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夜に揺らめく

ハル。それが通り名。本当の名は浮竹十四郎。

遊女や色子が集まる花街で、桜花屋(おうかや)という名の、陰間茶屋で人気ナンバー1の色子であった。

長い白い髪に、花魁でも負けそうな容姿、洗練された仕草、まだあどけなさを残す年齢といい、桜花屋でも人気の色子たちを置いて、贔屓にされている色子であった。

ハルをよく買いにくるのは、なんと瀞霊廷で死神の隊長を務める京楽春水という名の、上流階級出身の貴族だった。

「十四郎、こっちを向いて」

「お前など、知らん。俺を十四郎と呼ぶな。ハルと呼べ」

浮竹は、ハルという源氏名をもっているので、自分のことを本名で呼ぶ、いつも自分を買いにくるこの京楽春水のことは、代金をたくさん支払ってくれるし、いろんな高価な贈りものをしてくれるので、嫌いではなかったが、ハルと呼んでくれないので、特別好きというわけでもなかった。

花街ので恋愛は御法度だ。

身請けされるならまだしも、そうでない者たちの間での恋愛は不幸しか呼ばない。

浮竹は、子供の頃体が弱く、親がたくさんの借金を背負い、ついに返しきれなくなって、両親は泣く泣く浮竹を売ったのだ。

浮竹は8人兄弟の長男で、色子で稼いだ金を仕送りしては、家族はどん底の貧乏からそれなりの裕福な暮らしができるようになっていた。

浮竹は、7人の弟や妹が学校に通えるように、金をもっと溜める必要があった。

学校に行くには金がかかる。

しかし、学校にいけば読み書きも計算もできるし、就職に有利になるので、どうしても7人の妹や弟たちを学校に通わせてやりたくて、借金を申し込んで、売れているのだが色子としての年季は10年と長かった。

「ねぇ、君を僕だけのものにするにはどうすればいいの」

「知らん。ここに通い続けて、俺を買い続ければいいだろう」

「お金かかるねぇ」

「上流貴族のお前には、はした金だろう」

「そうなんだけどさぁ。ねぇ、十四郎、こっちを向いて?」

「ハルと呼べと言えば何度分かるんだ。ん・・・・・・」

京楽は、浮竹に口づけて、押し倒す。

さっきまで睦みあっていたので、浮竹はまだ火の灯る体を悟られないように、京楽の口づけに応えながら、身を捩った。

「ねぇ、してもいい?」

「さっき散々抱いただろう」

「でも、君は僕のものだって証を刻みたい。ねぇ、僕以外の客をとらないでよ」

「無理なことを言うな。俺は色子だ。客がくれば体を売る。それが仕事だ。それとも、俺を身請けでもしてくれるのか?」

「身請け、したいんだけどねぇ。金額がけっこうあって・・・親に金を貸してもらわないと足りなさそうで・・・親は、色子を身請けしたいと言ったら、切れてね」

「まぁ、普通そうだろうな」

普通の親は、花街の花魁を身請けするのでさえ嫌う。

遊女も同じで、まして色子など論外であろう。

子を産んでくれるわけでもない、ただの厄介者としか、客の親には映らないはずだ。

まだ、遊女なら子を産んでくれるからと、仕方なしに納得する親もいるだろうが。

それにしても、京楽が20代後半くらいとはいえ、親の援助がないと身請けできないという事実を知って、浮竹は少し落胆した。

京楽なら、身請けしてくれるかもしれないと、心の何処かで思っていたのだ。

ただ、花街でも人気ナンバー1と言われる浮竹の身請けには、本当に膨大な金が必要で、上流貴族であろうとも、そうほいほいと出せる金額ではないのは確かである。

桜花屋の主は、金にがめつく、色子の浮竹が稼げるだけ稼ぐのを望んでいて、身請け話が出る度に金額を釣り上げていた。

「ねぇ、春水って呼んで」

「春水」

「ねぇ、愛してるって言って」

「愛してる」

「はぁ。どれも、感情がこもってない。ねぇ、僕のこと嫌いなの?」

「好きでも嫌いでもない。ただの上客だと思っている」

浮竹がそう言うと、京楽は哀しそうな顔で、浮竹を見る。

「僕は、こんなにも君のことが好きなのに」

「色子を好きになるなんてやめとけ。火遊び程度にしておけ」

「でも、僕は必ず君を身請けするよ?」

「期待しないで、待っている」

その日を境に、京楽が浮竹のところに、浮竹を買いにくることがなくなった。




「京楽・・・何をしているんだろう」

いなくなってしまえば寂しいもので、やっと己が京楽に恋心を抱いていたのに気づく。

浮竹は、他の客をとりながら、もう京楽のことは忘れようと何度も考えた。

チリン。

鈴の音がする。

京楽にもらった、翡翠の鈴のついた簪の音だ。

「こんなもの・・・・・」

投げ捨てようとして、ポロリと涙がこぼれた。

「京楽・・・会いたい・・・・・・」

浮竹の上客の中でも、京楽は特別優しくて、浮竹を甘やかしていた。

「京楽・・・・今頃、結婚してるかもな」

上流貴族だ。見合いでもして、同じ上流貴族の姫君と婚姻しているかもしれない。

浮竹は、京楽のことを忘れることにした。

でも、忘れようとすればするほど、想いは募り、恋しくなる。

「京楽・・・・俺を、買いにこい・・・・・」

また、ポロリと涙がにじんだ。



「待たせたね、十四郎」

「きょうら・・・く?」

半年も会いにこなかった愛しい相手は、少しやつれた様子で姿を現した。

「半年、金策に手こずったけど、君を身請けできる金額ができた。君を、名実共に僕だけのものにするよ」

「京楽!」

浮竹は、京楽に抱き着いた。

「寂しかったんだからな!」

「ごめんね。この半年、君が他の客に何度抱かれているだろうと思うだけで、身が焦げそうな想いだった。でも、それも今日で終わりだよ。ハル」

「ハルって呼ばなくていい。今まで通り、十四郎でいい」

「十四郎・・・・会いたかった」

「俺も、会いたかった・・・・・」

そのまま、もつれあいなながら、どちらともなしにキスを繰り返した。

「ああ!」

京楽は、浮竹を何度も抱いてきているので、浮竹のいいところは知り尽くしていた。

「んあっ」

着物を脱がされて、直接浮竹のものを舌で愛撫する京楽は、飢えた獣みたいであった。

「ごめん、久しぶりで手加減できないかも」

「いいから・・・・早く、こい」

色子として、体を開くのは慣れていたが、相手が京楽というだけで、少し緊張した。

「あああああ!!!」

貫かれて、久しぶりに感じる京楽の少し暴力的な熱に、うなされそうになる。

「あ、あ、あ!」

揺さぶられて、突き上げられて、浮竹は涙を流した。

「あ、好き・・・・京楽」

「僕も大好きだよ、十四郎」

交じりあいながら、愛を囁く。

「あああ!!!」

最奥までゴリゴリと侵入してきた京楽の熱は、大量の精液を吐き出した。

「ご無沙汰だったから・・・・ごめんね、手加減できない」

「いい。もっと抱け。もっと、俺を京楽のもので満たしてくれ」

「言うねぇ」

京楽は、手加減なしで浮竹を何度も抱いた。

色子として体を売るのは慣れているとはいえ、京楽は回数が多いので、浮竹は最後には意識を飛ばしていた。



「あ・・・俺は?」

「ごめん、僕が抱きつぶした」

「そうか」

浮竹は、京楽の腕の中で微睡むようにまた眠る。

「夢なら・・・・覚めないでくれ・・・・・」

「十四郎・・・・」

次に浮竹が起きると、真新しい上等な着物を着ていた。

京楽の姿がなくて、昨日の夜のことは夢だったのだろうかと、京楽の姿を探す。

「京楽?京楽?いないのか?」

「あ、起きた?ごめんごめん、君を身請けしたから、荷物とかまとめてたんだよ」

「本当に、俺を身請けしてくれるのか?」

浮竹は、京楽に抱き寄せられる。

「この半年、君を身請けするためだけに翻弄した。君が僕以外の客をとっているのは知っていたし、止めることはできなかったけど、もう体を売る必要はないよ。僕だけを見て、僕だけのものになればいい」

「あ・・・・・・」

舌がからまるキスをされて、浮竹は涙を零す。

「この半年、寂しかった」

「ごめんね」

「でも、もう俺はお前のものなんだな。嬉しい」

「じゃあ、馬車を手配しておいたから、まとめた荷物と一緒に、僕の館に帰ろう。そこが、今日から君の家だよ」

「俺の家・・・・・・」

浮竹は、まだ昨日の熱が覚めないのか、少しぼんやりとしていた。

「どうしたの?」

「その、昨日が激しくて、腰が・・・・・」

「うわ、ごめんね。僕が抱えるから」

京楽は、浮竹をお姫様抱っこすると、馬車まで運んでくれた。

花街ナンバー1の色子が身請けされると知って、いろんな遊女や色子、客たちが見ていた。

「京楽、みんなが見ている」

「いいじゃない。君は僕のものだ。もう、僕以外に触らせない」

「京楽・・・・・」

浮竹は、京楽の首に手を回す。

「ねぇ、京楽じゃなくって、春水って呼んで?」

「春水・・・・・」

「今日から、僕のことは春水って呼んでね、ハル」

「こんな時だけ、通り名で呼ぶなんて意地悪だ」

「ふふふ・・・・・・」

京楽は悪戯気に笑う。

浮竹は、京楽の腕の中で幸せそうに微笑んだ。


「春水、愛してる」

「僕も愛してるよ、十四郎」



身請けされた浮竹は、京楽と末永く幸せに暮らしたそうな。

夜に揺らめく、色子はもういない。

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