桜のあやかしと共に70
「あなただけを、ただ愛しています」
「いくな、花嵐(カラン)!!」
「今度生まれかわったら、また桜の花鬼になって、あなたと家族に‥‥」
そこで、浮竹ははっと起きた。
泣いていた。
「花嵐‥‥‥俺が、初めて心を許した桜の花鬼」
桜の花鬼はたくさんいるが、浮竹の硬い心を溶かしたのは花嵐という名の女性の花鬼だった。
今から2千年前にもなる、遠い遠い昔の出来事だった。
桜鬼と恐れられていた浮竹は、同胞でもある桜の花鬼さえ、自分の養分とした。
そんな時に現れたのが、花嵐だった。
「同胞を食らうなら、まず私から食べてください」
「愚かな。自分から、命を差し出すというのか」
「それで、あなたの心に少しでも安らぎが訪れるなら。愛しています、桜の王」
桜鬼と呼ばれてばかりで、久方ぶりに桜の王と呼ばれた。
それに気を良くした浮竹は、花嵐という名の桜の花鬼の同胞を食わず、身の回りの世話をする侍女に選んだ。
桜鬼でありながら、桜の王であった浮竹の寵愛を得ようと、他の花鬼たちはこびへつらったり、もしくは畏怖の対象として遠巻きに見るかの二択しかなかった。
寵愛を得ようという者も、絶対どこかで浮竹のことを畏怖していた。
怖い。でも、桜の王の寵愛を受ければ、長く生きられる。
そんな周囲の花鬼たちに嫌気がさして、眠りについたり、人間に混ざって生きたりもした。
でも、花嵐はいつも一緒だった。
浮竹のことを好きだというわけでもなく、ただ自然に隣にいた。知人として愛してくれた。
浮竹にとって、それは新鮮であり、他者の命を食らうのがどれほどだめなことなのか、いつの間にか痛感してしまった。
もしも、花嵐を食ってしまえば、浮竹は悲しみで泣くだろう。
今まで食ってきたあやかしや人間にも、愛する者や愛される者がいたに違いない。
花嵐と出会って10年目。
浮竹は、桜鬼であることを止めた。
他のあやかしや人間を食べるのをやめて、人が口にするもので栄養をとるようになっていた。それは花嵐の真似であった。
「あなたは桜の王。桜鬼である前に、桜の王なのです。そのことをよく理解して、行動してください。人やあやかしを食わなくなったら、いつか必ずあなたは桜鬼と呼ばれなくなる。それが、私の願いです」
「随分と、優しいことを言う。俺の寵愛がほしいのか?]
「いいえ。そんなもの、いりません。ただ、桜の王である浮竹様、あなたのことをちゃんと理解したい」
「他者が他者を理解するなんてできない」
「そうかもしれません。でも、少しは分かると思いますよ?」
花嵐は、桜色の髪に瞳をした、桜の花鬼の中でも高レベルの存在であった。
食らえば、数年は他に食わずと済むが、浮竹が花嵐を食うことはなかった。
少しずつ、氷が解けていくように、浮竹の心が雪解け水になっていく。
浮竹は、他者の痛みというものを知った。
花嵐を失うと考えると、悲しさで満たされる。
「お前は、ずっと俺の傍にいろ」
愛しているとはまた違った感情だった。
大切な友人のような関係であったと思う。
花嵐は、浮竹の世話をよくしてくれた。料理も、彼女から教わり、桜の術の使い方の詳細も彼女から教わった。
花嵐なくして、今の浮竹はいない。
そんな存在だった。
ある日、長老神と自称する若い男に花嵐は連れ去られ、辱められて、嬲られて、花嵐は自ら命を絶とうとしていた。
「藍染の子なんて産みたくないのです。ああ、桜の王、泣かないで」
「やめろ、花嵐。俺を置いていくな」
「愛していました。これは本当。姉にのようにですが」
「花嵐!」
「ふふふ。次に生まれ変わったら、あなたの傍にまたいたい。桜の花鬼として命をまた受けて、あなたと本当の家族になりたい」
なぜ、忘れていたのだろうか。
浮竹は、ただ涙して花嵐の最期の言葉を思い出す。
「白哉と。そう名付けてください。もしも私が生まれ変わってあなたの家族になったときは。きっと男性でしょう。未来予知の禁忌の術を使いました。私は、これから1800年もの後に、あなたの弟として生を受けるでしょう。名は白哉と。苗字は好きにつけてくださってかまいません、浮竹十四郎様。私の最愛の人」
「花嵐!!」
そこで、記憶はぷつりと途切れる。
花嵐が、最期の術で、自分に関する記憶を浮竹から消し去ったのだ。
そして、1800年の時が流れた。
「桜の大樹の傍に、小さな命がある。株分けした桜に宿るようにしてやろう」
浮竹は、その赤子を見た時、なぜか白哉と名付けていた。
「苗字は‥‥そうだな、朽ちない木とかいて、朽木白哉。それが、今日からお前の名だ。お前は、俺のたった一人の家族であり、弟だ」
本体である桜の大樹に穢れをまかれ、浄化された際にふとぼんやりと思い出した。
鮮明に記憶が蘇ったのは、今日の夢を見たからだった。
「白哉!!!!」
「んー。どうしたのだ、浮竹、こんな朝から‥‥」
「お前は、花嵐の生まれ変わりだったのだな。俺の弟として生まれてきてくれて、ありがとう」
ゆらりと、白哉の中から何かが滲み出てくる。
「やっと、気づいてくれたのですね、桜の王。200年我慢してました。もう、これで私もやっと眠れる。どうか、私を、白哉を、かわいがってくださいね」
「いくな、花嵐」
「だめですよ。私は死者です。いつまでも生者の中にいられない」
「ありがとう、花嵐。白哉になってくれて。俺は、これからも弟の白哉を愛する。家族として、古き知人として」
「ふ‥‥‥そういうことか。どうりで、私がいきなり桜の王である浮竹の弟として生まれてきたわけだ。そうか、私にも前世があったのだな」
「白哉、愛しているぞ。花嵐としてではなく、ちゃんと白哉として、俺の弟として」
「ふふ、くすぐったいな」
浮竹は、実の弟である白哉を抱きしめた。
「ああ、十四郎が浮気して!しかも白哉くんと!」
起きてきた京楽が、二人を見て引きはがそうとする。
「花嵐は、いってしまったか」
「どうやら、そのようだ。昔から、私の中に何か異物があると感じていたのだ。花嵐という、桜の上級花鬼の魂だったのだな」
「そうみたいだな」
「どういうこと?」
全然分からない京楽に説明もなしで、浮竹は黒い絹のような白哉の黒髪を手ですいて、頭を撫でる。
「子供ではないのだが」
「俺にとっては、まだまだ子供だ。200歳なんて、まだまだ子供さ」
「10時に、恋次とあやかし退治に行くことになっているのだが」
「恋次!俺の白哉を横取りしおってえええ」
その場に恋次がいたら、呪いそうな勢いだった。
「まぁ、うまくいっているならいい」
「あの、ボクには何が何だがさっぱりなんだけど」
「そのうち、話してやるさ。多分、そのうち、気が向いたら」
「絶対話す気ないでしょ」
浮竹は、笑ってキッチンで朝食を作り始める。白哉は、その手伝いをする。
「ボクだけ除け者はないよおおおお」
京楽の情けない声が、いつまでもこだまするのであった。
「いくな、花嵐(カラン)!!」
「今度生まれかわったら、また桜の花鬼になって、あなたと家族に‥‥」
そこで、浮竹ははっと起きた。
泣いていた。
「花嵐‥‥‥俺が、初めて心を許した桜の花鬼」
桜の花鬼はたくさんいるが、浮竹の硬い心を溶かしたのは花嵐という名の女性の花鬼だった。
今から2千年前にもなる、遠い遠い昔の出来事だった。
桜鬼と恐れられていた浮竹は、同胞でもある桜の花鬼さえ、自分の養分とした。
そんな時に現れたのが、花嵐だった。
「同胞を食らうなら、まず私から食べてください」
「愚かな。自分から、命を差し出すというのか」
「それで、あなたの心に少しでも安らぎが訪れるなら。愛しています、桜の王」
桜鬼と呼ばれてばかりで、久方ぶりに桜の王と呼ばれた。
それに気を良くした浮竹は、花嵐という名の桜の花鬼の同胞を食わず、身の回りの世話をする侍女に選んだ。
桜鬼でありながら、桜の王であった浮竹の寵愛を得ようと、他の花鬼たちはこびへつらったり、もしくは畏怖の対象として遠巻きに見るかの二択しかなかった。
寵愛を得ようという者も、絶対どこかで浮竹のことを畏怖していた。
怖い。でも、桜の王の寵愛を受ければ、長く生きられる。
そんな周囲の花鬼たちに嫌気がさして、眠りについたり、人間に混ざって生きたりもした。
でも、花嵐はいつも一緒だった。
浮竹のことを好きだというわけでもなく、ただ自然に隣にいた。知人として愛してくれた。
浮竹にとって、それは新鮮であり、他者の命を食らうのがどれほどだめなことなのか、いつの間にか痛感してしまった。
もしも、花嵐を食ってしまえば、浮竹は悲しみで泣くだろう。
今まで食ってきたあやかしや人間にも、愛する者や愛される者がいたに違いない。
花嵐と出会って10年目。
浮竹は、桜鬼であることを止めた。
他のあやかしや人間を食べるのをやめて、人が口にするもので栄養をとるようになっていた。それは花嵐の真似であった。
「あなたは桜の王。桜鬼である前に、桜の王なのです。そのことをよく理解して、行動してください。人やあやかしを食わなくなったら、いつか必ずあなたは桜鬼と呼ばれなくなる。それが、私の願いです」
「随分と、優しいことを言う。俺の寵愛がほしいのか?]
「いいえ。そんなもの、いりません。ただ、桜の王である浮竹様、あなたのことをちゃんと理解したい」
「他者が他者を理解するなんてできない」
「そうかもしれません。でも、少しは分かると思いますよ?」
花嵐は、桜色の髪に瞳をした、桜の花鬼の中でも高レベルの存在であった。
食らえば、数年は他に食わずと済むが、浮竹が花嵐を食うことはなかった。
少しずつ、氷が解けていくように、浮竹の心が雪解け水になっていく。
浮竹は、他者の痛みというものを知った。
花嵐を失うと考えると、悲しさで満たされる。
「お前は、ずっと俺の傍にいろ」
愛しているとはまた違った感情だった。
大切な友人のような関係であったと思う。
花嵐は、浮竹の世話をよくしてくれた。料理も、彼女から教わり、桜の術の使い方の詳細も彼女から教わった。
花嵐なくして、今の浮竹はいない。
そんな存在だった。
ある日、長老神と自称する若い男に花嵐は連れ去られ、辱められて、嬲られて、花嵐は自ら命を絶とうとしていた。
「藍染の子なんて産みたくないのです。ああ、桜の王、泣かないで」
「やめろ、花嵐。俺を置いていくな」
「愛していました。これは本当。姉にのようにですが」
「花嵐!」
「ふふふ。次に生まれ変わったら、あなたの傍にまたいたい。桜の花鬼として命をまた受けて、あなたと本当の家族になりたい」
なぜ、忘れていたのだろうか。
浮竹は、ただ涙して花嵐の最期の言葉を思い出す。
「白哉と。そう名付けてください。もしも私が生まれ変わってあなたの家族になったときは。きっと男性でしょう。未来予知の禁忌の術を使いました。私は、これから1800年もの後に、あなたの弟として生を受けるでしょう。名は白哉と。苗字は好きにつけてくださってかまいません、浮竹十四郎様。私の最愛の人」
「花嵐!!」
そこで、記憶はぷつりと途切れる。
花嵐が、最期の術で、自分に関する記憶を浮竹から消し去ったのだ。
そして、1800年の時が流れた。
「桜の大樹の傍に、小さな命がある。株分けした桜に宿るようにしてやろう」
浮竹は、その赤子を見た時、なぜか白哉と名付けていた。
「苗字は‥‥そうだな、朽ちない木とかいて、朽木白哉。それが、今日からお前の名だ。お前は、俺のたった一人の家族であり、弟だ」
本体である桜の大樹に穢れをまかれ、浄化された際にふとぼんやりと思い出した。
鮮明に記憶が蘇ったのは、今日の夢を見たからだった。
「白哉!!!!」
「んー。どうしたのだ、浮竹、こんな朝から‥‥」
「お前は、花嵐の生まれ変わりだったのだな。俺の弟として生まれてきてくれて、ありがとう」
ゆらりと、白哉の中から何かが滲み出てくる。
「やっと、気づいてくれたのですね、桜の王。200年我慢してました。もう、これで私もやっと眠れる。どうか、私を、白哉を、かわいがってくださいね」
「いくな、花嵐」
「だめですよ。私は死者です。いつまでも生者の中にいられない」
「ありがとう、花嵐。白哉になってくれて。俺は、これからも弟の白哉を愛する。家族として、古き知人として」
「ふ‥‥‥そういうことか。どうりで、私がいきなり桜の王である浮竹の弟として生まれてきたわけだ。そうか、私にも前世があったのだな」
「白哉、愛しているぞ。花嵐としてではなく、ちゃんと白哉として、俺の弟として」
「ふふ、くすぐったいな」
浮竹は、実の弟である白哉を抱きしめた。
「ああ、十四郎が浮気して!しかも白哉くんと!」
起きてきた京楽が、二人を見て引きはがそうとする。
「花嵐は、いってしまったか」
「どうやら、そのようだ。昔から、私の中に何か異物があると感じていたのだ。花嵐という、桜の上級花鬼の魂だったのだな」
「そうみたいだな」
「どういうこと?」
全然分からない京楽に説明もなしで、浮竹は黒い絹のような白哉の黒髪を手ですいて、頭を撫でる。
「子供ではないのだが」
「俺にとっては、まだまだ子供だ。200歳なんて、まだまだ子供さ」
「10時に、恋次とあやかし退治に行くことになっているのだが」
「恋次!俺の白哉を横取りしおってえええ」
その場に恋次がいたら、呪いそうな勢いだった。
「まぁ、うまくいっているならいい」
「あの、ボクには何が何だがさっぱりなんだけど」
「そのうち、話してやるさ。多分、そのうち、気が向いたら」
「絶対話す気ないでしょ」
浮竹は、笑ってキッチンで朝食を作り始める。白哉は、その手伝いをする。
「ボクだけ除け者はないよおおおお」
京楽の情けない声が、いつまでもこだまするのであった。
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