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あの日の思い出を僕は忘れない

あの日の思い出を。
僕は忘れない。きっと、永遠に。



「は?」
一言目に出した言葉と一緒に、柳眉をひそめるティエリアに向かって、ライルはもう一度同じことを言った。

「だからさ。兄貴がいるんだよ。俺の隣に」

「頭でもわいたか?ニール・ディランディはすでに亡くなっている」

並んで歩いていたライルに、ティエリアはそう切り出して、そして重力の少ない廊下をトンと蹴ると、そのまま宙に僅かながら浮いて移動する。
ふわりと微かに甘いシャンプーの匂いを放って、綺麗に切りそろえられた紫の髪が宙を舞う。

「だから!ほんとなんだってば!起きたら横に兄貴がいて、んでもってお前さんに言葉を伝えたいって!会っても全然見えないみたいで、言葉が伝えられないって!って、おい待てよ!」

去っていくティエリアを必死で、ライルが追おうとする。

まるで何かの喜劇のようだと、刹那はその場面を見て思った。
死んだ人間が見えて、言葉を伝えたいだなんて。どこぞの霊媒師にでも感化されたのかと、ちょっと不安にもなった。

「だから!兄貴がいるんだよここに!」

ライルはありったけの大声で叫んだ。
その音量に、通りすがりだったアレルヤがびっくりしてこちらに視線をよこすほどだ。

「諦めろ。ティエリアはそういうたぐいのことは信じない」

刹那は、ライルが少し哀れに見えた。

もし本当にニールことロックオンがいるのなら、それは大変な事態である。だがしかし、刹那にも見えない。
ライルだけに見えるなんて、おかしい。
都合がよすぎるではないか。

去っていくティエリア。追うこともできずに、溜息をつくライル。そして首を傾げている刹那に、同じように首を傾げているアレルヤ。

その日の朝は、そんな光景から始まった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だからなぁ。ティエリアにいっぱい言葉を伝えたいんだ。愛してるとか、それだけじゃなしに。いっぱい、いっぱい。もうこれが最後かもしれないから。俺だって自分で驚いてるさ。成仏できずに化けて出たと思われても仕方ない。でもなぁ」
「あー、はいはい」

朝起きると、隣に兄貴ことニール・ディランディが寝ていた。
ラフな姿だが、右目に眼帯をしていた。
ニールが亡くなった時、眼帯をしていたということをライルは仲間から彼の最期の話を聞いて知っていた。双子なのだから、容姿が同じなのは仕方ないとして、横で兄が寝ているのを見て、叫んで飛び起きて、そして冷水シャワーを浴びてもまだいるので、さらに顔を10回洗って、それから精神に異常をきたしたのかと自分で不安になり、精神安定剤をかみ砕いたが、結果、兄は消えなかった。

すよすよと安らかな寝息をたてていた。それが余計にライルを不安にさせた。

「あー。俺ももう終わってるかも。兄貴の幻覚が見える」

そうだ。
これは、幻覚だ。
それ以外の何物でもないだろう。

だって、朝起きて普通に起床したら、横に兄貴が寝ていたんだぞ!
幻覚以外の何だってんだ!

ライルは制服に着替えて、舌打ちする。

兄の幻覚を見るほど、兄に執着していたつもりはないのだから。

ためしに、兄の柔らかそうな、自分と同じ色の栗毛の髪を触ってみると、感触があった。それに余計にびっくりして、次に鼻をつまんでみた。

「苦しいぞ、おい」

エメラルドの隻眼が、ライルを映していた。
片方だけの目で、ニールはライルを見ると、ふああと大きく伸びをする。

「よく寝た」

「よく寝たじゃねぇよ、兄貴!何今頃化けて出てるんだよ!」

これは幽霊だ。

幻覚ではない。幽霊になった兄が、ライルの元に突然姿を現したのだと、ライルは結論づけた。何度も部屋の中をうろついて、編み出した結論は簡単なものだった。

季節は夏。地球に降りれば、夏の日差しが熱いだろう季節。蝉の鳴き声がとても懐かしく感じる季節。
鳴き声の喧噪の中に煌めく、短い命が、まるで彼らそのもののようで。

命に溢れた季節は、ニールの突然の訪れと共に、やってきた。



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