花火
「浮竹ぇー。遊びにいかないかい」
雨乾堂で文机に向かい、書類の整理をしていた浮竹に、京楽は被っていた笠をとって、浮竹にかぶせた。
「なんだ、いきなり!」
笠を手で払いのける。
「だからー、遊びにいかないかい?」
「こんな真昼間っからか。あいにく、俺には仕事があるんだ。またの機会にしてくれ」
つれない恋人に、京楽は近づいて、畳の上に落ちた笠を拾い上げる、
「10年に一度の祭りがあるんだ。出店だっていっぱい出るし、浮竹の好きな林檎アメや綿菓子だって、あると思うんだけどねぇ」
ぴくりと反応した浮竹は、軽く思案する。
「夕方からでも、いいか?どうしても今日中に片づけないといけない仕事があるんだ」
「夕方からでもいいよ。それに夜になれば花火もあがるしね」
「花火か・・・・・・」
久しく、見ていないなと浮竹は思った。
「じゃあ、夕方の6時半頃に迎えにいくから。それまでには、仕事終わらせといてね」
「ああ」
去っていく京楽の後ろ姿を確認してから、3席の二人を呼んだ。
「仙太郎、清音、いるか?」
「はい、ここにいます」
「私もここにいます」
「なんだこの鼻くそ!京楽隊長が用があるのは俺だ!」
「何よこの目くそ!京楽隊長は、私に用があるの!」
二人は、顔を合わせるなりぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。
「二人とも、もっと仲良くできないのか・・・・・まぁいい。確か、5年くらい前に京楽からもらった浴衣があったはずだ。祭りに行く時に着ていくから、出しておいてくれ」
二人は、言い争いながら、それでも浮竹の願いをちゃんと聞き届けてくれる。
「隊長、浴衣きるんですね!想像しただけで色っぽすぎて、鼻血がでそう」
すでに、清音は鼻血をだしていた。
「うわこの変態女!大事にな浴衣に鼻血ついたらどうするんだ、このくそくそ女!」
「何よこの猿男!隊長が浴衣着るのよ!」
想像しただけで、仙太郎も鼻血をこぼしだす。
「おいおい。浴衣、鼻血で汚さないでくれよ」
「「ふぁい!」」
二人は、ティッシュを鼻につめこんで、大きな声で頷き合った。
緊急の仕事が終わり、6時頃になった。
浮竹は、隊長羽織と死覇装をぬいで、浴衣に袖を通した。
「今日も暑いからな・・・・・・清音、髪を結い上げてくれないか?」
「はい、隊長!」
浮竹の長い白髪は、清音の自慢だった。
とても綺麗で、さわりごごちがいい。螺鈿細工の櫛で梳いてから一つでまとめあげて、高価そうな翡翠の髪飾りで留めて、清音は満足したように浮竹の全身をみた。
「すごくお似合いです隊長!これなら、京楽隊長もきっと喜んでくれると思います」
「いや、別に喜ばすために着ているではないんだがな」
苦笑する。
でも、浮竹が身にまとっているものは、ほとんどが京楽からプレゼントされたものだった。
「浮竹、いるかい?迎えに来たよ」
「もうそんな時間か。すぐいく」
雨乾堂の外から響いた京楽の声に、小銭の入った財布をいれた巾着袋を手に、浮竹は京楽の元に向かった。
「あらまぁ・・・・えらい色っぽい恰好だねぇ」
浴衣姿を見た京楽は、笠を少しあげるとまじまじと浮竹の姿を見た。
白い肌と白い髪によく似合うような、紫紺色の浴衣。髪は結い上げられており、京楽が浮竹にと渡した髪留めで留められてあった。
いつもは見えない白いうなじがまぶしくて、京楽は目を細めた。
まるで、誘っているのはないか?
そんな錯覚を覚える。
一方の浮竹は、ただお祭りを楽しみたい一心だったので、京楽の手をとってぐいぐいと歩きだした。
「早く行くぞ!」
「はいはい。そんなに急かなくたって、祭りは逃げないよ」
「うわぁ、凄い人だなぁ」
その日は、10年に一度のお祭りだ。
流魂街でも比較的治安がよく、上級貴族なんかの邸宅もある地区での祭りだった。
「こんな人混みじゃあ、はぐれると大変だな。手を繋ごうか」
浮竹からの嬉しい申し込みを断るはずがない。
京楽は、浮竹と同じように浴衣を着ていたが、しぶい色合いの浴衣だった。浮竹の存在は、祭りの中でも目立っていた。
「あれ、浮竹隊長じゃない?」
「隣にいるのは京楽隊長だな」
「やだ浮竹隊長色っぽーい」
護廷13番隊の死神たちも、けっこう祭りに参加しているようで、二人を姿を遠巻きに見る見物人も出てくるしまつだった。
「まずは林檎飴だろ・・・・・・・・」
林檎飴の屋台にくると浮竹は小銭を出して京楽の分も買った。
「僕はいいのに」
「そう言うな。せっかくの祭りだし、楽しもうじゃないか」
林檎飴をかじりながら、浮竹は手を繋いだままの京楽と歩きはじめる。
「次は綿菓子だ」
子供が、綿菓子を作ってもらい、喜んで走っていくのを目にする。
「2つくれないか」
「毎度。おや、隊長じゃないですか!」
「あれ、そういうお前は・・・・」
店の主は、13番隊の、死神だった。
「色っぽい恰好ですね、隊長。綿菓子2つですね。ちょっとお待ちください」
京楽は、色っぽい恰好の浮竹の隣にいれることは嬉しかったが、変な虫がつかないように気配りを忘れていなかった。
熱い視線を送りこんでくる男がいれば、霊圧をむけて威圧した。
「お待ちどうさま!祭り、楽しんでいってくださいね」
金を払って綿菓子をもらい、それを口にしながら、歩いていく。
出店の道は、山の入口にある神社まで続いているらしかった。
「お、チョコバナナだ」
珍しい現世のお菓子をみて、浮竹は京楽を急かして、走り出した。
「すまないが、2つくれないか」
「いや、僕はいいから」
「じゃあ、1つ」
「毎度あり」
次々に甘いものを平らげていく浮竹に、京楽はちゃんとした食事をとらないとだめだなと思い、提案する。
「たこ焼きと、焼きそばも買おうか」
「ん?ああ、別にいいが」
二人分かいこんで、祭りを楽しみながら食べた。
「お、金魚すくいやってる。懐かしいなぁ」
何十年か前に、今日と同じように京楽と祭りにきた浮竹は、金魚を持ち帰った。はじめは雨乾堂の中の金魚鉢でかっていたが、大きくなりすぎて今では雨乾堂の鯉にまざって生きている。
「よし、1回やろう。ぼーっとしてないで京楽もするんだ。どっちが多く金魚とれるか、競争だ」
「僕、こういうの苦手なんだけどねぇ」
「いいじゃないか、たまには。祭りなんだし」
浮竹のポイは、ほどなくしてすぐに破れてしまった。
「大きいの狙ったのがあだになったか・・・・」
「この勝負、僕の勝ちだね」
20匹ほどの金魚をすくいあげて、お椀の中を見せる京楽。
「金魚、持って帰りますか?お持ち帰りだと、追加のお金がかかりますが」
「いや、僕はいいよ。浮竹はどうする?」
浮竹は、逡巡した後首をふった。
「寝込んで世話できない可能性あるからな・・・・雨乾堂の池に放とうにも、鯉がでかくなりすぎて、金魚を食べてしまいそうだ」
少し残念そうに、金色の金魚をみる浮竹。
「じゃあ、僕が持って帰るよ。8番隊の隊首室で飼おう。世話は僕がするから、浮竹は見に来ればいいよ」
浮竹が、僕の隊首室にくるいいわけにもなるし、という言葉は飲み込んだ。
ひゅるるるるる、パーン。
「お、花火だ」
「浮竹、いい場所知ってるんだ。こっち!」
浮竹は、京楽につれられるまま、河原にやってきた。途中、林檎飴を購入する。、
河原には、人はほとんどいないかった。
「この祭りの花火は、ここから見るのが絶景なんだよ」
「そうか。綺麗だな・・・・・・・・・」
ひゅるるるる、パーン。
花火は次々に打ちあげられて、夜空に光の花を咲かす。
花火は儚い。光の雨となって、消えていく。
京楽と浮竹は、河原に座り込んで、ただじっと花火を見つめていた。
1時間ばかり、空を見上げていた。花火も終わってしまい、出店も閉じられていく。
帰り道に、浮竹は京楽にお礼をいった。
「祭りに、誘ってくれてありがとう。また、機会があればこような」
うなじの白さに、ドキリとする。自分があげた髪飾りを、つけてくれている。浴衣も、自分があげたものだ。
「君が望むなら、何度だって連れていくよ」
抱き寄せる。
京楽の手首には、金魚の入った透明な袋がぶら下げらていた。
金魚を落とさないように注意しながら、浮竹に口づけた。浮竹は、河原に来る前に林檎飴を再度購入していた。
「・・・・・甘い」
キスは、林檎飴の味がした。
浴衣から見える白い肌に、京楽は目の毒だなと思いつつも、つい目をやってしまう。
「浮竹。僕のいないところで、そんな恰好しちゃだめだよ」
「?なんかおかしなところ、あったか?」
「色っぽすぎるんだよ」
白い髪に手をやり、口づける。
「俺は男だし、そんな気を起こすのはお前くらいだ」
浮竹は分かっていない。自分が、どれだけ儚く美しいのかを。
「少し、冷えてきたね。帰ろうか」
京楽は、念のためにともってきていた上着を京楽に着せて、雨乾堂に浮竹を送り届けた。
「ただいま」
「隊長、お帰りなさい!」
浮竹は、清音と仙太郎の分の林檎飴も購入していた。
「これ、お土産だ」
「ありがとうございます、隊長!」
「感激で涙が止まりません、隊長!」
三席の二人を見るのは飽きないなと、浮竹を送り届けて帰る寸前だった京楽は思った。
「隊長!やっぱりその浴衣、よく似合ってます!」
「このくそ女!俺の台詞とるな!」
「なにぃ、この鼻くそ仙太郎が!」
「なんだと、この鼻くそ清音!」
「お前のほうがすごい鼻くそだ!」
「いいや、お前のほうが巨大な鼻くそだ!」
「ロケット鼻くそのくせに!」
「なんだと!この鼻くそ隕石が!」
「相変わらずだねぇ」
京楽は、自然な笑みが零れるのを自覚した。
「じゃあ浮竹。また明日」
「ああ。わざわざ送ってくれて、ありがとう」
大分出店で食べたので、今日はもう夕飯はいらないと、三席の二人に告げて、浮竹は湯あみを済ませて色合いの薄い着物に着替えた。
その着物も、京楽が浮竹に与えたものだ。
いつも処方されている肺の病のための漢方薬を飲んで、お茶をすする。
「鼻くその鼻くその鼻くそ!」
「巨大隕石の鼻くその目くそ星人!」
雨乾堂では、清音と仙太郎がまだ言い合いをしていた。
「清音、すまないが少し早いが横になる。布団をだしてくれないか」
「すみません隊長!布団しくの忘れてました!」
「ふふん、俺は覚えたぞ。隊長、俺がだしますね!」
仙太郎が、清音を放り出して押入れから布団をだすと、手早く広げた。
「あーっ、このくそ仙太郎!隊長は、私に布団を出せと頼まれたのよ!何勝手にあんたが布団だしてるのよ!」
「うるさい、このくそ清音!早い者勝ちだ!」
二人の言い合いを耳にしながら、まだ寝るには早いので図書館から借りてきた恋愛ものの書物を読みだす。
「ふむ・・・・・喧嘩するほど仲がよくて好きあっている・・・・」
陳腐なその内容に、目の前の二人をあてはめてみる。
「清音、清音は仙太郎のことが好きなのか?仙太郎も、清音のことが好きだから、喧嘩してるのか?」
「!?」
二人は互いに顔を見合わせてから、真っ青になった。
「こんな類人猿!好きなはずありません!」
「それはこっちの台詞だこのミトコンドリア!」
二人は、ぎゃいぎゃいいいあって、ふと気づく。
「隊長。何読んでるんですか」
「いや、京楽からすすめられた本を・・・・・・・・・・」
「変な内容じゃないですよね!?」
「いや、変といえば変かな。男同士で恋愛しているから」
いわゆる、現世でいうボーイズラブの小説だった。
「あのくされ隊長、うちの隊長にまた変なものを!」
仙太郎は、浮竹からボーイズラブ小説を奪うと、自分が借りていてきていたギャグ探検ものの小説を手渡した。
「あ、こっちのほうが面白いな・・・・・・・・」
奪い取られた小説に未練など全くない。
「隊長、この腐った小説はこの仙太郎が責任をもって京楽隊長に返しておきます!」
「ああ、そうしてくれ」
浮竹は、ギャグものの探検小説が気に入ったのか、のめりこんでいく。
「まったく、あの腐れ隊長・・・・・・・・・うちの隊長に手を出すだけでも許しがたいのに・・・・・・・」
「それ、私も同意だわ」
仙太郎と清音は、珍しく意見が一致した。
二人で顔を合わせる。
京楽隊長の魔の手から、浮竹隊長をどうやって救いだそうかと、二人はこそこそと議論しだす。
「はっくしょい」
その頃、腐れ隊長こと京楽は、さぼっていたために残っていた書類を片付けていた。
「浮竹が、僕のうわさしてるんだろうなぁ」
全然あってなかった。
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