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始祖なる者、ヴァンパイアマスター外伝

それは、まだ浮竹が京楽を血族に迎え入れて、20年程経った頃のお話。

古城に、奇妙な訪問者がいた。

まだ10歳くらいの少女だった。

浮竹は、その少女を迎え入れた。ただの人間なら、記憶を奪って森の外に戻すのだが、少女は珍しいことに、ヴァンピール、ヴァンパイアと人間の間に生まれた子供だった。

「お父さんとお母さんは?」

「どっちも死にました。お母さまが、ここに来れば始祖様が助けてくれるって。始祖様、私のお父様になってください」

その言葉に、浮竹は眩暈を覚えた。

少女は十分に愛らしかった。

京楽を血族に迎えて、甘い日々を送っているが、新鮮なものに欠けていて、少し退屈していたのだ。

「少しの間なら、君のお父様になってあげよう」

それは、浮竹が起こした気まぐれであった。

少しの間というが、浮竹にとっては10年も少しの間だ。

時間間隔が人間とは違う。

京楽はまだ、人間であった頃の名残で、時間感覚が人間に近かった。


「で、この子を娘にするって?」

京楽が、勝手に浮竹が決めてしまったことに怒ることはなく、呆れることもなかった。

「身寄りがないそうだ。しばらくの間保護するくらい、いいだろう?」

「しばらくってどれくらい?」

「10年くらい」

「それじゃあ、この子は成人しちゃうね」

「え、ヴァンピールだろう。そんなに早く成長するものか?」

娘となった少女の名はエメラルド・ラスタナ。

浮竹と同じような緑の瞳をしていた。

浮竹の瞳を宝石に例えるなら翡翠だが、少女の瞳を宝石に例えるならまさにエメラルド。

良い名だと、浮竹も京楽も思った。

「ヴァンピールは、個体差もあるけど、人間と同じ速度で成長して、成人したくらいで肉体の時間が凍結する。ヴァンパイアは子供の頃の時間が長いかもしれないけど、ヴァンピールの子供が刻む時間は、人間に似ている」

「そうなのか」

愛らしい少女が、10年も経てば大人の女性になってしまうことを、浮竹は残念がった。

「浮竹父様、京楽父様、なんのお話?」

「いや、なんでもないエメラルド。お前はもう、俺と京楽の子だ。始祖の娘として、堂々と振る舞うといい」

エメラルドを、浮竹は溺愛した。京楽もまた、エメラルドを実の娘のようにかわいがり、愛した。


「浮竹父様、京楽父様。クッキーを焼いてみたの。食べてくれる?」

「ああ、食べる」

「僕ももらうよ」

エメラルドは、浮竹の戦闘人形に教えてもらいながら、クッキーを焼いてくれた。

動物を形をしていて、かわいかったが、黒焦げだった。

そんなこと気にせずに、浮竹も京楽も食べた。

「今度から、焼く時間を少し短くしてごらん。そうすれば、もっとおいしいのができるから」

「焼く時間難しいよ、京楽父様」

「じゃあ、明日一緒にクッキーを作ろうか」

京楽はエメラルドにアドバイスをして、次の日にはエメラルドと一緒にクッキーを焼いた。

そんな様子を、浮竹は幸せな気持ちで見ていた。

エメラルドが、実の娘のように思えていた。

エメラルドは、お菓子作りが好きだった。最初は失敗するが、京楽が教えると知識としてちゃんと吸収し、次からは美味しいものができあがった。

「浮竹父様、頬が緩みっぱなしだよ?」

エメラルドの言葉に、自分がだらしない顔をしていたのに気づいて、浮竹は顔を引き締めた。

「いや、エメラルドがかわいいなぁと思って」

「浮竹父様、嬉しい。私、かわいい?」

「ああ。世界一かわいいよ。京楽もそう思うよな?」

「僕は、浮竹も同じくらいかわいいと思ってるよ」

「浮竹父様、夜に時折京楽父様と部屋にこもって、なんか声が漏れてるんだけど、何をしているの?」

浮竹は真っ赤になった。

濡れ場を見られたわけではないが、娘に聞かれていた。

「浮竹と僕はね、睦み合ってるの」

「おい、京楽」

「隠すこともないでしょ。家族なんだから」

「私のお父様とお母様みたいな、関係なの?」

10歳のエメラルドは、浮竹と京楽の関係を、異常だとは思わなかった。同性同士でも、気味悪がったりしなかった。

「そうだぞ、エメラルド。俺は京楽を愛していて、血族にしている」

「京楽父様は、もともと人間なんだよね?」

「そうだよ」

「浮竹父様は、どうして私のことを血族にしてくれないの。本当の娘じゃないから?」

「エメラルド、俺は人生でその時伴侶になる者しか血族にしないんだ。こればかりは譲れない。ごめんな、エメラルド」

「ううん、いいの、浮竹父様!わがままいって、ごめんなさい!」

その日は、親子として川の字で眠った。


浮竹が、ヴァンピールの少女を娘にした。

そんな話は、隠していたつもりなのに、ブラッディ・ネイの耳に入った。

「へぇ、この子が兄様の娘ねぇ。かわいいじゃない。ボクの寵姫にならない?」

ブラッディ・ネイは、浮竹がエメラルドを娘にして1年が経った頃、話を耳にしてわざわざ分身体をよこして、浮竹の古城にきていた。

「ブラッディ・ネイ。エメラルドに手を出したら、例え実の妹のお前でも、ただですむとは思っていないだろう?」

「ああ怖い。兄様は愛した者に夢中になるから。あのひげもじゃの血族といい、このヴァンピールの子といい、兄様は愛した者に惜しげもなく愛をあげるから。ボクのことも、少しは愛してよ、兄様」

「お前を愛した結果、お前はこうなった。俺はもう、お前を家族としては認めるが、愛することはないだろう」

ブラッディ・ネイは浮竹に固執していた。

始めは浮竹を独占していたが、浮竹を愛しすぎるあまり、浮竹の周囲にいる者を殺した。

浮竹は、その時になってブラッディ・ネイを愛したことを後悔した。

そして、ブラッディ・ネイを愛さないことを決めた。神代の時代の話であるが。

「いいなぁ。兄様の娘か。ボクも、そんな立場になってみたい」

「俺の妹であるだけで十分だろうが」

「まぁ、それもそうだね。兄様は、一応家族としては、ボクのこと認めてくれてるから」

「俺はお前を妹であるとは思っている。でも、お前は妹として愛されたいのではなく、伴侶として愛されたいのだろう。そんなこと、無理に決まっている」

「つれないなぁ、兄様。ボクの心を知っているのに、いつも冷たい」

「俺は実の妹に手を出すような者になりたくない」

「兄様なら、大歓迎なんだけどね。欲を言えば、兄様が姉様ならよかったのに、ってとこかな」

ブラッディ・ネイは同性愛者だ。

8千年に渡り、休眠に入ることもなく、血の帝国で女帝をしていて、最初は異性愛者であったのに、長く生き過ぎて狂ったのか、10~15歳くらいの外見の少女を寵姫として後宮に入れて、自分の欲を満たしていた。

あげくに、男性の精子がなくとも、少女たちを懐妊させ、子を産ませた。

生まれた子は皇族として迎え入れられ、寿命を全うするまで皇族として生きる。

ブラッディ・ネイは後宮の少女たち全てを血族にしていた。

後に、ブラドツェペシュの件があり、後宮の寵姫たちの血族を破棄して、疑似血族とするのだがそれはまだ遠い未来の話。


「浮竹父様、もう、出てきてもいい?」

「ああ、もういいぞ」

ブラッディ・ネイが、寵姫にならないかと言った時に、浮竹は血の結界でエメラルドを守っていたのだ。

「本当に、君の妹はなんともいえないね」

一緒にいた京楽は、浮竹の気苦労を労わるように、その長い白髪を撫でた。

「私、将来浮竹父様と京楽父様のお嫁さんになる!」

「あははは。期待しないで、待っておくよ」

「エメラルド、俺は京楽を愛しているんだ。いくらエメラルドでも、花嫁にすることはできない」

エメラルドは、頬を膨らませて怒った。

「浮竹父様の意地悪!」

でも、すぐに謝った。

「ごめんなさい、浮竹父様。我儘いわないから、私を娘のままでいさせて?」

「ちょっとくらい、我儘言っていいんだぞ、エメラルド。花嫁にはできないが、もしも伴侶にしたい相手ができたら、盛大に祝ってやるぞ」

「うーん、私、父様たち以外にまだ好きな人いないから、わかんないや」

穏やかに、時は流れていく。

浮竹と京楽が、エメラルドを娘にして5年が経っていた。

エメラルドは、誰もが振り向くような美貌の少女に育っていた。

最近、エメラルドは古城の外、人間社会によく出入りしていた。外の世界に好きな者ができたと告げられた時、娘を花嫁に出す父親の気持ちがよく分かった。

「人間が、好きなんだな?」

「だめ?浮竹父様」

「一度、この古城に連れてきなさい」

「え、でも浮竹父様、この古城に人間をいれてはだめなんじゃ」

「娘の婿になるかもしれない相手だ。特別だ」

「あーあ、エメラルドもお嫁さんにいっちゃうのかぁ。京楽父様は、悲しいよ」

「こら、京楽、娘に婿ができるかもしれないんだぞ。祝ってやれ」

「うん、まぁまずはその男を見定めてから、かな?」

エメラルドを不幸にするような男と、結婚は許せない。

エメラルドは知らなかった。今、自分が付き合っているのが実はヴァンパイアハンターで、浮竹と京楽を狙っていたことなど。

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「いやあああ!浮竹父様!ひどい、何をするの、オブライエン!」

オブライエンと呼ばれた20代前半の青年は、ヴァンパイアハンターだった。

銀の弾丸をたくさん浴びせられて、まさか娘の婿候補がヴァンパイアハンターなどと思っていなかったので、防御が遅れて、血を流した。

「よくも浮竹を・・・・・・」

京楽は、血を滲ませてオブライエンを殺そうとした。

「おっと、動くな。エメラルドがどうなってもいいのか?」

エメラルドの頭に、銀でできた弾丸が入った銃を向けた。

ヴァンピールは、銀の弾丸は効かないとはいえ、頭を撃ち抜かれたら、たいして力のないエメラルドは死んでしまうだろう。

浮竹も京楽も、降参した。

「そうだ、それでいい・・・・いてぇ!」

エメラルドは、オブライエンに噛みついた。

「このアマ!」

ダァァアン!

オブライエンの放った弾丸が、エメラルドの胸に当たった。

「この人間のヴァンパイアハンター如きが!」

真紅の瞳で、血を刃に変えて、浮竹はそれでオブライエンの体を斬り裂いた。

「ぐふ!」

「浮竹、エメラルドの傷が回復しない!」

「なんだと!」

「はは、気づいていなかったのか。エメラルドは既に死んでるよ。そこにあるのは、反魂で蘇らせた、まがい物だ」

「この、人間が!」

ぐしゃりと音を立てて、オブライエンは脳みそ中身をまき散らして、死んでいった。

反魂は、魂の一時的な蘇り。

完全な反魂でない限り、命は容易く消えてしまう。

「浮竹父様、京楽父様、ごめんなさい。あいつ、ヴァンパイアハンターだったのね。気づかずに、古城に入れてしまった。本当に、ごめんなんさい」

「そんなことはどうでもいい!血を、いま血を与えるから!」

「浮竹父様、だめよ。私は不完全な反魂で蘇った存在。血をもらっても、体は朽ちていくわ」

さらさらと、足のほうからエメラルドの体が灰になっていく。

「遺体も残せない・・・せめて、これを私だと思って・・・もっていてくれると、嬉しいな・・・・」

エメラルドは、エメラルドでできたブローチを、浮竹に渡した。

「エメラルド!」

「エメラルド!くそ、何か方法はないのかい!?」

「反魂は、俺の範疇外だ。くそおおお!!!」

浮竹も京楽も、涙を流していた。

「せめて・・・せめて、お前の形だけでも残す」

浮竹は、魔法でエメラルドの姿形をトレースした、戦闘人形を生み出していた。

「俺の戦闘人形は、エメラルド、お前の外見にしよう。このブローチは、大切にする」

「ああ、嬉しいなぁ、浮竹父様。じゃあ、私はずっと、浮竹父様と一緒なんだね。浮竹父様の戦闘人形として、エメラルドがいたことを、残してくれるんだね」

「エメラルド!」

すにで、下半身は灰になってしまった。

「逝くな、エメラルド!」

「エメラルド!」

京楽もまた、浮竹のように涙を流していた。

「京楽父様、浮竹父様を、悲しませないで、ね?」

「ああ、約束するよ」

「嬉しい。私、短い間だったけど、浮竹父様と京楽父様の娘として愛されて、幸せでした」

そう言って、エメラルドは完全な灰となってしまった。

「浮竹・・・・」

「京楽、オブライエンという男が所属している、ヴァンパイアハンターギルドは分かるか?」

「調べてみるよ」

浮竹の怒りをかったそのヴァンパイアハンターに所属するヴァンパイアハンターと、ギルド長は、生きながら浮竹が放った血で飼いならしたモンスターに食われていった。

浮竹は、エメラルドのブローチを、大切に保管した。

エメラルドが死んだ日から、浮竹の戦闘人形は、全てエメラルドの姿形をしていた。

意思をもたせた戦闘人形のリーダーは、まるでエメラルドが生き返ったかのようだった。

「エメラルド。俺はお前のことを忘れない」

灰は、古城の敷地に墓を作り、そこに埋めた。

灰の後から、世にも珍しい、緑の薔薇が咲いた。

「エメラルド、僕らの子は、君だけだよ」

その薔薇に水をやりながら、京楽は浮竹を抱きしめていた。

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「俺たちの娘の形見なんだ、そのエメラルドのブローチ。大切なお守りをもらった、お礼だ。できるだけ、換金しないでほしい」

(そんな大切なもの、受け取れないよ!)

東洋の京楽は、西洋の浮竹にエメラルドでできたブローチを返そうとする。

「もう、いい加減克服しなきゃいけない。形見があると、引きずるんだ。だから、大切な友人であるお前たちに、持っていてもらいたい。お前たちは、俺の中でエメラルドと似たような存在だから」

西洋の浮竹は、少し寂しそう笑ったあと、東洋の自分を抱きしめた。

(西洋の俺、いいのか、本当に。こんな大事なものをもらって)

「ああ。お前たちに、持っていてもらいたい。何もかかっていない、ただの装飾品だが。エメラルドの質はいい。どうしても困ったら、換金してくれても構わない」

(絶対に売らない!)

(ボクも、春水と同意見だよ)

「じゃあ、夢渡りで世界を渡る時間がもうないから、俺たちは戻る」

(ありがとう)

(大切にするね)

「ああ。東洋のお前たちになら、託して正解だ」

「浮竹、戻ろう。夢渡りの時間をオーバーすると、違う世界に飲まれてしまう。じゃあね、東洋の僕たち。また、会おう」

(ああ、また)

(次に会える日を、楽しみにしている)

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「ふう。夢渡りは、疲れるな。魔力の消費が半端じゃない」

「東洋の僕ら、仲睦まじかったね。西洋の僕らも、負けてられないね」

「聖帝国に行くのに、準備を終わらせないとな」

聖帝国に向かった、始祖魔族藍染の戦士たちは、浮竹の血を注射されて、魔力も筋力も、普通の魔族とは比べ物にならないものになっていた。

そんな魔族が、400人もいるのだ。

白哉、恋次、ルキア、一護、冬獅郎にも参加してもらうことにしていた。

少数精鋭で、叩くつもりだった。

聖帝国は、軍隊を持たない。

そもそも、神族と言われてはいるが、神族は魔族のように高い魔力を有してはいるが、それを涙の宝石の還元するので、戦う力はを持つ者はほとんどいないのだ。

だから、藍染は、はじめに聖帝国を狙ったのだ。

相手が血の帝国や人間国家なら、少なくとも2千以上の兵士はいるだろう。

「藍染の狙いは、きっと聖帝国の皇族だ。その心臓は、魂のルビーと言われる、世界三大秘宝の一つになる。莫大な富で、更に富国強兵をして人間社会や血の帝国に侵略するのが目的だろうな」

「藍染め。封印から復活したとも聞いたよ。油断ならないね。始祖だけあって、死なないから」

藍染は、京楽の言葉通り、魔族の聖女に封印を解いてもらって、復活していた。

「死ななくても、限りなく死に近い状態にはできる、封印したり、弱らせたり」

現在の藍染は、聖帝国には行っていなかった。

浮竹と京楽につけられた怪我を癒し、封印されたことで失った膨大な魔力を回復中であった。

「とにかく、厳しい戦いなるかもしれない。京楽、覚悟はいいな?」

「もちろんだよ。君と一緒なら、例え地獄にだって付き合うよ」


いざ、聖帝国へ。

始祖ヴァンパイアとその血族は、やがて聖帝国の地を踏む。

そこには、強化された魔族の兵士と、蹂躙される神族の姿があった。

「ヘルインフェルノ!」

浮竹は、まず初めに魔族の兵士たちに向かって、炎の高位魔法を放つのであった。










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