桜のあやかしと共に36
凍えるほどに寒い。
季節は春なのに、そこだけ冬。
冬の王である椿の王、日番谷冬獅郎は、氷でできた城に、氷の玉座に一人で座っていた。
身の回りの世話をするのは、氷でできたただの人形たち。
あとは、氷の精霊たちがたまに冬獅郎の元を訪れる。
「椿の王。桜の王が、謁見したいと」
「春の王の桜の王が?冬の譲渡は終わっただろう」
「それが、長老神のことについてと」
氷の精霊は、冬獅郎が氷で作った花から生まれた。
「話すことは何もない。帰ってもらえ」
「はい」
氷の精霊は、浮竹と京楽に帰るように促したが、浮竹は門前祓いする冬獅郎の態度にカチンときて、勝手に氷の城に入っていく。
「ちょっと、十四郎、無理やりはまずいんじゃないの」
「椿の王は、3千年も生きているのに、見かけも中身も、子供だ。中身は大人びてはいるがな」
氷の玉座に、冬獅郎はいた。
「椿の王」
「誰だ」
「桜の王だ」
「桜の王?帰れと伝えておいたはずだぞ」
「門前払いはないだろう。少し話をしないか」
「きたれ、氷の精霊たち。こいつらをつまみ出せ」
現れた氷の精霊たちは、浮竹と京楽をもちあげて、窓から放り投げた。
「同じ王に対して、随分な真似をしてくれるな」
桜でできた翼をはためかせて、浮竹は京楽を抱えて、窓から氷の城にまた入ってきた。
「しつこい大人は、嫌われるぞ」
「いつまでも子供のままのじじくさいガキも嫌われるぞ」
「やるつもりか?」
「そっちがその気なら」
冬獅郎の言葉に、受けて立つと浮竹が。
「ちょっと、二人ともケンカしないで。王同士なのに、レベルが低いよ」
京楽のもっともな言葉に、浮竹がまず非礼をわびた。
「いきなりですまない。長老神の藍染が動きだした。こちらに被害はないか」
「被害など、何もない。ここにあるのは俺と氷だけ。他の冬の花の精霊たちは、氷輪丸が見て、接している」
氷輪丸とは、元々冬獅郎のもっていた日本刀であった。
妖力を帯びていて、人の形になれる上に、冬獅郎のように冷たくなく、冬の花のあやかしである精霊たちに人気であった。
いっそ、冬の王になればいいと言われるほどに。
「俺は孤独だ。俺は一人だ。長老神が手を出すとしたら、氷輪丸のほうだろう。だが、氷輪丸の元には、俺が強い結界をはってある。たとえ長老神でも、やすやすと手は出せないだろう」
「そうか。長老神は、春の王である俺と、秋の王である卯ノ花に、手を出してきた。そして、夏の王である朝顔の王市丸ギンは、長老神‥‥藍染の下についている」
「市丸が?」
「ああ、そうだ」
浮竹と京楽は、立ち話もなんだからと、氷の椅子と机を冬獅郎が作りだす。
はじめは冷たいだろうと避けていたが、温かくて、そのまま氷の椅子に座って話をしていると、氷の人形が暖かな蜂蜜の入った紅茶をもってきた。
「他にあやかしはいないのか?」
「たまに用があってくる氷の花のあやかしと、氷輪丸くらいだ。後は誰も会いにこない」
「さみしくないの?」
京楽が聞くが、冬獅郎は冷めた目で氷の玉座を見た。
「氷の王は、死と終わりを司る。春の王の生と始まりと正反対の。だから、誰もよってこない。冬の花のあやかしたちの面倒は、俺の刀でもある氷輪丸が見ている」
「じゃあ、俺と友達になろう」
「はぁ?」
浮竹のいきなりの提案に、冬獅郎が素っ頓狂な声を出す。
「桜の王である俺と友達になれば、春の花のあやかしとも仲良くなれるぞ」
「別に、そんなの‥‥‥」
「じゃあ、今日から俺と冬獅郎は、友達な。こっちの京楽も、友達だ」
「はぁ。勝手にしてくれ」
浮竹と京楽は、それから冬獅郎の氷の城を度々訪れるようになった。
はじめは氷の人形のようだった冬獅郎も、喜怒哀楽を現して、凍てついているはずの氷の城は、春の温かさに満ちていた。
一人、また一人と、冬の花の精霊たちが冬獅郎の元を訪れて、冬獅郎の好きな甘納豆やら、お菓子やらをもってくる。
「浮竹、お前のせいだぞ」
「何がだ?」
「凍てついていた俺の氷の城と心を溶かしていった」
「それは何よりだ」
浮竹が無邪気に笑う。冬獅郎は、赤くなってうつむいた。
「まぁ、悪くはない。お前と、友になったことは」
「ボクは?」
京楽は一人置いて行かれたかんじで、寂しそうにしていた。
「お前は、浮竹のパートナー。俺にとって、それ以下でもそれ以上でもない」
「そんなぁ。ボク、これでも冬獅郎くんの友達のつもりなのに」
「ど、どうしてもというなら、友達になってやってもいい」
甘納豆をお土産にもってきた京楽を見て、冬獅郎はそう言った。
「全く、3千年も生きてるそうだけど、お子様だねぇ」
「俺を子供扱いするんじゃねぇ!」
ぱぁぁぁと氷の花が咲き、それは京楽を凍てつかせせようとする。
京楽は、冬獅郎に近づいてデコピンした。
「な!」
「友達に、攻撃は厳禁だよ」
「‥‥分かった」
「じゃあ、この甘納豆あげるね」
「今、蜂蜜入りの紅茶を出す。氷の人形たちにクッキーを作らせたから、お茶していけ」
冬獅郎は、この前作った氷の机と椅子を使うように指示した。
「椿の王は、かわいいなぁ」
浮竹の言葉に、冬獅郎は反論する。
「かわいいのは、お前のほうだ」
「そうか?」
「うん、ボクには二人ともそれぞれ違ったかわいさがあると思うよ」
「京楽、甘納豆早くよこせ」
「ほら、こんなとことかかわいいでしょ?」
「確かにかわいいな」
かわいいかわいいと言われて、冬獅郎は赤くなる。
前は怒って氷の花を出して刃になったが、今は氷でできた薔薇を咲かせる。氷の薔薇は、始まりでもある浮竹の妖力に反応して、あやかしとなって命を与えられて、氷の人形たちの中に、感情のあるメイドとして混じった。
今では、冬獅郎の世話をする者の7割が、氷の精霊であった。
「浮竹、お前がいてくれたおかげで、俺は嫌いだった冬が少し好きになりそうだ。春のお前が友になってくれたおかげで、俺の周囲も賑やかになってきた。もう、氷輪丸だけに冬のあやかしの相手をさせない。俺も責任をもって接しよう」
「俺のほうこそ、友人になってくれてありがとう、冬獅郎」
「ボクもボクも」
「京楽、お前の存在はどうでもいい」
「酷い!」
冬獅郎は、くすくすとあどけない顔で笑う。3千年を生きているが、まだまだ子供だった。
「春がくるには冬が必要だ。冬は命を芽吹く準備の季節だ。死と終わりだけの世界じゃない」
「ああ」
冬獅郎は頷いて、氷のメイドがもってきてくれた蜂蜜入りの紅茶を飲み、クッキーと、京楽からもらった甘納豆を食べる。
「冬獅郎、今度はお前が俺と京楽の家に遊びにきてくれ。弟がいるんだ。紹介したい」
「俺なんかが、遊びにいっていいのか?」
「ああ、大歓迎だ」
「でも、この氷の城を抜け出したら‥‥‥」
「大丈夫だ。もう、冬獅郎は一人じゃない」
「そうだな。明日、お前たちの家とやらに、遊びに行く」
そこで、妖狐の浮竹と夜刀神の京楽と会うのだが、それはまた別のお話である。
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