惹かれゆく者「夢見る姫君」
天蓋つきのベッドに横たわらせる。ティエリアの体重は軽かった。
ティエリアが、本当にアンドロイドであるのかさえ、ニールには疑わしかったけれど、ティエリアはきっとこのままでは二度と目覚めてくれないだろう。
「ティエリア。なぁ、目をあけてくれよ。俺を見てくれよ」
ティエリアの反応はない。心臓の鼓動も呼吸も止まっていた。
やはり、このまま活動を停止し、そして廃棄処分にされるのだろうか。
「そんなこと、絶対にさせない」
だから、ニールは自分で動く。
たとえ、アンドロイドであっても構わないから、もう一度愛したい。偽物のティエリアでもいい。この純粋に小さな存在を守りたいと思う。命にかえても。愛しい人を。
ティエリアの髪をなでていると、扉が開いた。
カチャリ。
「誰だ?」
「始めまして。ニール・ディランディ。会うのは初めてですね」
中に入ってきた人物は、ティエリアと同じ容姿をしていた。これが、本物のティエリアなのだろうか。ただ、髪が腰よりも長い。違いは髪型だけ。あとは全部一緒だ。ほんとうにそっくりというか、本人を見ているような錯覚さえ覚える。
「お前さんは・・・・」
後ろに、刹那もリジェネもいた。
「ティエリア・・・・本物の?」
「ええ。僕は、本物のティエリア・アーデ」
「不思議だな。この子とそっくりなのに、でもやっぱり違うんだな」
ニールは優しく活動を停止したアンドロイドのティエリアの髪を撫でる。
「ええ。彼女と、僕は別人ですから」
「何しにきたんだ?このティエリアを廃棄処分にきたってんなら、俺が相手になるぜ」
本物のティエリアは、やはりアイリスであるティエリアのように優しく、陽だまりのように微笑んだ。
「夢を、見ていたのです」
「夢?」
「そう。僕が、アンドロイドとしてあなたの側にいる夢を」
「それは・・・・」
「不思議ですね。彼女と、僕はどこかで繋がっていたんです。あなたに愛される夢をずっと見ていました。でも、途中で夢はかわって、彼女は怖くなって逃げ出したんです。あなたに愛される資格などないと」
「ティエリア・・・・」
「彼女は逃げ出して、それでもあなたは追ってきてくれて。愛していると。機械でもアンドロイドでもいいから愛しているといってくれて。そして、そこで僕は目覚めました。そして、今度は彼女が眠りについた。僕の代わりに」
「ティエリア・・・・いや、この子はなんて呼べばいいんだろう?」
「アイリス。それが、その子の本当の名前」
「アイリス・・・・」
ティエリアは、そっとベッドの側に座ると、アイリスの美しい顔を撫でる。
「怖がっていたんです、もう一人の僕は。あなたに、愛される価値などないと」
「そんなことはない」
「ええ、そうです。この子は、とても純粋で、そして美しく、そして儚く、でも命ある存在なのですから。あなたに愛される価値だって十分にあるし、このまま眠り続ける理由なんてありません」
ティエリアは微笑む。
ニールが愛したアイリスの笑顔をそのまま浮かべて。
「僕は、刹那の恋人です。ですから、あなたの恋人にはなれません。夢でアイリスと繋がっていて、あなたを愛していることには変わらないけれど、刹那はずっと僕を待っていてくれた」
側にたつ刹那の手を握って、ティエリアはG線上のアリアを歌いだす。
「G線上のアリア・・・・ほんとに、同じ夢を、見てたんだ」
「ええ」
「僕は、本物のティエリアは勿論好きだけど、本物が目覚めたからって今までのティエリアとはいさようならってできるくらい、白状な人間じゃないよ」
リジェネが、眠り続けるアイリスの髪に、アイリスにあげた髪飾りを飾る。
「ねぇ。どうして、君は眠り続けるの?君は、眠らなくてもいいんだよ?」
アイリスにそっと話しかける。
でも反応はない。
「ねぇ、もう一人のティエリア。僕の半身。君の名前は、アイリス。そう、アイリス。もう一人の、ティエリアと僕の間に生まれたもう一人の兄弟だ、君は。そう、僕らは双子じゃない、きっと三つ子なんだよ」
リジェネはティエリアの額にキスをすると、ある人を呼ぶために部屋を出て行った。
「別れなかったんだな」
「ああ」
刹那がニールに、何故アイリスに真実を告げられて別れなかったのかと聞いてきた。
「何故?それこそ、こっちがききたい。愛しているのに、別れる必要なんてあるのか?」
「は・・・あんたらしい」
「そうかもな」
「アイリスは、本当なら廃棄処分になるはずだったんだ。そう、本当なら」
「そんなこと、俺がさせない」
「そう。俺もいやだ。ティエリア本人も嫌がってる。リジェネまで。こんなに人数が揃えば・・・・・決定されていた意思も、変わっていくしかないだろう?決定していたのはイオリア・シュヘンベルグ個人の意思だ。イオリアは孫に特に弱い。俺やあんたの声もちゃんと聞いてくれるだろう」
その頃、アイリスは機能を完全に停止していたのに、夢を見ていた。
呪われた姫君の夢を。
姫君は茨に追いかけられて、塔に閉じ込められてしまった。
茨の塔に閉じ込められて、愛しい王子様との間を裂かれ、どんなに茨を切っても茨は生えて姫君を遠ざける。
そして、絶望のまま、自分が魔女の人形であったことを知り、眠りについてしまうのだ。
やがて愛しい王子様が魔女を退治して呪いを解いて、茨は取り除かれたけれど、姫君は自分が人間ではなくただの人形であった哀しみに飲まれ眠り続ける。
「僕みたいだね」
ティエリアであったアイリスは、その姫君のために歌を歌った。
G線上のアリア。
それは、ティエリアがちょうどG線上のアリアをアイリスの目の前で歌ったときと同じ瞬間であった。
夢は続く。
王子様は、人形である姫君にキスをして起こす。姫君はまた眠りにつこうとするけどれど、なんと王子様は自分でから自分で呪いをかけ、姫君と同じ人形になってしまうのだ。
姫君は泣きながら、自分の愚かさを知り、そして愛の奇跡によって二人は人間になれた。
「いいな・・・・僕も、人間になりたいよ。人間になりたい。ニール・・・・」
アイリスは姫君のように、見えない茨を身にまとって眠り続けた。
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