ジャボテンダーの色
「ふーいいお湯だ」
備えつけの小さなバスルームに湯をはって入っていると、いつものようにティエリアが入ってきた。裸で。ロックオンは一人でも、腰にまでちゃんと布を巻いている。いつ出撃命令がくるか分からないし、こうしてティエリアが乱入してくるだろうからと。
それは当たっていた。
白皙の美貌をそのままに、眼鏡をとっているので少し鋭い印象があるが、いつもの子供みたいな仕草で、身体を洗ってロックオンの隣に浸かる。
湯は少し高めの温度だった。
どばばばばばば。
「つめてぇ!」
「熱すぎます」
もはや、適温を通り越して、水風呂に近くなったそれに、ティエリアは満足そうだった。
ポチャンと、雫がはねる。
ティエリアの顔が、湯の中でゆらゆら泳いでいる。
ティエリアはそれをジャボテンダーでかき消した。
やっぱり、ジャボテンダーと入るんだ。息子でロックオンが作ったジャボリー君なるミニサボテンダーは防水性にしてあるけど、ただのジャボテンダーは抱き枕。
無論、水分をとれば重くなっていく。
「大分太りましたね」
いや、水を吸って重くなっただけだから。
水の中でむくんでいくジャボテンダーを頭に乗せて(重くないのかな?)ティエリアは、透明な声で与作を歌いだした。
何故、このセンス。
嗚呼、綺麗なボーイソプラノを留めたその歌声は、もっと歌姫なんかの歌やアヴェ・マリア、賛美歌とかが似合っているのに。
湯の湯気が、ロックオンの視界をさえぎる。
すげぇ邪魔だし。
白い肌をほんのり桜色に染め上げたティエリアの裸体を、拝むことができるのは、そんな夜かこうした風呂くらいで。まぁ、ティエリアはほいほい着替える時も下着姿に、そこに人がいようと平気で着替えるし、トレミーの廊下をロックオンのカッターシャツ一枚とパンツだけで歩くような子だから、いろいろと気苦労が耐えない。
胸なんてない。
絶壁。
中性だし、仕方ないだろう。女の子でもない。男の子でもない。
不思議な存在だ。
なのに、貪欲にロックオンを飲み込んで……あ、鼻血でそう。
ロックオンは、鼻をおさえて天井を見上げた。
ゆらゆらと、漂う湯気が目にしみそうだ。
「は~~じゃぼてんだ~~~それ、ほい、ほい!」
ロックオンを、風呂用に座るやつに座らせて、変な歌を歌いながら、石鹸をこれでもかって泡立てたジャボテンダーで洗っていく。背中を問答無用で洗われて、ロックオンは腰の布をとられそうになってそれはなんとか阻止して、ティエリアの歌にかけ声をする。
「あー、ほい、ほい、ほい!」
手拍子までついている。
なんだ、この光景。
ラブラブアマアマなムードになるならわかる。
何故、ジャボテンダーで身体を洗われてホイホイとかかけ声してるんだ俺とか考えながら、でも掛け声は止まらない。
「ジャボテンダーホイホイ!」
「ホイホイ!」
ばしっ。連呼したら、水を吸った重たいジャボテンダーではたかれた。
「失礼な。ジャボテンダーさんはジャボテンダーホイホイではない。あ~落葉の森にジャボテンダーがやってきた~。ある日~森の中~ジャボテンダーさんに出会った。ジャボテンダーさんは森の中で針万本針万本~いよぉ~~、針万本♪」
「針万本♪」
一緒に即興の歌を歌いだす。
ロックオンは、ティエリアの紫紺の髪を洗ってあげながら、バスルームで湯というか、ちょこっと暖かいだけの水風呂に沈むジャボテンダーを、後で干さないととか、そんなことを考えていた。
「ロックオン」
「ん?」
ティエリアは、自分でシャワーを浴びてシャンプーとリンスを流すと、ロックオンに抱きついて、少しだけ唇を重ねるキスをした。
「ん」
ティエリアの喉から、甘い声が出る。ロックオンが伸ばした手が、ティエリアのラインを辿っていた。
「続きは、また来週!ふふふふ」
そういって、爽快に去っていく彼。
一人残されたロックオンは、暖めなおした風呂に浸かって、あの緋色の目に囚われた瞬間に、身動きができなくなっている自分に苦笑した。
いつもは幼子のような部分を見せるのに、まるで獲物を狙う猛禽類のような鋭さと、そして美しさ。
絶世の美貌は、色あせること知らない。どんな時でも。
「は~。また来週か。ほんとに来週なんだろうなぁ」
きっと、それまではあおずけだ。キスくらいは許してくれるだろうが、ティエリアを抱けないと思うと少し悲しかったけど、欲の塊のような男ではない、ロックオンは。
互いに愛を確かめるためにティエリアを抱く。
「なぁ、ジャボテンダーちょっとむくみすぎ。染料おちてねぇ?」
ちょっと白くはげかかったジャボテンダーを、湯の中で持ち上げて、ロックオンはティエリアが即興で歌っていた歌を、脳内にプリントアウトされてしまって、それを音痴ともいえる音色で奏で出す。
「いよぉ~~ジャボテンダー森の中~~♪」
まるで歌舞伎のような。
変な仕草つきで。
今日もトレミーは、ジャボテンダーがはげるくらいに平和でしたとさ。
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