出会いは突然に⑦
気を失ったティエリアは、保健室で目を覚ました。
額にひんやりと水で冷えたタオルが置かれていた。
「僕は・・・・」
そうか、あの後眠るように意識を手放したのかと、反芻するようにゆっくりと起き上がる。涙が、ぽたぽたと、保健室のベッドのシーツに零れた。
「ごめん、なさい・・・・」
「どうした?」
ティエリアが起きたのに気づいたのか、横で椅子に座ってうたた寝をしていたニールの瞼が開いた。飛び込んでくる鮮やかなエメラルドグリーンの双眸。
「ごめん、なさい。好きになって、ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ?」
「だって―――」
ティエリアは涙を零してシーツを掴むと、そのままうなだれた。
「だって・・・・・・僕には、人を愛する権利なんて、ないから・・・」
くしゃりと、頭を撫でられて、目を瞑る。零れる涙は止まらない。
「泣くなって」
「ごめんなさい・・・」
「謝るなよ。俺がお前を最初に好きになったんだから。それに、人を愛する権利がないとか、そんなことないさ」
「でも、僕はリジェネを殺した」
また、頭を撫でられた。
「・・・・・・・・」
しばらくの沈黙。その先を促そうかとニールは逡巡したが、やめておいた。
語りたいのなら、自分から話してくれるはずだ。無理にはやめておいたほうがいいと。
優しくティエリアの頭を撫でた後、頬に手をあてて、ニールはティエリアに触れるだけのキスをした。
「らしくないぜ。元気だせよ。もう放課後だ、一緒に帰ろうぜ?」
「うん・・・・」
すでにニールはティエリアの荷物も、刹那がまとめて持ってきてくれたのを受け取っていたし、自分の荷物も担当授業が全て終わって、午後には1時間しか授業がなかったのに、帰ることなく荷物だけまとめて保健室で、ティエリアが目覚めるのを待っていた。
同じように、刹那も待っていたのだけれど、先に帰宅してしまった。
彼なりに気を遣ったつもりらしい。
そのまま、しばらく二人は沈黙したまま動かないでいた。
優しいニール。まるで春の太陽のように。眩しくて、暖かくて。
心がふわりと浮かんでいるような心地にとらわれてしまう。
「一緒に帰ろうか。今日は、電車なんだ。もう落ち着いただろ?無理ならタクシー呼ぶぜ」
「あ・・・・大丈夫です。自分の足で歩けます」
ニールとティエリアは、一緒に保健室を出ると、そのまま学校の校庭に出て、歩き出す。空を見上げると、綺麗な茜色に染まっていた。同じ色に染まるニールの横顔を見て、それからまた空を見上げる。
学校の門をくぐり、建物の影を落とす道路をてくてくと静かに歩いていく。
ティエリアは、鞄をニールの頭に向かって放り投げた。
「ぶべ!」
それは目標を誤って、ニールの顔に直撃した。べしっといい音がして、落ちた鞄をニールが拾い上げる。
「ちょ、お前なんなんだよ!」
「付き合って下さい。僕と、真剣に。あなたが好きです」
夕焼け色に染まるティエリア。サラサラと風に流れる髪をかき上げて、ティエリアはニールを見つめていた。夕日と同じ色の瞳で。スカートが翻る。白い太ももに視線をやると、お日様模様のパンティがちょっとだけ見えた。
あ、ラッキー。
頭の端でそんなことを考えながらも、気づかれないように、真剣な表情を崩さないニール。
「マジ?本気?俺のプロポーズ受けてくれんの?」
車が排気ガスを撒き散らしてクラクションを鳴らす音が、耳障りだった。
「婚約しよう」
「ぶっ」
ティエリアは、右手を口にあてて吹き出した。
てっきり「いいぜ」とかそんなありきたりの台詞が返ってくるのだと思っていた。ニールはすでにティエリアにプロポーズしているし、好きだとも言っている。
ティエリアとはデートしたり、一緒に刹那もまじってだが、昼食をとったりするし、家に遊びにくることまであるニール。
家庭教師としてとか口先だけで、あれだけ固いアレルヤが許すのも、元々ニールはアレルヤの先輩にあたる、同じ大学の出身で友人でもあるからだ。
だから、アレルヤは安心してアレルヤとティエリアが住む家に、遊びにくるニールを心から歓迎して迎え入れる。大抵、アレルヤも刹那も一緒の部屋で雑談したり、DVDを見たり、ゲームしたり、ほんとに家庭教師のように勉強を教わったりと、ニールが下心からティエリアの家にくることはない。
アレルヤも、安心して、デート相手が7つも年上のニールだと知っても、止めない。彼なら、ティエリアを幸せにしてくれると信じているのだ。
ニールは一見、見かけのせいでチャラついたように見えるが、女性との交際は真剣なもので、今まで何度か好きになった女性に交際を申し込んだが、断られたり、ふられたりしてきた。
まさか、未成年を本気で好きになるとは、彼自身も想像もしていなかった。交際する限りは、遊びでなく真剣に。高校を卒業するまでは、肉体関係は持たないつもりだった。
「じゃ、婚約成立でいい?」
「どうして、そこまで話が飛んでいくんですか!」
ティエリアは頭に手を当てている。
「結婚しようぜ」
「話が飛びすぎです・・・・いいですよ。結婚しましょう。ただし、僕が高校を卒業してから。それから、僕は大学にも進みますので」
「OKOK。卒業と一緒に結婚式な!」
冗談で、言っているのだと思った。付き合うのはOKだろうが、まさか結婚とか。先のことすぎて、ティエリアも考えていなかった。
「あなたは、口が軽いですね」
「本気だぜ?」
沈んでいく太陽が逆行になって、ニールの表情は見えなかったけど、抱き寄せられて、そのまま唇を重ねられた。
「ん・・・・」
大人のキス。まだされたことのないその感触に、背筋が泡立った。
それから、額にキスをされて、手を繋ぎあって歩きだす。
帰ったら、アレルヤと刹那になんて言おう?ニールと婚約したなんて、いえるだろうか。ニールは本気なのかな?
ちらりとニールの横顔を見ると、彼はニカリと笑って、ティエリアの指に指を絡めてきた。それがなぜか酷く恥ずかしくて、ティエリアは頬を赤らめる。
茜色に染まっているから、どうか彼に気づかれていませんように。
二人は、そのまま電車に乗り、それぞれの駅で別れて帰宅した。
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