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惹かれゆく者「人間になりたい」

ティエリアは、祖父のイオリア・シュヘンベルグから許しなどもらえるはずもないと思っていたのに、ニールとの交際を許された。
その頃から、もう財政界ではティエリアは長男ではなく長女であることが発表され、シュヘンベルグ家、侯爵の爵位はイオリア亡き後、リジェネに継がれることが決まった。
何もかも、上手く進みすぎて怖いくらいだ。

「僕は、君が幸せならそれでいいよ。いってらっしゃい」
手を振って、ニールとのデートを見送ってくれるリジェネ。
同じように、遠くから刹那が手を振っていた。
二人に手を振って、ニールとティエリアは、初めて外の世界で二人きりのデートに出かけた。
行き先は決まっていない。
いつもは外出に必ずガードマンがついてくるが、今回はお忍びだ。
二人だけでのデート。
ティエリアの心は躍っていた。
優しい、大好きなニールがすぐ隣にいる。自分だけを見つめ、愛していると囁いてくれる。

適当にドライブした後、二人はごくありふれたテーマパークに入った。
「こんな場所・・・くるの、初めてだ」
「じゃあ、いろいろ乗ろうか」
二人で手を繋いでテーマパークの中に入ると、いろんな乗り物に乗った。
メリーゴーランドやら、絶叫系のコースターから観覧車、お化け屋敷に到るまで。時間をかけて楽しんだ。
昼食はそのテーマパークでとって、それから夕方になって予約しておいたレストランにいき、そこで二人は夕食をとった。
二人は外泊許可を貰っていたけれど、ホテルのロビーに入ってティエリアは俯いた。
「僕は・・・・」
「ん?」
「あの、僕は!」
「ああ、一緒のベッドで眠るだけだから安心しなされ。いくら俺でも、まだ17歳のお前さんをそんなにすぐにとって食うほど狼じゃない」
「あ、はい」
ティエリアは赤面して俯いた。

本当に、ニールは一緒のベッドで眠るだけということを守ってくれた。
二人で同じベッドで丸くなり、一緒の毛布と布団にくるまって眠る。
次の朝になって、髪の毛がいろんな方向にはねたニールの髪を手くしで直してやりなが、ティエリア思う。
「ティエリア」として生まれてきてよかったと。
今はとても幸せだ。

でも、この幸せが長く続かないことくらい知っていた。
いずれ、自分の正体はニールにばれる。ニールはティエリアの元を去っていくだろう。
老化もしない、ヒトではない紛い物。少女の紛い物。ティエリアの紛い物。
「僕は・・・嘘だらけだな」
寝ぼけ眼のニールが洗面所にいったのを確認して、ふと呟く。
「んーまだ眠い。もちょっと寝るかなぁ」
「ニール?」
「子守唄、歌ってくれないか」
「はい」
ティエリアの膝に頭を乗せて、ニールは目を閉じる。
そんなニールに、優しくティエリアは知識としてあるだけの子守唄を歌って聞かせた。

二人は、そのままもう一眠りすると、屋敷に戻った。
それから、ティエリアは家庭教師の授業を受けて、それが全て終わったあと、いつも通り中庭でティータイムをとる。
ティエリアが焼いたというアップルパイを二人で食べながら、談笑する。
「ちょっと、いいか」
「刹那?」
黒い髪に真紅の瞳の青年が中庭に入ってきた。
「どうしたの。君がここにくるなんて、珍しいね」
「ティエリアを借りるぞ」
「え、え?」
ニールは状況を飲み込めないようだった。
そのまま、刹那はティエリアを連れ出して、そして自分の自室に通す。
「お前は今、幸せか?」
「うん、僕は幸せだよ」
「そうか。たとえ、その幸せが短いものでも、お前は後悔しないか?別れるなら、今のうちだぞ」
「後悔なんて、絶対にしない」
強く断言したティエリアに、刹那は真紅の瞳を向ける。
ガーネットとルビーの瞳がぶつかりあう。
「今だから言おう。俺は、本物のティエリアの恋人だった」
「え」
「だから、お前の哀しむ顔は見たくないんだ。お前には幸せになって欲しい」
「刹那・・・」
優しく抱き締められて、ティエリアの瞳から涙が溢れた。
「僕は・・・・分かってるよ。うん。君の言いたいことは、分かってる、つもりだ」

刹那が何故、こんな風に忠告してきたのか。
ティエリアは、理解したつもりであった。でも、心が苦しくて今すぐこの場所から逃げ出したかった。

ニールと手をとって、今すぐ逃げ出したかった。
「おかしいね。頭では理解してるはずなのに・・・あはは、足がガクガクしてる」
震える全身。
涙は止まらない。それどころか、勢いがましてもう前も見えない。
「僕は、ニールに恋をしてそして愛された。愛されて、人になった。うん。きっと、僕は人になれた。ずっと憧れていたものに」
「ティエリア」
刹那は、ティエリアの瞼を手で閉じさせる。
「お前のことも、俺は愛している」
「僕も愛しているよ、刹那・・・・」
二人は、ぎゅっと互いを抱き締めあって、そのまま刹那は壁に寄りかかり、泣き叫びはじめたティエリアの食い込む爪を甘んじて受け入れた。

「うあああああ!僕は、僕は、人になりたかった!人に生まれたかった!!」
タイムリミットが、訪れようとしていた。
刹那がこうして言ってきたのは、その予兆だろう。
本物のティエリアが、束の間の間ではあるが、覚醒し目覚めたのだと、ティエリアは気づいていた。
ティエリアのコピーとして生きるアイリスでもあるティエリアには、本物のティエリアの生命反応が遠くからでも分かるようにプログラミングされている。

人形は、人を愛してそして人に愛され、人間になりたいと願いました。
でも、人形は所詮人形です。
どんなに泣いても望んで、どんなに愛されても人間になれません。
だって、人形だから。

「僕は、人形のまま終わりたくない!」
「ティエリア・・・・別れないと、ニールも辛い目にあわせるぞ」
「刹那・・・・嫌だよ・・・別れたく、ないよ・・・・」
そのまま、ティエリアは泣いて気絶してしまった。

本当に、どこまでもよくできている。人間にしか見えない。
でも、ティエリアは人間ではない。
ほぼ有機物で構成された、脳にはナノマシンと海馬の代わりに記憶回路が埋め込まれている。
ティエリアは、有機型アンドロイド。
バイオノイドのように、生きている人工生命に極めて近いけれど、ティエリアは機械、なのだ。
そう、どんなに有機物で構成されていても。
記憶回路がショートしてしまえば、動かなくなってしまう。

アンドロイドは人に恋をして、人になりたいと願った。
でも、その願いは叶わない。

神様。
できることなら、この哀れな少女を救ってあげてください。
刹那は、信じていない神に向かって祈りをささげるしかなかった。
「人間に・・・・なりた・・・・い・・・」
ティエリアは、涙を流しながら刹那に抱えられて、自分の寝室に戻る。

ティエリアは、別れを告げなければいけない。
ニールと。
もう、残された時間は少ないのだから。
ティエリアが完全に目覚めたら、今のティエリアは廃棄処分されると、アイリスでもあるティエリアは初めから教わっていた。

せめて、もう少しだけ、時間を下さい。
神様・・・・・


 

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