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絶望の世界から

その色子は、目に光がなかった。

最下級の廓で、色子にさせられた。始めは抵抗していたが、いろんな客の相手をさせられるうちに感情が死に、目に光がなくなっていった。

それでも、その色子はそれなりに売れた。見目がいいからだ。

しかし、抱かれても何の反応もしなくなったその色子は、もう客がつかないので捨てられようとしていた。

「捨てるなら、ちょうだい?」

それは、上流貴族であった。

名を、京楽春水という。

「この子は浮竹十四郎。見ての通り、壊れている。それでもほしいというなら、あげよう。どうせ、あとは野垂れ死ぬだけだしな」

廓の主人は、浮竹を京楽にあげた。

京楽は、その日から浮竹の主になったが、性的なことは一切せず、広い部屋を与えてやった。

浮竹の目は死んでいた。

部屋を与えられたが、一日中ぼーっとして、ほとんど動かない。

食事もおいしいものを与えたが、それでも反応がなかった。

京楽は、浮竹を風呂に入れてあげた。薔薇風呂にいれると、浮竹の目が少しだけ光を灯す。

「いい匂い‥‥‥」

「あ、はじめてしゃべってくれた。ボクは京楽春水。君の今の主だよ。君には何もしないから、どうか安心して。少しずつでいいから、世界を知っていこう?」

それから、京楽の努力が始まった。

相変わらずぼーっとしている浮竹に、ある日薔薇の花束をあげる、浮竹は翡翠色の瞳で花束と京楽を見る。

「薔薇、好きなんだ。ありがとう、京楽」

浮竹の心は、死んではいなかった。

その日から、浮竹は少しずつ話すようになり、京楽と一緒に外の世界に出るようになった。

「これは、桜。綺麗でしょ?」

「うん。俺は、見たことがある。桜の満開の世界を」

「あいにく、ボクの屋敷は桜の木はこの一本しかないから、今度裏山まで桜を見に行こうか」:

「分かった」

その日、浮竹は夢を見た。

京楽に捨てられる夢を。

起きて京楽に会い、浮竹は言う。

「俺なんて、ただのごく潰しだ。俺を手元に置いていても、何もいいことなんてないぞ」

「どこか具合でも悪いの?」

京楽が、鳶色の瞳で覗きこんでくる。

「あ‥‥」

ふわりと。京楽から薔薇の匂いがして、浮竹は僅かに微笑んだ。

「今、笑った!?」

「あ、俺は。その、薔薇の匂いがしたから」

「君、薔薇が好きなの?」

「生まれ故郷が、薔薇の栽培が盛んな地域だった。それだけだ」

「じゃあ、この屋敷を薔薇でいっぱいにしよう」

そう言って、京楽は世界中のいろんな薔薇を買って、屋敷の中も外も、薔薇で満たしてしまった。

屋敷の中では、活けた薔薇を。屋敷の外では、庭に咲いている薔薇を植えた。

「あ‥‥‥」

浮竹が、その光景に目を見開く。

「俺なんかのために、どうして、ここまでしてくれるんだ?」

「君が好きになったから。ただ君をもらって、暇つぶしにしようと思っていたんだ。でも、君は目が死んでいた。その目に輝きを取り戻してあげたいと思った。輝きを少しずつ取り戻す君のことを見ていると、君を好きになってしまったよ」

「俺は、つまらない人間だ。最下層で色子をしていた、汚い人間だ」

「君の価値は、ボクが決める。君は、翡翠の原石さ」

「京楽」

浮竹は、京楽になら抱かれてもいいと思ったが、京楽はその気はないようで、浮竹と同じ部屋で、浮竹を抱きしめて、ただ一緒に眠った。

「さぁ、今日は裏山まで桜を見に行こう」

「ああ」

京楽は、浮竹の手を握って歩いていく。

1時間ほど歩いて、桜が満開の場所にたどりつく。

「お弁当食べよう?今日のために、特別に作ってもらったから」

京楽は、浮竹にお弁当をすすめる。浮竹は、瞳に光をまだ完全ではないが取り戻していて、味も分かるようになっていた。

「おいしい‥‥」

「でしょ?ボクの屋敷の者が作ったものだけど、料亭なんかで出されるものと同じくらいのものが作れるよ?」

「京楽は」

「うん?」

「京楽は、何故俺にこうまでしてくれるんだ。俺が好きだから?」

「うん、そうだね。君が好きだから、君にいろんな世界を見せてあげようと思った。それだけだよ」

にこりと微笑まれて、浮竹は僅かに赤くなって俯く。

「桜が、綺麗だよ。見てごらん」

京楽は、酒を取り出した。

浮竹にもすすめる。

浮竹は、一口だけ飲んだ。

「酒は、あまり得意ではない」

「ボクはお酒大好きだけどね?」

「桜、確かに綺麗だ。ここまでの桜の満開な場所は、初めて見る」

「そう。じゃあ、お弁当食べたら、帰って昼寝でもしようか。明日は朝から祭りがあるんだよ。君をその祭りに連れていきたい」

「俺で、いいのか?」

「何がだい?」

「お前の傍にいるのが、俺なんかでいいのか?」

「ボクは浮竹、君が気に入ったんだよ。君が好きだから、一緒にいろんな世界を見せてあげたい」

その日は、昼過ぎまで桜を見てから帰り、昼寝をして過ごした。

祭りの日になって、浴衣を着せられて長い白髪を結われた浮竹は綺麗だった。

「おや、いつも綺麗だと思ってたけど、こんな風にお洒落させると輝くねぇ。やっぱり、君は翡翠の原石だった。さぁ、どこから回ろう?」

「あの、金魚すくいというのを、してみたい」

浮竹が興味をもった金魚すくいは、浮竹はうまかった。

「幼い頃、こうして母に金魚すくいをさせてもらった」

「そう。金魚たくさんすくえたね。持って帰れるのは2匹までだから、どの子がいいか選んで?」

「この子と、この子がいい」

赤色と白と赤の金魚を浮竹は選んだ。

「おなかすいたね。何か屋台で食べようか」

「焼きそばが、食べたい」

「分かったよ。一緒に買いに行こ?」

京楽は、浮竹と一緒に行動した。

もう、浮竹を一人にはさせないためだった。

「京楽、もうお腹いっぱいだし、もう祭りも楽しんだ。帰ろう?」

「うん、帰ろうか。あの屋敷へ。ボクらの家へ」

「お前になら、俺の全てを話していいかもしれない」

浮竹は、その夜、一緒に眠ってくれる京楽に自分の出自を語る。

「俺は、エスパニア帝国の、先代皇帝の末子だった。帝国は戦争に負けて、皇族は一人残らず首をはねられた。ただ、俺は見た目がいいからと、攻めてきたカウア王国の王太子の玩具にされた。俺は逃げた。逃げ出した罰として、色子として廓に売られた」

「うん」

「俺は、廓から何度も逃げ出した。あまりに逃げるものだからと、折檻されて最下層の廓に落とされて、そこで客を取らされた。客はたくさんきた。性的に異常な者が多く、俺の心は死んでいった。そして、最後には捨てられた。それを拾ってくれたのは、京楽、お前だった」

「うん。つらかったね?」

「京楽‥‥‥俺を拾ってくれて、ありがとう。俺に世界を見せてくれて、ありがとう」

そのまま京楽と浮竹は眠りについた。

「浮竹、おはよう」

「おはよう、京楽」

浮竹は、まだたまにぼーっとするが、人としての感覚を取り戻して、その瞳には光は宿っていた。

「今日は、海を見に行こう」

「海?」

「知らない?」

「知らない」

「じゃあ、ついてからのお楽しみで」

京楽は、浮竹に世界を見せてあげるためにいろんな場所へ行った。

浮竹は、ぼーっと過ごすことがなくなり、年相応の笑顔を見せる綺麗な青年になっていた。

「京楽、大好きだ」

そう言って、浮竹は微笑む。

その微笑みを見て、「ボクもだよ」と京楽は言うのであった。

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