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祓い屋京浮シリーズ11

花鬼(かき)

それは花の精であり、花の化身であり、花のもののけである。

季節は秋。春の桜の花鬼はよく見かけられるし、桜の花鬼が引き起こす事件を解決するのも術者の仕事である。

しかし、今は秋。

桜はない。

代わりに、金木犀が甘い匂いをさせて満開だった。

「俺のこと、好きだっていってくる花鬼がいるんです。気味わるくて。花鬼って生気を吸い取って人を殺すんでしょう?退治してください」

依頼人は、見目のいい芸能人だった。俳優だそうで、時折ドラマなんかで見かけた。

「サ、サインをいただいても?」

式のルキアが、色紙とペンを持って、立っていた。

「ああ、いいですよ」

「やったー!サインもらえました、ご主人様」

「よかったな、ルキア」

「よかったね、ルキアちゃん」

「はい!」

ルキアが、場を明るくしてくれた。

「で、その花鬼は金木犀の花鬼なんだな?君を好きだと・・・・被害は?」

「つきまとわれるんです!俺の生気を吸い取ってるんだ。最近眠りも浅いし、目覚めも悪いし、食欲もあんまりでない」

「ねぇ、君、その花鬼と会話したことは?」

「ありませんよ、あんな化け物!一方的に好きだっていって、まとわりついてくるんです。退治してください。依頼料は前払いで150万」

京楽が、目を閉じた。

花鬼は確かに人の生気を吸い殺す悪いやつもいるが、大抵は人の生気を少しだけ分けてもらい、花を見事に咲かせる花の精だ。

その花鬼が好きだという相手は、もののけだからととりあってくれない人間であった。

浮竹も京楽も、話し合いで解決を望んだが、依頼人は退治を望んでいて、依頼されたからにはそうせざるをえないかもしれない。

術者は、時に冷酷さが必要だ。

依頼人の俳優が、その花鬼の出る金木犀の場所に案内してくれた。



「好きなの・・・・愛しい人。ただ、傍にいさせて」

「うわぁ、でたぁ!花鬼だ!祓い屋さん、早く退治してください!」

「君・・・こんな人間は放っておいて、違う人間にしなさい。もしくは恋心を忘れて、少しの間眠りにつくといい。金木犀が満開なせいで、人に見えるようになっている。時期がすぎれば、そんな一時の感情なんて忘れるよ」

京楽がそう言うと、13歳くらいの少女の姿をした花鬼は泣き出した。

「想いを受け入れてもらえないのは知ってるの。でも、好きなの。どうしようもないくらいに、好きなの。ただ、好きだから傍にいたい。だめ?」

「花鬼が傍にいるなんて知れたら、俺の仕事が減る!だめだだめだ、俺につきまとうなこの醜い化け物が!」

「私は花鬼の鳴(めい)。私のことをどうか忘れないで」

「知るか!」

依頼人は、冷たく花鬼に接する。

浮竹は、見ていられなくて、花鬼の鳴の手を取った。

「俺が、この依頼人のことの記憶を消してやろう。だから、諦めるんだ」

「そんなの嫌。死んでもいいから、記憶に刻まれたい」

「鳴・・・・・・・」

浮竹は、泣く鳴を抱きしめた。

「花鬼なのに、生気を全然吸っていないんだな。もろい。金木犀は満開だが、このままだとお前は消滅するぞ」

「それでもいいの。この人を見ていられるなら」

「ねぇ、浮竹かわいそうだよこの子。退治する以外でなんとかならないの」

「だから、今その方法を模索している」

「ちょっとあんたら、前金で150万も払ってるんだ。さっさとこの化け物を退治してくれ!」

浮竹は、依頼人に依頼料を投げ返した。

「この依頼は受けない。鳴、花の咲く場所を変えよう。俺の家の庭にくるといい。そして、新しい誰かと恋するといい」

「この恋を諦めて?」

「そうだ」

「でも・・・・・・」

「いいから、おいで」

浮竹に抱きしめられて、鳴は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。そう、言ってくれる人がいてくれるだけで十分。私、還るよ。天に」

「おい、鳴!」

「鳴ちゃん!」

金木犀の花鬼は、涙をぽろぽろ流して、すーっと空気に溶けていく。

「だめだ、消えたりしちゃ。怨念が残って、悪霊になる。お前はは生きるべきだ」

浮竹は、再生の力を与えて、消えゆこうとする鳴を、地上に押しとどめた。

「なんだよ、あんたら!依頼を遂行してくれないって、業界に流しやる」

「そんなことしたら、どうなるか分かってるの?」

京楽が、水龍神の瞳で、依頼人を睨んだ。

「ひっ。化け物おおおお!!ひいいいい!!!」

水が溢れて、依頼人を包み込む。

「お、俺が悪かった。何もしないから、殺さないでくれ!」

京楽は、溜息をついて依頼人を解放した。

浮竹は、業者を呼んで、鳴の宿る金木犀を運んでもらい、自分の屋敷の片隅に植えた。

鳴という名の花鬼は、消滅することなく、依頼人を忘れることにして、新しい人生を歩み出す。




「鳴」

「はい」

「元気か?」

「はい、元気いっぱいです。海燕さんが好きです」

鳴を、屋敷の庭にうつして一週間。

鳴は、優しく語りかけてくる浮竹の式神の海燕を好きになっていた。

京楽は安心した。

鳴が、自分か浮竹を好きになることがないように、祈っていたからだ。

浮竹を好きになられたら、残念だが記憶を抹消させるしかないし、自分を好きになっていたら、これまた抹消するしかない。

海燕も満更ではないようで、鳴と仲良くやっていた。

「依頼人、ほんとに僕らのこと業界に流さなかったね」

「お前の脅しが効いたんだろう」

「僕はちょっとだけ、力の片鱗を出しただけだよ」

「それでも十分脅しだ。水龍神だけに、水を操れるから人の体内はほとんど水でできている。血液を少しだけ沸騰させるだけで殺せる」

「僕は無駄な殺しはしないよ」

「当たり前だ」

浮竹は、甘い香りをさせる金木犀の下で、京楽に抱きしめられて、キスをしていた。

「ねぇ、僕がもしも花鬼だったら、君は受け入れてくれた?」

「ああ」

「本当に?」

「本当だ。現に水龍神という、花鬼よりもすごく厄介な存在だが、式にして俺の伴侶として受け入れているだろう」

「そうだね。好きだよ、浮竹」

「ん・・・・・・」

キスが深くなる。

「も、これ以上は・・・・」

「うん、寝室で・・・・」

そんな二人を、不思議な表情で花鬼の鳴は見送るのだった。


---------------------------------------------------------



「鳴」

「はい」

「気分はどうだ?」

「うん、いいよ」

もう金木犀も散ってしまう季節。

鳴は、花が散っても眠りにつかず、起きたまま冬を迎えようとしていた。

「海燕とは?」

「うん、付き合ってはもらえないみたいだけど、好きなままでいてくれてもいいって」

「そうか。新しい恋はしないのか?」

「うん。海燕さんが傍にたまにきてくれるから。私も、海燕さんの傍にいても、別にいいって海燕さんが」

「海燕には、都という婚約者がいる」

「うん、知ってる」

鳴は、少し哀しそうに微笑んだ。

「お前だけを思ってくれる式を作ろうか?」

「ううん、いいの。そんな偽りの愛なんていらない」

「そうか」

「ああ、ここにいたの浮竹。鳴ちゃん、数日ぶり」

「京楽さん、浮竹さんを大切にね」

「何当たり前のこと言ってるの。僕は浮竹のもので、浮竹は僕のものだよ。大切にしないはずがないよ」

その言葉に、鳴は微笑んだ。

「いいなぁ、相思相愛で。私も、いつかそんな恋をしてみたい」

「花鬼に寿命は長い。いつか、出会えるさ」

「こんな屋敷で咲いていても?」

「依頼人の中から探せばいい。きっと、理解してくれるいい人がいる」

「そうだといいなぁ」

鳴が、海燕と仲良くはやっていたが、海燕に婚約者がいることを知ったのはここ数日のことだった。

「海燕さん以上の人がいたなら、心代わりするかも」

「婚約はしているが、式だから結婚はできないんだ、海燕は。でも、海燕は婚約者の都を愛している。鳴のことも愛しているだろうが」

「うん」

「二股とはちょっと違うな。鳴への愛は、恋人への愛じゃない。どちらかというと友情の愛だ」

「うん。それでも、私は構わないよ。海燕さんが好き」

「お前も、厄介な相手を選んだものだ」

「浮竹さんや京楽さんを選ぶよりはましでしょう?この前、京楽さんが自分たちを好きになったら、記憶を抹消するしかないって言ってた」

「あいつ・・・・・・・」

「怒らないであげて?現に好きにはなってないんだし」

「ああ」

鳴は、笑った。

明るい笑顔だった。

「私、幸せだよ。あの愛した人は全然会話もしてくれなかったけど、海燕さんは私と同じ時間を歩んでくれる。それだけで、幸せだよ」

「そうか」

浮竹は、長い白い髪を風になびかせた。

「おーい、浮竹、夕ご飯の時間だよーーー」

浮竹を呼びにきた京楽に、浮竹が返事をする。

「今、行く」

「じゃあまたね、浮竹さん。私、冬になるし少し眠りにつくよ。海燕さんにも、そう言っておいて」

「ああ。また、春に」

「春に」

「おーい、浮竹ぇぇぇ?」

「うるさい、鳥!焼き鳥にするぞ!」

「ぴえ~~んん。ちゅんちゅん!!」

小鳥の姿になって、京楽は浮竹の肩に止まる。

一人の幼い花鬼は眠りについた。

それを、二人は静かに見守るのだった。

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