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僕はそうして君におちていく6

3回生の秋。

学院では、文化祭が行われていた。

当時の学院では、死神を育成するにあたって、娯楽要素も取り入れていた。修学旅行しかり、文化祭しかり。

浮竹のクラスの出し物は、コスプレ喫茶だった。

落ち武者の恰好をさせられたクラスメイトを、みんなが笑う。

京楽は巫女姫の恰好をさせられて、そのごつさと胸毛のこさに、みんなが笑った。

浮竹も、巫女姫の恰好をさせられていた。

中性的な容姿にはよく似合っていて、写真をとられまくっていた。

浮竹はそれを嫌がり、京楽の後ろに隠れた。

「浮竹ちゃん、かわいいー。もっとこっち向いて」

「浮竹、似合ってるぞ。そのまま、僕の嫁になるか?」

「浮竹君は、私のものよ!」

普段、浮竹を取り巻いている友人たちが、浮竹をかけて争っていた。

「ああもう、浮竹は僕の嫁だから。みんなにはあげない」

京楽がそう宣言すると、みんなどっと笑った。

「その胸毛の濃さで、落とすのね!」

「ああ、この胸毛で・・・って、なんで胸毛だけなのさ!」

「だって、京楽君の巫女姫姿・・・・ぷくくくく」

「あーっはっはっはっは」

みんな、京楽を取り巻いて笑っていた。

背後で縮こまっていた浮竹も、釣られて笑い出す。

「京楽、はっきり言って、似合ってない。女装は、なるべくしないほうがいいと思う」

「浮竹まで~」

笑いの渦で、浮竹も京楽も一時の幸せを噛みしめていた。

冗談で、浮竹は僕の嫁と言ったが、心の中では本心だった。できることなら、浮竹に想いを伝えて結婚したかった。

でも、浮竹も男だ。しかも長男。

いずれ、どこぞの者ともわからぬ女と結婚して、家庭を築くのだろう。

そう思うと、虚しさに心が空虚になる。

それは、浮竹も同じことだった。

京楽は、次男とはいえ上流貴族。いずれ、どこぞの姫君と見合いでもして、結婚するのだろう。

2人の思いは、すれ違う。

お互いを好きなのに、その想いを告げることなく、親友として院生時代を過ごす。



そんな生活の中、浮竹がこれまでにないほどの大きい発作をおこした。

ヒューヒューと、喉がなる。

血を吐くが、それが止まらない。

瞬歩をすでに会得していた京楽は、医務室に浮竹を連れて行ったが、処置のしようがないので、4番隊の隊長、卯ノ花烈を紹介された。

「浮竹、もう少しの辛抱だよ」

自分の服が、浮竹の吐く血で汚れるのを構わずに、瞬歩で学院を出て、4番隊の救護詰所にはじめて向かった。

「どうしたのですか」

初めて会う、卯ノ花は、優しそうな女性だった。

「僕の友人が血を吐いて倒れて!重症なんです、みてやってください!」

京楽の名を告げられて、上流貴族のあの京楽であると知った4番隊の者が、直接たまたま居合わせた隊長である卯の花に声をかけたのだ。

「そこに横にしてください。回道をかけます」

卯ノ花の腕は確かなもので、医務室にいた教師の回道などと、まるで親子のような差があった。

しばらくして、青白かった浮竹の顔に少しだけ赤みが戻ってくる。

「しばらく安静にする必要があります。院生ですね?山本総隊長を知っていますか」

「山じいは知ってます」

「この生徒の身柄を、いったん預かります。入院という形になるでしょう」

「助かりますか!?」

「ええ、私の名にかけて、助けてみせましょう」

卯ノ花は微笑んで、血まみれの京楽に、服を着替えるように促した。

「浮竹、頑張って・・・早く、元気になってね」


浮竹は、そのまま救護詰所に入院した。

集中治療室に連れていかれて、京楽はガラスごしに面会した。

天敵の管に繋がれて、酸素マスクをつけた浮竹は、生死の境をさまよったが、肺にミミハギ様を宿らせているせいか、死ぬということはなかった。

「この子は・・・・そう、霊王の、右腕を・・・・」

卯ノ花は、浮竹に回道をかけながら、京楽には分からないことをぶつぶつと呟いた。

霊王。

それは、この世界の始まり。

この世界の中心。

授業で習ったが、知識はあやふやすぎて、京楽にはちんぷんかんぷんだった。

山じいも、心配して見舞いにきてくれた。

「十四郎の容態はどうじゃ、春水」

「危機は脱したそうだよ。あとは、意識が回復するのを待つだけだって。もう、普通の病室に移れるそうだ」

「ふむ。十四郎は、ミミハギ様を宿らせているからの。死ぬようなことはないと思うが、万一ということもある」

「ねぇ、山じい。そのミミハギ様ってなんだい?」

「知らぬのか、春水。十四郎から、何も聞いておらぬのか」

「うん」

「十四郎はな、3歳の時に死にそうになって、当時にその土地の土着神であったミミハギ様を肺に宿すことで生還を果たしたのじゃ。そのミミハギ様という存在がまた厄介でのう・・・・」

霊王がどうのこうのと言われたが、京楽は理解できずにいた。

難しい話は、昔から苦手だった。

ただ、浮竹がその霊王となんらかの関わりがあることだけは、理解できた。


数日後、浮竹は意識を取り戻した。

「京楽?」

自分のベッドにつっぷして、眠っている京楽の黒髪に手をやる。

「ん・・・」

「京楽、ここは病院か?」

「浮竹!意識を取り戻したんだね。どう、具合は」

「ああ、もう大丈夫だと思う。血を吐いたところまでは覚えているんだが、京楽にすごく迷惑をかけたんだろうな。すまない。そして、ありがとう」

「いいんだよ。君が生きているだけで、僕は・・・・・」

僕は、君を好きだから。

君を愛しているから。

だから、助かってよかった。

「だから、助かってよかった・・・・・」

告げたい思いを胸にしまいこんで、京楽は卯ノ花を呼んだ。

念のためにもう一度回道をかけられて、それから数日で浮竹は退院となった。


「ああ、久しぶりの我が家・・・というわけじゃないが、寮の部屋か」

「君が入院していた間のノートは、みんなの分を借りてまとめておいたよ」

もう、昔のように授業をさぼる京楽の姿はなかった。

浮竹に散々さぼりを邪魔されて、また授業に真剣に取り組む浮竹に感化されて、京楽も真面目に授業を受けるようになっていた。

ただし、浮竹が倒れたりするとさぼった。

浮竹の病欠と、京楽のさぼりはリンクする。浮竹に怒られて、京楽だけで授業を受けることもあったが、中身は頭に入っていなかった。


2週間ぶりの登校だった。

浮竹の友人たちは、皆心配そうに、浮竹を取り囲んだ。

京楽は、笑顔の仮面をつけながら、心の中で僕の浮竹に気安く近づく、話しかけるなと叫んでいた。

「補習受けることになるんだろう?」

友人の一声に、苦々しく浮竹が答えた。

「ああ、出席日数が足りなくなる危険があるから」

「浮竹、また補習うけるの?」

京楽が、浮竹を自分の隣に誘導して、その翡翠の瞳を覗き込む。

「京楽も受けるか。俺が入院して休んで間、どうせお前もさぼっていたんだろう?」

「ご名答」

京楽は、浮竹と補習を受けることになった。

少しでも、浮竹と同じ空間にいたかった。

浮竹を閉じこめて、出してあげれなくしたいと、狂気に似た思いを募らせる。


必要な出席日数を、補習を受けることでカバーした。

出席日数が足りなくても、優秀な場合試験で免除される場合がある。

浮竹と京楽は、なんとか試験を受けることなくすんだ。

「もうすぐ冬休みだな。クリスマスは、どこかに行くのか?」

「ううん。寮で過ごす」

「そうか。二人きりでクリスマスパーティーしようか」

浮竹が冗談でそういうと、京楽は目を輝かせた。

「いいの!?年末は家族の元に帰らないの?」

長期休暇の時は、故郷に帰る生徒たちが多い。

「俺の家族は多いから、俺が帰ると余計な金がかかるから。あと3年してちゃんとした死神になってから、父上と母上に会おうと思っている」

浮竹は、父親と母親から時折文をもらい、近況を報告していた。

いつも、お金を仕送りしてあげれられなくて済まないと書かれていた。

一方の京楽は、父親にも母親にも会いたくなかった。放蕩三昧の挙句にいれられた統学院だ。期待もされていないし、邪魔なだけだと会ってさえくれないだろう。

「じゃあ、クリスマスパーティーをして、二人で元旦と新年を迎えて、年明けには初詣にいこう」

「いいね。すごくいいよ」

浮竹と二人でいられる。

幸せだった。


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私は孤独だった。

私は死神が嫌いだった。

けれど、私の右腕を宿らせた者は孤独ではなかった。

死神の匂いに満ちていた。

私はそれが嫌だった。

私を水晶に閉じ込めた、4大貴族に近い貴族の匂いがした。

私はそれがたまらなく不愉快だった。

けれど、私の器はそんなこと気にせずに、匂いの強い貴族と一緒に居ることを選んだ。

私は贄。私は楔。私は人柱。

そして、私は世界。


私が私でなくなっていく。もう、私の意識は消えかけていた。

「京楽」

私を宿し、霊王となった白い髪の美しい器は、鳶色の隻眼の男を抱きしめて、口づけていた。

「愛してる、春水。霊王であるけれど、お前を愛している」

「僕もだよ、十四郎。たとえ君が霊王であっても、僕の愛は変わらない」

私は消えていく。残滓を器に残して。

霊王であった私は、俺になった。

俺は贄。俺は楔。俺は人柱。けれど、前の霊王のように動けない不自由な暮らしではなかった。

自由だった。動き回れた。

霊王であるのに、その理(ことわり)を曲げて、愛しい男を月に一度、霊王宮に出迎える。

俺は霊王。

俺は、世界。

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