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風に揺られて

「あ~~あ~~~」

風に揺られて高いソプラノの声が流れてくる。

「あ~~~~~~~」

時にそれは少年の綺麗なボーイズソプラノへと変わる。

「あ~~~~~~~」

「また歌ってるのか?」

「あ~~~」

ティエリアは、風に紫紺の髪をなびかせながら、デッキでうなる風に流される髪を右手で押さえて、ロックオンの方を見た。

歌の名前もない、即興のただの音を辿るような歌だった。

綺麗なボーイズソプラノと少女のソプラノの声が交じり合う。

まるで全身を風に揺られている錯覚を、ティエリアは覚えていた。肩まである少し長めの髪を、流れる風にさらわれながら、ロックオンに捧げるように歌う。

中性の天使は、美声の持ち主だった。

ティエリア・アーデ。少年とCBでは位置づけられてはいるが、他のクルーもマイスターたちも知っている、特殊な性別だ。少年よりであったが、今では少女よりになりかけている中性体。
少女になりかけているのは、ロックオンという恋人の存在のせいだ。
彼と真剣に付き合い、時には体を繋げるティエリアは少女よりの中性になっていった。

それでも少年の仕草や、性格は少年のものを残す。
自我を築いた時、少年として作られ生まれ落ちて、少年として過ごしてきた。

「あ~~~~~~~~~」

にこりと笑って、ロックオンのほうに手を伸ばす。

ロックオンはその手をとって、風に揺れるティエリアの髪を撫でながら、彼の手にキスをした。

「あなたも歌いませんか」

「いや、俺は歌は聞くだけでいい。お前さんの声を聞いていたい」

「そうですか。らららら~~~~~~~~」

ソレスタルビーイングの中で、歌姫と名高いティエリアの声は綺麗だ。透明な風のようで。
古い時代の本当の歌姫の曲を好んでよく歌う。

デッキで、こうして歌を歌うのは日常茶飯事。誰にも迷惑をかけているわけでもなく、むしろその声をききたげにクルーたちは、ティエリアが歌っていると、デッキの近くに集まりその綺麗なボーイズソプラノと、少女のソプラノの声をいききする音程に酔う。

「ロックオン。今日は風が強いですね」

「そうだな」

歌うのをやめたティエリアの声をもっと聞きたげに、小鳥がデッキで首をかしげていた。
渡り鳥も混じっている。ティエリアはまた歌いだした。

IQ180を超える頭脳は、何か国もの言語を操る。巧みにロシア語のポールシュカポーレを歌い上げて、ロックオンをつないだ手をそのままに、ロックオンに捧げるように歌った。

「ポールシュカポーレ」

「正解」

にこりと、ティエリアは花が綻ぶような笑みをこぼす。
それにつられて、ロックオンも笑みを浮かべてティエリアを抱き寄せる。

「あの。みんな見てますが」

開いたままのデッキの扉の向こうでは、クルーたちがティエリアの歌声に聞きほれたようにまたは野次馬のように集まっていた。

「気にしなさんな」

抱き寄せられて、慣れているのでティエリアは拒絶もしない。素直なものだ。
機嫌の悪い時はパンチが飛ぶが。

二人は、しばし抱き合ったまま空を見上げていた。今日は快晴だ。ここ数日は嵐で、外に出たくても出れない天気が続いていた。

綺麗な空の色にティエリアが見いっていると、ロックオンはふとこんなことを言い出した。

「空を全部丸ごと、お前さんにプレゼントしてやりたい。この流れる風も」

「いりません」

拒絶されて、ロックオンは笑う。
そう言うと思っていたのだ。

空は空であるが故に美しいのだ。時刻によって色を変えていく。風は風であるが故に心地よいのだ。誰にも捕らわれない。自由だ。

そう、彼らはつかの間の自由を満喫していた。
敵との戦闘はここ数日の嵐でないのだが、いつまた戦闘がおこるか分からない。

だから、歌う。

自分たちが自由である証のように。
CBが世界を革命していく証のように。

何故そんな気持ちになるのか、ティエリアにもよく分からない。ただ、時折歌いたくなる。ちなみにいつものジャボテンダーさんは、デッキの上でロープに洗濯バサミでとめられて揺れていた。

洗濯したのだ。湿気ていたのがティエリアには不愉快だったらしい。

「らら~~~~」

ロックオンから離れ、ティエリアは風に揺られて歌いだす。

CBの未来が明るいことを祈るように。讃美歌のような歌に、クルーたちは二人の邪魔をしてはいけないと、少しずつ減っていく。

大切な時間を邪魔してはいけないと。彼らは、恋人同士なのだ。

ガンダムマイスターである以上、自由の時間は限られている。それを知っているクルーたちは、手を振って一人また一人と解散して、観客は0人になった。

ロックオンはそれを確認してから、ティエリアを再び抱き寄せ、その唇に重ねるだけのキスをした。ティエリアは少し微笑み、自分からもキスをする。

「少し唇がかさついていますね。リップクリーム使いますか?」

「お前さんが塗ってくれるなら」

ティエリアは少し困った顔をして、それから愛用している色のついていないリップクリームをポケットから取り出すと、ロックオンの唇に塗った。

「さんきゅ」

ティエリアは微笑む。風に揺られる忘れな草のように可憐に。

マイスターたちは限られた自由時間をこうして過ごしていく。二人は恋人同士。寝泊まりする部屋も一緒のほぼ同棲状態。
他のマイスターであるアレルヤと刹那は何も言わないが、きっとこの二人の関係を心の奥底では推奨していないだろう。

戦闘中に恋人を庇う行動を、この前ティエリアがとった。
それに何も言わないが、いつかこの関係が壊れてしまう時がくるのかもしれない。そんな時がこないように、ティエリアとロックオンは祈るしかない。

互いに生き残れるように。この戦争を、終わらせるために。

生きて生きて生きて、幸せをいつか掴み取るんだ。それが二人の願いであった。

風がまた流れる。ロックオンの柔らかな茶色の髪が、流れていく。ティエリアの紫紺の髪も流れていく。

風のように自由に生きれればいいのにと、ふと思う。

いつか、ティエリアはロックオンの生家のあるアイルランドの地を踏むことを、ロックオンと約束していた。
その約束が果たされる時がくるように、二人は祈るしかなかった。

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