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惹かれゆく者「光と影」

ティエリアが熱を出した。
風邪をひいたのかと思ったけれど、どうやらそれだけではないらしい。
なんだか、医師とは別の技師まで呼ばれて、何がどうなっているのかニールにはさっぱり理解できなかった。
「ティエリアは面会謝絶だよ」
ティエリアの部屋の前でうろうろしていたニールに、リジェネがそう語りかけた。
「どうしたんだ?何か、重い病気にでもかかったのか!?」
「あー、まぁ否定はできないけど、すぐによくなるよ。ニールは部外者だから面会できない。僕はできるけどね」
べーと舌をだすリジェネに、ニールはそれ以上何も言えず自室に戻った。
今日は約束していたのにアイリスとも会えなかった。

ティエリアの容態はどうなんだろう?
そんなことを考えているうちに、夜になってしまった。

「ティエリア・・・大丈夫?」
「うん・・・・大丈夫」
リジェネが誰もいなくなったティエリアの部屋で、苦しそうにベッドに横たわるティエリアに、水を飲ませてやった。
「新陳代謝の機能が落ちてるって・・・・薬、処方されちゃった。メンテナンスさぼってたせいだ」
「だめだよ、ティエリア。メンテナンスはちゃんと受けないと」
「でも、嫌いなんだ。僕が、人間でないと思い知らされるから」
「いい子だから、ティエリア。ティエリアまで、本当の「ティエリア」のようになってしまったら、僕は自殺してしまうよ」
双子の姉であった本物の「ティエリア」に精神的に異常なまでに依存していたリジェネ。
「ティエリア」を失ったとき、リジェネは屋上から飛び降りた。幸い命は助かったが、何度も自殺しようとするリジェネのストッパーのためにも、イオリア・シュヘンベルグは新しい「ティエリア」を創造した。
リジェネは新しいティエリアを受け入れ、そしてその関係は上手くいっている。
刹那も受け入れた。
本物の「ティエリア」のことは闇の裏でもみ消され、新しいティエリアは病弱だけどちゃんと生きている。メンテナンスを毎月うけなければいけないのに、ティエリアは今月のメンテナンスをエスケープしたのだ。
そのことで、イオリア・シュヘンベルグからもティエリアは怒られた。
命を粗末にしてはいけないと。

でも、ティエリアは心の中で思った。
「命」って何?って。
僕には「命」があるのかな。
ちゃんとした「命」が。

「ねぇ、リジェネ」
「なんだい、ティエリア」
「僕には命ってあると思う」
「何言ってるのさ!あるよ!命はティエリアにもちゃんとあるから!だから、僕に心配をかけさせるような無茶なことはやめてよ」
「うん・・・・」
抱きついて、涙を浮かべるリジェネの頭を撫でて、二人は同じベッドで横になる。
「ティエリアあったかい。ちゃんと心臓が鼓動する音も聞こえる」
「リジェネの音も聞こえる。でも、僕のはレプリカだから・・・・」
「ううん、そんなことないよ。君の鼓動の音だ、これは」
リジェネは静かに目を閉じる。相当心配したのか、かなり疲れているようで、寝息の音が聞こえてきた。
「心配ばっかりかけてごめんね、リジェネ」
リジェネに毛布をかけてやって、カーテンの隙間から見える蒼い満月を見上げる。
ガーネット色の瞳に映る月は、命が自分にもあるのだとそんなことを静かに教えてくれている気がした。そのまま、リジェネと同じ毛布にくるまり、双子とされている二人は胎児のように丸くなりながら、眠りについた。

一方、刹那はある場所に来ていた。
シュヘンベルグの屋敷の一番地下にある、常にドクターとナースが近くにいるその病室で、刹那は昏々と眠り続けるある人物に話しかける。
「なぁ・・・・お前は、もう目覚めないのか?」
白い肌にビスクドールのように整いすぎた美貌。紫のストレートの髪。
2年前から、その部屋で眠り続ける眠り姫が、そこにはいた。
「俺は、まだお前にいってないのに。愛してるって」
華奢な手足は、点滴だけで生命を繋いでいるため、さらに細くなってしまった。
でも、その美貌は色褪せることがない。
刹那は、一筋の涙を流した。
ポタポタと、それはその人物の頬に滴る。
でも、その瞳が開くことはない。この2年間、どんなに語りかけても彼女はピクリとも反応しない。
脳死、の状態なのだと聞かされて、恋人であった刹那はリジェネのように狂ったように泣き叫ぶこともできずに、真実を受け入れられなくて、毎日彼女の病室で寝泊りした。

やがて、彼女そっくりの新しい彼女がやってきた。
はじめ、刹那は激しく拒絶した。
でも、やがて受け入れるようになっていた。でも、新しくやってきた彼女に、刹那と恋人同士であったという記憶はない。そして、それを教えることも刹那はしなかった。
だって、新しくやってきた彼女は、どんなに彼女に似ていても本物ではないのだから。
器が違えば魂も違うだろう。そこに宿る心も違う。
現に、刹那が見つめる新しい彼女は、今まで彼が恋人としてきた彼女とはまるで別人であった。
どんなにそっくりに作られても、オリジナルは一つだけ。
オリジナルを超えることはできない。何故なら、紛い物だから。

「新しいお前は、ニールに恋をしている。なぁ、教えてくれないか。止めるべきなのか、それとも見守るべきなのか。俺には分からない。見守ることが辛いとは思わない。でも、あいつが泣くのを見るのだけは嫌なんだ」
そう、恋人であった彼女の泣き顔を見るのが嫌だったように。
哀しみに溢れた瞳をもう見たくない。
できることなら、二度と。

「愛しているよ、ティエリア」
刹那はそれだけ呟き、ベッドに静かに横渡り、眠り続ける本物の「ティエリア」の唇に唇を重ねた。
そう、ティエリアは2年前に死んだことに、表向きはなっていた。
でも、真実は違う。
ニールに恋するアイリスでもあるティエリアが光であるなら、この眠り姫のティエリアは影だ。
ずっと目覚めない。
イオリアはその悲しみを埋めるべく、そしてリジェネの自殺未遂を止めるべくアイリスとも呼ばれる「ティエリア」を作り出した。
何も、自分のためだけではない。
そこには、愛するリジェネへの愛も存在した。
でも、刹那には辛すぎた。
愛する彼女は生きているのに、新しいティエリアが屋敷でティエリアとして暮らし始め、みんな事故の全快を祝い、真実を知るリジェネでさえも新しいティエリアを受け入れた。
刹那には、拒絶と受け入れるのと二つの選択肢があった。
でも、拒絶したところで彼女が目覚めるわけではない。完全に別人として、新しいティエリアを見ている。

「俺は、無力だな。お前を救うこともできない。新しいティエリアを悲しみの縁から救うこともできない」
刹那は病室を後にした。
眠り姫は、ただ深く何も言わず何も映さず眠り続ける。


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