祓い屋京浮シリーズ14
「妻の・・・・記憶を消してください」
60歳くらいの初老の老人は、哀しそうな目で、浮竹を見た。
写真を受け取る。
まだ20歳になったかも分からない少女が映っていた。
「妻は・・・・年を取らないのです。私はそれを不思議に思いつつも、一緒に過ごしてきました。妻が氷女であることを知って、はじめは離縁しようと思ったのです。でも、妻に泣かれて、離縁を諦めました。妻は、私がいないと何もできない子で・・・・私は、末期がんなんです。もう余命いくばくもない。妻にそれを告げると、妻は一緒に死ぬというんです。妻に死んでほしくない。新しい人生を、氷女としてでも人間としてでもいいから、歩んでほしいんです」
「奥さんがそれを望んでいなくても?」
「はい。身勝手なのは分かっています。でも、妻に死んでほしくないのです」
「話は分かりました。今回は退治や浄化でなく、記憶の抹消ということでいいですね?」
「はい」
「浮竹、なんとかならないのかい。その氷女、かわいそうだよ」
「だが、夫のあとを追って死ぬが幸せと思うか?」
「そうは思わないけど・・・・・・」
浮竹と京楽は、溜息交じりにやりとりをすると、依頼人と一緒に、依頼人の家までやってきた。
「ヒナ、君を自由にするよ」
「あなた?その人たち・・・・術者と式ね!私を浄化するのね。覚悟はできているわ。あなたより先に、向こうの世界で待っているから・・・・・・・」
ヒナと呼ばれた、18歳くらいの氷目の少女は、哀し気に微笑んだ。
「違うんだ、ヒナ。君に新しい人生を歩んでほしい」
「何を言っているのあなた。私には、あなただけよ。あなたしかいらない。あなたが死んだら、私も一緒に死ぬわ。あの世で永遠に一緒に暮らしましょう?」
「ヒナ・・・・・お願いします、浮竹さん京楽さん、妻の記憶を・・・・・」
依頼人は、ヒナを抱きしめてから、離れた。
「あなた?まさか、私の記憶を!」
「ヒナ、お別れだ。この35年間、とても幸せだった。ヒナは、また幸せにおなり」
「いやよ!」
ヒナは、氷女として雪吹雪を出すが、浮竹と京楽の結界で防がれてしまった。
「いやよ、いやよ、あなたと一緒に最後までいるの!あなたの死は私の死!約束したじゃないの、いつまでも傍にいるって!」
「ヒナ、愛している・・・・・・・」
「始めます」
「いやああああああああああ!!!!」
氷女のヒナに、式を飛ばして束縛させると、浮竹が祝詞を唱えた。
「愛して、いるの・・・・・」
ヒナはボロボロと涙を零して、依頼人を見る。
浮竹は、複雑な気持ちでヒナの記憶からたくさんの大切な思い出を・・・・夫である依頼人と出会い、過ごしてきた時間を忘れさせた。
「ここはどこ・・・・・おじいちゃん、だあれ?」
「ここは私の家だよ。君は、道端で倒れていたんだ。それを、このお二人が運んでくれたんだ」
「そうなの。ありがとう。私はヒナ。暁ヒナ。氷女です。術者の方々ですね?」
「ああ、そうだ」
「そうだよ」
「私を退治したりしないんですか」
ヒナは、首を傾げた。
「依頼がないかよほど酷いことがない限り、もののけは退治しない」
「そうですか。私は、故郷の雪山に帰ろうと思います。ここは暑いわ」
まだ10月のはじめ。
残暑は厳しい。
氷をフィールドとして生きる氷女には、生きにくい土地だ。
「さよなら、ヒナ」
「あら、さようならおじいちゃん。じゃあ、術者の方も、さようなら・・・・・・」
ヒナは、一礼すると、吹雪となって消えてしまった。
「これで良かったんですか」
「はい。これで、良かったんです」
「僕はそうは思わないけどね。ヒナって子を、一緒に連れてってあげるべきだと思った」
「ヒナは若い。まだ生まれて50年も経っていない。氷女の寿命は500年くらいだそうで」
依頼人は、ヒナの映っている写真を撫でながら、涙を流した。
「愛していたんです。だから、幸せになってほしかった」
「ヒナちゃんは、あなたと出会えたことで十分に幸せになったと思うよ」
京楽の言葉に、依頼人は深いため息をついた。
「私は明日死ぬかもしれぬ身。人間の寿命で氷女が死ぬなんて、おかしい」
「そんなことはないと思うが」
浮竹が、口を開く。
「一応記憶は消しておいたが、完全に消えたわけじゃない。思いが深すぎると、戻ってくる。そうならないことを、祈っておく」
「はい。これは依頼料です。ありがとうございました」
「ねぇ、浮竹、あんなのってないと思うんだけど」
「言うな。もののけと人は、しょせん同じ時間を生きられない」
「それは、僕のことも言ってるの?」
「お前は、俺が連れていく。俺が死ぬ時は、お前も死ぬ。そういう契約で縛っているからな」
「うん」
浮竹は、水龍神である京楽を式にするとき、伴侶として迎える代わりに、同じ時間を生き、同じように年をとる道を選ばせた。
京楽は、喜んでそれを受け入れた。
京楽を式にして10年以上が経過しているが、まだまだ現役だが、確かに少し老けた。
屋敷に戻ると、緊急の電話があった。
記憶を消したはずのヒナが、戻ってきたのだというのだ。
来た道を戻る。
依頼人の家にいくと、氷女の姿で、妖気のほとんどを依頼人にさしだし、共に死にゆこうとしているヒナの姿があった。
「浮竹さん、ヒナを、ヒナの記憶をもう一度消してください!」
「無理だ。あれだけ深い暗示をかけて消したのに、記憶が戻ったということは、それだけ依頼人であるあなたを愛しているからだ」
「ヒナ、お願いだから一人で逝かせておくれ」
「いやよ。あなたと一緒に死ぬの。黄泉の道を、あなたと一緒に歩くの」
ヒナは、依頼人の儚い命に、吹雪をはきかける。
「ヒナ・・・愛しているよ。仕方ない、一緒に逝こう」
「ええ、あなた。一緒に、逝きましょう?」
二人は、浮竹と京楽が静かに見守る中で、黄泉の国に旅立っていった。
死体さえ、残らない。
氷女のヒナの死体も、依頼人の死体もなかった。
まるで氷のように、溶けてなくなった。
「僕は、これでよかったと思うよ」
「俺は・・・・こんなことを、お前に強いている。今からでもいい。取り消そう」
「やだよ!僕は今のままがいい。今のまま、君と歳をとって、死んでいきたい」
「水龍神は千年は生きるだろうが。それを・・・・・」
京楽は、浮竹を抱きしめてから、キスをした。
「ねぇ、浮竹。僕は幸せだよ。君の傍にいれて、君を愛せて。君と同じ時間を歩けて」
「俺は・・・・身勝手だ」
「それでも、愛してるよ。僕は、ヒナちゃんと同じ道を歩む。君が死んだら、僕も死ぬ」
「京楽・・・・・・・」
京楽は、水龍神の姿をとると、浮竹を背に乗せて、空を飛んだ。
「京楽?」
「まだまだ、僕らの道は終わらない。一緒にこの世界を歩いていこう」
「ああ」
水龍神である京楽の背にしっかりと乗って、浮竹は風を全身に浴びた。
「世界は広いからな。禁忌だが、人を不老にする術がある」
「いいねぇ。それ、使っちゃう?」
「そうだな。お前と永遠を生きれるなら」
浮竹と京楽は、空を泳ぎながら、悪戯を思いついた子供のようにはしゃいだ。
そして、屋敷に戻ると、禁忌の術を発動させる。
「不慮の死が分かつまで、永遠の時を」
「永遠の時を」
束縛と服従の契約を書き変える。
永遠を生きるように。
年をとらぬように。
「君は、永遠に僕のものだ」
「お前こそ、永遠に俺のものだ」
二人の式と術者は、こうして永遠を生きることになった。
死が二人を分かつまで。
60歳くらいの初老の老人は、哀しそうな目で、浮竹を見た。
写真を受け取る。
まだ20歳になったかも分からない少女が映っていた。
「妻は・・・・年を取らないのです。私はそれを不思議に思いつつも、一緒に過ごしてきました。妻が氷女であることを知って、はじめは離縁しようと思ったのです。でも、妻に泣かれて、離縁を諦めました。妻は、私がいないと何もできない子で・・・・私は、末期がんなんです。もう余命いくばくもない。妻にそれを告げると、妻は一緒に死ぬというんです。妻に死んでほしくない。新しい人生を、氷女としてでも人間としてでもいいから、歩んでほしいんです」
「奥さんがそれを望んでいなくても?」
「はい。身勝手なのは分かっています。でも、妻に死んでほしくないのです」
「話は分かりました。今回は退治や浄化でなく、記憶の抹消ということでいいですね?」
「はい」
「浮竹、なんとかならないのかい。その氷女、かわいそうだよ」
「だが、夫のあとを追って死ぬが幸せと思うか?」
「そうは思わないけど・・・・・・」
浮竹と京楽は、溜息交じりにやりとりをすると、依頼人と一緒に、依頼人の家までやってきた。
「ヒナ、君を自由にするよ」
「あなた?その人たち・・・・術者と式ね!私を浄化するのね。覚悟はできているわ。あなたより先に、向こうの世界で待っているから・・・・・・・」
ヒナと呼ばれた、18歳くらいの氷目の少女は、哀し気に微笑んだ。
「違うんだ、ヒナ。君に新しい人生を歩んでほしい」
「何を言っているのあなた。私には、あなただけよ。あなたしかいらない。あなたが死んだら、私も一緒に死ぬわ。あの世で永遠に一緒に暮らしましょう?」
「ヒナ・・・・・お願いします、浮竹さん京楽さん、妻の記憶を・・・・・」
依頼人は、ヒナを抱きしめてから、離れた。
「あなた?まさか、私の記憶を!」
「ヒナ、お別れだ。この35年間、とても幸せだった。ヒナは、また幸せにおなり」
「いやよ!」
ヒナは、氷女として雪吹雪を出すが、浮竹と京楽の結界で防がれてしまった。
「いやよ、いやよ、あなたと一緒に最後までいるの!あなたの死は私の死!約束したじゃないの、いつまでも傍にいるって!」
「ヒナ、愛している・・・・・・・」
「始めます」
「いやああああああああああ!!!!」
氷女のヒナに、式を飛ばして束縛させると、浮竹が祝詞を唱えた。
「愛して、いるの・・・・・」
ヒナはボロボロと涙を零して、依頼人を見る。
浮竹は、複雑な気持ちでヒナの記憶からたくさんの大切な思い出を・・・・夫である依頼人と出会い、過ごしてきた時間を忘れさせた。
「ここはどこ・・・・・おじいちゃん、だあれ?」
「ここは私の家だよ。君は、道端で倒れていたんだ。それを、このお二人が運んでくれたんだ」
「そうなの。ありがとう。私はヒナ。暁ヒナ。氷女です。術者の方々ですね?」
「ああ、そうだ」
「そうだよ」
「私を退治したりしないんですか」
ヒナは、首を傾げた。
「依頼がないかよほど酷いことがない限り、もののけは退治しない」
「そうですか。私は、故郷の雪山に帰ろうと思います。ここは暑いわ」
まだ10月のはじめ。
残暑は厳しい。
氷をフィールドとして生きる氷女には、生きにくい土地だ。
「さよなら、ヒナ」
「あら、さようならおじいちゃん。じゃあ、術者の方も、さようなら・・・・・・」
ヒナは、一礼すると、吹雪となって消えてしまった。
「これで良かったんですか」
「はい。これで、良かったんです」
「僕はそうは思わないけどね。ヒナって子を、一緒に連れてってあげるべきだと思った」
「ヒナは若い。まだ生まれて50年も経っていない。氷女の寿命は500年くらいだそうで」
依頼人は、ヒナの映っている写真を撫でながら、涙を流した。
「愛していたんです。だから、幸せになってほしかった」
「ヒナちゃんは、あなたと出会えたことで十分に幸せになったと思うよ」
京楽の言葉に、依頼人は深いため息をついた。
「私は明日死ぬかもしれぬ身。人間の寿命で氷女が死ぬなんて、おかしい」
「そんなことはないと思うが」
浮竹が、口を開く。
「一応記憶は消しておいたが、完全に消えたわけじゃない。思いが深すぎると、戻ってくる。そうならないことを、祈っておく」
「はい。これは依頼料です。ありがとうございました」
「ねぇ、浮竹、あんなのってないと思うんだけど」
「言うな。もののけと人は、しょせん同じ時間を生きられない」
「それは、僕のことも言ってるの?」
「お前は、俺が連れていく。俺が死ぬ時は、お前も死ぬ。そういう契約で縛っているからな」
「うん」
浮竹は、水龍神である京楽を式にするとき、伴侶として迎える代わりに、同じ時間を生き、同じように年をとる道を選ばせた。
京楽は、喜んでそれを受け入れた。
京楽を式にして10年以上が経過しているが、まだまだ現役だが、確かに少し老けた。
屋敷に戻ると、緊急の電話があった。
記憶を消したはずのヒナが、戻ってきたのだというのだ。
来た道を戻る。
依頼人の家にいくと、氷女の姿で、妖気のほとんどを依頼人にさしだし、共に死にゆこうとしているヒナの姿があった。
「浮竹さん、ヒナを、ヒナの記憶をもう一度消してください!」
「無理だ。あれだけ深い暗示をかけて消したのに、記憶が戻ったということは、それだけ依頼人であるあなたを愛しているからだ」
「ヒナ、お願いだから一人で逝かせておくれ」
「いやよ。あなたと一緒に死ぬの。黄泉の道を、あなたと一緒に歩くの」
ヒナは、依頼人の儚い命に、吹雪をはきかける。
「ヒナ・・・愛しているよ。仕方ない、一緒に逝こう」
「ええ、あなた。一緒に、逝きましょう?」
二人は、浮竹と京楽が静かに見守る中で、黄泉の国に旅立っていった。
死体さえ、残らない。
氷女のヒナの死体も、依頼人の死体もなかった。
まるで氷のように、溶けてなくなった。
「僕は、これでよかったと思うよ」
「俺は・・・・こんなことを、お前に強いている。今からでもいい。取り消そう」
「やだよ!僕は今のままがいい。今のまま、君と歳をとって、死んでいきたい」
「水龍神は千年は生きるだろうが。それを・・・・・」
京楽は、浮竹を抱きしめてから、キスをした。
「ねぇ、浮竹。僕は幸せだよ。君の傍にいれて、君を愛せて。君と同じ時間を歩けて」
「俺は・・・・身勝手だ」
「それでも、愛してるよ。僕は、ヒナちゃんと同じ道を歩む。君が死んだら、僕も死ぬ」
「京楽・・・・・・・」
京楽は、水龍神の姿をとると、浮竹を背に乗せて、空を飛んだ。
「京楽?」
「まだまだ、僕らの道は終わらない。一緒にこの世界を歩いていこう」
「ああ」
水龍神である京楽の背にしっかりと乗って、浮竹は風を全身に浴びた。
「世界は広いからな。禁忌だが、人を不老にする術がある」
「いいねぇ。それ、使っちゃう?」
「そうだな。お前と永遠を生きれるなら」
浮竹と京楽は、空を泳ぎながら、悪戯を思いついた子供のようにはしゃいだ。
そして、屋敷に戻ると、禁忌の術を発動させる。
「不慮の死が分かつまで、永遠の時を」
「永遠の時を」
束縛と服従の契約を書き変える。
永遠を生きるように。
年をとらぬように。
「君は、永遠に僕のものだ」
「お前こそ、永遠に俺のものだ」
二人の式と術者は、こうして永遠を生きることになった。
死が二人を分かつまで。
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