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忘れる記憶

それは、大型虚との対戦で負った後遺症だった。

浮竹は、1日、1日と記憶を失う。

全ての記憶を失うわけではない。死神統学院時代の記憶で、目覚めるのだ。

4番隊でなんとしても回復をと、何度も回道を受けた。外科的な手術も施された。

けれど、浮竹はその日の記憶を明日にまでもちこさない。

学院時代の記憶にスリップしてしまうのだ。

毎日目覚めると、何故自分は隊長羽織を着ているのかと、周囲にもらす。

そんな浮竹を、京楽は悲しい気持ちを抱えながらも世話を焼いた。

学院時代から付き合っていたので、その付き合っていたという記憶は浮竹にはある。

でも、育んできた愛は忘れ去られていた。

「お前は・・・・京楽なのか?」

朝会ってはじめて交わされる言葉は決まっていた。

「そうだよ」

「お前が本物の京楽・・・・なぁ、京楽、なんで俺は・・・・・・」

もう何十回と繰り返されてきた言葉。

「なんで、俺は隊長羽織を着ているんだ?なぜこんなに髪が長いんだ。学院は?」

「浮竹、君はね、記憶する場所に問題があってね、1日、1日の記憶を忘れてしまうんだ。今日教えても、きっと明日には忘れてる。でも何度でも教えるよ。君は僕と一緒に学院を卒業して、君は13番隊の隊長になったんだ。僕は8番隊の隊長にね」

「隊長・・・・」

浮竹は、実感がわかないようで、でも鏡を見てびっくりしていた。

「年をとってる・・・・・」

「そうだよ。君の記憶は400年分は吹き飛んでしまっているから」

「400年・・・・その間、俺は京楽を愛していたか?」

京楽は、寂しそうに笑った。

「うん。君がこうなる前は、おしどり夫婦だったよ」

「そうか」

何故か安堵したように、浮竹は微笑んだ。

「俺は京楽のことをずっと好きでいられたんだな。この記憶が明日になくなっているとしても、お前に言いたい。愛している」

「うん・・・・・」

触れるだけのキスを何度か交わして、離れた。

浮竹を抱きしめると、浮竹でなく京楽が涙をこぼした。

「こんなに好きなのに、こんなに愛しているのに・・・・君は、明日にはまたその全てを忘れてしまうんだね」

「京楽、俺は元に戻りたい。治療方法はないのか?」

「今のところ、ないんだよ・・・・・」

「そうか。すまない・・・・」

また抱きしめあった。

お互いの体温が暖かかった。

京楽は浮竹に教えながら、一緒に書類仕事をした。

浮竹は400年分の記憶がぬけているが、なぜか仕事に関してはあまり忘れていなかった。

その日は、一緒に仕事をして甘味屋にいって、風呂に入って雨乾堂で布団を二組しいて寝た。

浮竹が記憶障害になってから、京楽は色事めいたことは一切しなかった。

「眠るのが怖い・・・・・明日になったら、今日のことを忘れているんだろう?」

「大丈夫。また、僕がいろいろ教えるから」

「そうか」

そうして、浮竹はすっと眠りにつく。



「お前は・・・・・京楽なのか?随分老けているが。ここは学院ではないのか?」

朝起きると、浮竹は首を傾げていた。

「ここはね、雨乾堂。君のために建てられた場所だよ」

「俺のために?」

「君は、記憶障害を負って、1日1日の記憶を忘れてしまうんだ。そして400年分の記憶もすっぽりと抜けている」

「おれは・・・・この羽織は隊長羽織。隊長なのか?」

「そうだよ。君は13番隊の隊長で僕は8番隊の隊長。学院を卒業して死神になって、二人で一緒に隊長まで昇りつめたんだ」

「俺は何故、記憶障害に?」

「虚退治の後遺症。海馬に傷を負ったらしいんだけど、手を尽くしても治らないんだ」

「そうか。じゃあ、俺は昨日も今日のようなことを言っていたのか?」

「そうだね。毎日同じようなやりとりをしてるね」

「京楽は・・・・平気なのか?俺は学院時代のお前しか知らない。400年分きっと、お前と歩んできた記憶がない」

「平気じゃないよ。でも、悲嘆にくれても何もならないじゃない。だから、なるべく明るくいこうと決めているんだよ」

「京楽・・・・お前は、まだ俺のことが好きか?」

「うん、好きだよ」

「俺もお前が好きだ」

振れるだけのキスを、毎日交わす。

その日も、浮竹は今日のことを忘れて眠ってしまった。

その次の日。

「ここは・・・・お前は、京楽なのか?俺は何故こんな場所にいるんだ。これは隊長羽織・・・・どうして・・・・・」

毎日続く、同じようなやりとり。

ある日、京楽は涙を流して浮竹を思い切り抱きしめた。

「京楽?」

「400年分の思いを君に刻み付けたい。今日のことを忘れないでくれと言いたいよ」

「俺も、思い出しだしたい。忘れたくない・・・・・・」

でも、現実は非情だ。

次の日には、また浮竹は京楽と過ごした1日を忘れてしまっていた。



「んー冷たい」

浮竹が1日1日の記憶を忘れるようになって半年。

その日は猛暑で、浮竹のために京楽はかき氷を作ってあげた。

イチゴ味にシロップをつけたかき氷を口にして、冷たいと言いながら、スプーンで中身を口にする。

「京楽も、食べてみろ」

「うん」

京楽はブルーハワイのシロップをかけたものを食べだした。

「明日には、今日かき氷を食べたことも忘れるんだろうな」

「でも、僕の記憶には残るから。例え君の記憶に残らないとしても、君の分まで記憶に残すから・・・・・・・」

もう、涙は零れなかった。

1日の記憶を毎日忘れてしまう浮竹であるが、京楽と過ごす日々は穏やかだった。

「そうそう、この前朝顔の種をまいたんだ。そろそろ芽が出てくるころじゃないかな」

「そうなのか」

そして、ふと浮竹は思いついた。

「そういえば、仕事の隅に朝顔の種をまいたと書いてあった。そうか、忘れるならその日あったことを文章にして、明日の俺につなげればいいんだ!」

「浮竹?」

「京楽、今日あったことを日記に書く。その日記を明日の俺にも、明後日の俺にも書くように言ってくれ。1日何をしたのか。記憶に残らなくても、文章でその日したことを感じられる」

「それ、いいね。今日から、日記をつけよう。僕もつけるよ」

こうして、1日1日を忘れていく浮竹は、日記を書き始めた。

それを読んで、浮竹はそんなことがあったのかと、毎日読むのが日課になった。

「そうか・・・昨日は、こんなことをしたのか」

浮竹は、淡い笑顔を浮かべるようになっていた。

京楽も、微笑みを浮かべる。

「もう朝顔が満開だね。押し花をつくってみるのはどうだろう。それをうちわに仕込んでみるとか」

「おもしろそうだな」

二人して、乾燥を早くさせる方法をとって押し花をつくり、二対のうちわを作った。

「明日の君に、これを渡すよ。だから、明日もまた僕と出会おう」

「京楽・・・・好きだ」

「うん。知ってる。ずっとずっと、僕も好きだから」



「お前は・・・・京楽?俺はどうして・・・・ここは・・・・・・学院は?」

浮竹は記憶を1日1日忘れていく。

それでも、歩き続ける。

浮竹が生きている限り、治療の可能性を模索しながら。

どんなに忘れられても、京楽は諦めない。例え今日を忘れられても、また明日がある。明日を忘れられても、次の日がある。

400年分の思いを胸に、浮竹と歩いていくのだ。










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