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エリュシオンの歌声3-2

(これが海・・・・)

一面に広がる広大な海を、浮竹は見えない翡翠の瞳で見ていた。

魔法によって脳内におくられるイメージは、ただ遠くまで広がる青。波の打ち返すザァンザァンという音は、魔法で拾って直接脳内に送られる。

不自由な体に与えられた神の奇跡。

人々はそういう。でも違う。これは、自分の魔力によって、欠陥の体の部品を補っているのだ。

奇跡でもなんでもない。浮竹が、生きるために必死なって築きあげた自分だけの魔法なのだ。

神は、この世界にいないのだろうか。

(神様・・・・)

蒼い空を見上げて、浮竹は京楽に抱き上げられて、ずっと海を見ていた。

「そんなに海が気に入ったの?」

(ああ・・・潮の匂いは分かる。実感できる。海も、広いのが分かる。世界は、こんなにも広いんだな)

本でしか読んだことのない海。

目は見えないが、書物などは魔法で読み解くことができた。

「そうだよ。この海から船に乗ればいろんな大陸にいける」

(いろんな大陸にか)

「うん。騒ぎがおさまったら、連れてってあげるよ。海の向こう側に」

草原に放った京楽の愛馬である黒い馬は、草を食んでいる。

崖の上から見える海を、浮竹は京楽に抱き上げられてみていた。

(運命と・・・・戦おうと、思う。俺を・・・・ソウル帝国の聖神殿まで連れていってくれ。ルキアと白哉と会って・・・・そして、エリュシオンの歌声を、死とは別の形で譲ろうかと思っている)

「おいおい、帝国にいくなんて、死ににいくようなもんでしょ?それに、どうやって譲れるのさ」

ぎゅっと抱きしめられて、浮竹は京楽の首に手をまわして、その少し硬いウェーブのかかった黒髪を白い細い指で何度も梳いた。

(エリュシオンの歌声が・・・・歌声が、エリュシオンへの扉をあけることができれば。そうすれば、エリュシオンの歌声はもういらないんだ。エリュシオンへの扉は、ソウル帝国の聖神殿にある)

「伝説じゃないのかい。エリュシオンって」

(いや・・・・本当に、存在するんだ。エリュシオンは。神が、作ったとされる楽園・・・・・そこに続く扉がこの世界の、ソウル帝国の聖神殿の奥にあるんだ。ずっと封印されている。過去に何百人のエリュシオンの歌声をもつ者が歌声を響かせても、決して扉は開くことがなかった。でも、きっと、きっと。今の俺にならできる。なぜかそんな確信が湧き上がってくるんだ。きっと開くことができる。そうして、歌声をルキアに譲って・・・・父に許してもらいたい。生きることを。そして、ずっとずっと・・・・)

「どうしたの?」

目を伏せる浮竹。

「変だな。無理やり、連れ去られたのに。体まで奪われたのに。でも・・・・お前が、好きだ。俺を、守ってくれるとお前は言ってくれた。俺を、あの神殿からはじめて解放してくれたお前が、好きだ。可笑しいな。どうしてだろう・・・・お前が、愛しくてたまらない。俺は、ずっと、ずっとお前と一緒にいたい。京楽春水」

ぎゅっと強くしがみついてくる浮竹の長い白髪にキスを落として、京楽は黒い愛馬の名前を呼んだ。

「クロウ、おいで!」

ヒヒーンと高い嘶きを響かせて、黒馬はすぐ近くにやってくる。

その馬の上に、浮竹をまずまたがらせて、そして後ろから京楽が乗る。

しっかりと手綱を握って、黒馬を走らせる。

目指すは、ソウル帝国の聖神殿。

国境を何日もかけて抜けて、二人で長い旅をしていく。

野宿することもあった。

もうカール公国はすでに抜けており、ソウル帝国にはいって2週間は過ぎていた。

「首都が近いね・・・・・」

黒いマントを頭から浮竹に被らせて、京楽は旅を続けていた。

旅費は環金貨をもっている。2億環金貨なんて持ち歩けないので、持ち歩いているのは40枚ほどだが、それでも十分に旅費としては足りた。

浮竹の衣服を買ってやり、美しい外見が目立たないよう外套も買ってそれで包んでやった。

帝国の領土に入ってから、騎士の追っ手は全くこなくなり、旅は順調に進んでいた。

首都を抜けて、さらに進む。
神秘の森といわれる美しい森を抜けた奥に、聖神殿は存在した。

荘厳な建物に京楽は圧倒されたが、見張りの騎士もいないのを不審に思い、剣をしっかりと腰に携え、馬を木に縛り付けてその黒い鬣を撫でると、京楽は浮竹を抱き上げて、馬を降りる。

「なんだ・・・ばかみたいに静かだね」

聖神殿への扉は、内側から開いた。

「ルキア!?」

気配を感じ取って、浮竹が顔をあげると、ソウル帝国の神の巫女姫と名高いルキア姫がそこにいた。

「浮竹様・・・・良かった、無事だったのだな」

側には、ルキアだけの騎士、黒崎一護という少年が控えていた。

ルキアは涙を零して、京楽の腕の中にいる浮竹に近づいて、そっとその手をとった。

「父様が・・・カール公国を攻めると聞いて、まさかあなたの身にまで危険が及んでいるのではないかと」

(それは・・・・ルキア、俺は・・・・)

「いいのだ。何も心配しなくていいのだ。神託が下ったのだ。あなたが、エリュシオンの扉を開けるためにやってくると。神殿を守っていた父様の息がかかった騎士たちは首都に帰した。ここにいるのは、聖職者たちだけだ。あとは、聖騎士のみ。彼は黒崎一護。私の聖騎士だ」

ルキアに紹介され、まだ16、17歳ほどの少年は聖騎士の格好もしておらず、けれど持っている剣は確かに聖騎士のものだった。

「ルキアに危害を加えることは俺が許さねぇ」

「一護。大丈夫だから、控えていてくれ」

「分かった」

奥へ奥へと案内されると、白哉がいた。

「浮竹。兄は、男とかけおちしたと聞いたのは冗談だと思っていたのだが。本当に、そんなどこの馬の骨とも知れぬ男と、行動を共にして大丈夫なのか?」

(白哉)

今は国同士が敵対しているが、かつてはエリュシオンの歌声をもつという、神子、神の巫女としての交流があった。

「兄は・・・・どこかで、見たことあるような気が・・・・まぁいい」

白哉は、京楽に少しだけ興味をもったが、すぐになくなったようで、ルキアの傍にくる。

浮竹は、京楽の腕から降ろされて、車椅子に座らされた。

それを、警戒むきだしで京楽がおしていく。

ルキアと白哉、それに聖騎士の一護と共に聖神殿の奥へと通される。

本当に、他には誰もいないようだ。

他の聖職者は自室で待機しているのだという。

「扉・・・・エリュシオンへの、扉・・・・・」

大きな神話のリレーフが施された扉を見上げて、浮竹は背中の白い翼を広げて、車椅子から飛び立った。
浮竹は、言葉を発していた。歌声ではない、普通の言葉を。

「浮竹!?」

「この扉は、奇跡の力をもっている。浮竹の不自由な体も、エリュシオンの扉が近くにあればなくなるのだ」

ルキアの説明に、京楽が目を見開く。

浮竹は自分の足で立っていた。

浮竹は、扉にそっと手をかけると、目を瞑って、歌い出す。


エリュシオンへの扉は今開かれる
私は人を愛してしまったから
戒律を破りし天使は堕ちていく
神の楽園よ開け 私を自由にするために
神の楽園へと続くエリュシオン さぁ開いてくれ 私は自由
になりたい

白哉が、眉を顰めた。

「美しいが・・・なんて歌詞だ。でたらめな歌ではないか。即興のものを歌っても、エリュシオンの扉が開くはずもない」

白哉はばからしいと、双子の片割れを少しだけ憐れんだ瞳で見たあと、驚愕した。

今まで誰も開くことのできなかったエリュシオンの扉が、かすかに開いたのだ。

「そんなばかな!」

「もう少し・・・もう少し・・・・」

浮竹は歌い続ける。

エリュシオンへ誘いたまえ
神よ人々を導きたまえ
エリュシオンの歌声が楽園への扉をあける
エリュシオンの歌声だけが楽園へと導く

喉から溢れる歌声は透明すぎて、ルキアも白哉も一護も、そして京楽でさえも涙を流していた。

何故か、涙が溢れてくるのだ。

それが浮竹の感情にリンクしてしまったせいだとは、誰も気づかなかった。

そして、気づくと完全に扉は開いていた。



ようこそ、エリュシオンへ

そんな声が聞こえた気がした。

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