記憶喪失
その日、虚の大群が尸魂界を襲った。虚の大群を率いていたのは、見たこともないアランカルだった。
護廷13隊は、11番隊と10番隊、8番隊と13番隊が処理にあったっていた。
更木率いる11番隊が、次々と虚を駆逐していくが、宙にあいたままの入口から次々と虚がやってくる。
「ちっ、きりがねぇぜ。あのでかぶつが虚を呼んでるみてーだな」
アランカルをみて、更木は舌打ちした。
「俺がいく・・・・・・おおおお、卍解大紅蓮氷輪丸!」
卍解した日番谷が、氷の龍をアランカルにぶつける。アランカルは、氷の龍を反射させながら、悲鳴のような声をあげて、虚を駆逐していた8番隊の副官、伊勢七緒に向かっていった。
「女ぁ、まずお前から記憶を食ってやる!」
「七緒ちゃん、危ない!」
京楽は、七緒をかばって背中に傷を負った。
「くそっ・・・・・」
「俺の氷輪丸をはじき返しただと!?」
氷をはじき返し、氷で攻撃してくるアランカルに、日番谷が目を見開いた。
波悉く(なみことごとく)我が盾となれ
雷悉く(いかずちことごとく)我が刃となれ 双魚理。
静かな声が響いた。
はじき返される氷を、片方の刀で受けて、片方の刀で放出する。
アランカルは、氷漬けになりながらも、傷を負った京楽に狙いを定めた。
「京楽!」
鮮血が散った。
双魚理でアランカルを刺したが、京楽をかばった浮竹もアランカルにやられていた。
「浮竹ぇ!」
京楽の悲鳴が、響く。
空中から、失墜していく浮竹に、アランカルは襲いかかる。
「せめて、お前だけでも記憶を食ってやる!」
間に合うか?
瞬歩で近づき、背中の傷が痛みの悲鳴をあげるのを無視して、京楽は花天狂骨でアランカルを真っ二つにした。
「へっ、やるじゃねぇか」
更木が、満足そうに言葉を放つのを合図に、虚の完全駆逐へと死神たちが移行する。
消えていく虚が、増えることはなかった。
「大丈夫か、浮竹、おい、浮竹!」
肺をやられたのか、血を吐いた。
ごぽりと、音がする。
肺の病での発作ではない。もっとひどい・・・・・・肺が潰れているのだ。
たさくんの吐血をして、浮竹は完全に意識を失った。
虚やアランカルにやられた死神たちが、4番隊隊舎に運ばれていく。浮竹を抱き上げて、京楽は自分の傷を無視して、卯ノ花のところに浮竹を運んだ。
「肺をやられているようですが、なんとかしましょう」
「頼む、卯ノ花隊長!」
「あなたの怪我も相当に酷い。勇音」
「はい、隊長」
「京楽隊長の傷を治してあげなさい」
「はい!」
別室に連れていかれて、手当を受けている間も、京楽は浮竹のことを思うと気が気でなかった。
それに、殺す前にいっていた「記憶を食らう」という言葉が酷く気になった。
京楽より酷い怪我を負った浮竹は、3日間生死の境を彷徨った。なんとか容体が落ち着き、二週間が経過した。
仕事も放置して、京楽は浮竹の看病をずっとしていた。
潰れた肺は、結局臓器移植でなんとかなったが、ずっと昏睡状態が続いていた。
ゆっくりと開いた翡翠の瞳で、浮竹はぼんやりとした表情で、天井を仰ぎ見る。
「・・・・・・ここは?」
「よかった、意識が戻ったんだね、浮竹」
京楽の喜びは、相当なものだった。
「お前・・・・・誰だ?」
自分の手を握っている男を、浮竹は不思議そうに見た。
顔を合わせての一言目に、京楽は被っていた笠をくいっとあげた。
「またまた~。変な冗談はよしてよ、浮竹」
「?」
きょろきょろととしだす浮竹。
「ここは?俺は確か、学院にいたはずだが・・・・・・・・・」
「冗談はやめてよ」
「お前・・・・・・京楽に似ているが、親戚か何かか?」
京楽は、その言葉に愕然とした。
「記憶を食ってやる・・・・・」
その言葉は、まさに本当だったのだ。
「診察の結果では、脳に異常はありませんでした。その、記憶を食らうというアランカルは、京楽隊長が退治なさったのでしょう?」
浮竹の寝ている病室の外の廊下で、卯ノ花と京楽は話し込みあっていた。
「消去された記憶は、普通その術者が死ねば解除されます」
「だけど、浮竹は・・・・・」
「ええ。どうやら、学院時代までしか記憶がない様子。隊長となった頃のことは、完全に忘れているみたいですね。どうやったら回復するのか、今の状況では見当がつきません」
卯ノ花の言葉に、京楽は戸惑っていた。
浮竹が、自分のことを忘れた。綺麗さっぱりではなく、学院の頃までの記憶はあって、しかしそれ以降の記憶がない。今の浮竹にとって、隊長となってしまった大人の京楽は、他人なのだ。
しかし、解せない。
記憶を食うアランカルの存在など、今まで確認されたことがない。可能性があるとすれ、反逆者となった藍染が、崩玉を使って新たに生み出したアランカルなのかもしれない。
「今は、様子を見ましょう。記憶も、混濁が落ち着いてきたようですし。なるべく、浮竹隊長の傍にいてあげてください。あなたの存在が、記憶を取り戻すのに一番効果的な気がします」
中途半端に記憶喪失の浮竹は、それから1週間後には退院して、雨乾堂に帰っていった。
「本当に、お前はあの京楽なのか?」
「そうだよ。こんなもじゃもじゃのおっさん、まさに学院後の京楽ってかんじがするだろう?」
「確かに、友人であった京楽は、もじゃもじゃだったが・・・・・・しかし、おっさんって・・・・・・:」
「君と仲良く、おっさん同士さ。まあ、浮竹と僕が同い年だなんて、誰も信じてくれないけどね」
一度手鏡を渡され、年齢を重ねた自分がそこにいるのを認めて、浮竹は自分が一時的な記憶喪失に陥っていると納得はした。だが、まだ完全に受け入れられないでいた。
「お前からは、確かに京楽の霊圧を感じる。かなり、今まで感じていたのより強いが」
「だから、僕は隊長になった未来の京楽なんだってば」
「未来の京楽か・・・・・・」
京楽は、長い浮竹の髪に手をもっていった。
「この白い髪を、ここまで伸ばせっていったのも、僕だよ?」
「このうっとしい長い髪がか?」
「綺麗じゃないか。雪のようで」
「こんな髪・・・・・・」
浮竹にとって、コンプレックスでしかない長い白髪が好きで、京楽は浮竹に伸ばさせた。
「長いと、その、何かいろいろと不便だな。まぁ、京楽が切るなというなら切らないが」
中途半端に記憶喪失の浮竹の記憶は、学院時代の2回生の春ごろのものだった。両想いになる夏の終わりより前のところで、浮竹の記憶はぷつんと途切れていた。
「愛しているよ、浮竹」
「俺は、その・・・・・」
京楽に、いつものように愛を囁かれても、素直に受け入れられない。
学院時代の京楽は、浮竹の傍にいたが、あくまで友人、親友としてだった。
「愛してる」
耳元で囁かれて、髪を長い指がすいていく。
髪をすいていくその指の動きが気持ちよくて、浮竹は目を閉じた。
触れるか触れないかのキスをされて、翡翠の瞳が瞬いた。
「本当に、俺と京楽は、恋人同士に・・・・・?」
「そうだよ」
京楽は諦めない。
浮竹が自分のことを忘却してしまったのなら、もう一度刻み込めばいいのだ。
どれほど、狂おしいまでに愛しているのかを。
「あっ・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽に押し倒されて、浮竹は戸惑った。
「その、するのか?」
「しない。でも思い出して?」
記憶のない浮竹を抱いても、満足するものは得られるかどうか分からない。
ただ、甘く甘く、とろけるように甘くしてやればいい。
果実のように甘く囁いてとろけさせて、頭の中を京楽で満たしてしまえばいい。
京楽は、浮竹に啄むような口づけを何度も交わして、彼の細い体のラインをたどった。
「京楽・・・・・・」
4番隊の病室にた頃の浮竹は、消毒用のアルコールのにおいがまじっていたが、今の浮竹はいつものように花のような甘いかおりがした。
入院している間、ふくことくらしかできなかった髪を、洗髪したのも京楽だ。
いつものシャンプーと違うものを使ったのに、浮竹の髪からも甘い花の香りがした。
「んっ・・・・・・」
隊長羽織を脱がされて、侵入してきた指の動きに、浮竹の声がうわずった。
膝を膝で割られて、浮竹は逃げようとした。
だが、がたいのいい京楽に押し倒されていて、体を少しずりあげることしかできなかった。
「やっぱり、するのか・・・・・・・」
「最後まではしない。愛していいかい?」
「いやだといっても、するんだろう?」
「ご名答」
「やっ」
やわやわと花茎をはう手が、その長い指が浮竹を追い上げていく。
「やあっ、きょうら・・・・く・・・・」
真っ白になる世界。体が、痙攣する。
墜ちていく浮竹を、京楽はしっかりと受けとめる。
「愛している、十四郎」
耳元で囁けば、浮竹の白い頬は薔薇色に染まっていく。
浮竹の体は、甘い果実のようだ。いつもは嫌がる浮竹がいないのをいいことに、京楽は好きなだけ浮竹の白い肌に痕を残した。
何度めかの性を半ば無理やり吐き出させられて、浮竹はまどろむように意識を飛ばした。
そのまま意識を失った浮竹を抱きしめて、京楽もまた眠りについた。
朝起きると、腕の中にいた愛しい人は、いなかった。
布団の上を、手を這わせて確認する。
まだ、暖かい。
まだ、近くにいるはずだ。
「浮竹・・・・・?」
愛しい人の姿を探して雨乾堂の外にでると、欄干ごしに浮竹が鯉に餌をやっていた。
「起きたか、京楽」
浮竹は、どこかさっぱりしていた。
「まさか、もう記憶が?」
昨日のことを思い出して、浮竹は鯉にさらに餌をまき散らした。
「その・・・いや、それより俺の記憶がないのをいいことに、散々痕をつけやがって」
真っ白な浮竹の白い肌には、京楽が刻んだ情欲の証がいくつも刻まれていた。
「雨乾堂から、しばらく出れない。責任とれよ」
「浮竹ぇ!」
甘ったるくしたのが成功だったのか、それとも術が解けたのか。
ともかく、浮竹は元に戻っていた。
そんな浮竹に思い切り抱き着いた。
浮竹は、京楽の体重を支え切れずに、雨乾堂の板張りの廊下の上に倒れこむ。
「重いぞ京楽。どけ」
「ごめんごめん」
京楽は、浮竹の手を取って起き上がらせた。
「お前を庇うと、ろくなことにならないな」
「浮竹!今後、あんな無茶はしないでよ!」
「分かっている」
鯉に餌をやり終わった浮竹を抱き上げる。昨日、体の全体のラインを確かめたが、昏睡状態が長かったせでい、浮竹は悲しいほどに体重を落としていた。ただでさえ、細いのにさらに細くなってしまっていた。
「肉をつけるには、やっぱり肉を食うに限るね。今日は焼肉だ」
四番隊の隊舎にいた時は、病院食のような質素なものしか出なかった。
「快気祝いをかねて、ぱーっと派手にやろうよ」
一緒に戦った、更木や日番谷も呼んで酒を飲もうという京楽の提案に、浮竹は同意した。ただ、日番谷を飲みに誘うというのには、少し逡巡する。
「だが、日番谷隊長を飲みに誘っていいのか?あの子はまだ子供だろう」
「なあに、死神だし年齢は関係ないよ。現世じゃあるまいし。そんな法律も条令もない」
「日番谷隊長には、オレンジジュースでいいだろう。その方がいい気がする」
「はっくっしょん」
「あれー?隊長、風邪ですか?」
「違う。誰かが噂してやがるんだ。13番隊か8番隊あたりの、誰かが」
もう一度くしゃみをして、日番谷はまとめていた書類にハンコを押した。
伝令の蝶が飛んできた。松本は、それを手に止まらせて内容を受け取ると、目を輝かせた。
「隊長、浮竹隊長が記憶を完全に取り戻したらしいですよ!快気祝いに、11番隊と8番隊と10番隊と13番隊で、ぱーっと飲んで肉食べるそうで、京楽隊長のおごりですって!」
今から楽しみだと、松本は浮かれていた。
京楽隊長がおごってくれる店は、馴染みの店の時もあるが、時折高級な店の時がある。集まる店が高級店であると知って、松本は今から何を飲んで食べようかと悩んでいた。
「肉か・・・・・たまには、いいかもな」
がっつり、肉を食うことなどあまりない。
「のめのめ~」
京楽が、松本の杯に酒を注いでいく
「この酒おいしーい!ひっく・・・・・流石京楽隊長が選んだお酒だけ、ありますね。ひっく・・・」
松本は酒豪ではない。京楽が勧めるままに、杯を呷ってすでにべろんべろんに酔っていた。
「浮竹隊長も、のみなさ~い。ひっく」
浮竹は、いつもの果実酒を飲んでいた。そこに、松本が日本酒を注ぎ込む。
「松本副隊長、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「なに、まだまだいけるわよぉ?ひっく」
「ふん、酒はいいが肉が足りねぇ」
いつもは一緒に飲むことなどない更木は、肉料理ばかり手をつけていた。
「うっきー、記憶もどってよかったね!」
「ああ、草鹿副隊長、ありがとう」
やちるは、更木の肩のうえで肉を食べながら、ぶどうジュースを飲んでいた。
日番谷は、離れたところで肉を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。
席官以上の人間が集まっていたが、四隊にもなると、けっこうな大人数になった。
「京楽、金はたりるのか?」
「なーに、心配しなさんさ。この前、一件別館を売りとばしたから、金には余裕ありまくりだよ。まぁ、売りとばさなくても金は腐るほどあるけどね」
上流貴族の出身である京楽は、金持ちだ。その金銭目当てで、寄ってくる女性も多い。見た目も悪くないし、女性には優しいし、上流貴族ということもあって、女性死神によくもてた。
下級貴族であるが、誰にでも平等に優しく、身目麗しい浮竹は、女性だけでなく男性死神にももてた。
「浮竹隊長、傷が癒えてよかったっす!俺の愛をうけとってください!」
酒にべろんべろんによっぱらった、11番隊の席官が、浮竹の手をとって指輪をはめようとしてくる。
「君、そこまでだよ」
殺気を漲らした京楽が、名も知らぬ席官の首に斬魄刀を当てていた。
「ひいっ」
男死神は、逃げていった。
「浮竹ぇ。僕の傍にいなさい」
「え、ああ・・・・」
肉より野菜を多めにとりながら、浮竹は果実酒を呷った。
「浮竹、せっかく高級店を選んだんだから、もっと肉食べなさい」
「ああ・・・・・」
肉を食べるが、その量は他の人に比べて少ない。
「そんなんだから、細いままなんだよ、君は。もっと食べて肉つけなきゃ」
「いや、俺はあんまり肉がつきにくい体質だから。食べても食べても、あんまり太らないし・・・・」
「何それぇ。すごく羨ましいですよ、浮竹隊長。ひっく」
松本が、酒の勢いもあって絡んできた。
「肉がだめなら、飲みなさい!もっとのめのめ~ひっく」
半ば、無礼講なだけあって、みんなわいわいと騒いでいた。
「松本ぉ!恥をかかせるな。酒はそれぐらいにしろ!」
「なんですか、隊長!隊長も、さけのみなさーい」
松本は、その豊満すぎる神々の谷間を、日番谷におしつけて、日番谷に無理やり日本酒を飲ませた。
「うっ、なんだこれ。喉が焼ける・・・・・・・・・」
始めて知る酒の味に、あまりうまそうな顔をしない日番谷。
きっと、大人になっても酒好きにはなりそうもない。
「うっきーの、回復を祝って、みんなで乾杯しよー」
やちるが、ぶどうジュースの入ったコップを手に、更木の肩の上で、乾杯と叫んだ。
「「「「乾杯!」」」」
たくさんの人が、浮竹の回復を祝った。
浮竹も、勧められるままに酒を呷って、そして酔いつぶれた。
「あーあ。寝ちゃった」
浮竹は、酔いつぶれると寝てしまう。そんな浮竹を抱き上げて、京楽は笠を深く被り直すと、残った面子に言い放つ。
「勘定は済ませといたから。0時まで、飲み放題食べ放題だ。まぁ、後はみんなの好きにすればいいよ」
瞬歩で、浮竹を雨乾堂に送り届けると、清音が布団をしいてくれたので、そこに浮竹をそっと寝かす。
「あれぇ?」
浮竹は、知らない間に京楽の、少し伸びた黒髪を掴んでいた。手を離させようにも、しっかりつかんで離さない。
「僕に、帰ってほしくないんだね」
京楽は苦笑して、浮竹の隣に横になる。酒をしこたま飲んだせいで、睡魔はすぐにやってきた。
すーすーと、静かに寝息を立てる自分の隊長の、安心しきった表情を見て、清音も自然と笑みが零れた。
「おかえりなさい、浮竹隊長。それからありがとうございます、京楽隊長」
かつては、こんな二人の面倒をみるのは海燕の役割だった。彼が死んで、もう何十年も経過していた。
浮竹は、まだ副官を置かない。
海燕の死が、浮竹の心に穴をあけているのを、清音も仙太郎も、そして京楽も知っていた。
今日は、満月だった。
眠り込む二人を包み込むように、窓から月光が入ってくる。
比翼の鳥は、寄り添いあいながら、しばしの休息をとる。
比翼の鳥は、片方は優しすぎて、片方は儚いが強さをもっていた。
比翼の鳥は、まどろみ、眠りへとついた。
闇空に、月が浮かぶ。
太陽のようにではないが、優しくそして平等に、その光は降り注ぐのであった。
護廷13隊は、11番隊と10番隊、8番隊と13番隊が処理にあったっていた。
更木率いる11番隊が、次々と虚を駆逐していくが、宙にあいたままの入口から次々と虚がやってくる。
「ちっ、きりがねぇぜ。あのでかぶつが虚を呼んでるみてーだな」
アランカルをみて、更木は舌打ちした。
「俺がいく・・・・・・おおおお、卍解大紅蓮氷輪丸!」
卍解した日番谷が、氷の龍をアランカルにぶつける。アランカルは、氷の龍を反射させながら、悲鳴のような声をあげて、虚を駆逐していた8番隊の副官、伊勢七緒に向かっていった。
「女ぁ、まずお前から記憶を食ってやる!」
「七緒ちゃん、危ない!」
京楽は、七緒をかばって背中に傷を負った。
「くそっ・・・・・」
「俺の氷輪丸をはじき返しただと!?」
氷をはじき返し、氷で攻撃してくるアランカルに、日番谷が目を見開いた。
波悉く(なみことごとく)我が盾となれ
雷悉く(いかずちことごとく)我が刃となれ 双魚理。
静かな声が響いた。
はじき返される氷を、片方の刀で受けて、片方の刀で放出する。
アランカルは、氷漬けになりながらも、傷を負った京楽に狙いを定めた。
「京楽!」
鮮血が散った。
双魚理でアランカルを刺したが、京楽をかばった浮竹もアランカルにやられていた。
「浮竹ぇ!」
京楽の悲鳴が、響く。
空中から、失墜していく浮竹に、アランカルは襲いかかる。
「せめて、お前だけでも記憶を食ってやる!」
間に合うか?
瞬歩で近づき、背中の傷が痛みの悲鳴をあげるのを無視して、京楽は花天狂骨でアランカルを真っ二つにした。
「へっ、やるじゃねぇか」
更木が、満足そうに言葉を放つのを合図に、虚の完全駆逐へと死神たちが移行する。
消えていく虚が、増えることはなかった。
「大丈夫か、浮竹、おい、浮竹!」
肺をやられたのか、血を吐いた。
ごぽりと、音がする。
肺の病での発作ではない。もっとひどい・・・・・・肺が潰れているのだ。
たさくんの吐血をして、浮竹は完全に意識を失った。
虚やアランカルにやられた死神たちが、4番隊隊舎に運ばれていく。浮竹を抱き上げて、京楽は自分の傷を無視して、卯ノ花のところに浮竹を運んだ。
「肺をやられているようですが、なんとかしましょう」
「頼む、卯ノ花隊長!」
「あなたの怪我も相当に酷い。勇音」
「はい、隊長」
「京楽隊長の傷を治してあげなさい」
「はい!」
別室に連れていかれて、手当を受けている間も、京楽は浮竹のことを思うと気が気でなかった。
それに、殺す前にいっていた「記憶を食らう」という言葉が酷く気になった。
京楽より酷い怪我を負った浮竹は、3日間生死の境を彷徨った。なんとか容体が落ち着き、二週間が経過した。
仕事も放置して、京楽は浮竹の看病をずっとしていた。
潰れた肺は、結局臓器移植でなんとかなったが、ずっと昏睡状態が続いていた。
ゆっくりと開いた翡翠の瞳で、浮竹はぼんやりとした表情で、天井を仰ぎ見る。
「・・・・・・ここは?」
「よかった、意識が戻ったんだね、浮竹」
京楽の喜びは、相当なものだった。
「お前・・・・・誰だ?」
自分の手を握っている男を、浮竹は不思議そうに見た。
顔を合わせての一言目に、京楽は被っていた笠をくいっとあげた。
「またまた~。変な冗談はよしてよ、浮竹」
「?」
きょろきょろととしだす浮竹。
「ここは?俺は確か、学院にいたはずだが・・・・・・・・・」
「冗談はやめてよ」
「お前・・・・・・京楽に似ているが、親戚か何かか?」
京楽は、その言葉に愕然とした。
「記憶を食ってやる・・・・・」
その言葉は、まさに本当だったのだ。
「診察の結果では、脳に異常はありませんでした。その、記憶を食らうというアランカルは、京楽隊長が退治なさったのでしょう?」
浮竹の寝ている病室の外の廊下で、卯ノ花と京楽は話し込みあっていた。
「消去された記憶は、普通その術者が死ねば解除されます」
「だけど、浮竹は・・・・・」
「ええ。どうやら、学院時代までしか記憶がない様子。隊長となった頃のことは、完全に忘れているみたいですね。どうやったら回復するのか、今の状況では見当がつきません」
卯ノ花の言葉に、京楽は戸惑っていた。
浮竹が、自分のことを忘れた。綺麗さっぱりではなく、学院の頃までの記憶はあって、しかしそれ以降の記憶がない。今の浮竹にとって、隊長となってしまった大人の京楽は、他人なのだ。
しかし、解せない。
記憶を食うアランカルの存在など、今まで確認されたことがない。可能性があるとすれ、反逆者となった藍染が、崩玉を使って新たに生み出したアランカルなのかもしれない。
「今は、様子を見ましょう。記憶も、混濁が落ち着いてきたようですし。なるべく、浮竹隊長の傍にいてあげてください。あなたの存在が、記憶を取り戻すのに一番効果的な気がします」
中途半端に記憶喪失の浮竹は、それから1週間後には退院して、雨乾堂に帰っていった。
「本当に、お前はあの京楽なのか?」
「そうだよ。こんなもじゃもじゃのおっさん、まさに学院後の京楽ってかんじがするだろう?」
「確かに、友人であった京楽は、もじゃもじゃだったが・・・・・・しかし、おっさんって・・・・・・:」
「君と仲良く、おっさん同士さ。まあ、浮竹と僕が同い年だなんて、誰も信じてくれないけどね」
一度手鏡を渡され、年齢を重ねた自分がそこにいるのを認めて、浮竹は自分が一時的な記憶喪失に陥っていると納得はした。だが、まだ完全に受け入れられないでいた。
「お前からは、確かに京楽の霊圧を感じる。かなり、今まで感じていたのより強いが」
「だから、僕は隊長になった未来の京楽なんだってば」
「未来の京楽か・・・・・・」
京楽は、長い浮竹の髪に手をもっていった。
「この白い髪を、ここまで伸ばせっていったのも、僕だよ?」
「このうっとしい長い髪がか?」
「綺麗じゃないか。雪のようで」
「こんな髪・・・・・・」
浮竹にとって、コンプレックスでしかない長い白髪が好きで、京楽は浮竹に伸ばさせた。
「長いと、その、何かいろいろと不便だな。まぁ、京楽が切るなというなら切らないが」
中途半端に記憶喪失の浮竹の記憶は、学院時代の2回生の春ごろのものだった。両想いになる夏の終わりより前のところで、浮竹の記憶はぷつんと途切れていた。
「愛しているよ、浮竹」
「俺は、その・・・・・」
京楽に、いつものように愛を囁かれても、素直に受け入れられない。
学院時代の京楽は、浮竹の傍にいたが、あくまで友人、親友としてだった。
「愛してる」
耳元で囁かれて、髪を長い指がすいていく。
髪をすいていくその指の動きが気持ちよくて、浮竹は目を閉じた。
触れるか触れないかのキスをされて、翡翠の瞳が瞬いた。
「本当に、俺と京楽は、恋人同士に・・・・・?」
「そうだよ」
京楽は諦めない。
浮竹が自分のことを忘却してしまったのなら、もう一度刻み込めばいいのだ。
どれほど、狂おしいまでに愛しているのかを。
「あっ・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽に押し倒されて、浮竹は戸惑った。
「その、するのか?」
「しない。でも思い出して?」
記憶のない浮竹を抱いても、満足するものは得られるかどうか分からない。
ただ、甘く甘く、とろけるように甘くしてやればいい。
果実のように甘く囁いてとろけさせて、頭の中を京楽で満たしてしまえばいい。
京楽は、浮竹に啄むような口づけを何度も交わして、彼の細い体のラインをたどった。
「京楽・・・・・・」
4番隊の病室にた頃の浮竹は、消毒用のアルコールのにおいがまじっていたが、今の浮竹はいつものように花のような甘いかおりがした。
入院している間、ふくことくらしかできなかった髪を、洗髪したのも京楽だ。
いつものシャンプーと違うものを使ったのに、浮竹の髪からも甘い花の香りがした。
「んっ・・・・・・」
隊長羽織を脱がされて、侵入してきた指の動きに、浮竹の声がうわずった。
膝を膝で割られて、浮竹は逃げようとした。
だが、がたいのいい京楽に押し倒されていて、体を少しずりあげることしかできなかった。
「やっぱり、するのか・・・・・・・」
「最後まではしない。愛していいかい?」
「いやだといっても、するんだろう?」
「ご名答」
「やっ」
やわやわと花茎をはう手が、その長い指が浮竹を追い上げていく。
「やあっ、きょうら・・・・く・・・・」
真っ白になる世界。体が、痙攣する。
墜ちていく浮竹を、京楽はしっかりと受けとめる。
「愛している、十四郎」
耳元で囁けば、浮竹の白い頬は薔薇色に染まっていく。
浮竹の体は、甘い果実のようだ。いつもは嫌がる浮竹がいないのをいいことに、京楽は好きなだけ浮竹の白い肌に痕を残した。
何度めかの性を半ば無理やり吐き出させられて、浮竹はまどろむように意識を飛ばした。
そのまま意識を失った浮竹を抱きしめて、京楽もまた眠りについた。
朝起きると、腕の中にいた愛しい人は、いなかった。
布団の上を、手を這わせて確認する。
まだ、暖かい。
まだ、近くにいるはずだ。
「浮竹・・・・・?」
愛しい人の姿を探して雨乾堂の外にでると、欄干ごしに浮竹が鯉に餌をやっていた。
「起きたか、京楽」
浮竹は、どこかさっぱりしていた。
「まさか、もう記憶が?」
昨日のことを思い出して、浮竹は鯉にさらに餌をまき散らした。
「その・・・いや、それより俺の記憶がないのをいいことに、散々痕をつけやがって」
真っ白な浮竹の白い肌には、京楽が刻んだ情欲の証がいくつも刻まれていた。
「雨乾堂から、しばらく出れない。責任とれよ」
「浮竹ぇ!」
甘ったるくしたのが成功だったのか、それとも術が解けたのか。
ともかく、浮竹は元に戻っていた。
そんな浮竹に思い切り抱き着いた。
浮竹は、京楽の体重を支え切れずに、雨乾堂の板張りの廊下の上に倒れこむ。
「重いぞ京楽。どけ」
「ごめんごめん」
京楽は、浮竹の手を取って起き上がらせた。
「お前を庇うと、ろくなことにならないな」
「浮竹!今後、あんな無茶はしないでよ!」
「分かっている」
鯉に餌をやり終わった浮竹を抱き上げる。昨日、体の全体のラインを確かめたが、昏睡状態が長かったせでい、浮竹は悲しいほどに体重を落としていた。ただでさえ、細いのにさらに細くなってしまっていた。
「肉をつけるには、やっぱり肉を食うに限るね。今日は焼肉だ」
四番隊の隊舎にいた時は、病院食のような質素なものしか出なかった。
「快気祝いをかねて、ぱーっと派手にやろうよ」
一緒に戦った、更木や日番谷も呼んで酒を飲もうという京楽の提案に、浮竹は同意した。ただ、日番谷を飲みに誘うというのには、少し逡巡する。
「だが、日番谷隊長を飲みに誘っていいのか?あの子はまだ子供だろう」
「なあに、死神だし年齢は関係ないよ。現世じゃあるまいし。そんな法律も条令もない」
「日番谷隊長には、オレンジジュースでいいだろう。その方がいい気がする」
「はっくっしょん」
「あれー?隊長、風邪ですか?」
「違う。誰かが噂してやがるんだ。13番隊か8番隊あたりの、誰かが」
もう一度くしゃみをして、日番谷はまとめていた書類にハンコを押した。
伝令の蝶が飛んできた。松本は、それを手に止まらせて内容を受け取ると、目を輝かせた。
「隊長、浮竹隊長が記憶を完全に取り戻したらしいですよ!快気祝いに、11番隊と8番隊と10番隊と13番隊で、ぱーっと飲んで肉食べるそうで、京楽隊長のおごりですって!」
今から楽しみだと、松本は浮かれていた。
京楽隊長がおごってくれる店は、馴染みの店の時もあるが、時折高級な店の時がある。集まる店が高級店であると知って、松本は今から何を飲んで食べようかと悩んでいた。
「肉か・・・・・たまには、いいかもな」
がっつり、肉を食うことなどあまりない。
「のめのめ~」
京楽が、松本の杯に酒を注いでいく
「この酒おいしーい!ひっく・・・・・流石京楽隊長が選んだお酒だけ、ありますね。ひっく・・・」
松本は酒豪ではない。京楽が勧めるままに、杯を呷ってすでにべろんべろんに酔っていた。
「浮竹隊長も、のみなさ~い。ひっく」
浮竹は、いつもの果実酒を飲んでいた。そこに、松本が日本酒を注ぎ込む。
「松本副隊長、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「なに、まだまだいけるわよぉ?ひっく」
「ふん、酒はいいが肉が足りねぇ」
いつもは一緒に飲むことなどない更木は、肉料理ばかり手をつけていた。
「うっきー、記憶もどってよかったね!」
「ああ、草鹿副隊長、ありがとう」
やちるは、更木の肩のうえで肉を食べながら、ぶどうジュースを飲んでいた。
日番谷は、離れたところで肉を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。
席官以上の人間が集まっていたが、四隊にもなると、けっこうな大人数になった。
「京楽、金はたりるのか?」
「なーに、心配しなさんさ。この前、一件別館を売りとばしたから、金には余裕ありまくりだよ。まぁ、売りとばさなくても金は腐るほどあるけどね」
上流貴族の出身である京楽は、金持ちだ。その金銭目当てで、寄ってくる女性も多い。見た目も悪くないし、女性には優しいし、上流貴族ということもあって、女性死神によくもてた。
下級貴族であるが、誰にでも平等に優しく、身目麗しい浮竹は、女性だけでなく男性死神にももてた。
「浮竹隊長、傷が癒えてよかったっす!俺の愛をうけとってください!」
酒にべろんべろんによっぱらった、11番隊の席官が、浮竹の手をとって指輪をはめようとしてくる。
「君、そこまでだよ」
殺気を漲らした京楽が、名も知らぬ席官の首に斬魄刀を当てていた。
「ひいっ」
男死神は、逃げていった。
「浮竹ぇ。僕の傍にいなさい」
「え、ああ・・・・」
肉より野菜を多めにとりながら、浮竹は果実酒を呷った。
「浮竹、せっかく高級店を選んだんだから、もっと肉食べなさい」
「ああ・・・・・」
肉を食べるが、その量は他の人に比べて少ない。
「そんなんだから、細いままなんだよ、君は。もっと食べて肉つけなきゃ」
「いや、俺はあんまり肉がつきにくい体質だから。食べても食べても、あんまり太らないし・・・・」
「何それぇ。すごく羨ましいですよ、浮竹隊長。ひっく」
松本が、酒の勢いもあって絡んできた。
「肉がだめなら、飲みなさい!もっとのめのめ~ひっく」
半ば、無礼講なだけあって、みんなわいわいと騒いでいた。
「松本ぉ!恥をかかせるな。酒はそれぐらいにしろ!」
「なんですか、隊長!隊長も、さけのみなさーい」
松本は、その豊満すぎる神々の谷間を、日番谷におしつけて、日番谷に無理やり日本酒を飲ませた。
「うっ、なんだこれ。喉が焼ける・・・・・・・・・」
始めて知る酒の味に、あまりうまそうな顔をしない日番谷。
きっと、大人になっても酒好きにはなりそうもない。
「うっきーの、回復を祝って、みんなで乾杯しよー」
やちるが、ぶどうジュースの入ったコップを手に、更木の肩の上で、乾杯と叫んだ。
「「「「乾杯!」」」」
たくさんの人が、浮竹の回復を祝った。
浮竹も、勧められるままに酒を呷って、そして酔いつぶれた。
「あーあ。寝ちゃった」
浮竹は、酔いつぶれると寝てしまう。そんな浮竹を抱き上げて、京楽は笠を深く被り直すと、残った面子に言い放つ。
「勘定は済ませといたから。0時まで、飲み放題食べ放題だ。まぁ、後はみんなの好きにすればいいよ」
瞬歩で、浮竹を雨乾堂に送り届けると、清音が布団をしいてくれたので、そこに浮竹をそっと寝かす。
「あれぇ?」
浮竹は、知らない間に京楽の、少し伸びた黒髪を掴んでいた。手を離させようにも、しっかりつかんで離さない。
「僕に、帰ってほしくないんだね」
京楽は苦笑して、浮竹の隣に横になる。酒をしこたま飲んだせいで、睡魔はすぐにやってきた。
すーすーと、静かに寝息を立てる自分の隊長の、安心しきった表情を見て、清音も自然と笑みが零れた。
「おかえりなさい、浮竹隊長。それからありがとうございます、京楽隊長」
かつては、こんな二人の面倒をみるのは海燕の役割だった。彼が死んで、もう何十年も経過していた。
浮竹は、まだ副官を置かない。
海燕の死が、浮竹の心に穴をあけているのを、清音も仙太郎も、そして京楽も知っていた。
今日は、満月だった。
眠り込む二人を包み込むように、窓から月光が入ってくる。
比翼の鳥は、寄り添いあいながら、しばしの休息をとる。
比翼の鳥は、片方は優しすぎて、片方は儚いが強さをもっていた。
比翼の鳥は、まどろみ、眠りへとついた。
闇空に、月が浮かぶ。
太陽のようにではないが、優しくそして平等に、その光は降り注ぐのであった。
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