ぬるま湯
「髪、綺麗だねぇ。肌も白いし。翡翠色の瞳も素敵だ。でも、ちゃんと食ってるかい?細いよ」
学院に入ったころの、京楽はよく浮竹をにそんな言葉を囁いた。
「ちゃんと食べてるぞ。寝込むことはあるし、食欲がない時もあるが、なるべく食べるようにはしている」
もう、京楽に綺麗だとかかわいいとか、そういうことを言われ慣れた。
「ほら、また京楽が浮竹口説いてる」
クスクスと、他の院生が笑っていた。
勉強のよくできる、座学も鬼道も剣の腕もTOPの浮竹。下級貴族ではあるが、貴族という身分をもつ。
一方の京楽は、四大貴族ほどではないが、名も有名な上級貴族。もしも女として生まれてきていたら、姫君として育てられて、学院にはこなかっただろう。霊圧が半端なく、次男ということもあって護廷13隊に入る死神になるためにと、学院に半ば無理やりいれられた。
座学は中の上。だが、鬼道と剣術は、浮竹に勝るとも劣らない。
よく授業をさぼる京楽を、先生の代わりに叱って連れ戻すのは、浮竹の役目になっていた。
今日の朝も、さぼろうとしている京楽を、教室に連れ戻した。
浮竹は、入学テストを首席で合格した。頭がずばぬけていい。だが、自慢したりは一切せずの努力家で、先生からも他の生徒からの信頼も厚かった。
浮竹が、倒れた。血こそ吐かなかったが、せきをして、倒れた。
救護室に浮竹を抱き抱えて運んだ京楽は、ベッドの上に浮竹を寝かすと、意識を取り戻すまでの数時間、ずっと傍にいた。
「あれ?ここは・・・・・・そうか、俺はまた倒れたのか」
ゆっくりと起き上がる浮竹。その手を握って、心配そうにのぞき込んでくる京楽に、浮竹はすまないと、謝った。
「すまない、京楽。また世話になったようだ」
「いいんだよ、そんなことは。浮竹が目覚めてよかった」
握っていた手を放し、半身を起き上がらせた浮竹に、囁く。
「ねぇ、浮竹」
「なんだ?」
「髪、伸ばしなよ」
「どうして?」
「綺麗だから。真っ白で、太陽の光にあたったら銀色に見える」
「俺が、この白い髪を嫌いなこと、知ってていってるのか?」
「うん」
京楽は、浮竹の短い白髪を手ですいた。
柔らかくて、サラサラだった。
「伸ばしなよ。きっと、長い方が似合う」
京楽は、浮竹のことが好きだった。だが、浮竹は京楽の想いを知らない。
友人の延長戦だと思っている。
まだ、浮竹の意識があるときに、キスをしたこともない。浮竹が倒れて意識がないのをいいことに、触れるだけのキスを何度かしたことがあった。
あとは、ただ、抱き上げられたり、抱きしめられたり。
「んー。君からはお日様のにおいと、なんか甘いかおりがするねぇ」
抱きしめられて、浮竹は京楽の肩に頭を乗せた。
「甘えん坊だなぁ、京楽は」
「そうなの。もっと甘えていい?」
「いいぞ」
「好きだよ、浮竹」
「俺も好きだぞ、京楽」
京楽の好きと浮竹の好きは、意味が違う。
京楽は恋愛感情で。浮竹は友情でだった。
それが分かっていたので、京楽は寂しそうに微笑んだ。
本当なら、想いのたけをぶつけてぐちゃぐちゃに犯して、自分のものにしたい。それができないから、いっそ殺して自分だけのものにしてしまおうか。
浮竹の白い細い首に、手をかける京楽。
「京楽?」
不思議そうな翡翠の瞳はあくまで穏やかで、京楽は浮竹の喉から手を離すと、その手を背中にまわし、力いっぱい抱きしめた。
「苦しいぞ、京楽」
「ごめんね」
「変な奴だな」
浮竹の少し高い体温が心地よかった。
愛していると、心の中で呟いて、京楽は浮竹を離さなかった。
愛しているといって、拒絶されるのがすごく怖かった。京楽にとって、浮竹からの拒絶は絶望だ。
だから、まだ愛しているとは言わない。いや、言えない。
「授業はもう終わったし、まだ熱があるようだから、もう少し寝なさい」
「いや、明日の分の予習が・・・・・」
「勉学より、体調のほうが大事でしょ!」
京楽に怒られて、浮竹は素直にベッドにまた横になった。
「2時間くらいしたら、迎えにくるから。起きなくても構わないよ。寮の部屋に送り届けるから」
抱きかかえて、と付け足された。
「すまない。世話になってばかりで」
「いいんだよ。僕が、好きでやってることなんだから。とにかく、今は熱を下げて体調を回復させることだけを考えて」
「ああ・・・・・・」
明日は、剣術の稽古がある。浮竹の尊敬する、山本元柳斎重國の授業だが、参加はできなさそうだ。
「山じいとは、今度個別で指導してもらえばいいから。とにかく、今日と明日は休んで」
「分かった」
山本元柳斎重國は、浮竹と京楽の師である。たくさんいる教え子の中でも、彼らは特別のお気に入りで、まさに実の子供のようにかわいがっていた。
そのせいもあって、個別に指導もしてくれる。
「京楽」
「なんだい?」
「いろいろとすまない。心配ばかりかけて」
「体が弱いのは仕方ないよ。だけど、できるだけちゃんと飯を食べること。君、細すぎるよ。筋肉がないわけじゃないけど、触ると肋骨が分かる」
肋骨が浮き出るほどに痩せているわけではないが、輪郭を確かめると肋骨が目立つ。
「食べては、いるんだがなぁ」
好きな甘味もののおはぎを、腹いっぱい食べても全然太らない。高カロリーの食事をとっても、肉がつかない。
体重が軽く痩せていることも、浮竹のコンプレックスの一つだった。
この白い髪ほどではないが。
京楽は、浮竹と違って背が高く、がっしりしている。浮竹の背が低いわけでもないし、まだ成長期だから、伸びてはいるのだが、肺の病のせいで鍛錬しても筋肉は薄くしかつかず、体重は軽かった。
「おやすみ、浮竹」
「ああ、おやすみ」
浮竹の額に口づけて、京楽は去っていった。
「・・・・・・京楽は・・・」
多分、好きだという意味が違うのではないか。自分が思っている好きとは、違うのではないかと、京楽の言動で、少しずつではあるがそれは確信に近づいていた。
「俺は、どうすれば・・・・・・・・」
京楽の想いに、答えることはできるのだろうか。
分からない。
京楽が嫌いなわけではない。抱きしめられたり、頬に手を伸ばされたり、白い髪をすいていったりとした行動は、どちらかというと心地よい。
だが、京楽の想いは深い。
まだ、今の浮竹にはその想いに答えるだけの勇気はなかった。
ぬるま湯のようだ、今の関係は。
冷水にもなれず、熱湯にもなれない。
想いを拒絶することも、受け止めることもできない。
なんて半端なんだろう、自分は。
浮竹は、悩みながらもまどろんでいく。高くなってきた熱にうなされる。
「いつか、答えはでるんだろうか・・・・」
想いが互いに通じあうのは、まだ当分先のことだった。
今は、ぬるま湯でいい。
比翼の鳥のように、お互いを必要としあうだけでいい。
いつか。
いつかきっと、今の関係は壊れる。
それが、冷水なのか熱湯なのかはわからない。
今はまだ、分からなくていいのだ。
学院に入ったころの、京楽はよく浮竹をにそんな言葉を囁いた。
「ちゃんと食べてるぞ。寝込むことはあるし、食欲がない時もあるが、なるべく食べるようにはしている」
もう、京楽に綺麗だとかかわいいとか、そういうことを言われ慣れた。
「ほら、また京楽が浮竹口説いてる」
クスクスと、他の院生が笑っていた。
勉強のよくできる、座学も鬼道も剣の腕もTOPの浮竹。下級貴族ではあるが、貴族という身分をもつ。
一方の京楽は、四大貴族ほどではないが、名も有名な上級貴族。もしも女として生まれてきていたら、姫君として育てられて、学院にはこなかっただろう。霊圧が半端なく、次男ということもあって護廷13隊に入る死神になるためにと、学院に半ば無理やりいれられた。
座学は中の上。だが、鬼道と剣術は、浮竹に勝るとも劣らない。
よく授業をさぼる京楽を、先生の代わりに叱って連れ戻すのは、浮竹の役目になっていた。
今日の朝も、さぼろうとしている京楽を、教室に連れ戻した。
浮竹は、入学テストを首席で合格した。頭がずばぬけていい。だが、自慢したりは一切せずの努力家で、先生からも他の生徒からの信頼も厚かった。
浮竹が、倒れた。血こそ吐かなかったが、せきをして、倒れた。
救護室に浮竹を抱き抱えて運んだ京楽は、ベッドの上に浮竹を寝かすと、意識を取り戻すまでの数時間、ずっと傍にいた。
「あれ?ここは・・・・・・そうか、俺はまた倒れたのか」
ゆっくりと起き上がる浮竹。その手を握って、心配そうにのぞき込んでくる京楽に、浮竹はすまないと、謝った。
「すまない、京楽。また世話になったようだ」
「いいんだよ、そんなことは。浮竹が目覚めてよかった」
握っていた手を放し、半身を起き上がらせた浮竹に、囁く。
「ねぇ、浮竹」
「なんだ?」
「髪、伸ばしなよ」
「どうして?」
「綺麗だから。真っ白で、太陽の光にあたったら銀色に見える」
「俺が、この白い髪を嫌いなこと、知ってていってるのか?」
「うん」
京楽は、浮竹の短い白髪を手ですいた。
柔らかくて、サラサラだった。
「伸ばしなよ。きっと、長い方が似合う」
京楽は、浮竹のことが好きだった。だが、浮竹は京楽の想いを知らない。
友人の延長戦だと思っている。
まだ、浮竹の意識があるときに、キスをしたこともない。浮竹が倒れて意識がないのをいいことに、触れるだけのキスを何度かしたことがあった。
あとは、ただ、抱き上げられたり、抱きしめられたり。
「んー。君からはお日様のにおいと、なんか甘いかおりがするねぇ」
抱きしめられて、浮竹は京楽の肩に頭を乗せた。
「甘えん坊だなぁ、京楽は」
「そうなの。もっと甘えていい?」
「いいぞ」
「好きだよ、浮竹」
「俺も好きだぞ、京楽」
京楽の好きと浮竹の好きは、意味が違う。
京楽は恋愛感情で。浮竹は友情でだった。
それが分かっていたので、京楽は寂しそうに微笑んだ。
本当なら、想いのたけをぶつけてぐちゃぐちゃに犯して、自分のものにしたい。それができないから、いっそ殺して自分だけのものにしてしまおうか。
浮竹の白い細い首に、手をかける京楽。
「京楽?」
不思議そうな翡翠の瞳はあくまで穏やかで、京楽は浮竹の喉から手を離すと、その手を背中にまわし、力いっぱい抱きしめた。
「苦しいぞ、京楽」
「ごめんね」
「変な奴だな」
浮竹の少し高い体温が心地よかった。
愛していると、心の中で呟いて、京楽は浮竹を離さなかった。
愛しているといって、拒絶されるのがすごく怖かった。京楽にとって、浮竹からの拒絶は絶望だ。
だから、まだ愛しているとは言わない。いや、言えない。
「授業はもう終わったし、まだ熱があるようだから、もう少し寝なさい」
「いや、明日の分の予習が・・・・・」
「勉学より、体調のほうが大事でしょ!」
京楽に怒られて、浮竹は素直にベッドにまた横になった。
「2時間くらいしたら、迎えにくるから。起きなくても構わないよ。寮の部屋に送り届けるから」
抱きかかえて、と付け足された。
「すまない。世話になってばかりで」
「いいんだよ。僕が、好きでやってることなんだから。とにかく、今は熱を下げて体調を回復させることだけを考えて」
「ああ・・・・・・」
明日は、剣術の稽古がある。浮竹の尊敬する、山本元柳斎重國の授業だが、参加はできなさそうだ。
「山じいとは、今度個別で指導してもらえばいいから。とにかく、今日と明日は休んで」
「分かった」
山本元柳斎重國は、浮竹と京楽の師である。たくさんいる教え子の中でも、彼らは特別のお気に入りで、まさに実の子供のようにかわいがっていた。
そのせいもあって、個別に指導もしてくれる。
「京楽」
「なんだい?」
「いろいろとすまない。心配ばかりかけて」
「体が弱いのは仕方ないよ。だけど、できるだけちゃんと飯を食べること。君、細すぎるよ。筋肉がないわけじゃないけど、触ると肋骨が分かる」
肋骨が浮き出るほどに痩せているわけではないが、輪郭を確かめると肋骨が目立つ。
「食べては、いるんだがなぁ」
好きな甘味もののおはぎを、腹いっぱい食べても全然太らない。高カロリーの食事をとっても、肉がつかない。
体重が軽く痩せていることも、浮竹のコンプレックスの一つだった。
この白い髪ほどではないが。
京楽は、浮竹と違って背が高く、がっしりしている。浮竹の背が低いわけでもないし、まだ成長期だから、伸びてはいるのだが、肺の病のせいで鍛錬しても筋肉は薄くしかつかず、体重は軽かった。
「おやすみ、浮竹」
「ああ、おやすみ」
浮竹の額に口づけて、京楽は去っていった。
「・・・・・・京楽は・・・」
多分、好きだという意味が違うのではないか。自分が思っている好きとは、違うのではないかと、京楽の言動で、少しずつではあるがそれは確信に近づいていた。
「俺は、どうすれば・・・・・・・・」
京楽の想いに、答えることはできるのだろうか。
分からない。
京楽が嫌いなわけではない。抱きしめられたり、頬に手を伸ばされたり、白い髪をすいていったりとした行動は、どちらかというと心地よい。
だが、京楽の想いは深い。
まだ、今の浮竹にはその想いに答えるだけの勇気はなかった。
ぬるま湯のようだ、今の関係は。
冷水にもなれず、熱湯にもなれない。
想いを拒絶することも、受け止めることもできない。
なんて半端なんだろう、自分は。
浮竹は、悩みながらもまどろんでいく。高くなってきた熱にうなされる。
「いつか、答えはでるんだろうか・・・・」
想いが互いに通じあうのは、まだ当分先のことだった。
今は、ぬるま湯でいい。
比翼の鳥のように、お互いを必要としあうだけでいい。
いつか。
いつかきっと、今の関係は壊れる。
それが、冷水なのか熱湯なのかはわからない。
今はまだ、分からなくていいのだ。
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