。
(ありがとう。刹那、いつかまた何処かで。僕はロックオンを探す)
ふっと、脳量子波でそう語りかけられて、刹那は涙を流しそうになっていた真紅の瞳を見開いた後、小さく微笑んだ。
「そうだな。また何処かで会おう」
永遠の別れではない。
人としての離別なのだ。
彼も刹那もイノベイターとなった種。人を超越してしまった存在。
比翼の鳥は、片方の翼を失った。しかし、ヴェーダとなったもう片方の翼が、いつまでも刹那を支え続けていくことだろう。
だから、彼は眠らせてあげよう。
ロックオン・ストラトスを愛し、人間になり、恋人同士となってロックオンを失い、そして刹那との邂逅の後、人を愛するということをやめれなかった彼。
刹那を愛し、未来を背負い、人という全てをまで愛した彼を。
もう、眠らせてあげよう。
今はただ、安らかに眠れ。
愛しい愛しい、眠り姫よ。
人として愛した最愛の人と一緒に、この深淵なる宇宙で眠れ。
さようなら。そしてありがとう。
「さようなら。ありがとう。またどこかで・・・・」
刹那は制服のジャケットを着なおすと、まだ見送りを続ける皆を残して踵を返すのだった。
未来は、まだ続いてるのだから・・・・・・。
あれ?
肝心のOOテキストのログがUPされてない状態に・・・。
パソコンぶっこわしまして、新しいパソになりました。
むろんバックアップをとっていなかったのでサーバーにしかファイルはないわけで。
まぁログはここにUPしたのをテキストにしてるので、また時間かかるけど作業しなおせばいいのですから。
まったりいきましょう。
おおおお
言葉が足らなさスギナところがいっぱいある。
削除したい。
改稿したいけどする気力もおきない。
読んでいるうちにその流れになれてもうこれで理解していく自分が怖い。
ラブファントムとかすきなんですけどね。でも場面が急展開すぎるのが長編のだめなとこ。
でもちゃんとした小説らしく文章がかけて綺麗にうてたら、きっともっと長くていい作品になるのだろうけど。
まぁ過去の恥をさらしつづけてきたので、今更ですかね。
唄をいれるとかもう今みたらたえられないくらいはずい!変すぎる!
誤字脱字の多さに笑いがもれる。
もーーーいやーーー(●≧艸≦)゛
しかし、新しい小説うちだしますぞ・・・。
小説ってか半分ポエムにちかいね、うちの作品。
獣のように(3期)
************************************************
獣のような目をしていると、思った。照明がほとんど落とされた部屋の中、ベッドライトに仄かに浮かび上がるエメラルド色の瞳は燃えるような色をしている。
本当に、獲物を狙う肉食獣のような目だ。
残酷なのに、恍惚となるほとに綺麗だった。
「刹那・・・・・見ないで・・・・」
コンピューターの回線は、刹那とコンタクトをとって繋がったままだ。会話の途中だった。突然、照明の電源をオフにして、黙っていたロックオンが覆いかぶさるようにティエリアにキスをした。薄暗い闇の中にコンピューターの画面が、明るすぎて眩しい。
愛しているよと囁かれた途中に、刹那から回線が入って放置したのが、ロックオンの癪に触ったらしい。珍しいが、彼だってやきもちくらいやくし、嫉妬もするし、すねることだってある。
刹那のコンピューターからは、きっとこちら側の画面なんて薄暗いだけで何もみえないかもしれないけど、音は絶対に届いてる。
「ロックされている。切れない。そっちから切ってくれないか。邪魔して悪かった―――」
「いや、いいんだ・・・・ロックオン、やめて!」
悲鳴に似た響きだった。
乱暴気味な彼に、少しだけ恐怖さえ感じた。
「やめて、やめて、やめ・・・・・・んう」
「ティエリア、その、回線を」
向こう側の刹那は、言葉がせっぱつまっていた。
とうのティエリアは、ロックオンに唇を深く重ねられて、言葉を飲み込むしかない。
刹那が見ているのに。刹那が聞いているのに。
でも、ロックオンが大好きで、愛しているから。乱暴な行為でも簡単に受け入れようとする自分の反応が、でも嫌で。
流された唾液を飲み込んで、唇をなめる相手の舌に柔らかくかみついて吸い上げる。口腔を好きなように犯されていると、膝から力が抜けていくのが分かる。
飲み込みきれない唾液が、顎を伝って銀色に光っていた。
壁に押し付けられて、膝を割られて、服の上から押すように、ぐっとそこを刺激されてビクリと体が反応する。
「あう!」
「敏感なんだ。こういうのけっこう好き?」
「ロックオ・・・・・ああああ!」
名前を呼ぶ声は、最後まで呼ぶことができなかった。早急に、愛撫もなしではいていたズボンを下着ごと脱がされて、そのまま一気に貫かれて最奥を抉られる。その反動に、悲鳴が漏れた。
刹那に、絶対に聞かれている。でも、止められない。
「あ、あ!!」
ひくんと、体が痙攣する。
背骨がじんと痺れる感覚がする。
グリっと、奥を貫かれると、頭が真っ白になって何も考えられなくなっていく。
必死でロックオンの背中にしがみつく。
ロックオンは、細いティエリアの右足を限界まで担ぎ上げて、壁に押し付けたまま行為を再開する。
「刹那、見ないで・・・・んぅ、あ、あ、あ」
ガクガクと、揺さぶられるたびに紫紺の髪が薄暗い部屋の宙を舞う。
こねるように内部を擦り上げられて、涙が零れた。
「あうう・・・・」
服を鎖骨の上まであげられて、平らな胸をなで上げられ、胸の先端にきつくかまれると、じんとした痛みが全身を這う。
ぐちゅぐちゅと、結合部から、水音が耳を打った。
「あ!」
びくんと、ティエリアの背がしなった。中で、出されたのが分かる。熱いものが体の奥に弾けた瞬間、ティエリアはロックオンの手に噛み付いた。抜かれていく感覚に、全身が反応する。
「だめ。もっと・・・・抜かないで・・・・」
浅ましい。
飢えていたのは自分だ。
抜かれようとするのをきつく締めて、押し留める。
眩しかったコンピューターの画面が、自動的にシャットアウトされた。刹那側が、コンピューターの電源を落としたのだろう。
絶対に聞かれた。でも、後悔よりも今はロックオンを貪りつくしたい。
「ティエリア・・・・好きだ」
「僕、も・・・・」
舌を絡み合わせて、淫らに戯れあう。
一度抜かれると、お互いの体液が混じったものがティエリアの白い太ももを伝う。
グププププ、ヌププと音をたてて、肉を掻き分けてまた熱いものに貫かれた。内臓全体が押し上げられているような錯覚を覚える。
少女でも少年でもないティエリアのそこは、器官としては未発達で。
中性という性をもたないということにされてはいるが、未熟すぎる少女に似ていて。胸などなく、平らだ。時期によっては僅かなふくらみが出るときもあるが、そんな時はいつもベストを着ていた。
自分は少年なんだと、言い聞かせて。
でも、男に犯されるなんて。それが心地いいなんて。死んでもいえない。
相手がロックオンだから、感じることができるのだ。これが他の男なら、悲鳴をあげて泣き喚くしかないし、体も反応しないだろう。
「あ、あ・・・・・」
言葉になるのは、ただの喘ぎ。
パラパラと視界を泳ぐ、自分の紫紺の髪。
ロックオンの体温と、律動。
平らな胸を弄る指が、しつこく先端を嬲ってくる。未熟なそこもいいように嬲られて、犯されて、抉られる。
ぐちっと、音がしたかと思うと、ロックオンが最奥まで貫いてきた。
「はう!」
視界がスパークする。
少年のように性を出すことでいくことのできぬその体は、女のように、あるいは男娼のように犯されることでいくことを覚えた。
指先が痙攣を起こし、熱くなった息がさらに乱れる。
壁に強く押し付けられて、しなる背が痛かった。
「ひあっ」
終わりだと思ったのに、まだ律動は終わらなかった。
角度をかえて、ティエリアを壁のほうに向かせると、後ろから抉られて肉を擦られて、また頭が真っ白になって、体が震えだす。指先が痙攣して、背が弓なりにしなったあと、ティエリアは今度はロックオンの肩に噛み付いた。それに、ロックオンが苦笑する。
「ごめん、乱暴にしちまって。もう終わるから」
「あ、あ!だめ、中で、中で出して・・・・」
肩越しに後ろを振り返って、ロックオンにキスを強請る。ロックオンは優しくそれに答えてくれる。
「んむ・・・んん・・・・」
舌を絡ませあって、後ろから強く抱きつかれて、ティエリアは強くロックオンを締め付けながら、最奥にまた白濁の体液が叩きつけられるのを感じて、目を閉じた。
満たされる。
幸せな気分になれる。不思議だ。
求められることが、こんなに心地いいなんて。
こんな浅ましい行為で、快感を覚えて、それに満足するなんて。
「イった?」
「ん・・・・イった。2回くらい。ごめんなさい」
「謝るなよ。俺だけなんてずるいだろ」
頬を撫でるロックオンのウェーブのかかった茶色の髪がくすぐったかった。点されたままのベッドライドにぼんやりと浮かび上がる、ロックオンのエメラルドの瞳は本当に宝石のように綺麗で。
石榴色のティエリアの瞳のほうが綺麗だと、何度も言われたけれど。陶酔するようにその瞳をのぞきこんでいると、また舌を絡めあったキスをされた。
「ベッドにいく?それともシャワー?」
足元でもつるように抜き散らかしたままの服を、足で蹴って適当にかき集めてから、ロックオンは甘い声をティエリアの耳元で出した。
そして頭を撫でてくるロックオンの手に、手を重ねてティエリアは微笑む。
「あなたのお好きなように」
その頃、刹那は、かつては恋人であったティエリアの熱を含んだ声悲鳴が、どんどん啼く声にかわっていくのに、コンピューターを電源ごと落として正解だと思った。
「人前で盛るバカップルめが・・・・」
盛大な溜息をつきながら、プログラミングの最中に通信を行い、そのデータをセーブしていなかったことを思い出して、一人頭を抱えてうなるのであった。
まどろみの中で
ただ、温かい。
母の胎内にいるような心地。
ただ、温かい。
ここはヴェーダの中。たくさんの情報が流れるシステムのティエリアの領域。
すでに、彼は肉体を失った。
ホログラムを仲間の前に出して、会話することだって可能ではあるが。特に刹那の前で小さなホログラムを出し、宇宙で新しき戦いへ参加したのも、遠い遠い過去。
あの頃の仲間たちは、一人を除いてもういない。
あの蒼い生まれた星にも、月にも、宇宙にも。皆、寿命を終えて静かに眠りについた。CBはそれでもまだ存在し続ける。地球の未来を共に歩むために。
ティエリアは、目を開けると黄金色に光る虹彩をさらに輝かせて、ヴェーダの情報を読み取った。
「着信あり・・・・・・刹那からか・・・・6代目総帥は何をしている・・・・刹那ばかりこきつかって」
ヴェーダの中の、意識体である彼の紫紺の髪が揺れた。
ヴェーダは静かに月と地球の間を廻り続けている。
その中で、ティエリアは意識体となり、リジェネと共に、CBと必要時のみコンタクトをとって会話を交わす存在となっていた。
CBの6代目の新しい総帥はまだ年若いと聞いた。だから、刹那を普通のCBの構成員のように使う部分があるらしい。
地球に残り、イノベーターとして生き続ける刹那は、CBの中に身を置いて、肉体を棄てる選択をとることなく地上で生活をしている。
それが羨ましいとは思わない。むしろ窮屈だろうなと思案する。
人間の中に、人でない生命が混ざるのは難しい。
刹那は元々人間であった。純粋なイノベーターとして目覚めた後は、他に生存確認されたり、造られたイノベーターと人との調和を取り持っているし、イノベーターたちは人と群れたがらず、CBに籍を置くが月の基地での生活を好む。
そんなCB在籍のイノベーターの中に、初めは刹那も溶け込んでいた。
だが、人であることを忘れることなく、地上にも降りて、地球で人としての生活もする。実に器用だと思う。
同じイノベーターであるティエリアは、もしも肉体があれば、他のイノベーターと同じく月の基地で、同じ種族と静かすぎる生活を選択しただろう。それは眠り続けるリジェネも同じだろう。
リボンズに殺され、同じように肉体を失ったリジェネは、ティエリアのツインである。ツインとして、ごく当たり前のようにヴェーダの中に意識体を飛ばして、死ぬことなく存在し続けている。
ティエリアと同じだ。
ティエリアも、リボンズに殺された。
肉体を失ったイノベーターの全てがこうなれるのかというと、そうでもない。現にリボンズをはじめとしたかつての旧イノベーターたちは死んだ。意識体も滅びて。
こうなるよう、造られていたというべきか。ティエリアとそのツインは。
「眠っていたのか」
ティエリアが、指をパソコンのキーボードのようなもので凄まじい速度で暗号を打ち込むと、画面いっぱいに刹那の顔が浮かび上がってきた。
それはホログラムでなく、映像であった。
「何処にいる?ホログラムを出そうとしたが、遠すぎて無理だ。地球か?」
「地球の北極だ」
「また、どうしてそんな僻地に」
「以前の隕石についての調査で。6代目総帥がどうしても俺に指揮をとれと」
「また安請け合いを・・・・・」
ティエリアは大きく溜息をついた。紫紺の髪が無重力に揺れる。そもそも、意識体であるのだから半ば透けているのだが、それでも色は鮮明である。
「だから、助けてくれとこうしてコンタクトをとっている」
本当に北極にいるのだろう。厚着をして、毛皮のコートを被った刹那の顔が画面いっぱいに映っているのを見ていると、苦笑まじりにティエリアは自分の髪を撫でた。
「学者肌でもないくせに」
「それは承知の上だ。隕石内部に生命体らしきものが確認されたと。ガンダムクオンタムも現地に派遣している」
恐らく、通信はガンダムクオンタムからだろうか。外は嵐のように雪が舞いふぶいているのかもしれない。以前の機体のダブルオーも使うが、最近はもっぱらクオンタムを刹那は使用している。
「待っていろ。今サポートに回る・・・・・・」
「ああ、頼む・・・・・いや、いい」
刹那のコックピットに写された、ティエリアの紫紺の髪が揺れた。後ろから差し入れられた指がその髪を優しくすいて、それからゆっくりと上を向かせてから、その人物はティエリアの唇に唇を重ねた。
「あっ」
意思体のティエリアの体が揺れる。
「いや、続きは見せなくていいから。通信を切るぞ。切っていいか?なぁ、こっちから切れないんだが。頼む、切らせてくれ」
いくら親友とはいえ、濡れ場を見たくはない。
「や、やめ・・・・・」
柔らかな紫紺の髪が、刹那の画面いっぱいに広がった。
「やっ・・・・・ん・・・・」
意思体というが、質感はあるし、ほとんど肉体となんらかわりない。半分透けているかと思うと、本物のようになるし。
伏せられた睫に、涙が薄く滲んだ。
「じゃあな、刹那。また後で」
あっかんべーと、舌を出したその人物は、刹那もよく知っているロックオン、ニール・ディランディそのものだった。
ティエリアが最新科学をもって造らせた、ヴェーダのもつ情報と、残されていたロックオンのDNAから作られた半ばクローンのような、意識体。それは偽者のようで、けれど本物。
ティエリアでさえ、本物の魂が宿っていると感じる。だって、過去の記憶も何もかももっているのだから、その意識は。
ティエリアが望んだのはただの意識体であり、記憶などなく、性格はほぼプログラミングでなんとかなるだろうが、ここまで本人を再現することはできない。
きっと神の悪戯だと、刹那はそのロックオンの存在を知って、とびっきりの笑顔を見せてくれたのを今でも覚えている。あの仏頂面の刹那の笑顔なんて、ちょっとやそっとではみれない貴重なものだ。
死んだはずの最愛の人が、ティエリアと同じヴェーダで、漂うように意識体として存在している。ティエリアやリジェネのように、ホログラムを自分で飛ばしたり、機体を操作するなどという芸当はむりだが、ヴェーダの中においてはなんの不自由もない。
情報の端末を操作して、作り上げた寝室を描くと、ティエリアを抱き上げて、隻眼のエメラルドの瞳を刹那に向けてから、ロックオンはティエリアと刹那との回線を切ろうとした。
「またー?眠いんだけど、僕。邪魔しないでよ」
同じようにヴェーダで眠りについていたリジェネが、自分の領域の情報までかってに書き換えられたことで目覚めた。ふわりと、寝室のドアの前に現れると、嫌そうにロックオンを睨む。
「勝手に、僕の領域の情報書き換えないでよね。刹那の領域でもいじっとけば。あそこ無尽蔵のただの海だから」
ヴェーダには、頻繁にアクセスしてくる刹那の領域も存在する。半分以上がティエリアだけの領域だけれど。
「やめろ、だから見せなくていい、切れ!」
回線の向こう側で、刹那が顔を真っ赤にして叫んでいる。
すでにリジェネは消えて情報と交じり合い、ただの霧となった。残ったのはティエリアとロックオンだけ。
「んーーー、んー」
寝室に続くドアは開けられているのに、まるで見せつけるように、壁にティエリアを押し付けて、唇を貪ったあと、少年でも少女でもない肢体を貪ろうとする。服を鎖骨の部分まであげられて、そのまま平らな胸を舐め上げられると、びくりとティエリアの背がしなった。
「刹那、見ないでっ・・・・・あう」
「見てない!」
かつては幾度も重ねたことのある、昔の恋人のあられもない姿を思い描きそうで、刹那はパンクしそうだった。刹那とティエリアは、比翼の鳥のように互いがいなくては成り立たないような、そんな擬似恋人を、邂逅してから、ティエリアが仮の「死」、つまりは肉体の死を迎えるまで続けていた時期があった。
そのことをロックオンも知っている。
だから、わざと見せつけているのだ。
鎖骨に噛み付きながら、ロックオンの隻眼のエメラルドの瞳は刹那の映像を睨みつけていた。
ブツ。
無機質な音がして、ティエリアが、刹那とのコンタクトの回線を強制遮断した。
ティエリアの領域に幾分かのダメージが流れ、それはティエリアにも反映した。
「飢えた獣みたいな目を、しないで・・・・・」
ジジジっと、ティエリアの意識体が少しぶれた。
「僕はいなくならないから。だから、あなたももう絶対にいなくならないで」
「ごめんな。もう、いなくならないから」
ぎゅっとロックオンに抱きついて、ティエリアは目を閉じた。
ロックオンに再び抱き上げられて、寝室への扉が閉じる。
ティエリアの中にあるロックオンの領域とティエリアの領域が交じりあい、ブツリと切れた。
母の中に羊水に浸るように優しく温かい。
失ったはずの温もりにひたりながら、紫紺の髪をした絶世の美貌の彼はまどろむ。
優しい腕’(かいな)に抱かれて。
あなたがいなくても
細い手首にはぶかぶかすぎて、するりと手を細めてしまえば床に落ちてしまいそうだ。
音もなく秒針を刻む腕時計を、ずっと見つめていた。
その腕時計は冷たい。手首にはめていても、今の持ち主――ティエリアの体温の温もりを反映してくれない。
普通、腕時計などの金属でできたものでも、長時間つけていれば持ち主の体温に暖められて、少しは金属独特の冷たさを失っているものだ。
でも、その腕時計はどんなにつけ続けてても、少しも温かくならない。
ティエリアの体温は、通常の人間よりやや低めであるが、それでも生きているのだから体は温かいし、皮膚に触れれば生きている人間と同じ温かみを感じることができる。
それなのに、その腕時計は、決して温かくなってくれない。
冷たいままだ。
ティエリアが唯一愛した彼・・・・・アイリッシュ系の白人男性の持ち物だ、これは。
遺品というのが一番正しいだろう。
形見というには、あまりにも忍びない。
彼は、生きてティエリアの元に戻ると約束してくれた。同じ戦場に立つ者同士、避けることのできぬ戦闘であったとは分かっている。
でも、ロックオンが最後にとった選択は、あまりにも、ティエリアを絶望に叩き落とすことしかできない結果をうんだ。
ティエリアは中性だ。女性でも男性でもない。それでも惹かれあい、ロックオン、ニール・ディランディと恋人同士として付き合っていた。それは女性と男性が付き合うのとは少し違う、まるで少年と青年が付き合うようなものに似ていたけれど、ティエリアは少年でもなかった。自我は男性のものであるが。
幼い子供のような無垢な部分をもつティエリアが、ヴェーダ以外に初めて心を開いたのが、ロックオンであった。
人を愛すること、愛される素晴らしさというものを、生まれて初めて体験した。
ほんの僅かな時間であったけれど。
幸福だった。
この瞬間が永遠ならと、祈るほどに。
「冷たい・・・・・」
全く温かくならないのが、まるで亡くなったロックオンの、頑なな意思そのものに思えて、ティエリアは仄かにピンク色なっていた唇をきつくかみ締めると、その腕時計を床に叩き落として割ってしまった。
「いらない。こんなもの、こんなものいらない!僕がほしいのは、こんなものじゃない!あなたが!あなたが、あなたじゃなきゃだめなんだ!」
顔を手で覆ったが、もう泣きすぎて涙はでてこなかった。
かわりに、枯れたような声が喉から出てきた。
「いらない。形見なんて。あなたの遺品なんて。全部、全部いらない。あなたがいない世界もいらない」
こんなことではだめだ―――そう心の中で呟いた。
まだ最後の戦闘の傷は癒えておらず、全身のいたるところに包帯が痛々しく巻かれていた。
立って歩けるくらいには回復した。
でも、まだ心の傷口は血を流し続けている。
まだ、ロックオンが死んだと、信じられないでいる。
笑顔で普通に戻ってきて、「ティエリア」と微笑みかけてくれそうな気がして。
そんな気がして、ボロボロになったトレミーを彷徨うように歩いて、ロックオンの部屋に入り、ロレックスの腕時計を戦場に出る前に、貰ったのだと思い返して、自分の部屋に戻って、大切にしまってあったそれを手首につけたけれど。
結果は、床に叩きつけられて無残な姿になったそれ。
「いらないんです。こんなもの」
拾い上げて、もう一度思い切り床に叩きつけようとして振り上げた手が、ふいに止まった。
「・・・・・・っく」
もう流れないと思った涙が一筋溢れて、床に零れ落ちた。
「何故、この世界にあなたはいないんだ!」
半ば屑折れるようにその場に座り込んだ。
壁に背を預け、長い間放心していた。」
どれくらい時間が経過しただろうか。手の中の腕時計は、割れていたけれど時を刻み続けていた。
そう、まるでティエリアのように。
壊れかけても、まだ時を刻んでいる。そして、足掻いて足掻いて生きていこうとしている。それが今のティエリア。
腕時計から目をはなす。
静謐に満ちた時間が流れた。
また、涙が溢れてきた。膝を抱えて、声もなく泣いた。
生き残った仲間たちと、行方不明のままの刹那とアレルヤの顔が順番に脳裏を横切って、ティエリアは星が瞬く窓に近づいて、最後の涙の痕を拭き取った。
「泣くのは今日で終わりだ。強くなれ、ティエリア・アーデ。彼の分まで生きて、彼がなしえなかったことを、その意思を受け継ぐんだ」
まずは、ボロボロになったこのトレミーをなんとかして、それから壊滅的な状況のCBを率いていかなければ。
リーダーが必要だ。
先を歩く者が。
指導者が。
今、なりえるのはティエリアだけだろう。生存が確認されているマイスターはティエリア一人だ。
「生きろ。泣くな。歩け。未来へ」
自分自身に命令する。
でも。
でも、まだこんなにもあなたを愛しています。
愛し続けたままでもいいですか?
あなたが右目を負傷していなければ、きっとあなたは生きていた。
これは贖罪なんです。
あなたを永遠に愛し続けて、僕はけれどあなたからもう愛されない。
でも、それでもいい。
思い出の中に閉じこもらないように。
あなたを愛しながら、歩いていく。
一度は拒絶したこの世界を。
きっときっと、アレルヤも刹那も生きている。
きっと、僕は一人じゃない。
いつか、また昔のように皆で笑いあうんだ。たとえそこにあなたがいなくとも。
さぁ歩け。
歩きだせ。
彼は少し長くなった紫紺の髪を宙に靡かせた後、部屋を後にした。彼は、歩きはじめた。
そう、仲間達のそして失った最愛の人のためにも。
歩き続けるのだ。
