桃が食べたい
「桃が食べたい」
唐突だった。
「みかんの缶詰も食べたい。いや、でも桃のほうが食べたい気がする。桃の缶詰は味が変わってしまっているからいまいちだ」
げほごほ、ごほ。
布団から半身を起こしていた浮竹は、咳をした。
「ほらほら、横になって。まだ熱高いんだし、無理しないで」
「桃が食べたい」
「分かった分かった。買ってきてあげるから、大人しくしてるんだよ」
しきりに、桃が食べたいと訴える浮竹を寝かしつけて、京楽は雨乾堂の外に出た。夏が、はじまろうとしていた。
太陽の光はじわじわと体力を奪っていく。こんな季節は、海にいきたいが、今の浮竹を海に行こうと誘う気にもならなかった。
夏風邪をひいてしまったらしい。こじらせて、かなり長引いていた。
尸魂界の市場で、値段のはる高級な桃を数個買い込んだ京楽は、市に並んでいた髪盛りに視線を移した。
「へぇ、翡翠細工か」
本物の翡翠があしらわれた髪飾りを手に取ると、値段をみる。隊長の1か月分の給料の数倍はした。繊細な細工のそれを、気に入ったとばかりに購入した。
京楽は、上流貴族だ。お金は、腐るほどにある。次男だが、生前分与でかなりの額を両親からもたされており、銀行に預けっぱなしだった。
浮竹のために使う金は、けっこうな額になった。飲食代だけでも相当なものだ。
「浮竹に似合うだろうねぇ」
翡翠細工の髪飾りをあげても、女の子じゃないからと、浮竹があまりつけたりしないのを分かっていても、買ってしまう。
ただ、一時でもいいから身につけさせれば、それで満足だった。
浮竹は、贅沢を好まない。どちらかというと、質素なものを好む。
髪飾りだの、宝石だの、そういうものを好まない。衣服も、高いものは受け取ってくれないことが多い。
唯一、酒は高いものをプレゼントしても喜んでくれた。
「ただいまー」
雨乾堂は、もはや我が家に近かった。毎日のように浮竹に会いに来る京楽を止める者は伊勢七緒くらいだ。
二人ができていることを知ってはいるが、頻繁すぎると怒られた。
気にしない、気にしない。
七緒の怒った顔もかわいいけれど、恋人の浮竹の儚い美しさにはかなうものはいないと思う。
「桃、買ってきたよ。むいてあげるから」
「んー?」
布団からのそのそと顔をのぞかせて、浮竹は氷で冷やした冷たい水を飲んで、京楽のほうを向いた。
「西瓜が食べたい」
「おいおいおいおい。桃が、食べたかったんだろう?」
「西瓜がいい」
「そりゃないよ。高い美味しそうなの、買ってきたのに」
「じゃ、それでもいい」
猫のように伸びをして、まだ少し高い熱に瞳を潤ませて、こちらを見てくる浮竹に、京楽は買ったばかりの髪飾りを、その白い長く伸びた髪にさした。
「ん?」
「髪飾りだよ」
「俺は、女じゃないぞ。そんなものもらっても、嬉しくない」
「分かってるよ。今、つけてくれてるだけでいいから」
「・・・・・うん」
簪や、髪飾りを京楽は好んだ。京楽は自分の髪にも、女ものの値段のはる簪をしている。
髪飾りを、浮竹は手にとってみてみた。
「これ、翡翠じゃないのか」
「いいや。ただのガラス玉さ」
「そうか」
多分、本物であると気づいているだろう。高い髪飾りや簪は、もうたくさんある。全部、京楽が浮竹の髪にと、買ったものだった。
今浮竹がもっている、京楽から贈られた髪飾りや簪を全部売り払えば、屋敷が建てれるくらいの値段にはなるだろう。
高価なそんなものより、京楽が昔編んでくれた花冠のようなものが好きだった。
手作りの置物や、現世から部下に購入させた安価なキーホルダーのようなものを好んだ。
甘味ものを特に好む浮竹には、プレゼントはスイーツ系のものも多い。
食べ物と酒なら、少々値がはっても喜んでくれる。
「ほら、桃がむけたよ」
無言で、じっと見上げてくる。
まだ、熱は完全に下がっていない。
「はいはい。口開けて」
皮をむいて、適当な形にカットされた桃を口元にもっていくと、浮竹はぱくりとそれを食べた。
甘えん坊なのは、熱が高い証拠だ。
「甘い」
「甘いだろうね」
ぺろりと、唇をなめる浮竹の唇に触れる。
少しだけついた桃の雫を味わって、京楽は浮竹に桃を食べさせていく。
甘ったるい匂いが、むしろ心地よい。
お互い、護廷13番隊の隊長であることを忘れて時を過ごす。
「早く、治るといいね。元気になって、8月になったら海にいこうか」
「海か・・・・・・西瓜が食べたい」
「西瓜、好きだねぇ。桃の方が甘くておいしいんじゃないの?」
「西瓜もすきだ。塩をかけると甘味がます」
去年は、女性死神協会主催の海の旅行についていった浮竹だが、暑さにやられて倒れて、お墓のようなもの作られて、山本総隊長からの金一封をてにいれたらしいが、その時は忙しくて京楽は一緒に行けなかった。
「桃、もっと食べたい」
「はいはい。甘えん坊だねぇ、浮竹は」
京楽のいうままに、伸ばした白い髪が、畳の上で乱れている。
「後で、体ふいてあげるよ。今日は熱が高いから、お風呂はだめだよ」
浮竹はけっこう綺麗好きだ。熱があっても、風呂に入る時が多いが、湯冷めし具合を悪くすることなど日常茶飯事だった。
「むー」
「そんな顔したってだめなものはだめ」
ついばむような口づけを交わした。
桃の、甘ったるい味に、京楽は苦笑する。
「浮竹は、甘いね」
「甘味ものか、俺は・・・・・・・・」
「髪、ほつれてる。すいてあげるよ」
20年ほど前に、買ってあげた螺鈿細工の櫛を渡される。贈り物は、大事には、してくれているようだ。
白く長くなった髪をすいていると、きもちいいのか浮竹はすり寄ってきた。
「浮竹ぇ、僕を煽ってるの?病人なんだから、その気にさせないでよ」
浮竹は、キスが好きだ。触れるだけのやつも、深い口づけも。
額に口づけて、京楽は浮竹の髪をすいていく。
もうすぐ、夏も本格的になる。
それまでには、こじらせた夏風邪も治っているだろう。
8月になったら、海にいこう。
みんなを連れていくのもいいかもしれない。楽しく、西瓜割でもしよう。
京楽は、窓の外の太陽を見上げた。
唐突だった。
「みかんの缶詰も食べたい。いや、でも桃のほうが食べたい気がする。桃の缶詰は味が変わってしまっているからいまいちだ」
げほごほ、ごほ。
布団から半身を起こしていた浮竹は、咳をした。
「ほらほら、横になって。まだ熱高いんだし、無理しないで」
「桃が食べたい」
「分かった分かった。買ってきてあげるから、大人しくしてるんだよ」
しきりに、桃が食べたいと訴える浮竹を寝かしつけて、京楽は雨乾堂の外に出た。夏が、はじまろうとしていた。
太陽の光はじわじわと体力を奪っていく。こんな季節は、海にいきたいが、今の浮竹を海に行こうと誘う気にもならなかった。
夏風邪をひいてしまったらしい。こじらせて、かなり長引いていた。
尸魂界の市場で、値段のはる高級な桃を数個買い込んだ京楽は、市に並んでいた髪盛りに視線を移した。
「へぇ、翡翠細工か」
本物の翡翠があしらわれた髪飾りを手に取ると、値段をみる。隊長の1か月分の給料の数倍はした。繊細な細工のそれを、気に入ったとばかりに購入した。
京楽は、上流貴族だ。お金は、腐るほどにある。次男だが、生前分与でかなりの額を両親からもたされており、銀行に預けっぱなしだった。
浮竹のために使う金は、けっこうな額になった。飲食代だけでも相当なものだ。
「浮竹に似合うだろうねぇ」
翡翠細工の髪飾りをあげても、女の子じゃないからと、浮竹があまりつけたりしないのを分かっていても、買ってしまう。
ただ、一時でもいいから身につけさせれば、それで満足だった。
浮竹は、贅沢を好まない。どちらかというと、質素なものを好む。
髪飾りだの、宝石だの、そういうものを好まない。衣服も、高いものは受け取ってくれないことが多い。
唯一、酒は高いものをプレゼントしても喜んでくれた。
「ただいまー」
雨乾堂は、もはや我が家に近かった。毎日のように浮竹に会いに来る京楽を止める者は伊勢七緒くらいだ。
二人ができていることを知ってはいるが、頻繁すぎると怒られた。
気にしない、気にしない。
七緒の怒った顔もかわいいけれど、恋人の浮竹の儚い美しさにはかなうものはいないと思う。
「桃、買ってきたよ。むいてあげるから」
「んー?」
布団からのそのそと顔をのぞかせて、浮竹は氷で冷やした冷たい水を飲んで、京楽のほうを向いた。
「西瓜が食べたい」
「おいおいおいおい。桃が、食べたかったんだろう?」
「西瓜がいい」
「そりゃないよ。高い美味しそうなの、買ってきたのに」
「じゃ、それでもいい」
猫のように伸びをして、まだ少し高い熱に瞳を潤ませて、こちらを見てくる浮竹に、京楽は買ったばかりの髪飾りを、その白い長く伸びた髪にさした。
「ん?」
「髪飾りだよ」
「俺は、女じゃないぞ。そんなものもらっても、嬉しくない」
「分かってるよ。今、つけてくれてるだけでいいから」
「・・・・・うん」
簪や、髪飾りを京楽は好んだ。京楽は自分の髪にも、女ものの値段のはる簪をしている。
髪飾りを、浮竹は手にとってみてみた。
「これ、翡翠じゃないのか」
「いいや。ただのガラス玉さ」
「そうか」
多分、本物であると気づいているだろう。高い髪飾りや簪は、もうたくさんある。全部、京楽が浮竹の髪にと、買ったものだった。
今浮竹がもっている、京楽から贈られた髪飾りや簪を全部売り払えば、屋敷が建てれるくらいの値段にはなるだろう。
高価なそんなものより、京楽が昔編んでくれた花冠のようなものが好きだった。
手作りの置物や、現世から部下に購入させた安価なキーホルダーのようなものを好んだ。
甘味ものを特に好む浮竹には、プレゼントはスイーツ系のものも多い。
食べ物と酒なら、少々値がはっても喜んでくれる。
「ほら、桃がむけたよ」
無言で、じっと見上げてくる。
まだ、熱は完全に下がっていない。
「はいはい。口開けて」
皮をむいて、適当な形にカットされた桃を口元にもっていくと、浮竹はぱくりとそれを食べた。
甘えん坊なのは、熱が高い証拠だ。
「甘い」
「甘いだろうね」
ぺろりと、唇をなめる浮竹の唇に触れる。
少しだけついた桃の雫を味わって、京楽は浮竹に桃を食べさせていく。
甘ったるい匂いが、むしろ心地よい。
お互い、護廷13番隊の隊長であることを忘れて時を過ごす。
「早く、治るといいね。元気になって、8月になったら海にいこうか」
「海か・・・・・・西瓜が食べたい」
「西瓜、好きだねぇ。桃の方が甘くておいしいんじゃないの?」
「西瓜もすきだ。塩をかけると甘味がます」
去年は、女性死神協会主催の海の旅行についていった浮竹だが、暑さにやられて倒れて、お墓のようなもの作られて、山本総隊長からの金一封をてにいれたらしいが、その時は忙しくて京楽は一緒に行けなかった。
「桃、もっと食べたい」
「はいはい。甘えん坊だねぇ、浮竹は」
京楽のいうままに、伸ばした白い髪が、畳の上で乱れている。
「後で、体ふいてあげるよ。今日は熱が高いから、お風呂はだめだよ」
浮竹はけっこう綺麗好きだ。熱があっても、風呂に入る時が多いが、湯冷めし具合を悪くすることなど日常茶飯事だった。
「むー」
「そんな顔したってだめなものはだめ」
ついばむような口づけを交わした。
桃の、甘ったるい味に、京楽は苦笑する。
「浮竹は、甘いね」
「甘味ものか、俺は・・・・・・・・」
「髪、ほつれてる。すいてあげるよ」
20年ほど前に、買ってあげた螺鈿細工の櫛を渡される。贈り物は、大事には、してくれているようだ。
白く長くなった髪をすいていると、きもちいいのか浮竹はすり寄ってきた。
「浮竹ぇ、僕を煽ってるの?病人なんだから、その気にさせないでよ」
浮竹は、キスが好きだ。触れるだけのやつも、深い口づけも。
額に口づけて、京楽は浮竹の髪をすいていく。
もうすぐ、夏も本格的になる。
それまでには、こじらせた夏風邪も治っているだろう。
8月になったら、海にいこう。
みんなを連れていくのもいいかもしれない。楽しく、西瓜割でもしよう。
京楽は、窓の外の太陽を見上げた。
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