花街恋心1
浮竹が12の時、両親が他界した。多額の借金を残して。浮竹の薬代を出すための借金だった。
浮竹は、肺の病を患っていた。他人にはうつらないが、よく咳込み血を吐いた。おまけに、病弱だった。
「こんな命・・・・・」
真っ白になってしまった髪を、かきむしる。
幼い妹や弟たちは、そのまま人買いに売られていった。
一人残されたのは長兄の浮竹十四郎。
病のせいで薬代がかさみ、親戚も引き取ってくれない。一度色子にと売りに出されたが、売られた場所で血を吐いて倒れ、元の家に戻された。
妹や弟たちが売られて行ったことで、借金は少なくなっていたが、それでもまだまだあった。
「こんな命・・・・・・」
13になる2日前、手首を切った。
幸いにも早くに見つかり、処置が施されたせいで一命は取り留めた。
「あんたが死んだら、誰があんたら一家の残した借金を背負わなきゃならないのか分かってるの!あくまで姉さんの借金は姉さんのもの!あんたはまた売られるのよ。やっと買い手がついた。花街の椿亭だよ」
また、色子として売られるのか。
ああ、死んだほうがましなのに。
「椿亭でいい人でも見つけて身請けでもされれば、売られていった弟や妹たちも見つかるかもねぇ」
その言葉に一縷の希望を見出した。
そして、大人しく色子として売られていった。
浮竹が13の時だった。
「買ったはいいが、肺の病がなぁ・・・・。あの女のに騙されたか・・・・」
「女?」
「お前の母親の妹だよ」
買われた廓で、主人の松村が浮竹を見た。
「酷い親戚だよなぁ。借金を整理するために、姉の子供を全部売り払って・・・残ったお前さんも、うちの店に売りつけよった。借金なんて、するもんじゃないよ」
「俺は・・・・・・」
「死のうなんて、思わないことだ。売られて行った妹や弟たちに借金が重ねられて、きっと酷い目にあう」
手首に巻かれたままの包帯を、松村は手に取った。
「とりあえず、桜花(おうか)、この子を風呂で磨いてこい。それからちゃんとした食事を与えてあげなさい。それから、禿(かむろ)用の着物を着せて、化粧は紅だけさして、何か髪飾りをつけてあげてここに来るように」
松村に言いつけられて、遊女の桜花は浮竹の手をとった。
ざんばらに伸びた白い髪。ろくなものを食べさせてもらえなかったので、やせ細った体。湯あみもまともにできなくて、酷い状態だった。
久しぶりの湯で、石鹸で体をごしごし洗われると、汚れが良くとれた。ざんばらな髪もシャンプーで洗われて、久しぶりに真っ白の色にもどった。
「あらぁ、かわいい。上玉じゃないの」
湯あみをすませた浮竹は、幼いし痩せてはいたが、とても美しい子供だった。
焼き魚とみそ汁、白いご飯を出されれて、恥ずかしいがお腹がなった。
前にいた場所では、ろくに食べさせてもらえなかった。それが、母親の妹の住む、母の実家だった。祖父祖母も他界しており、形だけおいてもらえていたが、薬も与えられず、飯も満足に与えられなかった。
この廓にきて、久しぶりに肺の病の薬を飲むと、発作がましになり、血を吐かなかった。
すいていたお腹にはあらがえず、出された料理を全部食べてしまった。白いご飯を食べるなんて、何週間ぶりだろうか。いつも残飯しか与えられなかった。
着ていた襦袢の上に、禿用の女の子用の着物を着せられた。それから、ざんばらな髪は肩で切りそろえられて、少し結われて、銀細工でできた髪飾りをつけられ、元々肌が白いせいもあって、白粉はなしで唇に紅をひかれた。
「まぁまぁ、かわいいこと。これは松村様もいい買い物したわねぇ」
手をひかれて、廓の主人の松村の前につれてこられた。
「おやまぁ、驚いた。器量はよさそうだったが、ここまでとは。女なら、将来花魁になれただろうに。少し残念だ。まぁ、色子でもこれだけ綺麗な子だったら元はとれるだろう。名前はそうだなぁ・・・・瞳が緑だから、翡翠にしよう。これからは、翡翠と名乗りなさい」
手首の傷には、新しい包帯が巻かれていた。
「いいかい、花街は遊女にも色子にとっても苦海だ。いい人を見つけなさい。精一杯働いて、借金を返すんだ。身請けされば、きっと売られていった妹や弟も見つかる」
それだけが、浮竹の生きる希望だった。
その日から、1週間はあまりにも痩せていたために、食べて薬を飲んで、掃除などの簡単な雑用をさせられた。
「生きてやる・・・・」
浮竹は、この逆境で死のうと思っていたのに、生きる希望を見出しはじめていた。
身請けされなくてもいい。年季明けまで働いて金をためて、売られて行った妹や弟たちを買い戻そう。そう思った。
売られて半月がたったが、まだ雑用ばかりさせられていた。
ある日、花街の中の違う店まで着物を届けるお使いを頼まれた。
浮竹は大分肉もついて、人目を惹く綺麗な子供だった。遊女の着物を着ていたので、よく女に間違われた。
「確か、ここの店・・・・・」
柊亭と書かれた廓の暖簾をくぐる。
「おっと、ごめんよ」
一人の男とぶつかりそうになった。
「すみません」
浮竹は素直に謝った。
「君すごくかわいいね・・・・・何処の遊女?」
「え。椿亭の・・・・・」
「椿亭はこんな幼い遊女までいたかなぁ?まぁいいや、またね。僕は京楽春水。椿亭にいるなら、近々会うこともあるだろうさ」
少し毛深かったが、立派な体躯の美丈夫だった。整った顔立ちをしていたが、何処か愛嬌があった。
それが、この花街で有名な護廷13隊、8番隊の隊長であり、上級貴族である京楽春水との出会いであった。
「松村様、いわれてきたお使い、いってきました」
「ああ、翡翠、ごくろうだったね」
「京楽春水という方に会いました」
「ああ、京楽の坊ちゃんとあったのかい。京楽の坊ちゃんはね、この店を贔屓にしてくださっている上流貴族で、なんと護廷13隊の8番隊の隊長様であられるんだ。今、3階で花魁の椿といるはずだよ。そうだ、お酒を所望されていたんだ。もう一度挨拶するついでに、酒をもっていきなさい」
「はい・・・・・」
浮竹は、酒瓶と徳利(とっくり)を手に、3階にあがった。
「すみません、京楽さま、お酒をお持ちしました」
「入っておいで」
襖をあけると、半裸の花魁の椿と、全く衣服を乱していない京楽の姿があった。
「あん、京楽のだんな、お酒なんて後でいいじゃないの」
「まぁまぁ。椿、後で可愛がってあげるから」
「おや、君は柊亭で見た遊女の・・・・・・?」
浮竹は首を傾げる。遊女だなんて、一言も言っていないからだ。
「あははは。違うよ違うよ、その子、遊女の恰好をさせられているけど、男の子さ。最近きた、色子の翡翠っていうんだよ」
「色子かい。色子でもこんなかわいい子いるんだねぇ。おいで」
手招きされて、近寄ると、口に何かを放り込まれた。
「飴玉。これ全部そうだから、暇な時にでもお食べ」
甘い苺の味がした。
小さな袋に、たくさんの飴玉が入っていた。
「あ、ありがとうございます。し、失礼します」
浮竹は、涙を零した。
最後に飴玉を食べたのは、父と母が亡くなる2日前のことだった。その記憶がどっと溢れてきて
浮竹は涙を流しながら蹲った。
「父上母上・・・・・」
借金の果てに、色子にまで落ちた自分を呪いそうになった。
「おっと、まだいたのかい?」
「あ・・・」
「どうしたの、何を泣いているんだい?」
抱き上げられて、涙を吸い取られた。
「わっ」
当然抱き上げられたことにも、涙を吸い取られたことにも驚いた。なんとも手慣れたかんじだったが、嫌ではなかった。
「な、なんでもない!」
首をぶんぶんと横の振って、京楽の手から降りると、浮竹はもらった飴玉の袋を手に逃げ出した。
「翡翠か・・・・・可愛い子だなぁ」
京楽は、浮竹に興味を抱いたようだった。
浮竹は、肺の病を患っていた。他人にはうつらないが、よく咳込み血を吐いた。おまけに、病弱だった。
「こんな命・・・・・」
真っ白になってしまった髪を、かきむしる。
幼い妹や弟たちは、そのまま人買いに売られていった。
一人残されたのは長兄の浮竹十四郎。
病のせいで薬代がかさみ、親戚も引き取ってくれない。一度色子にと売りに出されたが、売られた場所で血を吐いて倒れ、元の家に戻された。
妹や弟たちが売られて行ったことで、借金は少なくなっていたが、それでもまだまだあった。
「こんな命・・・・・・」
13になる2日前、手首を切った。
幸いにも早くに見つかり、処置が施されたせいで一命は取り留めた。
「あんたが死んだら、誰があんたら一家の残した借金を背負わなきゃならないのか分かってるの!あくまで姉さんの借金は姉さんのもの!あんたはまた売られるのよ。やっと買い手がついた。花街の椿亭だよ」
また、色子として売られるのか。
ああ、死んだほうがましなのに。
「椿亭でいい人でも見つけて身請けでもされれば、売られていった弟や妹たちも見つかるかもねぇ」
その言葉に一縷の希望を見出した。
そして、大人しく色子として売られていった。
浮竹が13の時だった。
「買ったはいいが、肺の病がなぁ・・・・。あの女のに騙されたか・・・・」
「女?」
「お前の母親の妹だよ」
買われた廓で、主人の松村が浮竹を見た。
「酷い親戚だよなぁ。借金を整理するために、姉の子供を全部売り払って・・・残ったお前さんも、うちの店に売りつけよった。借金なんて、するもんじゃないよ」
「俺は・・・・・・」
「死のうなんて、思わないことだ。売られて行った妹や弟たちに借金が重ねられて、きっと酷い目にあう」
手首に巻かれたままの包帯を、松村は手に取った。
「とりあえず、桜花(おうか)、この子を風呂で磨いてこい。それからちゃんとした食事を与えてあげなさい。それから、禿(かむろ)用の着物を着せて、化粧は紅だけさして、何か髪飾りをつけてあげてここに来るように」
松村に言いつけられて、遊女の桜花は浮竹の手をとった。
ざんばらに伸びた白い髪。ろくなものを食べさせてもらえなかったので、やせ細った体。湯あみもまともにできなくて、酷い状態だった。
久しぶりの湯で、石鹸で体をごしごし洗われると、汚れが良くとれた。ざんばらな髪もシャンプーで洗われて、久しぶりに真っ白の色にもどった。
「あらぁ、かわいい。上玉じゃないの」
湯あみをすませた浮竹は、幼いし痩せてはいたが、とても美しい子供だった。
焼き魚とみそ汁、白いご飯を出されれて、恥ずかしいがお腹がなった。
前にいた場所では、ろくに食べさせてもらえなかった。それが、母親の妹の住む、母の実家だった。祖父祖母も他界しており、形だけおいてもらえていたが、薬も与えられず、飯も満足に与えられなかった。
この廓にきて、久しぶりに肺の病の薬を飲むと、発作がましになり、血を吐かなかった。
すいていたお腹にはあらがえず、出された料理を全部食べてしまった。白いご飯を食べるなんて、何週間ぶりだろうか。いつも残飯しか与えられなかった。
着ていた襦袢の上に、禿用の女の子用の着物を着せられた。それから、ざんばらな髪は肩で切りそろえられて、少し結われて、銀細工でできた髪飾りをつけられ、元々肌が白いせいもあって、白粉はなしで唇に紅をひかれた。
「まぁまぁ、かわいいこと。これは松村様もいい買い物したわねぇ」
手をひかれて、廓の主人の松村の前につれてこられた。
「おやまぁ、驚いた。器量はよさそうだったが、ここまでとは。女なら、将来花魁になれただろうに。少し残念だ。まぁ、色子でもこれだけ綺麗な子だったら元はとれるだろう。名前はそうだなぁ・・・・瞳が緑だから、翡翠にしよう。これからは、翡翠と名乗りなさい」
手首の傷には、新しい包帯が巻かれていた。
「いいかい、花街は遊女にも色子にとっても苦海だ。いい人を見つけなさい。精一杯働いて、借金を返すんだ。身請けされば、きっと売られていった妹や弟も見つかる」
それだけが、浮竹の生きる希望だった。
その日から、1週間はあまりにも痩せていたために、食べて薬を飲んで、掃除などの簡単な雑用をさせられた。
「生きてやる・・・・」
浮竹は、この逆境で死のうと思っていたのに、生きる希望を見出しはじめていた。
身請けされなくてもいい。年季明けまで働いて金をためて、売られて行った妹や弟たちを買い戻そう。そう思った。
売られて半月がたったが、まだ雑用ばかりさせられていた。
ある日、花街の中の違う店まで着物を届けるお使いを頼まれた。
浮竹は大分肉もついて、人目を惹く綺麗な子供だった。遊女の着物を着ていたので、よく女に間違われた。
「確か、ここの店・・・・・」
柊亭と書かれた廓の暖簾をくぐる。
「おっと、ごめんよ」
一人の男とぶつかりそうになった。
「すみません」
浮竹は素直に謝った。
「君すごくかわいいね・・・・・何処の遊女?」
「え。椿亭の・・・・・」
「椿亭はこんな幼い遊女までいたかなぁ?まぁいいや、またね。僕は京楽春水。椿亭にいるなら、近々会うこともあるだろうさ」
少し毛深かったが、立派な体躯の美丈夫だった。整った顔立ちをしていたが、何処か愛嬌があった。
それが、この花街で有名な護廷13隊、8番隊の隊長であり、上級貴族である京楽春水との出会いであった。
「松村様、いわれてきたお使い、いってきました」
「ああ、翡翠、ごくろうだったね」
「京楽春水という方に会いました」
「ああ、京楽の坊ちゃんとあったのかい。京楽の坊ちゃんはね、この店を贔屓にしてくださっている上流貴族で、なんと護廷13隊の8番隊の隊長様であられるんだ。今、3階で花魁の椿といるはずだよ。そうだ、お酒を所望されていたんだ。もう一度挨拶するついでに、酒をもっていきなさい」
「はい・・・・・」
浮竹は、酒瓶と徳利(とっくり)を手に、3階にあがった。
「すみません、京楽さま、お酒をお持ちしました」
「入っておいで」
襖をあけると、半裸の花魁の椿と、全く衣服を乱していない京楽の姿があった。
「あん、京楽のだんな、お酒なんて後でいいじゃないの」
「まぁまぁ。椿、後で可愛がってあげるから」
「おや、君は柊亭で見た遊女の・・・・・・?」
浮竹は首を傾げる。遊女だなんて、一言も言っていないからだ。
「あははは。違うよ違うよ、その子、遊女の恰好をさせられているけど、男の子さ。最近きた、色子の翡翠っていうんだよ」
「色子かい。色子でもこんなかわいい子いるんだねぇ。おいで」
手招きされて、近寄ると、口に何かを放り込まれた。
「飴玉。これ全部そうだから、暇な時にでもお食べ」
甘い苺の味がした。
小さな袋に、たくさんの飴玉が入っていた。
「あ、ありがとうございます。し、失礼します」
浮竹は、涙を零した。
最後に飴玉を食べたのは、父と母が亡くなる2日前のことだった。その記憶がどっと溢れてきて
浮竹は涙を流しながら蹲った。
「父上母上・・・・・」
借金の果てに、色子にまで落ちた自分を呪いそうになった。
「おっと、まだいたのかい?」
「あ・・・」
「どうしたの、何を泣いているんだい?」
抱き上げられて、涙を吸い取られた。
「わっ」
当然抱き上げられたことにも、涙を吸い取られたことにも驚いた。なんとも手慣れたかんじだったが、嫌ではなかった。
「な、なんでもない!」
首をぶんぶんと横の振って、京楽の手から降りると、浮竹はもらった飴玉の袋を手に逃げ出した。
「翡翠か・・・・・可愛い子だなぁ」
京楽は、浮竹に興味を抱いたようだった。
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