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風邪をひいた(ポップン)

コホン。
小さな咳を一つする。
頭が痛くて、ユーリは背中の深紅の翼を一度だけ羽ばたかせた。
アーティストが風邪を引くなんて。

歌声が売りなのに、失態だった。
毎日帰宅すると手を洗い、うがいをしているし、住んでいる屋敷の空調管理は適切な温度に保たれていて、寒くも暑くもない。

同じ屋敷に住んでいるアッシュとスマイルは風邪を引いていない。
うつすわけにはいかないからと、ユーリは仕事をキャンセルして部屋で寝ていた。
風邪薬は飲んだし、抗生物質ものんだ。それからちゃんと病院にいって医師にも診てもらったし、薬も処方してもらった。
薬は嫌いだったけど、我慢して飲んだ。

「ユーリ。ちょっといいっすか。おかゆ、もってきましたっす」

「バカ、部屋に入るな」

あれほどきつく部屋に入るなと言っておいたのに、アッシュは勝手に扉をあけて入ってきた。
叱られて、シュンと独特の形をした耳が動いた。
つられて、尖っているユーリの耳も動く。

彼らは人間ではない。ユーリはもう絶滅の心配をされているメルヘン王国出身のヴァンパイアで、アッシュはワーウルフだ。もう一人のスマイルは透明人間。
Deuilという名のバンドを組んでいる。
アッシュがドラマーで、スマイスがギター担当、そしてメインボーカリストはユーリだった。
色白で、病的なまでに白い肌をもつユーリ。ヴァパイアらしく、背には赤い皮膜翼を一対もち、そして牙は尖っている。
普通の食事で生活を過ごしているが、ヴァンパイアだけに、時には人工血液製剤を飲むこともあった。

吸血などしたことがないわけではないが、相手を隷属させる可能性のある吸血行為は嫌いだった。

「アッシュ。こっちへこい」
「はいっす」

素直におかゆを置いたトレイを床に置くと、アッシュは浅黒い肌の手を差し出す。

それに、ユーリは牙をつきたてて、血を啜った。

「大丈夫っすか?」
「それはこちらの台詞だ。もういい。風邪もすぐ治るだろう。お前も、たまには拒否という言葉を覚えたらどうだ」
「ユーリの役にたてるなら、血を吸われることくらいどうってことないっす」

チクリと、ユーリの心が疼く。

ユーリは、アッシュに触れるだけのキスをした。

「ユーリ?」
「盛っているわけではないぞ。ただの、礼だ」
「それなら---」
「却下。病み上がりだ」

肌を重ね合わせるなど、却下だ。

ユーリはアッシュに抱かれるのが嫌いなわけではない。だが、今は風邪を先にこじらせないように治すことが先決である。

「もういい。おかゆは食べたあと廊下に出しておくからお前も部屋に戻れ」
「でも」
「しつこい!」
ばふっと、クッションを投げつけられて、アッシュは退散した。

「・・・・。こんな時に疼くなんて」

もっと吸血したい。SEXに似たその欲動は、抑えがたいものがある。
本気でユーリが吸血すると、アッシュなんて干からびて死んでしまうだろう。だから、首筋に牙をたてることはしない。

早く、風邪がなおるといいのだが。
ユーリはおかゆを食べて、からになった器をのせたトレイを廊下にだして、そしてベッドで薬を飲んでから、静かに微睡むのであった。


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