遠い世界
「いつも、一緒だよ」
「そうだね」
手を繋いで歩いていくカップルを、彼は何の表情も浮かべぬ白皙の顔で見つめていた。
懐かしい。
遥かなる昔、彼もこうして、愛しい人を愛を誓い、そして手を繋いで町を歩いたものだ。一緒に暮らして、寝て、食べて、笑って、時には怒って喧嘩して、また仲直りして。
トレミーと呼ばれた宇宙戦艦の、閉鎖的な空間の中で、あるいは地上、地球の嫌いな重力の上で。
嗚呼、懐かしいね。
「愛してるわ」
「俺もだよ」
キスをする、名も知らぬカップルを見つめていると、目から水が溢れてきた。
「何、これ?」
目から溢れる水って、なんだろう。
名前を忘れてしまった。
確か…なんといっただろう。
ティア?
英語ではそうだった。日本語ではなんといったかな。
そうだ。
涙。
ナ・ミ・ダ。
瞳から溢れ落ちるそれを、彼は拭うことも忘れたまま、ただ時間が過ぎ去るのを忘れて町の中で立ち尽くしていた。
行きかう人は、彼の美貌に酔いしれ、彼が泣いているのにびっくりして、けれど声をかけることもできずに過ぎ去っていく。
白いケープを風に翻させて、綺麗に編みこんだ長い紫紺の髪も風に靡かせて、彼は動くこともなく町の一箇所で、凍りついたように。
時を止めてしまった体は、17歳の姿のまま彼を、人形のように美しい容姿を全く色あせることなく、この世界に留めていた。
その彼とシンメトリーを描く、同じ紫紺の髪をくるくるといろんな方向にはねさせた、黒いケープを羽織った少年が近づいてくる。
「行こうよ。ねぇ、ティエリア」
一緒に時を止めてしまった、双子の片割れ。
イノベイターという、人間の上位種にあたる彼らは、不老不死に近い。
病気はするが、けれども不老だ。不死ではないだろうが。
怪我だってするし、その体の構造は驚くほど人間に近いけれど、性別というものさえあやふやだ。
「リジェネ、僕は何をしていたんだろうか?」
「さぁ?」
リジェネと呼ばれた少年は、男性としてのカテゴリに位置している。だけど、ティエリアと呼ばれた彼は完全に中性で、少年にも少女にもなりきれない不完全でいて、それでいて完璧な存在であった。
イノベイターを天使のようにと夢見た、イオリアの傑作品。
その科学者の名前も、歴史の影に埋もれてもう数百年経った。
「何故、僕は泣いているんだろう?」
「どうしたの。悲しいの?」
リジェネという名の、ティエリアとシンメトリーを描く双子の少年は、ティエリアの頬をその白い手で挟みこむ。
「分からない。涙が、止まらないんだ」
もう何十年も泣くことさえなかったのに。
何故、こんなにも悲しいのだろうか。
「彼を思い出していたの?」
「彼?」
リジェネの少し冷えた声音に、ティエリアは首を傾げた。
誰のことだろう。
ティエリアの世界にはもうリジェネしか存在しなくて、刹那もいたけれど何十年か前に死去してしまった。
残された二人は、シンメトリーを描きながらただ無意味に世界を生き続ける。
いつもは宇宙で、トレミーという名の宇宙シップで暮らしている彼ら。
時折、食料を買出したり、気分転換にこうして地上に降りてくる。
「名前を。忘れて、しまった」
ティエリアは、愕然とリジェネに抱きしめられながら、目を見開く。
愛しい、誰よりも愛しいその人の名を。もう何十年前、何百年前に忘れてしまったのだろうか。
生きるために、いや生き残るために、イノベイターの脳が彼から余分な記憶を削除してしまった。ティエリアは、生き続ける、いや彷徨い続ける人形だ、今となっては。
「教えて欲しい?彼の名を」
こくこくと、ティエリアはうなずく。
「教えて、リジェネ。僕が愛した人は、なんて名前だったろうか?」
リジェネは悲しそうに、シンメトリーを描く少女とも少年ともつかぬ、長い長い紫紺の髪をもった片割れを見た。
「かわいそうな、ティエリア。削除したのに、まだ引きずっているんだね。名を与えれば思い出すから、ずっと教えなかったけれど。いいよ、教えてあげる」
こくこくと、無言で頷くティエリア。
早く、早く。
教えて欲しい。
その名を。
「ロックオン・・・・ニールと、いうんだよ。君が愛した人間の名前は」
ぱちんと、ティエリアの中で何かが弾けた。
とたんに、世界が色づいた。
色鮮やかに花開く世界に、ティエリアは言葉をまた失くした。
「僕は、こんな大切なことを忘れて・・・・」
嗚咽が、もれる。
涙が溢れ出して止まらない。
待って、待って、待って。
おいていかないで!
おいて、いかないで!!
ティエリアは、記憶の中の、その緩やかにカーブを描く茶色の髪に、翠の瞳をした優しそうな青年の幻影を追うように、走り出す。
ティエリアは、リジェネを突き放すと走り出した。行くあてなんてないのに。
走って走って走って。
肺が呼吸の限界を告げて、そして気づくと何処かで見た墓地にきていた。
「ああ、そうか」
彼は、この墓地に眠っているんだ。
久しぶりに訪れたここは、アイルランド。
本当の彼は、宇宙で眠りについているだろうけれど、きっと魂は家族の墓のあるここ、ディランディ家に戻ったに違いない。
「ああ、僕は。あなたを、愛して。失って。それから・・・・・」
今はもう廃れた墓地を彷徨い歩き、ディランディと書かれた墓標を見つけて、ティエリアはそのガーネット色の緋色の瞳を見開き、そして金色に色を変えて、それから頭に手をあてた。
「あなたを愛していたのに。なぜ。どうして。―――忘れることなんで、できるはずがないのに。どうして、忘れていたんだろうか。愚かだな、僕は」
慟哭した。
「うわああああああああああ!ニール!!愛していたんだ!どうしようもないくらいに!!」
地面を、手で叩いて。
何度も、何度も、何度も。
血が滲むくらいに。
綺麗に結われた紫紺の髪が、汚れ、白いケープも泥でまみれていく。
真っ白なティエリアは、汚れていくことで彼を思い出していく。
心の中に浸透していく、悲哀。
「愛して、いたんです・・・」
顔を手で覆って、泣き続けた。
もう何百年前のことだろう。彼と一緒に、生きると誓い、このアイルランドの彼の生家によく遊びにきたのは。もう、下手すると千年くらい前のことかもしれない。
「あなたの元に、いつかいけると信じていたのに。未だに彷徨っている、僕は」
黒いケープが、ふわりとティエリアを包み込んだ。
「お願いだから、僕を一人にしないで・・・・」
リジェネは泣いていた。ティエリアと同じように。
二人はシンメトリーを描きながら、涙がつきるまで泣き続けた。
リジェネがいるから、ティエリアは死ねない。ティエリアがいるから、リジェネは死ねない。
答えは見つからない。
こんなに生きているというのに。
世界は平和で満ち溢れているというのに。
そもそも、何を求めていたのかさえ闇の中。
「いつか、あなたの元へいきたい」
ティエリアは、そう呟いて、リジェネに抱きしめられながら、最後の涙を流した。
それは地面にポチャンと音をたてて波紋を広げたあと、吸い込まれて消えてしまった。
遠い世界で。僕らは、迷子になっている。
もう、この世界には僕らだけ。
それ以外、意味なんてないんだ。
ニール。あなたの意味さえ、もう忘れてしまいそうなほど生きて、生きて。
また明日も、多分同じように朝日をみて夕日をみて、そして夜を迎えるのだろう。
怯える子羊のように、シンメトリーを描く、幼さをどこか残した二人は、立ち上がって宇宙で還っていくのだった。
そう、世界を見守り続けるために。イオリアが託した運命を執行し続けるために。
ヴェーダと、共に。
機械仕掛けのネオンテトラ
R18菌
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魚が泳いでいる姿を見るのは好きだ。
綺麗だと思う。
水族館に行くのは、密かなる楽しみ。重力は嫌いだけれど、水族館にいくと、重力といううっとうしいものから開放された心地さえ味わう。
地球は緑と蒼でできている。砂漠の茶色もあるけれど。
水の惑星と、最初に名づけたのは誰であるかを、ティエリアは知らない。
模型のネオンテトラが、水槽の中を泳いでいく様を、ティエリアは飽きることもなく見ていた。水槽といっても密閉されており、形は砂時計に似ている。
その中を、本物によく似た模型の、中は耐水性の機械でできているネオンテトラが赤と蒼の光を放って泳いでいた。
コポポポポ。
時折、砂時計型の水槽の中を、空気が音をたてて上昇していく。
飽きもせず、じーっとそればかりを見つめるティエリア。
ロックオンが、部屋の中に入ってきたことにさえ気づかない、彼。
夢中で、偽者のネオンテトラに見入っていた。
コンコン。
ロックオンは、自分の存在に気づいて欲しくて、壁を手でノックする。すると、ティエリアは紫紺の髪を宙にふわりと浮かせて、振り返る。
オレンジの色が混じったブラッディレッド。
真紅のようで、けれど刹那のような瞳の色ではない。刹那の瞳の色はルビーだ。真紅。血の色だ。
ティエリアの瞳の色はとても似ているけれど、少しオレンジがまじった、宝石でたとえるならガーネットの色。
石榴色だ。時折金色に色を変える、不思議な瞳が、ロックオンを捕らえた。
「いつからそこに?」
「さっきから、ずっと」
「きづきませんでした」
「気づいてほしくて、壁をノックしてた」
「すみません」
白皙の美貌が伏せられて、ロックオンの胸に、ポフリと、静かな音で額が押し付けられる。
サラサラと零れ落ちる紫紺の髪を、手ですいてロックオンはその額に口付ける。
そのまま、ティエリアは手を引かれてベッドに押し倒された。
「え」
ティエリアの視界が暗転して、天井を見つめ、それから圧し掛かってきたロックオンの茶色の髪で満たされて、ティエリアは一瞬自分が魚になったような心地を味わう。
ふかふかのベッドで、キスを受ける。
ティエリアは、横目でまだネオンテトラの模型が泳ぐ水槽を見ていた。
「あ」
その視界を、ロックオンが手で閉ざした。
何も見えなくなる。暗闇。
怖くはない。
包み込んでくる体温に、むしろ安堵する。
あのネオンテトラの泳ぐ、砂時計型の水槽を買ってくれたのはロックオンだ。地上に降りた時、じっとショーウィンドウに張り付いていたティエリアに溜息をついて、値段がけっこうはるのに買ってくれた。
それはロックオンの部屋に置かれてある。
ティエリアは、いつもロックオンの部屋で眠る。
一人で眠るのが怖いから。いつか処分されてしまいそうで。嗚呼ヴェーダ。何故、僕は私は人間ではないのだろうか?教えてください。
こんなにも、人間である彼を愛しているのに、本物の人間になれない。あの水槽の中のネオンテトラのように、きっと中には機械がつまっているんだ。
「あ」
声が、少し高くなった。
胸のない体のラインを確かめるように動くロックオンの、グローブを外した素手の感触がする。膨らみのない胸など、撫でて面白いのだろうか?ティエリアは軽く身体をよじる。
しつように撫でられて、肌は熱を持っていく。
胸の先端を口に含まれて、ティエリアの喉が鳴った。
「んあ」
糸をひくような、そんな甘い声。
鼓膜をうつ自分の声が酷く淫靡な気がして、ティエリアはロックオンに目隠しをされていたのに、その中でまだ開けたままだった瞳を閉じる。
「んっ」
唇をはう舌。
舌が口内に侵入し、歯茎をなぞるように動いてから、ティエリアの舌を絡め取った。
「んー」
与えられる唾液を飲み込んで、息が上がった。
「あ、あ」
服を脱がれていくのが分かる。
下肢が、大気にふれてやけに涼しくかんじて、ティエリアは身を強張らせる。
「力、ぬいて」
「むりです・・・・」
変わらず、目を覆われたまま。でも、いつの間にかその手は消えていった。それに気づくこともできず、ティエリアは石榴の瞳をきつく閉じていた。
膝を割られ、体重がのしかかってくる。
怖くないといえば、嘘になる。
いつになってもなれない、その行為に。
「あ、あ」
秘所を這う舌の動きに翻弄される。熱をもっていく内部が、酷く恥ずかしい。
舌で中を抉られて、足が引きつった。シーツを蹴る爪先。伸びた、綺麗に整えられたティエリアの足の指は、昨日ロックオンが悪戯でぬった赤と蒼のマニキュアが鈍く光っていた。
まるで、ネオンテトラ。
ぐりっと、中に指が進入する。最初は一本、次は二本。
どんどんと増やされる指はばらばらに動いて、ティエリアはシーツを指で引っかいた。
グリっと、中で暴れる指に、全てをもっていかれそうな気がした。
「もう、いいから・・・・」
情欲に染まった、ロックオンの翠の瞳と視線があった。
愛撫を施すその指の動きに翻弄されながら、耳朶にロックオンの吐息は熱く届いた。きっと、彼ももう限界なのだろう。
いつも壊れ物を扱うかのように、抱いてくれるロックオン。
身体を裏返しにされて、鎖骨に甘く噛み付かれる。全身に痺れににた快感が走る。背骨ごしに這う唇と舌を、ティエリアは目を閉じたまま感じ、それからロックオンにねだった。
「キスを・・・」
「分かった」
ゆっくりと、舌が絡まる。飲み込みきれなかった唾液が、顎から滴り落ちた。鈍く銀色に光る。糸をひいて去っていく舌。次の瞬間、熱いものに引き裂かれた。
「あぐっ!」
金色に変わった瞳が、天井を見上げ、ついでロックオンの茶色の髪をみて、ティエリアはその髪をかきあげた。
「力、抜いて」
「無理です・・・」
金色の瞳がオレンジがかった赤にかわる。いつもの色に。
ポロポロとたくさん涙が溢れて、零れていった。
「痛い!」
「もう少し、辛抱してくれ」
なかなか濡れることのない秘所を、奥まで引き裂いて、いったん動きを止める。身体を繋げるのは何週間ぶりだろうか。
唯でさえなれることがないというのに、期間が開けばそれだけ体は開かされたことを忘れていく。
「あ、あ、あ!」
嬌声が漏れる。ティエリアの高い艶を含んだ声に、ロックオンは汗を飛ばして突き上げた。
「や、や!」
ずり上がる身体を、体重をかけて、その白い細い足を片方肩に担いで、突き上げた。
「んあっ!」
びくんと、ティエリアの背がしなる。
中を抉るように突き上げて、入り口まで引いて、また挿入する。そんな行為を何度も繰り返した。
ロックオンの、荒い息遣いが聞こえる。
「ああっ!あ、あ、んんくっ」
ビクンと、痙攣するティエリアの体。中が収縮して、それに囚われてロックオンはティエリアの中に精を放つが、まだ終わらない。
「やー、やっ」
首を弱弱しくふるティエリアの胸元や首筋を吸いあげて、自分のものだという証を刻んでいく。
「も、いやぁっ」
ジュプリと。結合部から、いやらしい音が二人の耳を打つ。
「もう少しで終わるから」
「あ、あ!だめぇっ」
ズクリ、グプププ。
飲み込まれていく欲望の塊は、自分の体の中を出入りしていることさえ、信じられない。
中性なのに。女の子じゃないのに。少女じゃないのに。まして少年でさえもないのに。
あさましい。
自分も欲の塊だと、紫紺の髪を激しい律動で宙に回せながら、熱い熱い吐息を吐いた。
「も、もっと、奥まで。奥まできて!抉って、揺さぶって、めちゃくちゃにして!」
理性がはがれていく。
ロックオンに与えられる、快楽に酔いしれて。
「くっ」
ティエリアの言葉に、一際大きくなったロックオンの熱が、内部ではじけるのが分かった。
「くそ、お前エロすぎっ」
「あなたが、そうしたくせに!」
ティエリアは、うっすらとあけた瞳に涙をためて、ロックオンの背中に手を回して、爪を立てた。
「あーーー!!」
ぐいっと、奥にまで注ぐように動かれて、オーガズムの白い波に襲われていたティエリアは、全身を痙攣させた。
「うあっ。いやぁ!」
自分が自分でなくなってしまうようで。
ティエリアは、泣いて、啼き声もあげて必死でロックオンにしがみついた。
コポポポポ。
機械じかけのネオンテトラが、乱れ続けるティエリアを見ていた。
「んっ」
抜かれていくと同時に、彼の、命の種である体液が太ももを伝って流れおちる。
それと一緒に、ティエリアの瞳からも涙が零れた。
何度身体をつなげようと、この出来損ないの身体に命なんて、愛の結晶なんて宿らないから。
「ねぇ。ロックオン。僕はネオンテトラになりたい」
「ん?ああごめん、激しかった?」
「ううん。大丈夫。ただ―――」
「愛してるよ」
「僕も」
身を清めるために蒸したタオルで全身を拭かれながら、ティエリアは機械仕掛けのネオンテトラを見つめて、それからロックオンの頭を胸に抱いた。
「機械仕掛けの、ネオンテトラが見てるのに――」
「愛している、ティエリア」
唇が重なる。
嗚呼。
機械じかけのネオンテトラのように。この小さな箱庭で、永遠にニールと泳げたら。
ティエリアは、金色の瞳を、悲哀にそめて、目を閉じた。
いつか、彼とサヨナラしなければならないのに。
僕は人間ではない。人と同じ時間を刻むことはできない。
けれど、一緒にいれるこの瞬間の時間さえ、もっと長く長く続くようにと祈るのだった。
ネタが!
ねたがない。
なのに小説を打つ。
意味不明のものしかできない。
そして過去小説(OO)を読む。
ギャグだけちょっと笑ってシリアス読むのめんどくて飛ばす。
長編ちょっとよんで、なんだろうこんなのうったのかと思ってぼーっとする。
いっそ削除したいがしかし自分が歩んできた暗黒の歴史の塊なので放置する。
刹フェルもロクティエもピークだった頃がすぎて(自分の中のOOの熱)何も考えずに打ってみる。
よくわからない作品ができる。
相合傘
ポツリ、ポツリ。
天空から雫が降り注ぐ。
さっきまでお日様は燦燦とてって、少し暑いくらいの天気だっというのに。今日出かける前に見たニュースでは、一日中晴れで快晴、雨は0%という予報だった。
所詮天気予報。外れるときだってあるんだなぁと、フェルトは大きく溜息をついた。
せっかく、かわいい服を見つけて買ったばかりだというのに。
手に持った荷物を持つ手に、ぎゅっと力をこめる。
いやだなぁ。濡れて帰るのは。
どこかで雨宿りしようかと思ったけれど、雨が酷くなる前に帰ろうとフェルトは思い立った。
そのまま、駆け出していく。
信号待ちのところで、雨が本格的に降り始めてどしゃぶりになって、フェルトは地面を見つめた。
「あーあ。せっかく、買ったばかりなのに」
すると、すいっと、隣にいた人が傘をさしてくれた。
「え?」
よくよく見るまでもない。刹那だった。
「いつから?」
「さっき、交差点ですれ違った時から」
傘はひとつ。その中にフェルトは躊躇いもなしに入ると、刹那を見上げた。ルビーのように赤い目は、信号の色が変わるのをずっと見つめている。
ああ、こうしてみるとやっぱりかっこいいなと、フェルトは頬を赤らめる。
刹那は、そのまま沈黙している。
気恥ずかしくて、フェルトも沈黙したままだ。
「一緒に、連れていけばよかったのに」
「え」
刹那がもらした言葉に、彼を仰ぎ見た。
「買い物くらい、つきあう」
ぽつりと、ぶっきらぼうに放たれた言葉。刹那はいつもの赤いスカーフを首に巻いて、信号が変わったのを確認すると歩きだした。
それに、一歩遅れてフェルトが続く。
「ううん、いいの。一人で買い物したかったから。刹那に、あとで着て見せようと思ってたの」
少女の淡い心は、喜びでいっぱいだった。
優しい刹那。
誰もがうらやむような、青年。凛々しく、そして孤高で強く。
だから、フェルトも惹かれた。彼に。
「そうか」
刹那は、フェルトの手から重そうなその荷物を奪うと、傘をさしていない左手にもってしまった。
ほら、こんなにも優しい。
言葉はぶっきらぼうで、いつも何を考えているのか分からなくて、黙していることが多いけれど。
フェルトは、雨がザーザー降る中、にっこりと笑って、刹那が傘をもつ手に、手を重ねるのであった。
朝はボケる
ぼー。
早朝に起きたティエリアは、もぞもぞとベッドの中で寝返りを打って、それからかっと目を見開いた。
「ジャボテンダーさん、おはようございます。そしておやすみなさい」
床に落っこちていたジャボテンダーに、丁寧な敬礼をして、そしてまたベッドの毛布を頭まで被ってもぞもぞする。
もぞもぞ。
もぞもぞ。
「邪魔!」
げし。
ティエリアは、一緒のベッドで眠っていたロックオンを蹴り落とした。ロックオンは深い睡魔の中、蹴り落とされたことにも気づかずに、すーすーとだらしない格好で眠り続ける。
むぎゅ。
はみでたティエリアの足が、ロックオンの腹を踏みつけた。
本当に、どんな寝相をしているのか、この二人。
その足に、ロックオンは噛み付く。
「んーじゃがいも男爵~ああじゃがいも食いまくるー」
謎な寝言を言い放ち、ティエリアの足に手を伸ばす。
がじがじがじ。
食べようとして、歯だけ鳴らすロックオン。
「んーうざい」
ティエリアが半分だけ目をあけて、床に転がったままのロックオンに、自分の枕を投げた。
それをキャッチして、ロックオンは枕を抱きしめている。ティエリアを抱きしめているつもりなのだろう、本人は。
「くーくー」
「ぐごー」
二人の寝るその寝息だけが、室内を満たす。ロックオンは、枕を抱きしめてドタンバタンと床をのた打ち回っていた。
「だめだティエリア!そんな、みんなが見ているのに」
どんなエロい夢を見ているのだろうか。鼻をおさえて、鼻血がでないようにしているつもりなのだろう。
どたんばたん。
しばらくして、ロックオンは静かになった。
額にでっかいたんこぶができていた。
ティエリアはジャボテンダーを求めて、ベッドの上で手だけ彷徨わせている。それからロックオンの枕を掴んで、ジャボテンダーと思ったのか、静かになる。
「どういう、寝相なの、これ」
二人を起こしにきたアレルヤは、床でブリッジしている状態のロックオンと、ベッドの上で何かを拝むような格好でつっぷしている二人を見て、そう呟いた。
ティエリアの大好きなジャボテンダーは床に落っこちているし。
そのジャボテンダーを拾い上げてティエリアに近づけさせると、ティエリアはまだ寝ているのに、ジャボテンダーだけをアレルヤから奪い取って、それを抱きしめてまた何かを拝むような格好で寝続けた。
「なんか、面白い」
「オモシロイ、オモシロイ」
ハロが飛び込んでくる。アレルヤが写真を急いで取り出してくると、二人の変な寝相をシャッターにおさめた。っして後日その写真を二人に見せると、二人してアレルヤが悪戯したと、アレルヤを攻め立てるのだ。
「こんな変な寝相はしない!」
「僕もしない!」
そう言い張って。
赤いカクテルを
しんと静まり返った深夜。
その場所は、喧騒で満ち溢れていた。色とりどりの鮮やかなドレスで身を包み、精一杯化粧して美しく見せようとする女性。その女性を口説き、うまくいけばホテルに行こうと浅はかなことを考える男性。
普通に、深夜のその時間に開かれたバーで友人と飲みかう男性と女性の姿。
いろんな人種に溢れた、けれど未成年など一人もいないそのバーに続く扉を、キイと、重い音をたてて一人の青年が開けた。
「お、ロックオンじゃないか。懐かしいな」
バーのマスターは、バーテンダーにロックオンがよく飲むカクテルを勝手に注文して、身を乗り出す。
「ここ数ヶ月見ていなかったから、何かあったのかと心配してたんだ。どうしたんだ?」
「いや――」
ロックオンは、言葉を濁らせる。
彼の背後に、フードで顔の半ばまで覆った人物が、ロックオンの座った席の隣に座った。
サラリと、フードの間から紫紺の髪が零れ落ちた。
「なんだあ?もう女ゲットしたのか?」
少しだけ覗き見える白皙の肌に、バーのマスターはロックオンをからかう。
その言葉に、フードを被った人物は少し身じろぎした。
随分と細い。その肢体は、女にしては華奢というか、細すぎるというか。スレンダーな美女なんだろうと、バーのマスターは勝手に想像して、アルバイターのバーテンダーに作らせたカクテルを、ロックオンの分と、連れであろうもう一人の分を追加して、グラスに注いでカウンターに置いた。
「注文はまだしていないんだが?」
ロックオンのはにかむ顔が、けれど感謝を告げていた。
「何、俺のおごりだ。そちらの女性にも――」
「誰が女だと、言った」
少し低めの声。女性にしては低い声に、バーのマスターは首をひねる。それから、露になった美貌に息を呑んで、呼吸することさえ忘れてしまった。
フードをはねのけたその顔は、人形のように整いすぎていて、動いているのが不思議なくらいだった。
「まだ、子供じゃないか!」
バーのマスターが、小さく驚く。
17歳前後と見受けられる、美少女。でも、女ではないといったのだから、きっと少年。
「なんだ、友人にしてはやけに種類が違うな。どういう関係だ?」
「関係のないことだろう」
ティエリアは、苛立ちを含んだ声音で、そのバーのマスターを睨んだ。
その瞳が、真紅から金色に色を変えたのを目撃してしまい、腰を抜かす。
「な、な!目の色が!」
「ああ、まぁちょっと変わった奴なんだよ。名前はティエリア」
「ロックオン。僕はもう帰りたい」
「まぁそういいなさんさ。ここくらいしか、カクテルをお前さんに飲ませられる場所がないんだから」
ロックオンは、ティエリアの苛立ちの声を宥め、そしてその頭をわしゃわしゃと撫でた。
ティエリアはうつむいて、やや朱色に紅潮した頬を隠すように、床を見つめていた。
ティエリアは、完全にバーの人間の注目の的になっていた。その麗しいまでの美貌のせいで。
「視線が、痛いんです」
「気にすんな」
さりげに、庇うようにロックオンがティエリアの腰に手を回す。
「ルジェカシス・ソーダ」
「え?」
「このカクテルの名前。お前さんの瞳のように赤くて綺麗だろう」
店の照明に透けて輝く赤のカクテルに、ティエリアは手を伸ばす。そして、一気に呷った。
「僕の目は。もっと、オレンジに近い」
「そっか。今度はそんな色のカクテル注文しようか」
「ああ…目が回る」
たった一杯のカクテルで完全に酔いつぶれたティエリアを抱き上げて、ロックオンは残っていた自分用に用意されていたカクテルを飲み干すと、チャリンとユーロの金をカウンターに置いた。
「またくるよ」
「あ、ああ」
ただ、ティエリアに瞳と同じ色のカクテルを飲ませたかっただけなんだけど。赤い色のカクテルは種類が多すぎて、全部を飲むなんてとても1日じゃできやしない。
ティエリアはアルコールに弱い。完全に酔いつぶれたようだ。ロックオンは苦笑して、その細く軽い身体を横抱きにして、乗り付けてきた車に戻っていく。
たくさんの視線を背中に受けながら。
「んーキス!キスしてください~~」
車を運転させようとすると、助手席のティエリアがとろんとした瞳で絡んできた。
「はいはい」
「……っあ」
舌が何度も絡まる。ディープキスを繰り返して、二人は離れた。ティエリアは、すーすーと、寝息をたてて助手席でおとなしくなってしまった。
その舌からは、痺れるようなカクテルの残り味がした。
そのまま酔ってしまったティエリアをホテルに泊め、ロックオンにおいしくいただかれてしまったのはいうまでもない。
携帯の。
ちょくちょく更新してるんですけどね。
どばーっと書くときとこだしで書くときがあります。
R15以下のはずがR18に。
相方がエロが読みたいとかそんなこというもんで。
BL別館掲載みたいなかんじだしまぁいいかーって。
携帯サイトだけど、携帯サイトに登録とかしない限り大丈夫かなぁ。
うーん携帯サイトがうちやすいんだよねぇ。文字数決まってるし。
ブログは、下から上によんでくからなんかね。
OO小説の血と聖水は今携帯サイトで連載してるものの元になる世界観とかの二次創作なり。
人気あったんだよねぇ。
今よんでよくここまでうちまちがいもいろいろあるがww複線いれたりオリキャラだして自分の世界築いたなぁと昨日読んでしみじみしてた。
過去作品なんてよむのはずかしいのだけどね。
まぁ外伝でエロうとうと思って、なんか途中でとまってるw
永遠の(1期後)
コチコチコチ。
時計が時を刻む音が、やけに静かな部屋で大きく聞こえる気がした。
今、ロックオンは痛み止めを飲んで深く眠っている。ずっと眠らずに、こんなにも元気だからと振舞っていたのにも限界がきて、倒れこむようにベッドに入ると、そのまま深い眠りについてしまった。
ティエリアは、一緒に眠ることなんてできずに、彼が眠る姿をたた見ていた。
コチコチコチと、時計の秒針の音がやけにうるさい。
いつもなら気にならないのに。
この音で、ロックオンが目覚めてしまう気がして、ティエリアはベッドの傍にあった時計の電池をぬいてしまった。
「――――いつか、僕の想いはあなたを殺す」
右目に眼帯をして、失ってしまった光を戻す選択をしなかったロックオン。
彼を、いつか殺してしまう気がした。
そう、誰でもないティエリアが、ロックオンを思う心が、ロックオンの重荷になって彼を殺すかもしれない。
でも、離れることなんてできない。
愛しているから。
どうしようもないくらいに。
もう、どんなにどんなに離れようと願っても、それは叶えられないほどに愛してしまった。
人ならざる中性の身で、リーダーを続ける男性であるロックオンを。
いつもはひょうひょうとしたロックオンの、少しやつれた顔。いつもは彼の傍で無邪気に振舞う、少女なのか少年なのか判断のつかぬティエリアの浮かべる苦悩の顔。
入り混じって、交差する。
ティエリアは、ロックオンに静かにキスをした。
すると、眠っていたはずのロックオンは緑の瞳を瞬かせて、ずっと看病していたティエリアの手首を捕らえた。
「そんな顔しなさんな。これは傷は俺の責任なんだ。お前のせいじゃない」
「でも、でも」
涙が溢れそうな。目頭が熱かった。
「何度も言わせなさんな。俺が、自分でお前さんを庇った。それだけの話だ」
「痛み止めはまだ効いていますか?」
「ああ、まだ効いている。いつか俺を殺すだって?上等だ、ティエリアに殺されるなら本望だよ」
ロックオンは、いつものような笑顔を無理に浮かべて、眠そうに目を擦った。
少し、いつもより子供じみた仕草。
茶色の髪がシーツにざんばらになって散っていた。
それに目がいって、ティエリアはその髪を撫でる。白い、伸びた爪は綺麗に整えられて、長い指がロックオンの髪を撫でていく。
それにくすぐったそうに、ロックオンははにかむ。
「もう少し、眠るよ」
「おやすみなさい」
また眠りにつくロックオンに、キスをして、同じベッドで横になり、彼の横顔を朝が明けるまでずっと見つめていた。
ロックオンは、朝がきてもまだ眠り続け、けれどティエリアは彼を起こすことはしなかった。
大分、疲れが溜まっているのだ。彼にも、自分自身にも。
彼が自分を庇い、血まみれで医療室に運ばれ、緊急オペを受けたその、閉ざされた扉の前で、ティエリアは泣いた。自分のせいだと、顔を覆って。
今でも、自分のせいだと思っている。彼が、傷を再生させることなく、光を失った右目をそのままに、理由は戦いが続いているからというものだけど、再生治療を受け続けて昏睡する姿をティエリアに見せたくなかったのだろう。
戦いが終わったら、再生処置を受けると、ドクター・モレノにそう言い返していたロックオンの姿が、昨日のことのようだ。
戦いはますます激しさをますばかりで、終わりさえ見えない。
泥沼化していく中で、たくさんの血が流れていく。
ロックオンは、ティエリアの変わりに血を流した。そして傷つき倒れた。
秒針を刻まぬ時計に手を伸ばして、電池をいれて適当な時間に針をまわして、枕元に置いた。
「あなたを。そう、殺してしまう。僕はそれでも、あなたから離れられない」
意識のない相手に、キスをして、ティエリアも限界が訪れて知らない間に眠ってしまった。起きたときには、隣はもぬけのからで、ロックオンかかぶっていた毛布がティエリアの身体にかけられていた。
「あなたは、優しすぎる―――」
****************************************************
星が瞬く世界で、ロックオンの命は散り果て、そして帰らぬ人となった。
彼が選んだのは、家族への復讐。ティエリアが殺したわけではない。でも、ティエリアはアリーへの復讐を心に決めていた。
ロックオンがアリーをうたなければ、ティエリアがそうしていただろう。それで自らの命を落とすことになっても。
遠巻きに、彼を殺したことになるのだろうか。
それは今でも分からない。
ただ、ティエリアの想いが、彼の未来を殺した――ハロに録音されていた、「絶対に帰ってくるよ」という言葉のあとに、「お前のせいじゃない」と、ティエリアを気遣うロックオンの言葉があった。
「俺たちの未来のためにも」という言葉を聞いた時、呼吸が止まった。ああ、やっぱり。
僕の愛が、彼を帰らぬ人にしてしまったのだ。
愛し愛され、対等ではあったけれど、その愛が重く彼を縛り付けていたのも事実。
ロックオンは、未来を歩むために出撃し、そして宇宙で散った。そう、家族の敵を討つという、未来に続くロードを、ティエリアと生きる道を確保するためにも、戦ったのだ。
そして、引き分けのような、死。
ロックオンは、死に際に地球に向かって手を伸ばしていた。生れ落ちた故郷。ティエリアが嫌う、重力はあるけれど生命と緑と水に溢れた地球。
エデンと呼ばれる、人が生きる星。
「だから――俺は、未来を歩こうと、ずっとずっと。ティエリア、お前と未来を歩こうとしていたんだ。・・・・ごめんな」
吐息にまじる喀血を最後に、ロックオンの意識は途切れ、深遠の闇に飲まれていった。
どこかで分かっていた。彼が、家族の敵をうとうとするだろうと。
止めることだって、きっとできたはずだ。回避する方法だってあったはずだ。
戦闘を放棄して、ロックオンの元にもっと早くにかけつけて、救うことも可能だったのではないだろうか。
そう思うと、涙が止まらなかった。
「愛しています、愛しています」
コックピットの中で、傷つきはてたティエリアは、ロックオンの名を呟いて号泣した。そして彼と同じように天に召されることを願った。彼のあとをおいたいと。
それは叶わず、月日は流れた。
「僕の愛が、あなたを殺したのだろうか。それとも、あなたの愛が自滅したのだろうか」
ロックオンの墓の前で、黒い喪服に身を包んだティエリアは、薔薇の花束を添えて一人、墓にむかって話しかけていた。
風がふいて、さわさわと緑がゆれ、一枚の若葉が紫紺の髪を風に靡かせるティエリアの髪に絡みついた。それを手でつまんでから、ロックオンの墓にそっと置いた。
「散りゆく木の葉のように、僕達の関係は壊れやすかった。脆弱ではなかったけれど、基盤が脆かったんだろう。でも、僕はあなたを愛することを止められなかった。あなたが、僕を愛することをやめなかったように」
ヒラリと、今度は変色した木の葉が足元に落ちてきた。
「後悔は、していません。生きていることに、後悔は。あなたを愛したことにも。僕はあなたなしでは生きられないと思っていた。でも、人間は強いのですね。あなたがいなくなっても、僕は生きている。あなたが僕を愛してくれたからでしょうか」
(きっと、そうだよ)
何処からかニールの声が聞こえた。
「いるのですか!会いたいのです、どうしても一目だけでいいから会いたいのです!」
口では堅いことをいうが、やはりまだ引きずっていた。金色の瞳から涙が溢れて、銀の波となって地面に滴り落ちた。
「会いたい――」
もうこの4年間ずっと口にきてきた台詞。ふわりと風が吹いて、どこか暖かな空気に包まれ、ああ、これがきっと彼の想いなのだろうと自分自身を抱きしめて、墓の前でひざまずいた。
その構図は、まるで聖職者が洗礼を受けているように美しく、神秘的だった。ティエリアの人間離れした美しさのせいで、そう見えるだけだったのだろうが。
「歩きます。僕は、誰でもないあなたと一緒に」
涙をふき取って、立ち上がると、トレミーに帰還すると通信を入れた。
そんなティエリアの後ろ姿を、宇宙で散った彼が「がんばれよ」と、聞こえるはずもない言葉をかけて、ひらひら手をふり、そして光の明滅と一緒に色を変えていく。
木の葉を落としたのは、彼だったのだ。
会いにきてくれてありがとうと、そういいたかったのだ。言葉は伝わらないから。姿も見えないから。
でも、ずっとロックオンは、ティエリアの傍に立って、ティエリアが泣きはじめた時には後ろから抱擁もした。
「俺は、お前を愛して―――幸せだったんだ」
ロックオンの言葉は、まるで地球に向けて手を伸ばしたあの瞬間のように。一瞬の幸福に満ち溢れていた。
届かない距離、届かない手。
ティエリアに、決して届くことのないその手を天につきだして、ロックオンはティエリアの中に光となって消えていく。
確かに、一緒に彼らは歩んでいる。
ティエリアは気づいていないけれど、その心に、記憶がたくさん思い出として詰まっているように。ロックオンの魂も、一緒に思い出の中に紛れて、ティエリアを見守っているだろうから。
それは枯れることのない、永遠の愛。
血と聖水「ムーンライト」
「明日、出立します。フェンリルももう寝よう」
名を呼ぶと、子猫サイズに召還されっぱなしの氷の精霊フェンリルが、ロックオンの頭に爪をたててから、ティエリアの腕の中に、嬉しそうに舞い込んできた。
「主とねるのにゃーん」
「いってえええ」
その爪は頭蓋骨にまで響きそうな勢いであった。
大量に出血しながらも、再生を続けるロックオンの傷。
「血と聖水の名において、アーメン」
ティエリアは、おやすみのかわりに、いつもヴァンパイアを退治する時に使う言葉をロックオンにかけて、すぐに2階にあがってしまった。
寝るベッドは一緒なので、ロックオンも急ぐわけではない。
「ハイ・ヴァンパイア。始祖の血か―――」
怖いのか――。
そう、腹の中で声が聞こえた気がした。
始祖の血は、ロックオンがもつエーテルイーターを通さない。その血は清すぎて食うことができない。存在が聖人聖女のような者ばかりだからだ。
エーテルイーターは闇を好む。そう、ヴァンパイアを。
かつてコキュートスという氷結地獄で、閉じ込められた悪魔や神、天使のエナジーを食い放題に荒らしたエーテルイーターであるが、ハイ・ヴァンパイアは清すぎてエーテルイーターは食らうことはできない。
エーテルイーターなぞなしでも、勝てる自身はある。
だが、もしもエーテルイターが暴走し、その血を啜ったら。
そう思うと、眠気が覚めていく。
こんこんと、窓の外で音がした。
「入れ」
「はっ」
ざっと、開け放った窓から影が跳躍して、部屋の中心に立っていた。
額に第三の目を持っている。帝国に絶対忠誠を誓った、帝国貴族の若者であった。
「女帝メザーリアは、今回のことになんと言っている?」
「は。メザーリア陛下は、全ての采配をネイ様と血族のティエリア様にお任せすると」
「そうか。戻っていいぞ」
帝国騎士の若者は血の渦となって、床にとぷんと吸い込まれて消えてしまった。
ハイ・ヴァンパイア。本来であれば血の帝国で絶滅危惧種として、手厚く保護されている、上位階級の個体数の少ないヴァンパイア。
一波乱ありそうだと、ロックオンは残っていたコーヒーを飲み干す。
血と聖水外伝「ムーンライト」
ムーンストリアは、すでに200人以上の人間を嬲り殺しにしてきた。全て、彼女を処刑においやった人間ばかり。無関係な人間は巻き込んでいない。
魔女と呼ばれた彼女の背後には、教会がらみの大きな不正があった。それは法王さえ巻き込むほどの、大きな不正。
人を、ヴァンパイア化せずに不老する方法。それを探っていた人間たちが見つけた、ヴァンパイアの核である心臓から生き血をとり、それを凝固させて100日間月光の元に晒し、さらに生命と太陽の女神であるライフエルの祝福を受けて作られた、幾粒かの錠剤を巡る疑惑と、謎。
その元になったのは、魔女として処刑されてしまった、彼女の、そう、高位であるハイ・ヴァンパイアの心臓の血。
その方法を知っていたのは、魔女として火あぶりになった彼女自身であった。ハイ・ヴァンパイアとして普通のヴァンパイアやロード、マスターが生きる限界をこえた数千年を生き、限りなく始祖に近かった彼女の血しか、その方法で完璧なる人に不老を与える、魔法薬にはなりえなかった。魔法薬の作り方、その方法を、彼女がある聖職者に教えてしまったのが、全ての間違いであった。
彼女を、ハイ・ヴァンパイアであると知った人間たちは、彼女を捕らえ、異端審問にかけて拷問し、核である心臓から生き血を取り出した。そして、凝固させて100日間月光の元に晒して、生命と太陽の女神ライフエルを、こともあろうか法王自身が召還し、できあがった数粒の魔法薬に祝福を与えた。
法王は、それがなんであるかを知ってはいなかったそうだが。
それでも、殺意が泉のように沸いてくる。こんなことのために、彼女は殺されてしまったのか。ハイ・ヴァンパイアであった彼女は、誰よりも人間を愛していたというのに。法王に洗礼が叶ったとき、涙さえ流したというのに。
嗚呼。
憎い。世界の全てが。生きている人間の全てが憎い。
憎くて仕方ない。
もう、狂っているのかもしれない、自分は。
ムーンストリアは、月光の光を浴びながら笑った。孤独に。
そのムーンストリアの首には、多大な懸賞金がかけられていた。背後には、教会を関係とする聖職者の匂いを漂わせていた。
その退治の依頼を引き受けたのは、ティエリア・アーデ。
血の神として恐れられる、ネイの血族だ。
ネイとは、この世界で生れ落ちた新人類たるヴァンパイアを食らう使徒。使徒にして絶対なる皇帝。生きるヴァンパイアたちの神。
今はロックオンと名乗っている。元々の名はネイであり、そしてニールとも名乗っている。
かつて千年ほど前に、大規模な魔女狩りを人間国家に引き起こして、3つの国家を滅亡においやった、血の神は、今日も暢気にホームでティエリアが作った食事をほおばり、いつものように頭にフェンリルを乗せて、ティエリアが銀の武器を手入れしている様子を、遠巻きにみていた。
「いつもながら精が出るなぁ」
「まぁ、仕事ですから」
ティエリアは苦笑して、銀の短剣を磨き上げてから、いつも愛用している2丁の銃をホルダーにしまう。それから、大切な銀の弾丸の在庫を確認し、水銀の詰まった、数の少ない弾丸の数も確認する。
その弾丸の中につまっている水銀は、全てロックオンの血だ。
ティエリアの血にも水銀が混じっているが、マスターであるロックオンの水銀は濃い。
水銀は、銀よりも致命的な傷をヴァンパイアに与える。
ティエリアはヴァンアパイアハンターであり、そのマスターであり、ティエリアを血族としたロックオンもヴァンパイアで、いつもはぐうらたらしているが、戦闘などではティエリアを補佐する良きパートナーであった。
「今回は、ハイ・ヴァンパイアがハントの相手だそうだな。ハイ・ヴァンパイアは始祖に近い」
「そうなんですか?」
「ああ。始祖は・・・・・ヴァンアパイアの中でもヴァンパイアらしくない、人間を愛する者たちばかりだ。だが、その血族で、マスターを殺された元人間となると、話は変わるな」
ロックオンは、食後のコーヒーを飲みながら、溜息を大きくついた。
「銀はきかないと?」
「いや、有効だろう。聖水も。だが、やはり水銀が一番きくな」
ティエリアがしまったばかりの、水銀のつまった弾丸を指さす。
「そうですか。では、あなたか僕の血をビームサーベルに纏わせて戦うのが一番ですか?」
ロックオンは、別名「水銀のニール」として有名で、滅びた3つの王国は水銀に汚染されまくって生態系が崩れ、他の人間国家から絶滅宣言を受けて、この地上の地図から削除された。当時はたくさんの魔法使いなどが、その領土を焦土とするためにかりだされたものだ。もう千年も昔の話だが。
水銀に汚染されたまま生き延びたのが女性だったため、周辺諸国では魔女狩りが頻繁に行われた暗黒の歴史も付随している。全ては、ネイでありニールでる、ロックオンのためにおこった出来事。
何百万人もの人間が死んだ。他の種族も、多数の生命も。
そんなこと、今のロックオンには知ったことじゃないといったかんじであるが。元々、ロックオンをネイと知った人間が、その血族になろうと争いをおこし、それが戦争に発展し、ロックオンからぬかれた血が王国にばらまかれて、人間たちは自滅の道を辿ったのが、ネイ(ニール)が滅ぼしたという3つの王国の真実である。
「まぁ、水銀の血の武器で戦うか、それとも銃に水銀の弾丸をつめて撃つか。まぁそれが一番きくだろうさ。相手に戦う意思があるのなら」
「?戦う意思がないとでも?」
「ハイ・ヴァンパイアは同族争いを極端に嫌う。血族の上位にも興味を示さないし。人間に紛れて生きている固体ばかりだ」
「それでも。僕は、ムーンストリアという固体を殲滅しなければなりません。なぜなら、彼は人間を殺した」
「まぁ、殺したくもなるだろうなぁ」
裏に隠された、魔女として処刑されたハイ・ヴァンパイアの存在を知っていて、ロックオンはお手上げだとばかりに、ジェスチャーをする。
いかに血の神であるからとて、他のヴァンパイアをどうこうする権利はない。殺人を止める権利も。
ヴァンパイアを支配しているが、実際は身の内に潜ませる獣であるエーテルイーターをてなづけておく、一種の手段である。
同族食い。
それが、この血の神がもつ能力。
禁忌とされる、エーテルイーターを自在に操り、支配する皇帝。血の帝国に存在する表の皇帝、ヴァンパイアたちを守るメザーリアという女帝とは反対の位置に存在する、ヴァンパイアを粛清する使徒。
時に同じ種族であるヴァンパイア、エターナルヴァンパイアたちを支配し、守り、そして生きるために掟を破りヴァンパイアに堕ちた者や、ハンターの標的となったヴァンパイアのエナジーを啜る、獣。
この世界に存在せし3柱神、ルシエード、アルテナ、ウシャスにも匹敵する存在であるネイ。
その血族ティエリア。
なぜ、姫王とまで呼ばれ、ブラット帝国でその地位が確立されているのに、ティエリアが帝国に移らないかは、彼が人工ヴァンパイアであり、ヴァンパイアを狩るために人工的に生み出された存在が故だろ。
霊子学の極みの産物。
それが、ティエリアそして同じヴァンパイアハンターをする仲間であり友であるリジェネ、刹那である
血と聖水外伝「ムーンライト」
ブラッド帝国。
血の名を冠したその帝国に生れ落ちたヴァンパイアたちは、ほとんどが人間と共存することを選んだ、平和主義のヴァンパイアたちである。
けれど、本能である、人の血を吸うという行為を完全に絶つことができない。
故に、ヴァンパイアたちは、血液バンクから輸血用や、エターナルヴァンパイアたちの食事用に供給された血液を飲み、あるいは人工血液製剤を口にして、本能に抗った。
甘美なる味の人の血。
ブラット帝国のヴァンパイアを、通称してエターナルヴァンパイアと呼んだ。
帝国から這い出て、人を襲うただのヴァンパイアに堕ちた者と区別化するための名前。エターナルたちは、白い皮膜翼をもつ。瞳の色も様々だ。
対してただのヴァンパイアたちは、真紅の皮膜翼をもつ。その地位がロードやマスターでもない限り、瞳の色は極めて真紅かそれに近い色になる。
真紅は血の色。
血はヴァンパイアの糧であり、存在意義であった。
その日は、月光が美しかった。
「ムーンライト」という、別名の呼称をもつそのヴァンパイアの個体は、月を見上げて微笑み、それからその光を浴びて魔力を貯める。
体中に魔力が満ち溢れるのが分かる。
月の光は、その固体に魔力を与えてくれる。
ムーンライトの本名はムーンストリア。月の精霊王の名を意味するその名を与えてくれたのは、ムーンストリア、彼を血族にしてくれた、マスターたるヴァンパイアだった。
その階級はハイ・ヴァンパイア。ロードヴァンパイアやヴァンパイアマスターの上をいく。
数少ない階級であった彼女は魔女と呼ばれ、やがて愛する人間の手によって捕らえられて、異端審問を受け、身体に傷がついても再生することから、魔女と断定されて火あぶりにされて死んだ。
ハイ・ヴァンパイアであれば、火あぶりにされることを待たなくとも、その場にいた人間を、血の刃でずたずたにすることができただろうに、彼女は人間に殺される道を選んだ。
なぜなら、人間を愛していたから。
自分を殺すことで、少しでも他のヴァンパイアの恐怖から逃れることができるならば、と。
なんて浅はかで愚かな。
彼はそう思った。
でも、愛しい。
愛しくて、憎い。
狂おしいくらいに。
「血の名を冠する者たちは、運命を人間によって変えられる。何故だ。俺たちヴァンパイアは、人間の上位種ではないのか。新人類ではないのか。元々ヴァンパイアという存在をこの世界に作り出したのは、古代魔法科学文明の科学者たちなのに」
伝承で伝え聞いた、ヴァンパイアの始まりの神話を口にする青年は、月の光を浴びた、月の化身のように麗しかった。
銀の髪に、真紅ではないオレンジの瞳。
明らかに、ヴァンパイアである真紅の翼を背中に持っていたが、数少ないハイ・ヴァンパイアの血族となり、自らもハイ・ヴァンパイアの階級にいる彼には、少し不似合いな色。
ハイ・ヴァンパイアであれば、エターナルととは対照的な黒い皮膜翼をもっているのだが、彼の翼は真紅だった。
それが、魔女と呼ばれた愛しい、マスターである今は亡きハイ・ヴァンパイアの形見であるかのように、彼は翼の色をわざと真紅にした。
元々は黒かったのに。
「私は人間を愛しているの。だから貴方も愛してちょうだい」
陽だまりのようであった、彼女の言葉と笑顔を思い出す。
太陽のようであった、彼女は。
魔女など、どこをどう捉えればそう疑われるのかも不思議なくらいに。彼女は自分がヴァンパイアであることを隠して、人間として生きていた。
バンパイアを敵と見なし、血の帝国と対立した国家に住んでいたために、魔女として処刑された彼女。もう長いこと容姿も劣らないことが、密告のきっかけとなった。
ヴァンパイアだもの。
容姿が醜く衰えることなど、あるはずがない。いくら人間を装っても、結局は違う種族。人にはなりきれない。
そして、どんなに人間を愛しても、所詮は人間。人間とヴァンパイアが相容れることなどないのだ。
そう、永遠の血族にして、自らの血族に人間を迎え入れない限り、人はヴァンパイアに恐怖し、敵視する。
人の血を啜るという、払拭することのできぬヴァンパイアの本性を知っているから。
踊る阿呆
見慣れたいつもの光景。ティエリアの隣にはジャボテンダーが座っていて、その前にはメロンソーダがおかれてある。
いわく、ジャボテンダーさんの好物であると。
結局食事が終われば、ティエリアが飲み干すことになるのだけれど、ジャボテンダーさんを食堂に招くことに意味があるのだそうだ。
家族、だから。
「また残してる」
ピーマンをよけるティエリアを、めっと、子供を叱咤するように注意するロックオン。
「苦いのは、嫌いです」
つーん。
あらぬ方角をみるティエリア。
「よし、ちゃんと食べたらジャボテンダー音頭踊ってやるぞ」
「本当ですか!?」
目を煌かせて、不味い苦い嫌いなピーマンを我慢して食べた。そのティエリアの頭を撫でて、ロックオンは自分も食事を続ける。
「あれとって」
「はい」
「ああ、それとってください」
「ほい」
あれとかそれで会話が成り立つ二人。
やっぱりいつものように、少し離れた席にいたのに、二人のラブラブ光線にやられて、アレルヤは放心してミルクに塩を入れていたし、刹那は胸焼けを起こしてココアに醤油を入れていた。
「うーんうーん」
「うーんうーん」
二人して、その後頭痛がすると頭を抱え込む。でも、変なものをいれてしまった飲み物は、勿体ないので最後まで飲んだ。
凄まじくまずかった。きっとピーマンより上をいっているだろう。
「あージャボテンダー~~~~それ、よ、それそれ」
食堂で、ジャボテンダー音頭を踊りだしたロックオン・ストラトス。本名ニール・ディランディ。24歳。白人、アイルランド出身、テロで家族を失い、ソレスタルビーイングに入った。銃撃の腕を武器とする。
それにまとわりつく、子犬のようなのは、ティエリア・アーデ。紫紺の髪に石榴色の瞳という、珍しい色彩を備えた白皙の美貌と、すばぬけたIQの知性をもつ、ソレスタルビーイングきっての天才。
二人は、揃うとただの阿呆になる。
ジャボテンダーさんもそろえて、三バカトリオと影で刹那は罵っている。
あながち、外れてもいない。
綺麗な透明な声なのに、どこな音色をわざと外したようなジャボテンダー音頭を歌うティエリアの歌詞にあわせて、ロックオンはジャボテンダーを手に音頭を踊る。
やっぱり、阿呆だ。
刹那とアレルヤは、水を飲み干して、二人を残して、去っていった。
この命果てると時まで
雨が止んで、太陽が顔をだした。
冷えた身体はそのままだ。
冷たいと、遅まきに身震いする。少し雨に濡れてしまった。
「会いに、きました―――」
爪たい、石の触り心地が手に懐かしく響く。酷く、ここを訪れたのは昔のような気がして、彼は紫紺の髪に水を滴らせたまま、持っていた白い薔薇の花束を、彼の墓標に捧げた。
冷たい、温度。
石の、冷たい。
きっと、あなたの身体もこんな風に冷たくなって、何処かにあるんだろうか。
神など信じていない。だが、天国というものがあるならば、せめて罪を犯したとはいえ、あの人に、あなたに安らぎを与えて欲しい。
「ニール・ディランディ」
ディランディ家の墓。
彼の墓標はそこ。
違う墓地に、彼の墓を勝手に作ったが、きっと彼の魂は、代々ディランディ家の者が眠るこの墓に還ったのかもしれない。
時折、見慣れない真紅の薔薇が、枯れたまま添えられていることに気づく。今まさに、墓標の前には朽ちた真紅の薔薇がそれられていた。
「生きているんだな、君も。足掻きながら、この世界を」
真紅は、彼の色だ。血のような赤い瞳をもった、自分より年下の少年の。
きっと、今頃惚れ惚れするような青年に育ったに違いない。孤高の狼のような雰囲気をいつも持っていた彼がそのまま大人になったとすれば、きっと誇り高い若者になったに違いない。
そう、生きているんだ。彼も、僕も。この世界を、今。
今、この瞬間を―――。
ティエリアは、身震いを一つしてから、くしゃみをした。
「風邪かな」
自重気味に笑う。
笑うという行為が、笑顔を作ることがこんなにも難しいなんて、生きていて初めて知った。
泣くことのほうがはるかに簡単すぎて。
体中の水分がなくなるかというくらい、あの人の死を知ったとき、泣いた。そして自分だけ生き残ったことを知ったときに、また泣いた。仲間の死に、また泣いた。
泣いてばかりで、いい加減頭が痛くなってきた頃、フェルトやイアンの笑顔に支えられて、違う感情を出すようになった。
あの人の幻を、生きていけという幻を夢なのか現でなのか分からないが、見たのもその頃だ。
それからティエリアは、自室に篭って黙し、食事も睡眠もろくにとっていなかった姿から変貌を遂げた。新たなる、リーダーとして歩みだした。
ロックオン、ニールの亡き後を継いで。
刹那とアレルヤは以前行方不明。
でも、きっとどこかで生きている。
そして、足掻いている。生きるために。
いつか、刹那に出会ったら、このリーダーの座を譲ろうと思う。
それが、ニールの遺言のように、もしも帰れなかったらと、当時聞いた時は涙なしでは最後まで聞き終えることのできなかった、ハロに録音されていたニールの言葉。
「帰ったら、またあの喫茶店にいこうな。また俺の家にもいこう。それからそれから」
録音には、未来を語る言葉がたくさんあって。
でも、もしもの時は、刹那を中心に、お前が刹那を支えてやれと。
泣きながら、ハロを抱きしめて頷いた。もう何年か前の記憶だ。
「僕も足掻く。この世界を、生きるために。そして、いつか」
いつか。
いつか――あなたに、会うために、生きぬいて往生し、そしていつかこの命果てよう。戦死するかもしれないけれど。どんな形の死を迎えるのであれ、いつかこの命果てるまで足掻こう。
「冷たいな」
大気が冷えてきた。
ティエリアは、マフラーを巻いて、ゆっくりと去っていく。白い薔薇をそえて、黙祷し。
雨が、いつの間にか雪にかわっていた。
アイルランドの寒い北風を身に受けて、ティエリアは歩きだす。
いなくなってしまったけれど、あの人と、一緒に。
歩き続けるのだ。
この命、果てる時まで――。
沈黙の雨
その日の天気は、どしゃぶりだった。
大雨。天気予報では、晴れといっていたのに。朝は気持ちよく快晴で、空は紺碧をたたえて、一欠片も雨が降りそうな気配などなかったのに。
「・・・・・・・」
彼は、靴だけは耐水性のブーツを着ていたのに、傘もささずに街中にたたずんでいた。
いくら梅雨の季節だろうと、風邪をひくだろうにと、行きかう人が傘もささず、かっぱもきていない少女だか少年だかよくわからない中性的な美貌の彼を見て、驚きながらも去っていく。
ばしゃんと、水溜りの水が、車ではねられて、ブーツに泥を被せた。それさえも、どうでもいいように。
ただ空を見上げて、彼は黙していた。
薄暗い雲の向こう側で、凄い音と共にカッと光が瞬いた。
ゴロゴロゴロ。
雷の凄い音に、通りかう人、特に女性が悲鳴をあげて歩む速度をあげていく。
「・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
彼の耳に、雷の怒号は届いていなかった。
空ろな瞳。いつもは朱色の、石榴のような色の瞳が、金色の人がもつには在りえない色で輝いていた。
イノベイターとしての、瞳。
ふと、彼は喫茶店の窓硝子に向かって微笑み、背伸びをした。
その窓硝子に映っていた人物も、微笑んで、窓硝子ごしに彼にキスをする。
触れ合えたのだと思ったのは瞬くよりも短い時間。
唇に触れるのは、冷たい温度。硝子の、大気に冷えた温度だった。
窓硝子に映った、愛しい愛しいその人は、雷の灯火と一緒に消えていく。
幻覚だった。
窓の向こう側には、誰もいない。
ただ、ちらちらこちらを気にするように、疎らに喫茶店の客が彼を見ていた。そして、羨望の眼差しで彼の、人間離れした美貌に酔いしれる。
「あの・・・」
喫茶店のアルバイターが、見ていられずに、彼に声をかけて傘をさしだした。
「濡れますよ。よければ、店の中に入りませんか。何も注文しなくてけっこうですから」
ゆらりと、彼は揺らめくように金色の瞳を彼に定めてから、また空を仰いだ。
「なんだ。幻か―――」
悲しそうに。
とても悲しそうに。
やっと見つけたと、思ったのに。いない。何処にも。
この地上にも、宇宙(そら)にも、あの人はいないんだ。
「あの・・・」
「俺の連れだ」
20代の青年の、声音がした。振り返ると、刹那が立っていた。
「刹那。――――僕は」
ふと、自分の姿に気づいて、彼、ティエリアはびしょぬれの自分の姿に、沈黙する。
長い沈黙だった。
その沈黙に全ての意味がこめられているようで。
喫茶店のアルバイターは、刹那が放つ威嚇のような鋭い視線に、声もなく店に戻っていく。
「帰ろう」
さしだされたもう一本の傘。
刹那も雨でびしょ濡れだった。
ティエリアの姿がないと気づいて、急いで町に探しに出かけたのだろう。ろくに傘もささずに、走り回って。泥で汚れた、冷たく濡れたコート。
「あの人と、帰りたい―――」
「それは無理だ」
きっぱりと断言する。
断罪するように、冷たく。
けれど、それをティエリアは受け入れる。
「ティエリア!」
アレルヤが、二人に気づいて傘を放り出しそうな勢いで駆け寄ってくる。
「刹那も!こんなに濡れて!」
「おいおい、簡便してくれよ」
「違う。あなたは――違う。彼じゃ、ない。あなたなんて、嫌い」
アレルヤの後ろに続いていたライルの姿を見つけて、ティエリアは唇をかみ締めた。彼と、あの人と全く変わらない色彩、容姿、声。でも、彼じゃない。それから、刹那がさしだした傘をひったくって、逃げていく。その後を、刹那が追いかける。
気づいていただろうか。ここに居る誰かが。いつもは、決して「あなた」という言葉をニールにしか使わないのに、ティエリアはライルをあなたと言ったことに。誰も気づいていないだろう。ティエリア自身すら、自然に口から出た言葉であり、気づいていなかった。
「はぁ。教官さんは、なんだぁ?まだ兄さんを探してるのか?」
軽く舌打ちするライルを、アレルヤがひっぱたいた。
「ライルが!あんな真似するから!」
トレミーから降りて、日本の刹那の自宅やらホテルで滞在し、任務の命令待ちであった。ホテルに滞在していたライルは、いつも自分に厳しいかわいい教官殿をからかおうと、亡き兄の形見だという服と同じ服を注文して勝手に作り、それを身につけて、ティエリアが滞在していた刹那の家のインターホンを鳴らした。
わざと、兄、ニールと同じような台詞を、仕草を、それから帰ってきたのだと、芝居を彼の前でしたのだ。彼が、そうされることを心のどこかで望んでいると知っているから。だから、わざと、した。
「・・・・」
ライルも沈黙する。殴られた頬をそのままに、流れ落ちてくる雨さえも沈黙してしまいそうな、そんな重い沈黙だった。
夢を見ているような、涙を流して「これは本当なんですか?」と囁いた、ティエリアの姿が、心に疼いた。酷い真似をしてしまった。まさか、あんなに乱心するとは思わなかった。まさか、本当に信じるのだとは思わなかった。すぐに、いつものように怒声を吐いて、「何を馬鹿な真似をしている」とどやされるかと思っていたのに。
彼は、泣いたのだ。
屑折れるように、自分の服を握り締めながら、声もなくないて、かけていた眼鏡を玄関において、そしてライルに抱きつこうとした。
ニールを装ったライルに、触れようとした瞬間、また泣いた。
号泣した。
「どうして――こんな真似を。そんなに僕が嫌いなのか、ライル。詰るなら直接して欲しい。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。どうして、こんな真似を―――」
そこで、彼の言葉は途切れた。
彼は、目の前のニールがライルであると分かっていて、目を閉じてキスをしてきた。驚いたのはむしろライルのほうだ。
「ほら。こんなにも、違う・・・」
あの人なら、優しく抱擁してくれる。こんな風に驚いて、言葉をなくすようなことはないだろう。
耳元で囁かれた、ティエリアと、愛しい響きを含めたライルの声音が消えなくて、ティエリアは雨が降っているのに、どしゃぶりの中傘も持たずに、ブーツだけ履いて外に飛び出していった。
途中から彼ら二人のやり取りを見ていた刹那は、ライルに、アレルヤに連絡してくれと、携帯と傘だけを持って、ティエリアを追って同じように外に走り出してしまった。
こんなことになるなんて、思っていなかった。
美しい彼は、怒って何をしているのだと、頭をはたいてくるくらいだと、軽く見ていた。
甘かった。
兄と彼が、恋人同士であり、そして死別してしまったことを、彼は兄の後を追おうとするくらいに、兄を愛していたのだと、今更ながらに事実をつきつけられる。
心が疼く。血の雨を流しそうなくらいに、後悔した。
刹那から連絡を受け、ライルと同じホテルに滞在していたアレルヤは、すぐにティエリアを一緒に探してくれると、それからライルの服を着替えさせておいてくれという刹那の注文にも頷いた。だが、アレルヤがまずは刹那の家に着いた時には、放心した様子で、けれどライルはすでにニールのいつもの普段着の格好から違う服装に着替えていた。
放心していたライルを促して、ティエリアを探すために町にでた。
携帯で、刹那がティエリアを見つけたと連絡をくれて、ほっと一息したのに。ライルをつれてきたのがまずかったのだろう。
ティエリアは、去り際、微かに涙を、雨の中に混じらせていた。
あれは、涙だ。雨ではないだろう。濡れた髪から滴り落ちた雫のように見えるけれど、あれは涙だとアレルヤは確信した。
「いこう。とりあえず、二人の帰りを待つために、刹那の家に。それから、ティエリアにちゃんと謝って。自殺するかもしれないって刹那から電話もらって、もう冷や冷やしてたんだから」
本当に。
彼が、心根の弱い人間であったら、とっくに自殺して兄の後をおっていただろうに。
強い責任感と、皆を守らなければならぬという、兄の意思を継ぐという志からそれすら、脳裏に過ぎることがあったかどうか。
とても強いのに、とても弱い。
硝子のように繊細なのだ、彼の心は。
中性と聞いて、興味がわかなかったといえば、嘘になる。彼と描写しても、正確には彼女なのかどちらなのかも分からない。性別が男性でないティエリアにとって、男性であるニールに恋し、そして恋人同士になったのは極自然な成り行きかもしれない。中途半端に女性化が進みながら、決して少女にはなれぬその身体。少年になりきることもできない。中性のラインから動くことのできぬ彼を、ニールは命をかけるまでに愛しただろう。ライルには分かる。兄とは長い間離れていたけれど。
もしも、自分がニール、兄だったら。全てをかけて、愛し守り抜いただろう。
「・・・・・・・ばっかだな、俺」
吐き出された言葉には、血が混じっていた。口の中を、自分で噛み切ったのだ。唇をかんで、それから口中を噛み切るくらいに、苦しかったのだ。
彼は、きっと永遠に兄の、ニールのものだ。その心を開くことはあれ、ニールから奪うことなどできない。それを承知のうえで、刹那はティエリアの傍にいる。
あれは比翼の鳥なんだよ。
そうアレルヤが揶揄していたのを、思い出す。
どちらか片方が欠けても、生きていけぬような。そんな存在。
だから互いを愛し、感情をぶつけあい、本心を曝け出す。だから、ライルは刹那に勝てない。
その刹那さえ、ニールには永遠に勝つことはできないのだから。
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「放って、おいてくれないか」
ティエリアは、走りつかれて、ガードレールに身を寄りかからせながら、傍らに佇む、緋色の目をした刹那に冷たく言い放つ。
まるでルビーのようだと、その瞳をいつも見ては思ったものだ。
「好きなだけ、泣けばいい。雨が隠してくれる、今なら」
ざあああと、雨が二人を打ち据えていく。
刹那は、よどんだ空を見てから、少しだけ息を吐くと、結局使わないままもたれたティエリアが、先ほど奪っていった傘を見つめた。
決して、自分の胸で泣けとか、我慢しろとかそんなことは言わない。ただ、俺がいるからという言葉を、我慢して飲み込んだ。
「強くなりたい。誰よりも、強く」
ザァァァァ。
雨が、重いその後の沈黙を濁らせる。
「いつか。あの人に、言うんだ。世界はこんなにも変わったと。いつか」
「ああ。だから、俺たちは戦っている。世界を変革するために」
「だから。その道を、君が照らしてくれ。君が、未来を」
本当はリーダーという位置には、生き残った仲間たちを支えて、ここまでソレスタルビーイングを率いたティエリアがするべきものだと思う。だが、刹那こそリーダーとなってくれと、ティエリア自身から頼まれた。邂逅した頃に。
大分やつれたと、思う。4年間という年月は、少年であった刹那を成人させ大人にし、そしてティエリアの時を止めたまま、確実に動いていた。
一度動きだした時は止まらない。
そう、この沈黙の雨のように。突然には、止まらない。
「ただ、覚えておいてくれ。お前の傍に、俺が居ることを」
濡れてしまったが、それでもましと、着ていたコートをティエリアの肩にかけた。そして、傘を開いた。
「知っている。君がいるから、今の僕はここまで強く在れた」
噛み付くようなキスを、二人はどちらからでもなしに、する。唇に触れる温度は、暖かくて。
涙が出そうだった。
沈黙の雨はまだやまない。
いつか、止んで太陽が笑う時がくるだろう。
時代にも、彼らにも。
その行き先は、まだ遥か彼方へと続いている。
