出会いは突然に⑥
「よ、ティエリア、おはよう。昨日のデート楽しかったぜ。今日もかわいいな」
ぽんと肩を叩かれて、ティエリアは赤面した後、微笑み返す。聞こえてきた声の持ち主、ニールに向かって。
「おはようございます。かわいいとか、そんなこと、ありませんから・・・」
「あれ、髪のリボン曲がってるぞ?」
「え?」
「かしてみろ。俺が直してやる」
ニールはティエリアの頭を撫でてから、曲がっていた髪のリボンを直してやった。
「あ、ありがとう・・・」
「ほい、できた。うん。今日もまた後でな!」
いつもは万死としか返さないティエリアが、笑顔であいさつを返してくれた。これもデートとかお昼を一緒に食べたり、放課後話をしたりしている成果だろうか。
隣にいた刹那は、驚いて言葉も出ない様子だった。
かの堅物ティエリアが、あろうことか男性、しかも年上の教師に、いきなり肩を叩かれて挨拶されて微笑を浮かべて挨拶を返している。
2時間目が終わったあとの、10分間だけの小休憩の時間だった、今は。ティエリアと刹那は、二人で視聴覚室に向かって移動していたのだが、ニールがすれ違ってこちらに気づいてやってきたのだ。
ティエリアは気づいていなかったようで、肩を叩かれた時少し吃驚した様子であったが、頬を染めて少し俯いてから、長い睫を伏せていたのをやめて、笑顔で挨拶を返した。
「大王だ。アンゴルモアの大王が降ってくる・・・世界の破滅だ!!!俺がガンダムだ!!」
刹那は頭を抱えて蹲った。最後はいつもの台詞になっていたが。
「ちょ、なんだそれは!!」
「ティエリアが、異性に、異性に笑顔で挨拶を返した・・・・しかも、口説いていたあのニールに・・・ああ、アレルヤが知ったら、きっと卒倒する」
「何だそれは」
そこまでおかしいものか?
周囲を見ると、みんな固まっていた。
あの、堅物の美少女ティエリアが、ニールに笑顔で答えた。事務的なものでなく。しかも頬を染めて、潤んだ瞳でまるで恋をしているように。
「うおおおお、恋だ!!」
「恋ね!!」
「恋だわ!!」
みんな叫びだす。なんなんだ、このみんなのテンションは。そんなに可笑しかっただろうか。ただ、挨拶を返しただけなのに。
刹那は変わらず不明な言葉を叫んでいる。
とりあえず、刹那を引き摺って、その場から逃げるようにティエリアは視聴覚室に入る。
昼になって、屋上で昼食をとっていると、いつものようにニールが混ざってきた。
ドクドクと、早鐘の如くティエリアの心臓は脈打っている。
なんだろう、この感情は。気恥ずかしくて、ニールのほうをまともに見れない。
「お、エビフライげーっと」
ティエリアのお弁当箱から勝手にエビフライを拝借していったニールに、ティエリアは文句も言わない。
「あなたのせいだ!!」
急に立ち上がると、弁当箱を床において、びしっと指をつきつけるティエリア。
「へ?」
「あなたのせいで僕は病気になった!どうしてくれる!!」
「病気って・・・どんな?」
「あなたの声を聞くと、ドキドキする。顔を見ると頬が、体中が火照るように熱くなる。笑顔を見ると胸が苦しい!これは・・・・うう、病院に行かないと」
ニールはにんまりと笑って、ティエリアの手を握る。
「バーカ。それは恋だよ」
「鯉か!?錦鯉か!?」
「違うって。恋したことないのか。じゃあ初恋か?お前さんは、俺に恋しちまったんだよ」
「錦鯉してしまったのか!!」
「ま、まぁなんか違うけど似たようなものだ」
「責任をとれ!!」
びしい!
指をつきつけたティエリア。刹那は腹を抱えて声もなく笑っている。
「いいぜ。付き合おう。本気で、な」
「え?」
ふわりと、ティエリアの体が宙に浮いた。ニールはティエリアを横抱きにすると、あろうことか屋上でティエリアにキスをした。
「万死・・・・」
いつもなら、威勢のいい声とビンタが飛んでくるはずだった。でも、ティエリアは顔を手で覆って動かなくなった。
「あれ?」
「死ぬほど恥ずかしい」
ぽつりと漏れたティエリアの声に、ニールは苦笑するのだった。
脳裏に、幼い頃のリジェネの顔が過ぎる。リジェネがずっと好きだった。でも、一緒にいてドキドキとか体が熱くなったりとか、そんなことを経験したことはない。
リジェネを愛している。今でも。
でも、こんな激しい感情は今まで抱いたことがない。
幼馴染のように育ったリジェネに抱いた感情は、そう、例えるなら半身が側にいるような。
「リジェネ・・・」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
交通事故にあいそうになった瞬間、彼だけでも助かってほしいと、リジェネを、ティエリアは助けようと突き飛ばした。こちらにきた車は、ティエリアの目の前ギリギリのところで止まった。あの時、ティエリアがリジェネを突き飛ばさなければ、リジェネはトラックにはねられることなどなかっただろう。同じかすり傷くらいですんだはずだ。
リジェネは重症を負いながらも、ティエリアに最後まで気にするなといって庇ってくれた。今でも、彼の最期の言葉を思い出す。
「君だけでも、幸せに――」
病院のベッドで、包帯にまみれたリジェネの、掠れた最期の言葉。
思い出すだけで目頭が熱くなる。彼を殺したのは、僕だ。
僕だけ幸せになる権利なんてない。リジェネの人生を奪っておきながら。でも、葛藤する。誰も愛する権利などないと思っていた自分の心に切り込んでくるように、浸入してくる柔らかな暖かさをもった、ニールに全てを委ねたいと。
「僕は誰かを愛しても、いいですか?僕は、あなたを愛しても、いいですか?」
ティエリアは、涙を流しながらニールの翠の目をのぞきこんで、そのまま気を失った。
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