永遠の(1期後)
コチコチコチ。
時計が時を刻む音が、やけに静かな部屋で大きく聞こえる気がした。
今、ロックオンは痛み止めを飲んで深く眠っている。ずっと眠らずに、こんなにも元気だからと振舞っていたのにも限界がきて、倒れこむようにベッドに入ると、そのまま深い眠りについてしまった。
ティエリアは、一緒に眠ることなんてできずに、彼が眠る姿をたた見ていた。
コチコチコチと、時計の秒針の音がやけにうるさい。
いつもなら気にならないのに。
この音で、ロックオンが目覚めてしまう気がして、ティエリアはベッドの傍にあった時計の電池をぬいてしまった。
「――――いつか、僕の想いはあなたを殺す」
右目に眼帯をして、失ってしまった光を戻す選択をしなかったロックオン。
彼を、いつか殺してしまう気がした。
そう、誰でもないティエリアが、ロックオンを思う心が、ロックオンの重荷になって彼を殺すかもしれない。
でも、離れることなんてできない。
愛しているから。
どうしようもないくらいに。
もう、どんなにどんなに離れようと願っても、それは叶えられないほどに愛してしまった。
人ならざる中性の身で、リーダーを続ける男性であるロックオンを。
いつもはひょうひょうとしたロックオンの、少しやつれた顔。いつもは彼の傍で無邪気に振舞う、少女なのか少年なのか判断のつかぬティエリアの浮かべる苦悩の顔。
入り混じって、交差する。
ティエリアは、ロックオンに静かにキスをした。
すると、眠っていたはずのロックオンは緑の瞳を瞬かせて、ずっと看病していたティエリアの手首を捕らえた。
「そんな顔しなさんな。これは傷は俺の責任なんだ。お前のせいじゃない」
「でも、でも」
涙が溢れそうな。目頭が熱かった。
「何度も言わせなさんな。俺が、自分でお前さんを庇った。それだけの話だ」
「痛み止めはまだ効いていますか?」
「ああ、まだ効いている。いつか俺を殺すだって?上等だ、ティエリアに殺されるなら本望だよ」
ロックオンは、いつものような笑顔を無理に浮かべて、眠そうに目を擦った。
少し、いつもより子供じみた仕草。
茶色の髪がシーツにざんばらになって散っていた。
それに目がいって、ティエリアはその髪を撫でる。白い、伸びた爪は綺麗に整えられて、長い指がロックオンの髪を撫でていく。
それにくすぐったそうに、ロックオンははにかむ。
「もう少し、眠るよ」
「おやすみなさい」
また眠りにつくロックオンに、キスをして、同じベッドで横になり、彼の横顔を朝が明けるまでずっと見つめていた。
ロックオンは、朝がきてもまだ眠り続け、けれどティエリアは彼を起こすことはしなかった。
大分、疲れが溜まっているのだ。彼にも、自分自身にも。
彼が自分を庇い、血まみれで医療室に運ばれ、緊急オペを受けたその、閉ざされた扉の前で、ティエリアは泣いた。自分のせいだと、顔を覆って。
今でも、自分のせいだと思っている。彼が、傷を再生させることなく、光を失った右目をそのままに、理由は戦いが続いているからというものだけど、再生治療を受け続けて昏睡する姿をティエリアに見せたくなかったのだろう。
戦いが終わったら、再生処置を受けると、ドクター・モレノにそう言い返していたロックオンの姿が、昨日のことのようだ。
戦いはますます激しさをますばかりで、終わりさえ見えない。
泥沼化していく中で、たくさんの血が流れていく。
ロックオンは、ティエリアの変わりに血を流した。そして傷つき倒れた。
秒針を刻まぬ時計に手を伸ばして、電池をいれて適当な時間に針をまわして、枕元に置いた。
「あなたを。そう、殺してしまう。僕はそれでも、あなたから離れられない」
意識のない相手に、キスをして、ティエリアも限界が訪れて知らない間に眠ってしまった。起きたときには、隣はもぬけのからで、ロックオンかかぶっていた毛布がティエリアの身体にかけられていた。
「あなたは、優しすぎる―――」
****************************************************
星が瞬く世界で、ロックオンの命は散り果て、そして帰らぬ人となった。
彼が選んだのは、家族への復讐。ティエリアが殺したわけではない。でも、ティエリアはアリーへの復讐を心に決めていた。
ロックオンがアリーをうたなければ、ティエリアがそうしていただろう。それで自らの命を落とすことになっても。
遠巻きに、彼を殺したことになるのだろうか。
それは今でも分からない。
ただ、ティエリアの想いが、彼の未来を殺した――ハロに録音されていた、「絶対に帰ってくるよ」という言葉のあとに、「お前のせいじゃない」と、ティエリアを気遣うロックオンの言葉があった。
「俺たちの未来のためにも」という言葉を聞いた時、呼吸が止まった。ああ、やっぱり。
僕の愛が、彼を帰らぬ人にしてしまったのだ。
愛し愛され、対等ではあったけれど、その愛が重く彼を縛り付けていたのも事実。
ロックオンは、未来を歩むために出撃し、そして宇宙で散った。そう、家族の敵を討つという、未来に続くロードを、ティエリアと生きる道を確保するためにも、戦ったのだ。
そして、引き分けのような、死。
ロックオンは、死に際に地球に向かって手を伸ばしていた。生れ落ちた故郷。ティエリアが嫌う、重力はあるけれど生命と緑と水に溢れた地球。
エデンと呼ばれる、人が生きる星。
「だから――俺は、未来を歩こうと、ずっとずっと。ティエリア、お前と未来を歩こうとしていたんだ。・・・・ごめんな」
吐息にまじる喀血を最後に、ロックオンの意識は途切れ、深遠の闇に飲まれていった。
どこかで分かっていた。彼が、家族の敵をうとうとするだろうと。
止めることだって、きっとできたはずだ。回避する方法だってあったはずだ。
戦闘を放棄して、ロックオンの元にもっと早くにかけつけて、救うことも可能だったのではないだろうか。
そう思うと、涙が止まらなかった。
「愛しています、愛しています」
コックピットの中で、傷つきはてたティエリアは、ロックオンの名を呟いて号泣した。そして彼と同じように天に召されることを願った。彼のあとをおいたいと。
それは叶わず、月日は流れた。
「僕の愛が、あなたを殺したのだろうか。それとも、あなたの愛が自滅したのだろうか」
ロックオンの墓の前で、黒い喪服に身を包んだティエリアは、薔薇の花束を添えて一人、墓にむかって話しかけていた。
風がふいて、さわさわと緑がゆれ、一枚の若葉が紫紺の髪を風に靡かせるティエリアの髪に絡みついた。それを手でつまんでから、ロックオンの墓にそっと置いた。
「散りゆく木の葉のように、僕達の関係は壊れやすかった。脆弱ではなかったけれど、基盤が脆かったんだろう。でも、僕はあなたを愛することを止められなかった。あなたが、僕を愛することをやめなかったように」
ヒラリと、今度は変色した木の葉が足元に落ちてきた。
「後悔は、していません。生きていることに、後悔は。あなたを愛したことにも。僕はあなたなしでは生きられないと思っていた。でも、人間は強いのですね。あなたがいなくなっても、僕は生きている。あなたが僕を愛してくれたからでしょうか」
(きっと、そうだよ)
何処からかニールの声が聞こえた。
「いるのですか!会いたいのです、どうしても一目だけでいいから会いたいのです!」
口では堅いことをいうが、やはりまだ引きずっていた。金色の瞳から涙が溢れて、銀の波となって地面に滴り落ちた。
「会いたい――」
もうこの4年間ずっと口にきてきた台詞。ふわりと風が吹いて、どこか暖かな空気に包まれ、ああ、これがきっと彼の想いなのだろうと自分自身を抱きしめて、墓の前でひざまずいた。
その構図は、まるで聖職者が洗礼を受けているように美しく、神秘的だった。ティエリアの人間離れした美しさのせいで、そう見えるだけだったのだろうが。
「歩きます。僕は、誰でもないあなたと一緒に」
涙をふき取って、立ち上がると、トレミーに帰還すると通信を入れた。
そんなティエリアの後ろ姿を、宇宙で散った彼が「がんばれよ」と、聞こえるはずもない言葉をかけて、ひらひら手をふり、そして光の明滅と一緒に色を変えていく。
木の葉を落としたのは、彼だったのだ。
会いにきてくれてありがとうと、そういいたかったのだ。言葉は伝わらないから。姿も見えないから。
でも、ずっとロックオンは、ティエリアの傍に立って、ティエリアが泣きはじめた時には後ろから抱擁もした。
「俺は、お前を愛して―――幸せだったんだ」
ロックオンの言葉は、まるで地球に向けて手を伸ばしたあの瞬間のように。一瞬の幸福に満ち溢れていた。
届かない距離、届かない手。
ティエリアに、決して届くことのないその手を天につきだして、ロックオンはティエリアの中に光となって消えていく。
確かに、一緒に彼らは歩んでいる。
ティエリアは気づいていないけれど、その心に、記憶がたくさん思い出として詰まっているように。ロックオンの魂も、一緒に思い出の中に紛れて、ティエリアを見守っているだろうから。
それは枯れることのない、永遠の愛。
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