僕はそうして君におちていく12
「京楽・・・・その目は?」
鳶色の綺麗な瞳は片方を損ない、眼帯がされてあった。
「ちょっとやられちゃって。再生手術受ける時間もないし、きっと僕はこのままにする」
「傷を見せてくれ」
そっと浮竹は眼帯を外した。
ぽっかりと穴のあいた眼窩には、緑色の義眼が入っていた。
「どうして、緑色を?」
「君とおそろいにしたくて」
愛しい。
ただ純粋にそう思った。
浮竹は、京楽の失われた左目にキスをして、同じく欠けてしまった耳を触った。
「傷、深かったんだな」
「まあ、命に別状はないから後回しにしてたら、片方失明しちゃったけどね。義眼にも視力は多少あるけど、普通の左目と一緒に見ると眩暈が起こるから、眼帯が欠かせない」
「その傷、俺が欲しかった」
「何を言うの!君が傷つくなんて嫌だよ!」
「俺だって、お前が傷つくのは嫌だ」
「君は・・・君はいつもそうだ。自分を率先して犠牲にしようとする。あの場にいたら、君は僕を庇って死んでいただろう」
「それでもいい」
「よくない!死んだら、終わりなんだよ!?」
「お前のために死ねるなら、悪くない。まぁ、もっともこの命は護廷十三隊のために捧げているけどな」
浮竹は、そう言って笑った。
「僕は怖い」
「何が」
「君が、護廷十三隊のために散ってしまうかもしれないことが」
「死神は皆、そうあるべきだ。当たり前のことを、否定しないでくれ」
「僕は嫌だ。君には生き残って、一緒に引退まで隊長をしたい」
「ああ、そうなれるといいな。敵はどうだ。いつまた来ると思う?」
「多分・・・・2、3日後じゃなないかな。奴さんら、本気で僕たちを潰しにかかるだろう。ユーハバッハの狙いは霊王だ」
霊王。
そうと聞いて、浮竹は肺の痛みにせきこんだ。
「浮竹!?」
「いや、なんでもない。ミミハギ様が・・・少し、暴れているだけだ」
私は霊王。私は楔。私は贄。
私には四肢も心臓もない。私は水晶に封じ込められていて、自由もない。
何もできない中で、唯一右腕だけが動かせた。
私は、私を宿らせる者の中に芽吹こうとしていた。
私は霊王。私は世界。私は世界の始まり。
「京楽・・・・もしも、霊王が死んだら、俺は・・・・」
きっと、霊王になる。
とは、言えなかった。
霊王になってしまえば、霊王宮で暮らすことになる。あの地は清浄なる地。
京楽に抱かれることなど、穢れの極みとして、もう京楽の姿を見ることもできなくなってしまうかもしれない。
「なぁ、抱いてくれ」
「どうしたの、浮竹」
「なんでもない。ただ、俺はお前が生きているのを確認したいんだ。抱け」
浮竹から誘ってくるのは珍しくて、夜になるのを待って、京楽は雨乾堂で浮竹を抱いた。
「あああ!」
激しい争いの後だったせいか、京楽は気が立っていた。
少々乱暴に抱かれながらも、浅ましい体は快感を覚えて、白い肌は薄紅色に染まる。
「んあ!」
背後から貫かれて、浮竹は生理的な涙を零した。
「あ!春水、顔が、顔が見たい」
背後からでは、京楽の顔が見れないからと訴えた。
「ううん!」
体を反転させられて、中がごりっと奥を抉った。
「あああーーー!!」
京楽の頬を両手で挟んで、浮竹は自分から京楽に口づけた。
「十四郎・・・・愛してる」
「俺も、愛してる、春水・・・ああ!」
奥をごりごりと抉られて、浮竹はびくんと体を痙攣させた。
オーガズムを覚えた体は、女のようだった。
「ああ・・・んう」
何度も胎の奥で子種を出されて孕むと思った。
「お前の子を、孕みたい」
「じゃあ、もっとたくさん注がないとね」
京楽は、浅ましい欲を浮竹にぶつけた。
浮竹もまた、浅ましい欲でそれを受け入れた。
時間は、あまり残されていない。
愛しい男と共にいる時間も。
霊王宮に入ってしまえば、そこの理に縛られる。
きっと、京楽とも会えなくなってしまう。
そう思うと、もっともっとと、京楽を強請った。
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霊王は死ぬ。
そして私は死ぬ。
けれど蘇る。
私の器の中の者に。
浮竹十四郎は、霊王となった。
霊王は、ずっと霊王宮にあり、下界の者と接触してはいけない決まりになっていた。
だが、今回の霊王は、意思をもっていた。
決められごとを無視して、下界の京楽を月に一度、霊王宮に招くことを周囲に承諾させた。
そうしないと、霊王は自害すると言い出したのだ。
無論、本当に自害するつもりはなかっただろうが、血を見た零番隊と身の回りの世話をする者は、慌てて下界から京楽を呼んだ。
「一芝居打ったの?」
「ああ」
「霊王様と、呼べばいいの?」
「今まで通り、浮竹でいい」
「浮竹、何も血をこんなに流すことなかったんじゃないの」
首の頸動脈をかき切りそうな勢いの傷は、今は包帯を巻かれていた。
「こうでもしないと、霊王である俺は、お前に会えなかった。会いたかったんだ、京楽」
戦いが終わり、半年が経っていた。
霊王となった浮竹は、霊王宮に閉じ込められて、ただ下界を眺めていた。
愛しい隻眼の、鳶色の瞳をした男は、浮竹の墓を作った。他の死神たちは、浮竹は殉死したものだと思っている。
京楽にだけ、真実を伝えた。
京楽の腕の中で息絶えた浮竹の体は、淡い光を放ち、消え去った。
呆然とした京楽の前で、浮竹は言葉を残した。
「俺は霊王になる。生きている。必ずまたお前と出会う。しばらくの間だけ、お別れだ」
「霊王・・・浮竹、いったい君の身に何が起こっているんだい」
その質問に、答える者はいなかった。
京楽は、戦後の復興処理と死神の人員確保など、慌ただしい毎日を送っていた。
そこに、白い小鳥がやってきて、「霊王があなたに会いたがっている。ここまで来るように」
そう言い残して、霧散した。
半信半疑で、指定された場所にいくと、気づくと霊王宮にいた。
「霊王様・・・・・?」
「私は、俺は霊王である。同時に、浮竹十四郎である」
京楽は、禁忌であると分かっていたが、霊王に触れた。抱きしめた。
あの日冷たくなっていった体は、トクントクンと鼓動をうち、温かかった。
「京楽・・・月に一度、お前と会うことを決めた。これは俺が決めたこと。従ってくれ」
「月に一度でもいいよ。浮竹に出会えるなら」
京楽は、微笑んでいた。
片眼は失ってしまい、愛する人も失ってしまった。でも、愛する人は生きていた。
霊王として。
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