血と聖水「ムーンライト」
「明日、出立します。フェンリルももう寝よう」
名を呼ぶと、子猫サイズに召還されっぱなしの氷の精霊フェンリルが、ロックオンの頭に爪をたててから、ティエリアの腕の中に、嬉しそうに舞い込んできた。
「主とねるのにゃーん」
「いってえええ」
その爪は頭蓋骨にまで響きそうな勢いであった。
大量に出血しながらも、再生を続けるロックオンの傷。
「血と聖水の名において、アーメン」
ティエリアは、おやすみのかわりに、いつもヴァンパイアを退治する時に使う言葉をロックオンにかけて、すぐに2階にあがってしまった。
寝るベッドは一緒なので、ロックオンも急ぐわけではない。
「ハイ・ヴァンパイア。始祖の血か―――」
怖いのか――。
そう、腹の中で声が聞こえた気がした。
始祖の血は、ロックオンがもつエーテルイーターを通さない。その血は清すぎて食うことができない。存在が聖人聖女のような者ばかりだからだ。
エーテルイーターは闇を好む。そう、ヴァンパイアを。
かつてコキュートスという氷結地獄で、閉じ込められた悪魔や神、天使のエナジーを食い放題に荒らしたエーテルイーターであるが、ハイ・ヴァンパイアは清すぎてエーテルイーターは食らうことはできない。
エーテルイーターなぞなしでも、勝てる自身はある。
だが、もしもエーテルイターが暴走し、その血を啜ったら。
そう思うと、眠気が覚めていく。
こんこんと、窓の外で音がした。
「入れ」
「はっ」
ざっと、開け放った窓から影が跳躍して、部屋の中心に立っていた。
額に第三の目を持っている。帝国に絶対忠誠を誓った、帝国貴族の若者であった。
「女帝メザーリアは、今回のことになんと言っている?」
「は。メザーリア陛下は、全ての采配をネイ様と血族のティエリア様にお任せすると」
「そうか。戻っていいぞ」
帝国騎士の若者は血の渦となって、床にとぷんと吸い込まれて消えてしまった。
ハイ・ヴァンパイア。本来であれば血の帝国で絶滅危惧種として、手厚く保護されている、上位階級の個体数の少ないヴァンパイア。
一波乱ありそうだと、ロックオンは残っていたコーヒーを飲み干す。
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