喪服(2期)
ティエリアは、喪服の黒いスーツに身を包んでいた。
雨が降る中、嫌いな地上に降りる。目的地はアイルランド。
ディランディ家の墓の前まで、刹那が運転する車でやってきた。
手には、赤い薔薇の花。まるで、彼が流した血のような色で、鮮明すぎて目が痛くなる。彼は、きっとこんな色の血を流して宇宙に散ったのだろう。そう思うだけで、手が震えてきた。
雨が、降っていた。まるで、ティエリアの心みたいに。
しっかりしろ。
心の中で、自分自身を叱咤する。じっと見つめていた地面から、顔を上げるのもつかの間、また地面に視線を落とす。
ピチャピチャと、雨が水たまりを作る音だけが耳に響く。
天気の時にくるよりも、雨の時に来たほうが何故か心が少し落ちついた。天気の時は心がざわついて、叫びたくなる。
こんなことは、真実ではないと。
いくら否定しようが、真実は真実。
彼は、アリーアル・サーシェス、家族の仇を打つことを選んだ。ガンダムマイスターであることよりも。ティエリアも置いていった。何にも言わずにいなくなるなんて、卑怯者と罵ってやりたいけど、そんなこともできない。
「お久しぶりです。元気ですか?」
答えはないと分かっているのに、墓に声をかける。
そうすることで、彼ーーーロックオン・ストラトスがまだ身近にいるような気がして。ただの錯覚であるとは分かっている。
でも、いつも自分の近くにいるーーそんな気がした。
彼は、ティエリアの心の中でまだ生きている。鮮やかな記憶と共に。
「あなたの分までーーー」
生きて、生き抜いて。仲間と共に、世界を変革し、平和をもたらそう。
なんて傲慢で我儘な願いだろうか。それでも、ロックオンが庇ってまで守ってくれた命だ。いけるところまで、生きたいと思う。この5年間、どれほど辛かったか。
トレミーの生き残った仲間達がいなければ、きっと挫折していたに違いない。
いくらイオリアの計画を遂行するためのガンダムマイスターといえど、人間だ。ティエリアの場合イノベイターだが、人間になってしまった。それは彼のせいでもある。
人間と触れ合い、感情を覚え、喜怒哀楽を示す。それが、人間。
「またきます」
傘を片手に、墓前に薔薇の花を捧げると、一度だけ振り返る。そして顔を上げて、前を向く。未来へと歩み出すために。
刹那が運転している車に乗り込むと、刹那がピジョンブラッドのルビー色の瞳でこちらを見ていた。
「もういいのか」
「ああ。もういい。帰りも頼む」
「了解した」
一度瓦解した心は、刹那が手をとってくれたことで再構築された。心の傷は疼くが、いつまでも過去を見ているわけにもいかない。
「さようなら」
遠くなっていくロックオンが眠っているわけでもない墓に、別れの言葉を告げる。戦闘が落ち着いて、季節が変わったらまた墓参りにいくだろう。
それが、ティエリアがロックオンに対して唯一できる贖罪のような気がして。
守ってもらった、お礼を言えなかった。そのことが心残りだった。ティエリアのせいで利き目を失い、そのせいで彼は死んだ。今でも、彼が怪我さえしていなければ、ロックオンの名をライルが名乗ることなく、生きていたかもしれない。だが、そんなことを考えても杞憂に終わる。
本当のあなたは、宇宙で眠っている。でも、宇宙は広すぎて。だから、墓などという場所にくる。きっと、魂はそこで眠っていると思うから。
刹那は私服だったが、ティエリアより先にディランディ家の墓参りをすませている。私服は黒を基調としているが、赤いターバンを、マフラーのように首に巻いていた。
出身のクルジスの出で立ちに似ている。
私服になるたびに、いつもターバンを首にマフラーのように巻いていた。5年前とそれは変わらない。ティエリアも、5年前と何も変わっていない。刹那は成長し、大人になったのに、ティエリアだけ時間を止めたままだ。それがイノベイターであるせいだとも分かっている。
この体が、いつまでもつのは分からない。50年生きるのか、それとも100年をこえても生きるのか。でもきっと、いつかあなたの元へいけるだろう。
いつか、きっと。
雨に濡れた深紅の薔薇は、透明な滴を流して、それはまるで泣くことがなくなったティエリアの涙そのものであるかのように見えた。
「随分濡れたな。傘をさしていたんじゃなかったのか」
「さしていた。でも、薔薇を墓に置くとき、雨に濡れたくなった」
「風邪はひくなよ。ホテルについたら着替えろ」
「ああ、分かっている。・・・・・分かって、いるさ」
雨に打たれたら、冷えていく彼の体のように冷たくなることができるかなどと、馬鹿なことを考えていたのだ。
ティエリアは、いつも喪服を身にまとっている。
体ではなく、心が。
ロックオンの安寧を祈り。
今は、ロックオンを失った痛みを引きずりつつ、刹那と共に歩みだした。比翼の鳥のように、お互いが欠けることができない。
ロックオン・ストラトスーーーニール・ディランディ。
どうか、あなたに静かなる眠りがあらんことを祈り。
雨が降る中、嫌いな地上に降りる。目的地はアイルランド。
ディランディ家の墓の前まで、刹那が運転する車でやってきた。
手には、赤い薔薇の花。まるで、彼が流した血のような色で、鮮明すぎて目が痛くなる。彼は、きっとこんな色の血を流して宇宙に散ったのだろう。そう思うだけで、手が震えてきた。
雨が、降っていた。まるで、ティエリアの心みたいに。
しっかりしろ。
心の中で、自分自身を叱咤する。じっと見つめていた地面から、顔を上げるのもつかの間、また地面に視線を落とす。
ピチャピチャと、雨が水たまりを作る音だけが耳に響く。
天気の時にくるよりも、雨の時に来たほうが何故か心が少し落ちついた。天気の時は心がざわついて、叫びたくなる。
こんなことは、真実ではないと。
いくら否定しようが、真実は真実。
彼は、アリーアル・サーシェス、家族の仇を打つことを選んだ。ガンダムマイスターであることよりも。ティエリアも置いていった。何にも言わずにいなくなるなんて、卑怯者と罵ってやりたいけど、そんなこともできない。
「お久しぶりです。元気ですか?」
答えはないと分かっているのに、墓に声をかける。
そうすることで、彼ーーーロックオン・ストラトスがまだ身近にいるような気がして。ただの錯覚であるとは分かっている。
でも、いつも自分の近くにいるーーそんな気がした。
彼は、ティエリアの心の中でまだ生きている。鮮やかな記憶と共に。
「あなたの分までーーー」
生きて、生き抜いて。仲間と共に、世界を変革し、平和をもたらそう。
なんて傲慢で我儘な願いだろうか。それでも、ロックオンが庇ってまで守ってくれた命だ。いけるところまで、生きたいと思う。この5年間、どれほど辛かったか。
トレミーの生き残った仲間達がいなければ、きっと挫折していたに違いない。
いくらイオリアの計画を遂行するためのガンダムマイスターといえど、人間だ。ティエリアの場合イノベイターだが、人間になってしまった。それは彼のせいでもある。
人間と触れ合い、感情を覚え、喜怒哀楽を示す。それが、人間。
「またきます」
傘を片手に、墓前に薔薇の花を捧げると、一度だけ振り返る。そして顔を上げて、前を向く。未来へと歩み出すために。
刹那が運転している車に乗り込むと、刹那がピジョンブラッドのルビー色の瞳でこちらを見ていた。
「もういいのか」
「ああ。もういい。帰りも頼む」
「了解した」
一度瓦解した心は、刹那が手をとってくれたことで再構築された。心の傷は疼くが、いつまでも過去を見ているわけにもいかない。
「さようなら」
遠くなっていくロックオンが眠っているわけでもない墓に、別れの言葉を告げる。戦闘が落ち着いて、季節が変わったらまた墓参りにいくだろう。
それが、ティエリアがロックオンに対して唯一できる贖罪のような気がして。
守ってもらった、お礼を言えなかった。そのことが心残りだった。ティエリアのせいで利き目を失い、そのせいで彼は死んだ。今でも、彼が怪我さえしていなければ、ロックオンの名をライルが名乗ることなく、生きていたかもしれない。だが、そんなことを考えても杞憂に終わる。
本当のあなたは、宇宙で眠っている。でも、宇宙は広すぎて。だから、墓などという場所にくる。きっと、魂はそこで眠っていると思うから。
刹那は私服だったが、ティエリアより先にディランディ家の墓参りをすませている。私服は黒を基調としているが、赤いターバンを、マフラーのように首に巻いていた。
出身のクルジスの出で立ちに似ている。
私服になるたびに、いつもターバンを首にマフラーのように巻いていた。5年前とそれは変わらない。ティエリアも、5年前と何も変わっていない。刹那は成長し、大人になったのに、ティエリアだけ時間を止めたままだ。それがイノベイターであるせいだとも分かっている。
この体が、いつまでもつのは分からない。50年生きるのか、それとも100年をこえても生きるのか。でもきっと、いつかあなたの元へいけるだろう。
いつか、きっと。
雨に濡れた深紅の薔薇は、透明な滴を流して、それはまるで泣くことがなくなったティエリアの涙そのものであるかのように見えた。
「随分濡れたな。傘をさしていたんじゃなかったのか」
「さしていた。でも、薔薇を墓に置くとき、雨に濡れたくなった」
「風邪はひくなよ。ホテルについたら着替えろ」
「ああ、分かっている。・・・・・分かって、いるさ」
雨に打たれたら、冷えていく彼の体のように冷たくなることができるかなどと、馬鹿なことを考えていたのだ。
ティエリアは、いつも喪服を身にまとっている。
体ではなく、心が。
ロックオンの安寧を祈り。
今は、ロックオンを失った痛みを引きずりつつ、刹那と共に歩みだした。比翼の鳥のように、お互いが欠けることができない。
ロックオン・ストラトスーーーニール・ディランディ。
どうか、あなたに静かなる眠りがあらんことを祈り。
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