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祓い屋京浮シリーズ19

「九頭竜様が、お怒りで生贄を要求してくるんです。どうか、九頭竜様のお怒りを鎮めてください」

「退治ではなく、怒りを鎮めるでいいんだな?」

「退治なんてめっそうもない!あの方は神で、私たちの土地を守ってくださっていた。バカな若者が、九頭竜様の住処に忍び込んで、九頭竜様が大切にしていた玉を割ってしまったんです。九頭竜様はお怒りになって、その若者をさしだせと。しかし、いくら愚か者といっても、同じ土地の人間だし、玉を割ったからといって殺させるのも問題です」

「確かにそうだな。大切なものを壊されたからといって、生贄の要求は間違っている。分かった、この件引き受けよう。ただし、九頭竜に少し被害が出るかもしれないことを、承知しておいてくれ」

「はい・・・・・・」

依頼人は、九頭竜が守っている土地の人間の代表者だった。

九頭竜は、気性は荒いところがあるが、竜神であるため、神聖なものとして崇められ九頭竜もまたそれに答えて土地を守ってきた。

その九頭竜が怒って、玉を割った若者を生贄に要求してきた。

多分、話し合いだけでは決着はつかないだろう。

かといって、退治するにも神だから骨が折れるし、ここはなるべく穏便にいきたいところだった。

「ねぇ、浮竹大丈夫なの?九頭竜はあんまり優しい相手じゃないよ」

「話し合いで分かってくれなかったら、無理やりにでも黙らせる」

「うわ、浮竹かっこいい。惚れ直しそう」

「言ってろ。海燕、車の運転を頼めるか。今回は夜一も連れて行く」

「わあ、夜一ちゃんかぁ。会うの久しぶりだなぁ」

夜一は、浮竹のもつ人型の式だ。

褐色の肌をもつ美しい女性だった。ただ、猫の姿をとることが多くて、マオの高級ネコカンをこっそり食べて、雑多な人間社会に猫の姿のまま紛れこんで、浮竹の命令もあまり聞かず、自由気ままに暮らしているのだが、今回は夜一も連れていくことにした。

夜一は、夜叉神だ。

水龍神である京楽のように、神の一種だ。

同じ神である九頭竜の説得に、力を貸してくれるよう、浮竹は頼み込んだ。

「なんじゃ、無理やり呼び出しおって」

「実は・・・・・・」

事情を説明すると、夜一はどこから取り出し方も分からない牛丼を食べながら、頷いた。

「話は分かった。わしが、説得に応じなかった時は、神の力で黙らせればよいのじゃな?」

「言っとくけど、あまり傷つけないように。あと、殺すのは絶対になしだ」

「つまらんのう。たまには暴れたいぞ」

「暴れたいなら、いつもの依頼についてこればいいだろう。退治する妖怪も多い」

「嫌じゃ。めんどくだい」

「はぁ・・・・・夜叉神なのに、面倒な性格をしているな、夜一は」

「それが魅力なのじゃ」

夜一は、肌も露わな黒い服を着ていた。

慣れているので、浮竹も京楽も何も言わない。

「むう、この妖艶な姿に惑わされないとは、やはりお主たちは女性に興味がないのか」

「ただ単に、夜一、お前の姿に慣れているだけだ」

「夜一ちゃんは、かわいいし綺麗だよ。でも浮竹のほうがもっとかわいくて綺麗だ」

「惜しいのう。京楽が浮竹に興味などなかったら、わしが相手をしてやるのに」

「こら、夜一!」

「ははははは、冗談じゃ浮竹。そう目くじらをたてるな。お主たちの仲は知っている。邪魔をしようとは思わん」

海燕が運転する車の中で、またどうやって取り出したのか分からない、2杯目の牛丼を食べながら、夜一は欠伸をした。

「よく食うな、相変わらず。専用の冷蔵庫に食べるものを用意しているのに、食べつくしてこっち側の冷蔵庫の食品にまで手を出すのはなしにしてくれ」

「無理な相談じゃ。人型を保つのは、腹がすくのじゃ。猫の姿でいいなら、今からでもなるが?」

「一度猫になると、一週間はそのままだろう。頼むから、人型のままでいてくれ。帰りににバイキングに寄ってやるから」

「む、バイキングじゃと。食べ放題ではないか!約束じゃぞ」

「ああ、分かっている」

「夜一ちゃんはやっぱ色気より食い気だね」

「当たり前じゃ。まぁ、絶世の美女であるわしをなんともないように扱うのは、お主らくらいよ」

夜叉神は、好戦的な神であるが、腹をすかせていなければ案外温和だった。

「自分で絶世の美女とかいってるよ」

「何か言ったか、京楽?」

「な、なんでもないよ!」

「目的地に着きました」

海燕が、車を停めた。

「さて、その九竜頭とやらに灸をすえてやらねばな」

「なるべく穏便にだぞ!」

「穏便にだよ!」

「分かっておるわ」

3人は、村に移動してそのまま、九頭竜が住む大きな洞窟に案内された。

「人の子か。我は今機嫌が悪い。大切な玉を割った人の子を差し出せといっているのに、人の子たちは応じない。この地を守るのをやめて、水に沈めようか・・・・・」

九頭竜は巨大な竜で、頭が9つあった。

「九頭竜、新しい玉だ。前の玉ほど美しくはないかもしれないが、これで玉を割った人の子のことを許してはもらえないだろうか」

浮竹が、京楽の水龍神としてもっていた玉の一つをもらって、九頭竜に差し出した。

「ふむ。なかなかよい玉だ。しかし、我が玉を故意に割った人の子は許せぬ。血祭にあげてくれる」

「九頭竜、お前が人を殺せば退治しないといけなくなる。どうか、穏便にすませられぬだろうか」

「無理だな」

「そうか。じゃあ、わしの出番じゃな」

「な、夜叉神!」

九頭竜が、一歩後ろに下がる。

「夜叉神を従えているのか、人の子よ。恐ろしい・・・・」

「その昔、力試しに神と名のつく者に戦いを挑んでは勝ちまくっていたからな、わしは。その中に、九頭竜もいた」

「夜叉神よ、人の子の式になったのか」

「飯に困っているところを助けてもらってな。わしはよく食うじゃろう。いつも思う存分食わせてくれるから、従っている」

浮竹の最強の式は京楽だが、それに負けないほどに夜叉神の夜一も強かった。

事情はあれど、夜一は飯のことだけでなく、浮竹の力を認めて自ら式となった。

「夜叉神とは戦いたくない」

「そう言わずに、ほれ」

夜一は、俊敏な速さで動き、巨大な九頭竜をもちあげると、地面に向かって投げた。

「あいたたたた。我の負けじゃ。玉を割った人の子のことは許す。今まで通り、この地を守護して静かにくら・・・・おぶ」

「はっはっはっは、まだまだ!」

「こら、夜一、穏便にといっただろうが!」

「だから、穏便にすませているじゃろう。殺しておらぬし」

「式札の中に戻れ、夜一」

「な、いきなり卑怯だぞ浮竹!ああああ、吸われる・・・・」

夜叉神は好戦的で、一度暴れ出すと式札に戻さないと止まらないという事実を、長い間夜一を式として活用していなかったため、すっかり念頭から忘れ去っていた。

「すまない、九頭竜。許してくれるか」

「ごめんねぇ。僕のところの夜一ちゃん、夜叉神だけに戦闘が大好きだから」

「もうよいわ。命があるだけめっけものだ。今回の無礼も許そう・・・・白い髪の人の子よ。汝も、神に近いのだな。神を従えることができる者は、神かその領域に近い者だけだ」

「ああ、うーん。禁忌の不老の術も使ったしなぁ」

「人の子は長くを生きぬ。長くを生きるのであれば、その水龍神を大切にすることだ。伴侶なのだろう?」

「な、なんでわかるんだ!」

「ふふふ。人の子、汝から水龍神の匂いがひしひしと漂ってくる」

「京楽のアホーー!!!」

ハリセンではたかれて、京楽はなんでという顔をしてから、桜文鳥になって逃げだした。

「ちゅんちゅん!!!」

「水龍神は、人の子にかなわぬようだな。愉快愉快」

洞窟を揺らして笑うと、九頭竜は人の姿になった。

14歳くらいの、子供の少年だった。

「我はまだ140歳。子供だ。玉に関しては、子供の我儘と許してほしい」

「140歳で子供・・・・神ってよくわからない」

「僕で今数え年70歳だからね」

「京楽は、40歳じゃなかったのか」

「ああ、水虎(すいこ)の時の話だと、40歳になるけど、水虎のあの子と出会ったのは、30歳の時だったから。すごい子供の頃だよ」

「神の年齢って・・・長いな」

「同じ時を生きる君も、これから何十年何百年と姿を変えずに生きていくんだよ」

「傍に、お前がいてくれるだろう?」

「当たり前だよ」

「・・・・・いちゃいちゃするのは、我のいない場所でしてくれぬか?」

「ぬお、九頭竜、いたんだ」

「ここは我の住処ぞ」

「帰ろう、京楽」

「そうだね。九頭竜の怒りも静まったことだし」

「怒りが静まったというより、夜叉神をけしかけられて脅されたのだが」

二人は、聞こえないふりをして洞窟を後にする。

「ふむ。次の祭りまで半年。することもないし、人の子でも呼んで、将棋でも打つか」

神々は長くを生きる。

その長さで眠りにつく神も多い。

活動している神の大半が、人の世俗に飲まれていた。



「ということで、九頭竜の怒りは静まった」

「ありがとうございます。こちら、報酬金となります」

「今回は夜一ちゃんのお陰でもあるしね。夜一ちゃんとは、バイキングに行くって約束してたから、そろそろ自由にしてあげなよ」

「ああ、そうだったな」

式札から夜一が現れる。

「浮竹、バイキングに行くぞ!」

「分かっている、夜一。この報酬はお前に。これで、好きなだけ食べ歩くといい」

「おお、けっこうな額ではないか。喜んでいただこう。これで高級猫缶も人の飯もたくさん食える」

「なんで、夜一ちゃんは猫の姿をとるの?」

「それはこちらの台詞だ。なぜ、桜文鳥の姿をとる?」

「う。言えない」

「わしも言えぬ」

「ほらほら、予約していたホテルのバイキングの時間に遅れるぞ。二人とも、車に乗れ」

「分かったよ、浮竹」

「バイキング。食べまくってやる」

「夜一、食い尽すなよ」

「それはわしの気分次第じゃな」

こうして、九頭竜の怒りは静まり、また平和な日常が戻ってくるのであった。


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