あなたがいるだけで(IF
「また会いにきたよ、浮竹」
総隊長となった京楽は、雨乾堂の跡に作られた浮竹の墓の前にきていた。
浮竹が好きだった果実酒を墓石にかけると、酷い耳鳴りがした。
空間がぐにゃりと歪み、そこからポンッと音を立てて人影が現れた。
それに、京楽の隻眼がこれでもかというほど見開かれる。
「浮竹!?」
「え、京楽?」
話は、十数年前に遡る。穿界門を通った並行世界の浮竹は、断界を通っていた。拘突(こうとつ)に巻き込まれ、別次元に飛ばされた。
その行き先が、今の世界・・・・・・・浮竹が神掛をして肺の病でなくなり、京楽が総隊長となっている、今の世界だった。
「浮竹・・・・君が、いるなら、それだけで何も望まない」
感じる霊圧は、確かに浮竹のものだった。
浮竹を抱き締めて離そうとしない京楽に、浮竹は戸惑いを隠せない。
「その右目は?」
「ああ、これはちょっと昔の戦いでね・・・・」
眼帯に手をやると、その手にそっと手が重ねられた。
「夢なら、どうか覚めないでほしい」
京楽の願いは、切実だった。
「君が好きだ。愛している。君を失って、僕がどれほど君を必要としていたのかを実感したよ。
お願いだから、どこにもいかないで」
雨乾堂の跡で、墓石を前に押し倒されて、浮竹はただ京楽の黒い瞳を見つめていた。
浮竹の翡翠色の瞳に映る京楽は、昔より少しだけ痩せたように見えた。
ちちちちっ。
京楽の肩に、小鳥が止まった。
「ああ、シロ・・・・紹介するよ、浮竹だよ。僕の、いちばん大切な人だ」
浮竹の色をもつ小鳥に餌付けしていたら、懐かれてしまった。戯れに、恋人である浮竹の名前の一部をつけた。
シロと呼ばれた小鳥は、白い羽毛に翡翠色の瞳をもっていた。
京楽以外の相手には懐かないのに、浮竹には懐いているのか、逃げようとしなかった。
「京楽?」
浮竹は驚いた。
あの京楽が、泣いていたのだ。
「もう、失いたくない。浮竹、愛している・・・・・・・傍にずっといてくれないかい」
それは叶うはずのなかった願い。
でも、今目の前に浮竹がいる。
たとえ、それが神様の悪戯でもいい。
ちちちちっ。
シロと名付けた小鳥は、飛び去ってしまった。
京楽は、浮竹を抱き上げると、一番隊の隊首室に向かった。
「京楽?」
瞬歩での移動に、浮竹は京楽にしがみついたまま離れられない。
「京楽・・・・・・」
愛する相手の、あまりにも真剣な顔に、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
隊首室の奥の、京楽が寝泊まりしている部屋にくる。
寝台にそっと降ろされて、浮竹は京楽の心臓の鼓動を聞いていた。
「もう、どこにも行かないで」
浮竹の膝にすがって、京楽は泣いた。
「どこにもいかない。約束する」
「本当かい?」
「そもそも、これ以上どこに行けばいいのか分からない」
浮竹の死後の世界だ、ここは。
話を聞くと、13番隊の隊長は阿散井恋次と結婚し、阿散井と名をかえたルキアが隊長を務めているという。
雨乾堂は取り壊されて、墓石が置いてある。
どこにも行く場所がなくて、浮竹はただ静かに京楽を抱き締めた。
あなたがいるだけで、全ては何もいらないのだ。
あなたがいるだけで、こんなにも世界は色づいて見えるのだ。
あなたがいるだけで、失っていた感情が取り戻される。
あなたがいるだけで、色あせない記憶が蘇ってくる。
「君に伝えたかったんだ。たくさんのありがとうを君に」
浮竹の白い長い髪をかきあげて、耳元で甘く囁いた。
「愛してるよ」
不変の愛を。
たくさんのありがとうを。
心は、重ねあったまま、溶けない。
どうか、叶うならば、浮竹がずっと傍にいてくれますように。
京楽は、浮竹の傍で、安堵してか眠りについた。
そんな京楽の黒髪を撫でながら、浮竹は思う。
狂おしいまでの愛が、京楽を支配している。
それは、浮竹が、自分が死んだせいだ。
願うならば、ここにいれますように。
京楽の傍で、この傷ついた魂を癒してあげたい。
あなたがいるだけで。
世界は、変わる。
総隊長となった京楽は、雨乾堂の跡に作られた浮竹の墓の前にきていた。
浮竹が好きだった果実酒を墓石にかけると、酷い耳鳴りがした。
空間がぐにゃりと歪み、そこからポンッと音を立てて人影が現れた。
それに、京楽の隻眼がこれでもかというほど見開かれる。
「浮竹!?」
「え、京楽?」
話は、十数年前に遡る。穿界門を通った並行世界の浮竹は、断界を通っていた。拘突(こうとつ)に巻き込まれ、別次元に飛ばされた。
その行き先が、今の世界・・・・・・・浮竹が神掛をして肺の病でなくなり、京楽が総隊長となっている、今の世界だった。
「浮竹・・・・君が、いるなら、それだけで何も望まない」
感じる霊圧は、確かに浮竹のものだった。
浮竹を抱き締めて離そうとしない京楽に、浮竹は戸惑いを隠せない。
「その右目は?」
「ああ、これはちょっと昔の戦いでね・・・・」
眼帯に手をやると、その手にそっと手が重ねられた。
「夢なら、どうか覚めないでほしい」
京楽の願いは、切実だった。
「君が好きだ。愛している。君を失って、僕がどれほど君を必要としていたのかを実感したよ。
お願いだから、どこにもいかないで」
雨乾堂の跡で、墓石を前に押し倒されて、浮竹はただ京楽の黒い瞳を見つめていた。
浮竹の翡翠色の瞳に映る京楽は、昔より少しだけ痩せたように見えた。
ちちちちっ。
京楽の肩に、小鳥が止まった。
「ああ、シロ・・・・紹介するよ、浮竹だよ。僕の、いちばん大切な人だ」
浮竹の色をもつ小鳥に餌付けしていたら、懐かれてしまった。戯れに、恋人である浮竹の名前の一部をつけた。
シロと呼ばれた小鳥は、白い羽毛に翡翠色の瞳をもっていた。
京楽以外の相手には懐かないのに、浮竹には懐いているのか、逃げようとしなかった。
「京楽?」
浮竹は驚いた。
あの京楽が、泣いていたのだ。
「もう、失いたくない。浮竹、愛している・・・・・・・傍にずっといてくれないかい」
それは叶うはずのなかった願い。
でも、今目の前に浮竹がいる。
たとえ、それが神様の悪戯でもいい。
ちちちちっ。
シロと名付けた小鳥は、飛び去ってしまった。
京楽は、浮竹を抱き上げると、一番隊の隊首室に向かった。
「京楽?」
瞬歩での移動に、浮竹は京楽にしがみついたまま離れられない。
「京楽・・・・・・」
愛する相手の、あまりにも真剣な顔に、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
隊首室の奥の、京楽が寝泊まりしている部屋にくる。
寝台にそっと降ろされて、浮竹は京楽の心臓の鼓動を聞いていた。
「もう、どこにも行かないで」
浮竹の膝にすがって、京楽は泣いた。
「どこにもいかない。約束する」
「本当かい?」
「そもそも、これ以上どこに行けばいいのか分からない」
浮竹の死後の世界だ、ここは。
話を聞くと、13番隊の隊長は阿散井恋次と結婚し、阿散井と名をかえたルキアが隊長を務めているという。
雨乾堂は取り壊されて、墓石が置いてある。
どこにも行く場所がなくて、浮竹はただ静かに京楽を抱き締めた。
あなたがいるだけで、全ては何もいらないのだ。
あなたがいるだけで、こんなにも世界は色づいて見えるのだ。
あなたがいるだけで、失っていた感情が取り戻される。
あなたがいるだけで、色あせない記憶が蘇ってくる。
「君に伝えたかったんだ。たくさんのありがとうを君に」
浮竹の白い長い髪をかきあげて、耳元で甘く囁いた。
「愛してるよ」
不変の愛を。
たくさんのありがとうを。
心は、重ねあったまま、溶けない。
どうか、叶うならば、浮竹がずっと傍にいてくれますように。
京楽は、浮竹の傍で、安堵してか眠りについた。
そんな京楽の黒髪を撫でながら、浮竹は思う。
狂おしいまでの愛が、京楽を支配している。
それは、浮竹が、自分が死んだせいだ。
願うならば、ここにいれますように。
京楽の傍で、この傷ついた魂を癒してあげたい。
あなたがいるだけで。
世界は、変わる。
世界の果てで、ゆらりと花の神はもう一度愛児である浮竹に生を与えたことを考える。
ただ、傍においておくこともできた。永劫を、共に過ごすことも。
だが、浮竹が求めるのは京楽の愛。
魂があまりに哀れなので、京楽の願いが叶うような形で、浮竹に命を吹き込んだ。
浮竹の命を長らえさせるのも、摘み取るのも。
全ては二人の愛を見た後の、花の神次第だった。
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