エリュシオンの歌声1-2
京楽は、剣を腰の鞘にしまうと、神殿の奥へ奥へと入っていく
一番奥に、閉ざされた大きな扉が見えた。
神話のレリーフが施された扉の鍵には魔法がかかっているようで、力でおしても、剣で傷つけようとしてもびくともしなかった。
「だから、鍵ね・・・・まるで、籠の中の小鳥じゃないの」
この中に、神子、浮竹十四郎はいる。
人々の前に姿を現すのは1ヶ月に一度の神祭の時だけ。あとは、いつもこの部屋の奥にいるのだという。
鍵を穴にいれる。
カチャリと音がなる。
京楽は、扉をあけて中に入って息をのんだ。
扉の奥には、きっと広い部屋が広がっているのだろうと思っていた。
確かに、広かった。広すぎる。
そこは、空中庭園だった。
さわさわと風に揺れる緑。小鳥たちの歌う声。花畑と草原。
中央には噴水があり、浮かぶ小さな岩からも水がたえず零れ落ちていく。
「なにこれ・・・・」
太陽が二つ、天空に浮かんでいた。
「夢でも見てるのかな僕は・・・・」
信じられない光景に、自分の頬をつねると、確かに痛みがした。
「らららら~~~」
綺麗な綺麗な、とても美しい歌声が京楽の耳を打った。
その歌声を聞いた瞬間、京楽は涙を流していた。
「なんなんだ・・・・」
エリュシオンの歌声。神の楽園へと導くという、神の歌声。
神に愛された寵児。
「ららら~~~」
さぁぁぁと、風が鳴る不思議な空中庭園の奥に、天蓋つきのベッドがあった。
歌声は、そこから聞こえてくる。
咲いている花を踏み潰して、近づいていく。
(誰だ?)
京楽は、何重もの深いヴェールに覆われたベッドの中に、動く人影をみて足を止めた。何より、頭の中に直接声が響いてきて、彼はびっくりした。
(神官長か?それともシスター長のメリア?それとも巫女の誰か?イリアか?昨日会いたいって聞いたから・・・・)
また、綺麗な歌声が聞こえてくる。
「ららら~~神よエリュシオンへの道を~♪」
声と、頭に直接響いてくる声は同じだった。
(今日の患者さん?)
「違う。僕は君を・・・・・・・・」
京楽は、逡巡気味に浮竹に剣を突き付けた。
(なんだ、これは?)
「剣だよ・・・見たことないの?」
(剣?見たことないな)
ふわりと微笑む姿は、とても美しかった。
神の寵児、神子。
本当に、その通りだ。
真っ白な足元まである長い髪をいくつにも束ね、たくさんの装身具を飾りあげてもなお色褪せない美貌。
女神だ。
そう、これはまるで女神。
いや、天使か。
浮竹の背にある大きな白い翼を見て、京楽は剣の切っ先を下げる。
「君、こんなところに一人で住んでるの?」
(そうだ。俺はここで暮らしている。それが神子の定め。外には月に一回しか出れない。ここは俺を閉じ
こめておく偽りの楽園)
「君・・・神殿の外にでたことは?」
(ない。神祭も神殿の中で行われる。神殿から、出たことはない。一度でいいから、本当の空と太陽を見てみたい)
すっと、人工の空を見上げる浮竹は、哀しそうな顔をしていた。
とても綺麗なのに、なんて哀しそうなんだろうか。
「なんで、しゃべらないの?」
(禁じられているからだ。歌を歌う以外で、声を出してはいけないんだ)
「それで、テレパシーみたいに直接相手の頭に話しかけるのかい?」
(そうだ。奇跡の力と人は呼ぶ)
「奇跡ねぇ」
京楽は、これから殺す相手、浮竹と言葉を交わしてしまった。
その奇跡の歌声を聞いてしまった。
「なぁ、なんでその翡の目・・・さまよわせてるんだ?」
空を見ていたかと思うと、視線をさまよわせる浮竹に、京楽が首を傾げる。
(目が見えないから)
「はぁ?」
(この翡翠の瞳はものを見ない。魔法をとおして、第6感を通しておぼろけに色と形を教えてくれる。耳も聞こえない。言葉だけは・・・歌の形で、出すことを許されている。お前の声も、魔法で直接脳にとりこんでいる)
「そんなんで、本当に神子なのかi?」
(ああ・・・・あ、まってくれ)
離れていく京楽を追おうとして、浮竹はベッドから転がり落ちた。
「おいおい、何してるんだい。一応魔法で視界はなんとかなるんでしょ?」
浮竹は、静かに京楽の顔を見つめた。
(生まれつき、歩けない・・・・)
「ええっ・・・」
これのどこか、神の子だというのか。
エリュシオンの歌声だけをもつ、綺麗なだけの人形のような天使だ。
声を出すこともできず、目も見えず、耳も聞こえず、あげくに自分の足で歩くこともできないなんて。
どこが、神に愛された寵児だというのか。見た目だけではないか。
(翼も・・・・飛ぶことが、できない。この体は欠陥だらけだ。でも嬉しいな。俺を、連れ出すためにきてくれたのだろう?)
期待で頬を薔薇色に染める浮竹に、京楽の胸が締め付けられた。
「僕は、君を・・・・」
(ああ、殺しにきたんだろう?でも、殺す前に外に連れて行ってくれようと思っているんだろ?)
京楽は、言葉を失った。
「君、死ぬこと怖くないのかい?」
(怖くない。神の御許にいけるのだから。この呪縛から解放される。自分では死ねないんだ。早く外に連れて行って、そして殺してくれ。もう生きていたくない。カナリアのようにこの籠の中で囀ることしかできない俺は、もうこんな生活嫌なんだ)
京楽は、気づくと浮竹の桜色の唇を自分の唇で塞いでいた。
(ん・・・・・)
甘い味。
バサリと、浮竹の背中の翼が広がる。
浮竹の足首には、金色の足枷がしており、それはベッドの柵に繋がっていた。長い金色の鎖が見えた。
それを見た京楽は、剣を振りかざした。
この神子は、本当にここに閉じ込められているのだ。籠の中のカナリアだ。
パキン。
金属的な音をたてて、浮竹を縛っていた鎖がとれる。
(・・・・・・・・本当に、連れて行ってくれるのか?)
浮竹は、自分の鎖が断ち切られたことに、涙を流して京楽にしがみついた。
背の白い翼は小さくなって、折りたたまれている。
「連れて行ってあげるよ。外の世界に」
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