血と聖水外伝「ムーンライト」
ブラッド帝国。
血の名を冠したその帝国に生れ落ちたヴァンパイアたちは、ほとんどが人間と共存することを選んだ、平和主義のヴァンパイアたちである。
けれど、本能である、人の血を吸うという行為を完全に絶つことができない。
故に、ヴァンパイアたちは、血液バンクから輸血用や、エターナルヴァンパイアたちの食事用に供給された血液を飲み、あるいは人工血液製剤を口にして、本能に抗った。
甘美なる味の人の血。
ブラット帝国のヴァンパイアを、通称してエターナルヴァンパイアと呼んだ。
帝国から這い出て、人を襲うただのヴァンパイアに堕ちた者と区別化するための名前。エターナルたちは、白い皮膜翼をもつ。瞳の色も様々だ。
対してただのヴァンパイアたちは、真紅の皮膜翼をもつ。その地位がロードやマスターでもない限り、瞳の色は極めて真紅かそれに近い色になる。
真紅は血の色。
血はヴァンパイアの糧であり、存在意義であった。
その日は、月光が美しかった。
「ムーンライト」という、別名の呼称をもつそのヴァンパイアの個体は、月を見上げて微笑み、それからその光を浴びて魔力を貯める。
体中に魔力が満ち溢れるのが分かる。
月の光は、その固体に魔力を与えてくれる。
ムーンライトの本名はムーンストリア。月の精霊王の名を意味するその名を与えてくれたのは、ムーンストリア、彼を血族にしてくれた、マスターたるヴァンパイアだった。
その階級はハイ・ヴァンパイア。ロードヴァンパイアやヴァンパイアマスターの上をいく。
数少ない階級であった彼女は魔女と呼ばれ、やがて愛する人間の手によって捕らえられて、異端審問を受け、身体に傷がついても再生することから、魔女と断定されて火あぶりにされて死んだ。
ハイ・ヴァンパイアであれば、火あぶりにされることを待たなくとも、その場にいた人間を、血の刃でずたずたにすることができただろうに、彼女は人間に殺される道を選んだ。
なぜなら、人間を愛していたから。
自分を殺すことで、少しでも他のヴァンパイアの恐怖から逃れることができるならば、と。
なんて浅はかで愚かな。
彼はそう思った。
でも、愛しい。
愛しくて、憎い。
狂おしいくらいに。
「血の名を冠する者たちは、運命を人間によって変えられる。何故だ。俺たちヴァンパイアは、人間の上位種ではないのか。新人類ではないのか。元々ヴァンパイアという存在をこの世界に作り出したのは、古代魔法科学文明の科学者たちなのに」
伝承で伝え聞いた、ヴァンパイアの始まりの神話を口にする青年は、月の光を浴びた、月の化身のように麗しかった。
銀の髪に、真紅ではないオレンジの瞳。
明らかに、ヴァンパイアである真紅の翼を背中に持っていたが、数少ないハイ・ヴァンパイアの血族となり、自らもハイ・ヴァンパイアの階級にいる彼には、少し不似合いな色。
ハイ・ヴァンパイアであれば、エターナルととは対照的な黒い皮膜翼をもっているのだが、彼の翼は真紅だった。
それが、魔女と呼ばれた愛しい、マスターである今は亡きハイ・ヴァンパイアの形見であるかのように、彼は翼の色をわざと真紅にした。
元々は黒かったのに。
「私は人間を愛しているの。だから貴方も愛してちょうだい」
陽だまりのようであった、彼女の言葉と笑顔を思い出す。
太陽のようであった、彼女は。
魔女など、どこをどう捉えればそう疑われるのかも不思議なくらいに。彼女は自分がヴァンパイアであることを隠して、人間として生きていた。
バンパイアを敵と見なし、血の帝国と対立した国家に住んでいたために、魔女として処刑された彼女。もう長いこと容姿も劣らないことが、密告のきっかけとなった。
ヴァンパイアだもの。
容姿が醜く衰えることなど、あるはずがない。いくら人間を装っても、結局は違う種族。人にはなりきれない。
そして、どんなに人間を愛しても、所詮は人間。人間とヴァンパイアが相容れることなどないのだ。
そう、永遠の血族にして、自らの血族に人間を迎え入れない限り、人はヴァンパイアに恐怖し、敵視する。
人の血を啜るという、払拭することのできぬヴァンパイアの本性を知っているから。
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