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蒼の剣士2

レイツァは、レネの銀色の髪を見た。レネの髪の本当の色は、氷の精霊がもつ蒼銀だ。

人の世界に交じって生きていくために、レネは自らその色を捨て去った。
髪を染めるのではなく、自らの魔力で色を変化させた。

そして無意味に、魔力を暴走させ人を傷つけることがないようにと、名のある魔法士が作り出したチョーカーを首にしている。

そのチョーカーは未知の金属、ミスリルでできいるため、容易に壊れることはない。
チョーカーの先には、魔力封印の魔石。

黒曜石に似ているその魔石は、時折オーロラ色に反射光によって色彩を変える。

細工も素晴らしく、大層な代物だ。

レネがいくら稼いだところで、手に入れることのできぬ、王侯貴族が所有するべき宝である。

それをレネは誰かに与えられたわけではない。所持者はそれを造った魔法士ではなく、傍若無人で毎夜毎夜、町の美しい少年少女を拉致し、欲望のままに犯しそして殺し、その血肉を貪る大貴族のものであった。

傭兵稼業をしていた時の裏の仕事―――暗殺に携わっていたレネは、自らを囮にして、この大貴族の首を取った。

法では裁けぬ者、依頼された者を屠る。レネは、今でもその仕事を続けている。

これは、レネが見つけた天性の職のようなものだろうか。

その名さえ忘れた大貴族を暗殺した時、同行した暗殺者(アサシン)が、宝物庫から少しばかり宝物を拝借した。

どうせ腐った金は、そのままその国の王族のものになるだけで、市民に戻ることはない。

その時に見つけた、魔力封印のチョーカー。
同行者にそれだけでいいのかと嘲笑されながら、レネはそのチョーカーを手にし、自分の首につけた。

すでにその頃、レネは魔力そのものを操ることをやめていた。暗殺も傭兵稼業も、全て剣で補える。時折魔法も使う。

レネにとって、そのチョーカーは今やなくてはならぬもの。

激昂した時の魔力の迸り………人を氷の刃で切り刻むようなことは、あのサトラ村を壊滅させてからしたことはないが、未遂であったが、人を氷づけにしようとしてしまったことがある。

渦巻く魔力をコントロールできないのであれば、封印するしかない。
自分の手で操れるだけの魔力が引き出せれば、それで十分なのだから。

レネは思う。

死に場所を求めているはずなのに、彼は足掻くように必死で生きている。

滑稽極まりない、と。

「ねぇ、いこうよ」

レイツァが、レネを促す。

行き先などない、旅。いろんな土地を歩き、レイツァとレネはモンスターハントを続ける。ギルドの要望や派遣要請などは全て無視だ。

気が向いた時にモンスターを屠り、土地を移動する。
それでもモンスターハントを続ける限り、ギルドからは報酬金が出るし、首になることはない。

死と隣合わせのモンスターハント稼業など、好んでする輩は、傭兵あがりの者が多く、人手の不足も最近は深刻になっている。


「あ………」

びくりと、レイツァが動揺した。
がさりと、近くにあった茂みが動いた。何かの動物かと思ったが、一瞬迸った殺気に、その先に誰がいるのか察したらしい。

「エルケイル……」

蒼の剣士は、腰に帯刀した剣を抜刀する前に、その名を呼んだ。

がさりともう一度大きな音を立てて、緑が揺れた。

今、レネとレイツァがいる場所は町から離れた森の入口。

この森に巣食うという、モンスターの大群を二人で壊滅してきた帰り道だった。

レイツァは、早く宿をとって全身にこびり付いたモンスターの体液を洗い流して、さっぱりしたいと顔に書いてあったのに、こいつは苦手だとばかりに、顔を顰めた。

青白い顔のレイツァを庇うように、レネは銀の長い髪を風に翻して、彼女を後ろに庇った。

レイツァの真っ赤に燃える炎の髪と交じ
りあって、それは言いようもない美しさを太陽の光の下に煌めかせる。

レネは、人に見られても平気なように、自ら蒼銀という色を捨て去った。それでも、瞳に宿る氷の青は健在で。

「エルケイル……遊んでいないで出てきたらどうだ」

氷のように冷たいレネの声が、風に乗って森の奥へ奥へと、さざめきと入り混じって消えていく。

「おやおや。そんなに、邪見にされる覚えはありませんが」

茂みから出てきたのは、スラリと背の高い青年だった。漆黒の衣装に身を包み、黒いマントを羽織っていた。

全身を黒に彩られた中、瞳の翠が鮮やかだった。

全身から漲る静けさ………それは、殺気に似ていたが、慣れているレネが感じるものは、他者を圧倒する強者のもつものであった。

「レイツァ、そんな顔しなくてもいいだろう」

「無理!ボク、先に町に戻ってるからね!」

レイツァは編みこまれた緋色の髪を翻して、レネとエルケイルという青年を置いて走り去っていく。

「やれやれ。あのお嬢ちゃんには嫌われたものですね」

エルケイルという名の青年は、自らの体を黒マントで包み込み、優しそうなその面を崩さずに、にこりと笑んだ。

レネにとっては、切っても切れない仲ともいえる、青年だ。

暗殺を担うアサシンどもを抱えた、組織の青年。暗殺だけでなく、妖魔討伐もする、レネも名を連ねるその組織が、表だって社会の中に浮かぶことはない。

全ては黒い、闇の結社。世界の裏にある、そんな存在。

モンスターハントギルドや傭兵ギルドが決して手出ししない妖魔を討伐することは、一見すると世界にとって良いことのように見える。

だが、今の時代の妖魔たちは、人との調和を果たし、人の敵ではない。
それでも妖魔を狩るのは、妖魔の血が人にとって一時ではあるが、不老をもたらしてくれるからだ。

確かに、妖魔の中には人を虐殺し、その血肉を食らう輩もいる。だが、その数は昔に比べて圧倒的に少数だ。

やがて闇の結社に狩られると分かってまで、人を殺す妖魔は、人の手には負えない者。


闇の結社に所属する者の殆どが、曰くつきばかりだ。
中には妖魔の血を自ら取り入れ、自ら人を超えてしまった者もいる。

エルケイルもその一人。
上級妖魔の血を取り込んだ、人であって人ではない者。

レネの友人であるレイツァは、エルケイルが大嫌いだ。
その体に残る、僅かな人や妖魔の死臭に気づいているのだろう。

レイツァの極度のエルケイル嫌い――

エルケイルの性格がいやなのだ。
エルケイルはただその手を血で染めたいという、欲求のためだけに人を殺す時がある。

レネは、エルケイルが人を殺すことを止めることは殆どない。
年端もいかぬ子供を惨殺したエルケイルを、黙ってただ隣で見ていることもある。

彼が殺す者の殆どが、人としての屑や、妖魔に脳をやられた者であることも理由の一つであるが。だが、妖魔に脳を侵食された場合、正しき治療を聖職者から受ければ元に戻る可能性もある。

だが、レネは正義の番人でもなければ、善人というわけでもない。

エルケイルの好きにさせている。

レネにとって、全てが時の流れの中のものに過ぎない。ただ、その流れゆく砂の中で大きなものは「ラグナロク」

「ラグナロク」とは。

人が神の領域を侵し、霊子学エネルギーを用いた兵器で、氷の精霊を虐殺した一連の事件の名称である。

兵器を操り開発した科学者たちは、神の力をもつ邪悪な氷の精霊を殺したのだからと、神々の争いの神話のラグナロクになぞらえてそう名付けた、血と憎悪にまみれた百年以上前の事件が、レネを地上最後の氷の精霊の末裔にした。

「レネ。面白いものを見つけたのですよ。それをあなたに教えたくてね」

「今度でもいいだろう。俺は見ての通り、この森のモンスター退治で疲れている」

それほど疲れている表情をしていなかったが、レネは今日はもう動きたくないとばかりに剣の鞘を撫でた。

「おや、貴方が疲れるなんて、年ですかね?」

クスクスと、肩まである黒髪を揺らして、エルケイルの瞳が鈍く光った。

それから、黒いマントを払って、彼は声なく喉の奥で笑った。

「ラグナロクの遺物―――こう言っても、興味をもちませんか?」

「ラグナロクの?兵器の残骸か何かでも見つけたのか?」

レネにとって、「ラグナロク」関係のものは見過ごせないものだ。もう稼働している兵器はないが、ラグナロクに関わった科学者を何人も自らの手で始末した。

自分が氷の精霊の末裔であると、レネはサトラ村での惨劇で、知りたくもなかったのに、悟らされてしまった。

人が同胞ではないのなら、氷の精霊という同胞を求めたレネが知ったのは、不吉であるからと、その理由だけで「ラグナロク」戦役によって殺された、氷の精霊たちの存在。

そして、死ぬこともできぬ己の呪われた血。

「おやおや。目の色が変わりましたね」

エルケイルの指摘通り、氷の色を湛えた静謐なレネの瞳が、空を見上げていた。

彼は、よく空を見上げる。その空と同じ瞳、そして空の色を孕んだ髪を持つ、それ故だろうか。

「この森を抜けた先に、遺跡があるのですよ。恐らくラグナロクに関係あるかと。そこに面白いものを見つけました。興味があるなら、一緒に行きますか?」

「………レイツァも連れていく」

「そうこなくては」

エルケイルは、秀麗な顔でレネと同じように空を仰いだ。それから恰好つけるように黒いマントを広げてそれを払い、手を広げた。

「リー・シー・アルベルク。きたれ聖なる者よ。ラーフリエル(標的召喚)」

エルケイルは、上級妖魔の血を取り入れたことで、魔法を使えるようになった。

エルケイルが使ったのは上級の召喚魔法。あるターゲットを絞り込んで、その場に召喚するというもの。
本来なら、儀式が必要なものを、それらを全て省いて呪文だけで召喚を促す。

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