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比翼の鳥

「やあ、浮竹」

「・・・・・なんだ、京楽か」

雨乾堂を訪れた京楽を待っていたのは、病に臥せっている浮竹だった。

「外はいい天気だよ。もう少し熱が下がったら、一緒に川辺でも散歩しようじゃないか。きっと風がきもちいいよ」

京楽は、かぶっていた笠をとって、浮竹の寝ている布団の隣に座った。

「散歩か。ここ一週間は外出してないからな。それもいいだろうな」

今は、とてもじゃないが、散歩にでかけれるような体調ではなかった。

大分熱は引いたが、まだ微熱が続いている。肺の病は、浮竹の体を確実に蝕んでいる。熱をだすのもしょっちゅうだ。

院生時代よりは少しましになったが、それでも護廷十三番隊、隊長であることを否定するかのように、病に倒れてしまう時がある。

山本元柳斎重國も、浮竹を護廷十三番隊の十三番隊長に任命をすることを、少しだけ逡巡したほどだ。

隊長に任命されても、病はかわらず浮竹を蝕んでおり、臥せっていることが大半で、任務がある時は無理をしてでも出陣する。

そして疲れ、また臥せる。小健康を取り戻しても、四番隊の世話になるくらいだ。

「京楽・・・・」

熱で潤んだ翡翠の瞳が、懇願してくる。

京楽は、にこりと笑って、浮竹を抱き上げた。

「太陽に当たりたいんだね」

「ああ、頼む」

もう、一週間も寝込んだままだった。体は部下の死神の3席である二人がふいてくれたりして、清潔は保っていたが、それでも湯あみをしたい。それがかなわないと分かっているから、せめて太陽の光にあたりたかった。

雨乾堂は、設計上日の光が入ってきても、淡い光しか入ってこない。ましてやぽかぽかした太陽の光に当たりたい時は、外に出て池の前に座りこむくらいしかない。

よく、池の鯉に餌をやるのだが、最近なぜか鯉が増えてきたような気がする。

それが11番隊の副隊長であるやちるのせいだとは、まだ気づいていない。

やちるは、お見舞いともちこまれた浮竹のお菓子を遊びにきては平らげ、去っていく。

やちるは、お礼にと名家である四大貴族の朽木家の鯉をとってきては、雨乾堂の近くにある池に放っていた。

布団から京楽の腕の中に移動した浮竹の体重は、悲しいほど軽かった。

「食事はちゃんととらないとだめだよ。また痩せたね?」

「食欲がなくてな・・・・栄養はとらないと、分かってはいるんだが」

さらりと、浮竹の長い白髪が、外にでたことでふいてきた小さな風で京楽の頬をくすぐった。

「ここでいいかい?」

「ああ。すまないな」

京楽に抱きかかえられるのは慣れている。

痩せたねと、悲しい顔をされるのも慣れている。


「ごほっ、ごほっ・・・・・・」

「ああ、やっぱりまだ無理だ。部屋に戻ろう」

「いや、もう少しだけ。鯉に餌もやりたいし」

浮竹を抱えたまま、京楽は懇願してくる浮竹の我儘を、聞き届けることにした。

欄干ごしに、京楽の腕の中から鯉に餌をやると、面白いほど鯉が集まってきた。

「相変わらず凄い数だね」

「俺の自慢なんだ。いい色合いをした子がおおいだろ」

「ああ、あの白に赤の模様がある子。浮竹に似ているね」

白い肌、白い髪。吐血するときの鮮明な真紅。

鯉に餌をやり終わる頃には、ぽかぽかとした陽気にあてられて元気がでたようで、浮竹は京楽の腕からおりて、板張りの通路に自分の足で立っていた。

「浮竹は、まるで白い花だね。太陽の光を浴びて元気になって白い花を咲かす」

花に例えられても仕方ない秀麗な容姿をしている浮竹。

「なら、お前は太陽だな」

お互いに背を向けあって、通路に座り込む。板張りのせいで、冷たくはない。

だが、上着をきていない浮竹を気遣って、京楽は自分がいつも着ている女ものの、値段が驚くほど高い着物を、浮竹に羽織らせた。

「やっぱり、君は赤が似合うね」

色素の抜けた髪と、色素がないような肌に、京楽の赤みを帯びた着物はよく似合っていた。

「赤は、あまり好きじゃない」

吐血するときの色だ。生命の色だ。

京楽とは、院生時代からの付き合いだ。この腐れ縁は、もう数百年にもなる。

何処までも、浮竹に甘く優しい京楽。それに自然と甘えてしまう浮竹の全てを、京楽は愛していた。

「浮竹、じっとしていて」

「?」

京楽は、音もなく優しく浮竹を抱きしめた。それから、触れるだけのキスをして、離れていった。

「病み上がりの君に無理させられないからね。しばらくお預けをくらっとくとしよう」

「この前、微熱があったのに襲ってきたのはどこのどいつだ」

「さて、知らないなぁ」

クスクスと笑う京楽。ため息を零す浮竹。

「早く元気になりなよ。もう、一か月以上、君を抱いていない」

京楽は、紳士的ではあるが、一度火が付くと浮竹に夢中になってしまう。浮竹に無理をさせていると分かっているのに、その体を求めてしまう。

院生時代のように、若さに溺れての行為はなくなったが、それでも京楽は浮竹を欲しがった。
もう数百年も続いているこの関係が、不思議でもあった。

愛というものは不滅であると思うほどの時間を、二人で過ごしてきた。

お互い、いい年をした大人だ。子供から見れば、おじさんと呼ばれるような年齢になってもなお、二人の関係は変わらない。

「ごほっ、ごほっ!」

浮竹が、せき込んだ。

口元を手で覆って、せきこむ。

ぽたり、ぽたり。

真紅が、浮竹の指の間からこぼれた。

「浮竹!四番隊のところにいこう。吐血するほど、悪かったなんて思わなかった、すまない!」

浮竹の、悲しいほどに軽い体重を抱き上げて、京楽は走った。


四番隊の退舎につくと、浮竹はすぐに運ばれていった。


「浮竹・・・・・・・俺が太陽なら、君は月だよ」

運ばれていく浮竹の頬をなでてから、悲しそうに目を伏せた。

浮竹が、京楽を太陽と例えた。ならば、対をなす月は浮竹しかない。月のように、儚い浮竹。


「早く、元気になっておくれ」

処置が終わり、面会を許された。

白く細い指をした浮竹の手を握りしめながら、京楽は祈った。

早く、よくなってほしい。

また、酒を飲みに行こう。花見にいこう。散策をしよう。買い物にでかけよう。何か美味しいものを食べに行こう。温泉もいいかもしれない。

「浮竹、愛してるよ。不滅の愛を、君に。だから、早くよくなって、また微笑んでくれ」

浮竹の意識が戻るまで、傍にいたかったので、四番隊の病室で椅子に座りながら手を握ったまま、いつの間にか京楽は眠ってしまった。

ここ半月、浮竹の調子が悪いせいもあるし、仕事に忙殺されてなかなか会いにこれなくて、時間をみつけて仕事をさぼって会いにきてみれば、悲しいほどに痩せて、儚さが一層増した浮竹。

白い髪は、切られることも忘れて腰の位置より少し長くなっていた。
いつもなら、腰の位置にくる前に切り揃えてあげるのに。
浮竹は、副隊長だった志波海燕を亡くしてから、副隊長をあらたに選ぶことがなかった。 

周囲の世話は、第3席である小椿仙太郎と、虎徹清音が率先して行っていた。


「・・・・・ん」

「気づいたかい、浮竹」

浮竹の意識が戻ったのは、その日の夕暮れだった。半日近く眠っていた。

「もう少し、寝ていたほうがいいよ」

「・・・・・・京楽、ずっと傍にいてくれたのか。すまない・・・・・・」

「いいんだよ。僕が好きでやってることなんだから」

「とにかく、もう少し眠りなさい」

「無理だ。寝すぎて、逆に頭が痛い」

具合は大分よくなっていて、せきもしていないし、熱もひいていた。これなら、もうすぐしたら、許可を得て、雨乾堂に戻っても大丈夫だろう。

「じゃあ、横になっていて。何か話をしてあげる」

「子供か、俺は」

「まぁそういわずに。この前ね、七緒ちゃんが・・・・・・」

他愛もない会話をして、笑い、驚く。

比翼の鳥は、片方が失われると失墜する。

それは京楽と浮竹だ。

二人は、二つで一つのようなものだ。

太陽と月。そんな関係。

何百年も変わらない。

「でね、山じいが・・・・・・」


「はははは」

浮竹が笑うと、京楽も楽しくなる。浮竹が悲しくなると、京楽も悲しくなる。浮竹が苦しい時は京楽の心が苦しくなる。

まさに、比翼の鳥。

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