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小説掲載プログ
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まどろみの中で

母の羊水に浸かっているような感触。
ただ、温かい。
母の胎内にいるような心地。
ただ、温かい。

ここはヴェーダの中。たくさんの情報が流れるシステムのティエリアの領域。

すでに、彼は肉体を失った。
ホログラムを仲間の前に出して、会話することだって可能ではあるが。特に刹那の前で小さなホログラムを出し、宇宙で新しき戦いへ参加したのも、遠い遠い過去。
あの頃の仲間たちは、一人を除いてもういない。
あの蒼い生まれた星にも、月にも、宇宙にも。皆、寿命を終えて静かに眠りについた。CBはそれでもまだ存在し続ける。地球の未来を共に歩むために。

ティエリアは、目を開けると黄金色に光る虹彩をさらに輝かせて、ヴェーダの情報を読み取った。

「着信あり・・・・・・刹那からか・・・・6代目総帥は何をしている・・・・刹那ばかりこきつかって」

ヴェーダの中の、意識体である彼の紫紺の髪が揺れた。
ヴェーダは静かに月と地球の間を廻り続けている。
その中で、ティエリアは意識体となり、リジェネと共に、CBと必要時のみコンタクトをとって会話を交わす存在となっていた。
CBの6代目の新しい総帥はまだ年若いと聞いた。だから、刹那を普通のCBの構成員のように使う部分があるらしい。

地球に残り、イノベーターとして生き続ける刹那は、CBの中に身を置いて、肉体を棄てる選択をとることなく地上で生活をしている。
それが羨ましいとは思わない。むしろ窮屈だろうなと思案する。
人間の中に、人でない生命が混ざるのは難しい。
刹那は元々人間であった。純粋なイノベーターとして目覚めた後は、他に生存確認されたり、造られたイノベーターと人との調和を取り持っているし、イノベーターたちは人と群れたがらず、CBに籍を置くが月の基地での生活を好む。
そんなCB在籍のイノベーターの中に、初めは刹那も溶け込んでいた。

だが、人であることを忘れることなく、地上にも降りて、地球で人としての生活もする。実に器用だと思う。
同じイノベーターであるティエリアは、もしも肉体があれば、他のイノベーターと同じく月の基地で、同じ種族と静かすぎる生活を選択しただろう。それは眠り続けるリジェネも同じだろう。
リボンズに殺され、同じように肉体を失ったリジェネは、ティエリアのツインである。ツインとして、ごく当たり前のようにヴェーダの中に意識体を飛ばして、死ぬことなく存在し続けている。
ティエリアと同じだ。
ティエリアも、リボンズに殺された。

肉体を失ったイノベーターの全てがこうなれるのかというと、そうでもない。現にリボンズをはじめとしたかつての旧イノベーターたちは死んだ。意識体も滅びて。
こうなるよう、造られていたというべきか。ティエリアとそのツインは。

「眠っていたのか」

ティエリアが、指をパソコンのキーボードのようなもので凄まじい速度で暗号を打ち込むと、画面いっぱいに刹那の顔が浮かび上がってきた。
それはホログラムでなく、映像であった。

「何処にいる?ホログラムを出そうとしたが、遠すぎて無理だ。地球か?」
「地球の北極だ」
「また、どうしてそんな僻地に」
「以前の隕石についての調査で。6代目総帥がどうしても俺に指揮をとれと」

「また安請け合いを・・・・・」

ティエリアは大きく溜息をついた。紫紺の髪が無重力に揺れる。そもそも、意識体であるのだから半ば透けているのだが、それでも色は鮮明である。

「だから、助けてくれとこうしてコンタクトをとっている」

本当に北極にいるのだろう。厚着をして、毛皮のコートを被った刹那の顔が画面いっぱいに映っているのを見ていると、苦笑まじりにティエリアは自分の髪を撫でた。

「学者肌でもないくせに」
「それは承知の上だ。隕石内部に生命体らしきものが確認されたと。ガンダムクオンタムも現地に派遣している」

恐らく、通信はガンダムクオンタムからだろうか。外は嵐のように雪が舞いふぶいているのかもしれない。以前の機体のダブルオーも使うが、最近はもっぱらクオンタムを刹那は使用している。

「待っていろ。今サポートに回る・・・・・・」
「ああ、頼む・・・・・いや、いい」

刹那のコックピットに写された、ティエリアの紫紺の髪が揺れた。後ろから差し入れられた指がその髪を優しくすいて、それからゆっくりと上を向かせてから、その人物はティエリアの唇に唇を重ねた。

「あっ」

意思体のティエリアの体が揺れる。

「いや、続きは見せなくていいから。通信を切るぞ。切っていいか?なぁ、こっちから切れないんだが。頼む、切らせてくれ」

いくら親友とはいえ、濡れ場を見たくはない。

「や、やめ・・・・・」

柔らかな紫紺の髪が、刹那の画面いっぱいに広がった。

「やっ・・・・・ん・・・・」

意思体というが、質感はあるし、ほとんど肉体となんらかわりない。半分透けているかと思うと、本物のようになるし。

伏せられた睫に、涙が薄く滲んだ。

「じゃあな、刹那。また後で」

あっかんべーと、舌を出したその人物は、刹那もよく知っているロックオン、ニール・ディランディそのものだった。
ティエリアが最新科学をもって造らせた、ヴェーダのもつ情報と、残されていたロックオンのDNAから作られた半ばクローンのような、意識体。それは偽者のようで、けれど本物。
ティエリアでさえ、本物の魂が宿っていると感じる。だって、過去の記憶も何もかももっているのだから、その意識は。
ティエリアが望んだのはただの意識体であり、記憶などなく、性格はほぼプログラミングでなんとかなるだろうが、ここまで本人を再現することはできない。

きっと神の悪戯だと、刹那はそのロックオンの存在を知って、とびっきりの笑顔を見せてくれたのを今でも覚えている。あの仏頂面の刹那の笑顔なんて、ちょっとやそっとではみれない貴重なものだ。

死んだはずの最愛の人が、ティエリアと同じヴェーダで、漂うように意識体として存在している。ティエリアやリジェネのように、ホログラムを自分で飛ばしたり、機体を操作するなどという芸当はむりだが、ヴェーダの中においてはなんの不自由もない。

情報の端末を操作して、作り上げた寝室を描くと、ティエリアを抱き上げて、隻眼のエメラルドの瞳を刹那に向けてから、ロックオンはティエリアと刹那との回線を切ろうとした。

「またー?眠いんだけど、僕。邪魔しないでよ」

同じようにヴェーダで眠りについていたリジェネが、自分の領域の情報までかってに書き換えられたことで目覚めた。ふわりと、寝室のドアの前に現れると、嫌そうにロックオンを睨む。

「勝手に、僕の領域の情報書き換えないでよね。刹那の領域でもいじっとけば。あそこ無尽蔵のただの海だから」

ヴェーダには、頻繁にアクセスしてくる刹那の領域も存在する。半分以上がティエリアだけの領域だけれど。

「やめろ、だから見せなくていい、切れ!」

回線の向こう側で、刹那が顔を真っ赤にして叫んでいる。
すでにリジェネは消えて情報と交じり合い、ただの霧となった。残ったのはティエリアとロックオンだけ。

「んーーー、んー」

寝室に続くドアは開けられているのに、まるで見せつけるように、壁にティエリアを押し付けて、唇を貪ったあと、少年でも少女でもない肢体を貪ろうとする。服を鎖骨の部分まであげられて、そのまま平らな胸を舐め上げられると、びくりとティエリアの背がしなった。

「刹那、見ないでっ・・・・・あう」

「見てない!」

かつては幾度も重ねたことのある、昔の恋人のあられもない姿を思い描きそうで、刹那はパンクしそうだった。刹那とティエリアは、比翼の鳥のように互いがいなくては成り立たないような、そんな擬似恋人を、邂逅してから、ティエリアが仮の「死」、つまりは肉体の死を迎えるまで続けていた時期があった。
そのことをロックオンも知っている。
だから、わざと見せつけているのだ。

鎖骨に噛み付きながら、ロックオンの隻眼のエメラルドの瞳は刹那の映像を睨みつけていた。

ブツ。

無機質な音がして、ティエリアが、刹那とのコンタクトの回線を強制遮断した。
ティエリアの領域に幾分かのダメージが流れ、それはティエリアにも反映した。

「飢えた獣みたいな目を、しないで・・・・・」

ジジジっと、ティエリアの意識体が少しぶれた。

「僕はいなくならないから。だから、あなたももう絶対にいなくならないで」
「ごめんな。もう、いなくならないから」

ぎゅっとロックオンに抱きついて、ティエリアは目を閉じた。
ロックオンに再び抱き上げられて、寝室への扉が閉じる。
ティエリアの中にあるロックオンの領域とティエリアの領域が交じりあい、ブツリと切れた。

母の中に羊水に浸るように優しく温かい。
失ったはずの温もりにひたりながら、紫紺の髪をした絶世の美貌の彼はまどろむ。
優しい腕’(かいな)に抱かれて。

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