記憶喪失
その日、虚の大群が尸魂界を襲った。虚の大群を率いていたのは、見たこともないアランカルだった。
護廷13隊は、11番隊と10番隊、8番隊と13番隊が処理にあったっていた。
更木率いる11番隊が、次々と虚を駆逐していくが、宙にあいたままの入口から次々と虚がやってくる。
「ちっ、きりがねぇぜ。あのでかぶつが虚を呼んでるみてーだな」
アランカルをみて、更木は舌打ちした。
「俺がいく・・・・・・おおおお、卍解大紅蓮氷輪丸!」
卍解した日番谷が、氷の龍をアランカルにぶつける。アランカルは、氷の龍を反射させながら、悲鳴のような声をあげて、虚を駆逐していた8番隊の副官、伊勢七緒に向かっていった。
「女ぁ、まずお前から記憶を食ってやる!」
「七緒ちゃん、危ない!」
京楽は、七緒をかばって背中に傷を負った。
「くそっ・・・・・」
「俺の氷輪丸をはじき返しただと!?」
氷をはじき返し、氷で攻撃してくるアランカルに、日番谷が目を見開いた。
波悉く(なみことごとく)我が盾となれ
雷悉く(いかずちことごとく)我が刃となれ 双魚理。
静かな声が響いた。
はじき返される氷を、片方の刀で受けて、片方の刀で放出する。
アランカルは、氷漬けになりながらも、傷を負った京楽に狙いを定めた。
「京楽!」
鮮血が散った。
双魚理でアランカルを刺したが、京楽をかばった浮竹もアランカルにやられていた。
「浮竹ぇ!」
京楽の悲鳴が、響く。
空中から、失墜していく浮竹に、アランカルは襲いかかる。
「せめて、お前だけでも記憶を食ってやる!」
間に合うか?
瞬歩で近づき、背中の傷が痛みの悲鳴をあげるのを無視して、京楽は花天狂骨でアランカルを真っ二つにした。
「へっ、やるじゃねぇか」
更木が、満足そうに言葉を放つのを合図に、虚の完全駆逐へと死神たちが移行する。
消えていく虚が、増えることはなかった。
「大丈夫か、浮竹、おい、浮竹!」
肺をやられたのか、血を吐いた。
ごぽりと、音がする。
肺の病での発作ではない。もっとひどい・・・・・・肺が潰れているのだ。
たさくんの吐血をして、浮竹は完全に意識を失った。
虚やアランカルにやられた死神たちが、4番隊隊舎に運ばれていく。浮竹を抱き上げて、京楽は自分の傷を無視して、卯ノ花のところに浮竹を運んだ。
「肺をやられているようですが、なんとかしましょう」
「頼む、卯ノ花隊長!」
「あなたの怪我も相当に酷い。勇音」
「はい、隊長」
「京楽隊長の傷を治してあげなさい」
「はい!」
別室に連れていかれて、手当を受けている間も、京楽は浮竹のことを思うと気が気でなかった。
それに、殺す前にいっていた「記憶を食らう」という言葉が酷く気になった。
京楽より酷い怪我を負った浮竹は、3日間生死の境を彷徨った。なんとか容体が落ち着き、二週間が経過した。
仕事も放置して、京楽は浮竹の看病をずっとしていた。
潰れた肺は、結局臓器移植でなんとかなったが、ずっと昏睡状態が続いていた。
ゆっくりと開いた翡翠の瞳で、浮竹はぼんやりとした表情で、天井を仰ぎ見る。
「・・・・・・ここは?」
「よかった、意識が戻ったんだね、浮竹」
京楽の喜びは、相当なものだった。
「お前・・・・・誰だ?」
自分の手を握っている男を、浮竹は不思議そうに見た。
顔を合わせての一言目に、京楽は被っていた笠をくいっとあげた。
「またまた~。変な冗談はよしてよ、浮竹」
「?」
きょろきょろととしだす浮竹。
「ここは?俺は確か、学院にいたはずだが・・・・・・・・・」
「冗談はやめてよ」
「お前・・・・・・京楽に似ているが、親戚か何かか?」
京楽は、その言葉に愕然とした。
「記憶を食ってやる・・・・・」
その言葉は、まさに本当だったのだ。
「診察の結果では、脳に異常はありませんでした。その、記憶を食らうというアランカルは、京楽隊長が退治なさったのでしょう?」
浮竹の寝ている病室の外の廊下で、卯ノ花と京楽は話し込みあっていた。
「消去された記憶は、普通その術者が死ねば解除されます」
「だけど、浮竹は・・・・・」
「ええ。どうやら、学院時代までしか記憶がない様子。隊長となった頃のことは、完全に忘れているみたいですね。どうやったら回復するのか、今の状況では見当がつきません」
卯ノ花の言葉に、京楽は戸惑っていた。
浮竹が、自分のことを忘れた。綺麗さっぱりではなく、学院の頃までの記憶はあって、しかしそれ以降の記憶がない。今の浮竹にとって、隊長となってしまった大人の京楽は、他人なのだ。
しかし、解せない。
記憶を食うアランカルの存在など、今まで確認されたことがない。可能性があるとすれ、反逆者となった藍染が、崩玉を使って新たに生み出したアランカルなのかもしれない。
「今は、様子を見ましょう。記憶も、混濁が落ち着いてきたようですし。なるべく、浮竹隊長の傍にいてあげてください。あなたの存在が、記憶を取り戻すのに一番効果的な気がします」
中途半端に記憶喪失の浮竹は、それから1週間後には退院して、雨乾堂に帰っていった。
「本当に、お前はあの京楽なのか?」
「そうだよ。こんなもじゃもじゃのおっさん、まさに学院後の京楽ってかんじがするだろう?」
「確かに、友人であった京楽は、もじゃもじゃだったが・・・・・・しかし、おっさんって・・・・・・:」
「君と仲良く、おっさん同士さ。まあ、浮竹と僕が同い年だなんて、誰も信じてくれないけどね」
一度手鏡を渡され、年齢を重ねた自分がそこにいるのを認めて、浮竹は自分が一時的な記憶喪失に陥っていると納得はした。だが、まだ完全に受け入れられないでいた。
「お前からは、確かに京楽の霊圧を感じる。かなり、今まで感じていたのより強いが」
「だから、僕は隊長になった未来の京楽なんだってば」
「未来の京楽か・・・・・・」
京楽は、長い浮竹の髪に手をもっていった。
「この白い髪を、ここまで伸ばせっていったのも、僕だよ?」
「このうっとしい長い髪がか?」
「綺麗じゃないか。雪のようで」
「こんな髪・・・・・・」
浮竹にとって、コンプレックスでしかない長い白髪が好きで、京楽は浮竹に伸ばさせた。
「長いと、その、何かいろいろと不便だな。まぁ、京楽が切るなというなら切らないが」
中途半端に記憶喪失の浮竹の記憶は、学院時代の2回生の春ごろのものだった。両想いになる夏の終わりより前のところで、浮竹の記憶はぷつんと途切れていた。
「愛しているよ、浮竹」
「俺は、その・・・・・」
京楽に、いつものように愛を囁かれても、素直に受け入れられない。
学院時代の京楽は、浮竹の傍にいたが、あくまで友人、親友としてだった。
「愛してる」
耳元で囁かれて、髪を長い指がすいていく。
髪をすいていくその指の動きが気持ちよくて、浮竹は目を閉じた。
触れるか触れないかのキスをされて、翡翠の瞳が瞬いた。
「本当に、俺と京楽は、恋人同士に・・・・・?」
「そうだよ」
京楽は諦めない。
浮竹が自分のことを忘却してしまったのなら、もう一度刻み込めばいいのだ。
どれほど、狂おしいまでに愛しているのかを。
「あっ・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽に押し倒されて、浮竹は戸惑った。
「その、するのか?」
「しない。でも思い出して?」
記憶のない浮竹を抱いても、満足するものは得られるかどうか分からない。
ただ、甘く甘く、とろけるように甘くしてやればいい。
果実のように甘く囁いてとろけさせて、頭の中を京楽で満たしてしまえばいい。
京楽は、浮竹に啄むような口づけを何度も交わして、彼の細い体のラインをたどった。
「京楽・・・・・・」
4番隊の病室にた頃の浮竹は、消毒用のアルコールのにおいがまじっていたが、今の浮竹はいつものように花のような甘いかおりがした。
入院している間、ふくことくらしかできなかった髪を、洗髪したのも京楽だ。
いつものシャンプーと違うものを使ったのに、浮竹の髪からも甘い花の香りがした。
「んっ・・・・・・」
隊長羽織を脱がされて、侵入してきた指の動きに、浮竹の声がうわずった。
膝を膝で割られて、浮竹は逃げようとした。
だが、がたいのいい京楽に押し倒されていて、体を少しずりあげることしかできなかった。
「やっぱり、するのか・・・・・・・」
「最後まではしない。愛していいかい?」
「いやだといっても、するんだろう?」
「ご名答」
「やっ」
やわやわと花茎をはう手が、その長い指が浮竹を追い上げていく。
「やあっ、きょうら・・・・く・・・・」
真っ白になる世界。体が、痙攣する。
墜ちていく浮竹を、京楽はしっかりと受けとめる。
「愛している、十四郎」
耳元で囁けば、浮竹の白い頬は薔薇色に染まっていく。
浮竹の体は、甘い果実のようだ。いつもは嫌がる浮竹がいないのをいいことに、京楽は好きなだけ浮竹の白い肌に痕を残した。
何度めかの性を半ば無理やり吐き出させられて、浮竹はまどろむように意識を飛ばした。
そのまま意識を失った浮竹を抱きしめて、京楽もまた眠りについた。
朝起きると、腕の中にいた愛しい人は、いなかった。
布団の上を、手を這わせて確認する。
まだ、暖かい。
まだ、近くにいるはずだ。
「浮竹・・・・・?」
愛しい人の姿を探して雨乾堂の外にでると、欄干ごしに浮竹が鯉に餌をやっていた。
「起きたか、京楽」
浮竹は、どこかさっぱりしていた。
「まさか、もう記憶が?」
昨日のことを思い出して、浮竹は鯉にさらに餌をまき散らした。
「その・・・いや、それより俺の記憶がないのをいいことに、散々痕をつけやがって」
真っ白な浮竹の白い肌には、京楽が刻んだ情欲の証がいくつも刻まれていた。
「雨乾堂から、しばらく出れない。責任とれよ」
「浮竹ぇ!」
甘ったるくしたのが成功だったのか、それとも術が解けたのか。
ともかく、浮竹は元に戻っていた。
そんな浮竹に思い切り抱き着いた。
浮竹は、京楽の体重を支え切れずに、雨乾堂の板張りの廊下の上に倒れこむ。
「重いぞ京楽。どけ」
「ごめんごめん」
京楽は、浮竹の手を取って起き上がらせた。
「お前を庇うと、ろくなことにならないな」
「浮竹!今後、あんな無茶はしないでよ!」
「分かっている」
鯉に餌をやり終わった浮竹を抱き上げる。昨日、体の全体のラインを確かめたが、昏睡状態が長かったせでい、浮竹は悲しいほどに体重を落としていた。ただでさえ、細いのにさらに細くなってしまっていた。
「肉をつけるには、やっぱり肉を食うに限るね。今日は焼肉だ」
四番隊の隊舎にいた時は、病院食のような質素なものしか出なかった。
「快気祝いをかねて、ぱーっと派手にやろうよ」
一緒に戦った、更木や日番谷も呼んで酒を飲もうという京楽の提案に、浮竹は同意した。ただ、日番谷を飲みに誘うというのには、少し逡巡する。
「だが、日番谷隊長を飲みに誘っていいのか?あの子はまだ子供だろう」
「なあに、死神だし年齢は関係ないよ。現世じゃあるまいし。そんな法律も条令もない」
「日番谷隊長には、オレンジジュースでいいだろう。その方がいい気がする」
「はっくっしょん」
「あれー?隊長、風邪ですか?」
「違う。誰かが噂してやがるんだ。13番隊か8番隊あたりの、誰かが」
もう一度くしゃみをして、日番谷はまとめていた書類にハンコを押した。
伝令の蝶が飛んできた。松本は、それを手に止まらせて内容を受け取ると、目を輝かせた。
「隊長、浮竹隊長が記憶を完全に取り戻したらしいですよ!快気祝いに、11番隊と8番隊と10番隊と13番隊で、ぱーっと飲んで肉食べるそうで、京楽隊長のおごりですって!」
今から楽しみだと、松本は浮かれていた。
京楽隊長がおごってくれる店は、馴染みの店の時もあるが、時折高級な店の時がある。集まる店が高級店であると知って、松本は今から何を飲んで食べようかと悩んでいた。
「肉か・・・・・たまには、いいかもな」
がっつり、肉を食うことなどあまりない。
「のめのめ~」
京楽が、松本の杯に酒を注いでいく
「この酒おいしーい!ひっく・・・・・流石京楽隊長が選んだお酒だけ、ありますね。ひっく・・・」
松本は酒豪ではない。京楽が勧めるままに、杯を呷ってすでにべろんべろんに酔っていた。
「浮竹隊長も、のみなさ~い。ひっく」
浮竹は、いつもの果実酒を飲んでいた。そこに、松本が日本酒を注ぎ込む。
「松本副隊長、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「なに、まだまだいけるわよぉ?ひっく」
「ふん、酒はいいが肉が足りねぇ」
いつもは一緒に飲むことなどない更木は、肉料理ばかり手をつけていた。
「うっきー、記憶もどってよかったね!」
「ああ、草鹿副隊長、ありがとう」
やちるは、更木の肩のうえで肉を食べながら、ぶどうジュースを飲んでいた。
日番谷は、離れたところで肉を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。
席官以上の人間が集まっていたが、四隊にもなると、けっこうな大人数になった。
「京楽、金はたりるのか?」
「なーに、心配しなさんさ。この前、一件別館を売りとばしたから、金には余裕ありまくりだよ。まぁ、売りとばさなくても金は腐るほどあるけどね」
上流貴族の出身である京楽は、金持ちだ。その金銭目当てで、寄ってくる女性も多い。見た目も悪くないし、女性には優しいし、上流貴族ということもあって、女性死神によくもてた。
下級貴族であるが、誰にでも平等に優しく、身目麗しい浮竹は、女性だけでなく男性死神にももてた。
「浮竹隊長、傷が癒えてよかったっす!俺の愛をうけとってください!」
酒にべろんべろんによっぱらった、11番隊の席官が、浮竹の手をとって指輪をはめようとしてくる。
「君、そこまでだよ」
殺気を漲らした京楽が、名も知らぬ席官の首に斬魄刀を当てていた。
「ひいっ」
男死神は、逃げていった。
「浮竹ぇ。僕の傍にいなさい」
「え、ああ・・・・」
肉より野菜を多めにとりながら、浮竹は果実酒を呷った。
「浮竹、せっかく高級店を選んだんだから、もっと肉食べなさい」
「ああ・・・・・」
肉を食べるが、その量は他の人に比べて少ない。
「そんなんだから、細いままなんだよ、君は。もっと食べて肉つけなきゃ」
「いや、俺はあんまり肉がつきにくい体質だから。食べても食べても、あんまり太らないし・・・・」
「何それぇ。すごく羨ましいですよ、浮竹隊長。ひっく」
松本が、酒の勢いもあって絡んできた。
「肉がだめなら、飲みなさい!もっとのめのめ~ひっく」
半ば、無礼講なだけあって、みんなわいわいと騒いでいた。
「松本ぉ!恥をかかせるな。酒はそれぐらいにしろ!」
「なんですか、隊長!隊長も、さけのみなさーい」
松本は、その豊満すぎる神々の谷間を、日番谷におしつけて、日番谷に無理やり日本酒を飲ませた。
「うっ、なんだこれ。喉が焼ける・・・・・・・・・」
始めて知る酒の味に、あまりうまそうな顔をしない日番谷。
きっと、大人になっても酒好きにはなりそうもない。
「うっきーの、回復を祝って、みんなで乾杯しよー」
やちるが、ぶどうジュースの入ったコップを手に、更木の肩の上で、乾杯と叫んだ。
「「「「乾杯!」」」」
たくさんの人が、浮竹の回復を祝った。
浮竹も、勧められるままに酒を呷って、そして酔いつぶれた。
「あーあ。寝ちゃった」
浮竹は、酔いつぶれると寝てしまう。そんな浮竹を抱き上げて、京楽は笠を深く被り直すと、残った面子に言い放つ。
「勘定は済ませといたから。0時まで、飲み放題食べ放題だ。まぁ、後はみんなの好きにすればいいよ」
瞬歩で、浮竹を雨乾堂に送り届けると、清音が布団をしいてくれたので、そこに浮竹をそっと寝かす。
「あれぇ?」
浮竹は、知らない間に京楽の、少し伸びた黒髪を掴んでいた。手を離させようにも、しっかりつかんで離さない。
「僕に、帰ってほしくないんだね」
京楽は苦笑して、浮竹の隣に横になる。酒をしこたま飲んだせいで、睡魔はすぐにやってきた。
すーすーと、静かに寝息を立てる自分の隊長の、安心しきった表情を見て、清音も自然と笑みが零れた。
「おかえりなさい、浮竹隊長。それからありがとうございます、京楽隊長」
かつては、こんな二人の面倒をみるのは海燕の役割だった。彼が死んで、もう何十年も経過していた。
浮竹は、まだ副官を置かない。
海燕の死が、浮竹の心に穴をあけているのを、清音も仙太郎も、そして京楽も知っていた。
今日は、満月だった。
眠り込む二人を包み込むように、窓から月光が入ってくる。
比翼の鳥は、寄り添いあいながら、しばしの休息をとる。
比翼の鳥は、片方は優しすぎて、片方は儚いが強さをもっていた。
比翼の鳥は、まどろみ、眠りへとついた。
闇空に、月が浮かぶ。
太陽のようにではないが、優しくそして平等に、その光は降り注ぐのであった。
護廷13隊は、11番隊と10番隊、8番隊と13番隊が処理にあったっていた。
更木率いる11番隊が、次々と虚を駆逐していくが、宙にあいたままの入口から次々と虚がやってくる。
「ちっ、きりがねぇぜ。あのでかぶつが虚を呼んでるみてーだな」
アランカルをみて、更木は舌打ちした。
「俺がいく・・・・・・おおおお、卍解大紅蓮氷輪丸!」
卍解した日番谷が、氷の龍をアランカルにぶつける。アランカルは、氷の龍を反射させながら、悲鳴のような声をあげて、虚を駆逐していた8番隊の副官、伊勢七緒に向かっていった。
「女ぁ、まずお前から記憶を食ってやる!」
「七緒ちゃん、危ない!」
京楽は、七緒をかばって背中に傷を負った。
「くそっ・・・・・」
「俺の氷輪丸をはじき返しただと!?」
氷をはじき返し、氷で攻撃してくるアランカルに、日番谷が目を見開いた。
波悉く(なみことごとく)我が盾となれ
雷悉く(いかずちことごとく)我が刃となれ 双魚理。
静かな声が響いた。
はじき返される氷を、片方の刀で受けて、片方の刀で放出する。
アランカルは、氷漬けになりながらも、傷を負った京楽に狙いを定めた。
「京楽!」
鮮血が散った。
双魚理でアランカルを刺したが、京楽をかばった浮竹もアランカルにやられていた。
「浮竹ぇ!」
京楽の悲鳴が、響く。
空中から、失墜していく浮竹に、アランカルは襲いかかる。
「せめて、お前だけでも記憶を食ってやる!」
間に合うか?
瞬歩で近づき、背中の傷が痛みの悲鳴をあげるのを無視して、京楽は花天狂骨でアランカルを真っ二つにした。
「へっ、やるじゃねぇか」
更木が、満足そうに言葉を放つのを合図に、虚の完全駆逐へと死神たちが移行する。
消えていく虚が、増えることはなかった。
「大丈夫か、浮竹、おい、浮竹!」
肺をやられたのか、血を吐いた。
ごぽりと、音がする。
肺の病での発作ではない。もっとひどい・・・・・・肺が潰れているのだ。
たさくんの吐血をして、浮竹は完全に意識を失った。
虚やアランカルにやられた死神たちが、4番隊隊舎に運ばれていく。浮竹を抱き上げて、京楽は自分の傷を無視して、卯ノ花のところに浮竹を運んだ。
「肺をやられているようですが、なんとかしましょう」
「頼む、卯ノ花隊長!」
「あなたの怪我も相当に酷い。勇音」
「はい、隊長」
「京楽隊長の傷を治してあげなさい」
「はい!」
別室に連れていかれて、手当を受けている間も、京楽は浮竹のことを思うと気が気でなかった。
それに、殺す前にいっていた「記憶を食らう」という言葉が酷く気になった。
京楽より酷い怪我を負った浮竹は、3日間生死の境を彷徨った。なんとか容体が落ち着き、二週間が経過した。
仕事も放置して、京楽は浮竹の看病をずっとしていた。
潰れた肺は、結局臓器移植でなんとかなったが、ずっと昏睡状態が続いていた。
ゆっくりと開いた翡翠の瞳で、浮竹はぼんやりとした表情で、天井を仰ぎ見る。
「・・・・・・ここは?」
「よかった、意識が戻ったんだね、浮竹」
京楽の喜びは、相当なものだった。
「お前・・・・・誰だ?」
自分の手を握っている男を、浮竹は不思議そうに見た。
顔を合わせての一言目に、京楽は被っていた笠をくいっとあげた。
「またまた~。変な冗談はよしてよ、浮竹」
「?」
きょろきょろととしだす浮竹。
「ここは?俺は確か、学院にいたはずだが・・・・・・・・・」
「冗談はやめてよ」
「お前・・・・・・京楽に似ているが、親戚か何かか?」
京楽は、その言葉に愕然とした。
「記憶を食ってやる・・・・・」
その言葉は、まさに本当だったのだ。
「診察の結果では、脳に異常はありませんでした。その、記憶を食らうというアランカルは、京楽隊長が退治なさったのでしょう?」
浮竹の寝ている病室の外の廊下で、卯ノ花と京楽は話し込みあっていた。
「消去された記憶は、普通その術者が死ねば解除されます」
「だけど、浮竹は・・・・・」
「ええ。どうやら、学院時代までしか記憶がない様子。隊長となった頃のことは、完全に忘れているみたいですね。どうやったら回復するのか、今の状況では見当がつきません」
卯ノ花の言葉に、京楽は戸惑っていた。
浮竹が、自分のことを忘れた。綺麗さっぱりではなく、学院の頃までの記憶はあって、しかしそれ以降の記憶がない。今の浮竹にとって、隊長となってしまった大人の京楽は、他人なのだ。
しかし、解せない。
記憶を食うアランカルの存在など、今まで確認されたことがない。可能性があるとすれ、反逆者となった藍染が、崩玉を使って新たに生み出したアランカルなのかもしれない。
「今は、様子を見ましょう。記憶も、混濁が落ち着いてきたようですし。なるべく、浮竹隊長の傍にいてあげてください。あなたの存在が、記憶を取り戻すのに一番効果的な気がします」
中途半端に記憶喪失の浮竹は、それから1週間後には退院して、雨乾堂に帰っていった。
「本当に、お前はあの京楽なのか?」
「そうだよ。こんなもじゃもじゃのおっさん、まさに学院後の京楽ってかんじがするだろう?」
「確かに、友人であった京楽は、もじゃもじゃだったが・・・・・・しかし、おっさんって・・・・・・:」
「君と仲良く、おっさん同士さ。まあ、浮竹と僕が同い年だなんて、誰も信じてくれないけどね」
一度手鏡を渡され、年齢を重ねた自分がそこにいるのを認めて、浮竹は自分が一時的な記憶喪失に陥っていると納得はした。だが、まだ完全に受け入れられないでいた。
「お前からは、確かに京楽の霊圧を感じる。かなり、今まで感じていたのより強いが」
「だから、僕は隊長になった未来の京楽なんだってば」
「未来の京楽か・・・・・・」
京楽は、長い浮竹の髪に手をもっていった。
「この白い髪を、ここまで伸ばせっていったのも、僕だよ?」
「このうっとしい長い髪がか?」
「綺麗じゃないか。雪のようで」
「こんな髪・・・・・・」
浮竹にとって、コンプレックスでしかない長い白髪が好きで、京楽は浮竹に伸ばさせた。
「長いと、その、何かいろいろと不便だな。まぁ、京楽が切るなというなら切らないが」
中途半端に記憶喪失の浮竹の記憶は、学院時代の2回生の春ごろのものだった。両想いになる夏の終わりより前のところで、浮竹の記憶はぷつんと途切れていた。
「愛しているよ、浮竹」
「俺は、その・・・・・」
京楽に、いつものように愛を囁かれても、素直に受け入れられない。
学院時代の京楽は、浮竹の傍にいたが、あくまで友人、親友としてだった。
「愛してる」
耳元で囁かれて、髪を長い指がすいていく。
髪をすいていくその指の動きが気持ちよくて、浮竹は目を閉じた。
触れるか触れないかのキスをされて、翡翠の瞳が瞬いた。
「本当に、俺と京楽は、恋人同士に・・・・・?」
「そうだよ」
京楽は諦めない。
浮竹が自分のことを忘却してしまったのなら、もう一度刻み込めばいいのだ。
どれほど、狂おしいまでに愛しているのかを。
「あっ・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽に押し倒されて、浮竹は戸惑った。
「その、するのか?」
「しない。でも思い出して?」
記憶のない浮竹を抱いても、満足するものは得られるかどうか分からない。
ただ、甘く甘く、とろけるように甘くしてやればいい。
果実のように甘く囁いてとろけさせて、頭の中を京楽で満たしてしまえばいい。
京楽は、浮竹に啄むような口づけを何度も交わして、彼の細い体のラインをたどった。
「京楽・・・・・・」
4番隊の病室にた頃の浮竹は、消毒用のアルコールのにおいがまじっていたが、今の浮竹はいつものように花のような甘いかおりがした。
入院している間、ふくことくらしかできなかった髪を、洗髪したのも京楽だ。
いつものシャンプーと違うものを使ったのに、浮竹の髪からも甘い花の香りがした。
「んっ・・・・・・」
隊長羽織を脱がされて、侵入してきた指の動きに、浮竹の声がうわずった。
膝を膝で割られて、浮竹は逃げようとした。
だが、がたいのいい京楽に押し倒されていて、体を少しずりあげることしかできなかった。
「やっぱり、するのか・・・・・・・」
「最後まではしない。愛していいかい?」
「いやだといっても、するんだろう?」
「ご名答」
「やっ」
やわやわと花茎をはう手が、その長い指が浮竹を追い上げていく。
「やあっ、きょうら・・・・く・・・・」
真っ白になる世界。体が、痙攣する。
墜ちていく浮竹を、京楽はしっかりと受けとめる。
「愛している、十四郎」
耳元で囁けば、浮竹の白い頬は薔薇色に染まっていく。
浮竹の体は、甘い果実のようだ。いつもは嫌がる浮竹がいないのをいいことに、京楽は好きなだけ浮竹の白い肌に痕を残した。
何度めかの性を半ば無理やり吐き出させられて、浮竹はまどろむように意識を飛ばした。
そのまま意識を失った浮竹を抱きしめて、京楽もまた眠りについた。
朝起きると、腕の中にいた愛しい人は、いなかった。
布団の上を、手を這わせて確認する。
まだ、暖かい。
まだ、近くにいるはずだ。
「浮竹・・・・・?」
愛しい人の姿を探して雨乾堂の外にでると、欄干ごしに浮竹が鯉に餌をやっていた。
「起きたか、京楽」
浮竹は、どこかさっぱりしていた。
「まさか、もう記憶が?」
昨日のことを思い出して、浮竹は鯉にさらに餌をまき散らした。
「その・・・いや、それより俺の記憶がないのをいいことに、散々痕をつけやがって」
真っ白な浮竹の白い肌には、京楽が刻んだ情欲の証がいくつも刻まれていた。
「雨乾堂から、しばらく出れない。責任とれよ」
「浮竹ぇ!」
甘ったるくしたのが成功だったのか、それとも術が解けたのか。
ともかく、浮竹は元に戻っていた。
そんな浮竹に思い切り抱き着いた。
浮竹は、京楽の体重を支え切れずに、雨乾堂の板張りの廊下の上に倒れこむ。
「重いぞ京楽。どけ」
「ごめんごめん」
京楽は、浮竹の手を取って起き上がらせた。
「お前を庇うと、ろくなことにならないな」
「浮竹!今後、あんな無茶はしないでよ!」
「分かっている」
鯉に餌をやり終わった浮竹を抱き上げる。昨日、体の全体のラインを確かめたが、昏睡状態が長かったせでい、浮竹は悲しいほどに体重を落としていた。ただでさえ、細いのにさらに細くなってしまっていた。
「肉をつけるには、やっぱり肉を食うに限るね。今日は焼肉だ」
四番隊の隊舎にいた時は、病院食のような質素なものしか出なかった。
「快気祝いをかねて、ぱーっと派手にやろうよ」
一緒に戦った、更木や日番谷も呼んで酒を飲もうという京楽の提案に、浮竹は同意した。ただ、日番谷を飲みに誘うというのには、少し逡巡する。
「だが、日番谷隊長を飲みに誘っていいのか?あの子はまだ子供だろう」
「なあに、死神だし年齢は関係ないよ。現世じゃあるまいし。そんな法律も条令もない」
「日番谷隊長には、オレンジジュースでいいだろう。その方がいい気がする」
「はっくっしょん」
「あれー?隊長、風邪ですか?」
「違う。誰かが噂してやがるんだ。13番隊か8番隊あたりの、誰かが」
もう一度くしゃみをして、日番谷はまとめていた書類にハンコを押した。
伝令の蝶が飛んできた。松本は、それを手に止まらせて内容を受け取ると、目を輝かせた。
「隊長、浮竹隊長が記憶を完全に取り戻したらしいですよ!快気祝いに、11番隊と8番隊と10番隊と13番隊で、ぱーっと飲んで肉食べるそうで、京楽隊長のおごりですって!」
今から楽しみだと、松本は浮かれていた。
京楽隊長がおごってくれる店は、馴染みの店の時もあるが、時折高級な店の時がある。集まる店が高級店であると知って、松本は今から何を飲んで食べようかと悩んでいた。
「肉か・・・・・たまには、いいかもな」
がっつり、肉を食うことなどあまりない。
「のめのめ~」
京楽が、松本の杯に酒を注いでいく
「この酒おいしーい!ひっく・・・・・流石京楽隊長が選んだお酒だけ、ありますね。ひっく・・・」
松本は酒豪ではない。京楽が勧めるままに、杯を呷ってすでにべろんべろんに酔っていた。
「浮竹隊長も、のみなさ~い。ひっく」
浮竹は、いつもの果実酒を飲んでいた。そこに、松本が日本酒を注ぎ込む。
「松本副隊長、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「なに、まだまだいけるわよぉ?ひっく」
「ふん、酒はいいが肉が足りねぇ」
いつもは一緒に飲むことなどない更木は、肉料理ばかり手をつけていた。
「うっきー、記憶もどってよかったね!」
「ああ、草鹿副隊長、ありがとう」
やちるは、更木の肩のうえで肉を食べながら、ぶどうジュースを飲んでいた。
日番谷は、離れたところで肉を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。
席官以上の人間が集まっていたが、四隊にもなると、けっこうな大人数になった。
「京楽、金はたりるのか?」
「なーに、心配しなさんさ。この前、一件別館を売りとばしたから、金には余裕ありまくりだよ。まぁ、売りとばさなくても金は腐るほどあるけどね」
上流貴族の出身である京楽は、金持ちだ。その金銭目当てで、寄ってくる女性も多い。見た目も悪くないし、女性には優しいし、上流貴族ということもあって、女性死神によくもてた。
下級貴族であるが、誰にでも平等に優しく、身目麗しい浮竹は、女性だけでなく男性死神にももてた。
「浮竹隊長、傷が癒えてよかったっす!俺の愛をうけとってください!」
酒にべろんべろんによっぱらった、11番隊の席官が、浮竹の手をとって指輪をはめようとしてくる。
「君、そこまでだよ」
殺気を漲らした京楽が、名も知らぬ席官の首に斬魄刀を当てていた。
「ひいっ」
男死神は、逃げていった。
「浮竹ぇ。僕の傍にいなさい」
「え、ああ・・・・」
肉より野菜を多めにとりながら、浮竹は果実酒を呷った。
「浮竹、せっかく高級店を選んだんだから、もっと肉食べなさい」
「ああ・・・・・」
肉を食べるが、その量は他の人に比べて少ない。
「そんなんだから、細いままなんだよ、君は。もっと食べて肉つけなきゃ」
「いや、俺はあんまり肉がつきにくい体質だから。食べても食べても、あんまり太らないし・・・・」
「何それぇ。すごく羨ましいですよ、浮竹隊長。ひっく」
松本が、酒の勢いもあって絡んできた。
「肉がだめなら、飲みなさい!もっとのめのめ~ひっく」
半ば、無礼講なだけあって、みんなわいわいと騒いでいた。
「松本ぉ!恥をかかせるな。酒はそれぐらいにしろ!」
「なんですか、隊長!隊長も、さけのみなさーい」
松本は、その豊満すぎる神々の谷間を、日番谷におしつけて、日番谷に無理やり日本酒を飲ませた。
「うっ、なんだこれ。喉が焼ける・・・・・・・・・」
始めて知る酒の味に、あまりうまそうな顔をしない日番谷。
きっと、大人になっても酒好きにはなりそうもない。
「うっきーの、回復を祝って、みんなで乾杯しよー」
やちるが、ぶどうジュースの入ったコップを手に、更木の肩の上で、乾杯と叫んだ。
「「「「乾杯!」」」」
たくさんの人が、浮竹の回復を祝った。
浮竹も、勧められるままに酒を呷って、そして酔いつぶれた。
「あーあ。寝ちゃった」
浮竹は、酔いつぶれると寝てしまう。そんな浮竹を抱き上げて、京楽は笠を深く被り直すと、残った面子に言い放つ。
「勘定は済ませといたから。0時まで、飲み放題食べ放題だ。まぁ、後はみんなの好きにすればいいよ」
瞬歩で、浮竹を雨乾堂に送り届けると、清音が布団をしいてくれたので、そこに浮竹をそっと寝かす。
「あれぇ?」
浮竹は、知らない間に京楽の、少し伸びた黒髪を掴んでいた。手を離させようにも、しっかりつかんで離さない。
「僕に、帰ってほしくないんだね」
京楽は苦笑して、浮竹の隣に横になる。酒をしこたま飲んだせいで、睡魔はすぐにやってきた。
すーすーと、静かに寝息を立てる自分の隊長の、安心しきった表情を見て、清音も自然と笑みが零れた。
「おかえりなさい、浮竹隊長。それからありがとうございます、京楽隊長」
かつては、こんな二人の面倒をみるのは海燕の役割だった。彼が死んで、もう何十年も経過していた。
浮竹は、まだ副官を置かない。
海燕の死が、浮竹の心に穴をあけているのを、清音も仙太郎も、そして京楽も知っていた。
今日は、満月だった。
眠り込む二人を包み込むように、窓から月光が入ってくる。
比翼の鳥は、寄り添いあいながら、しばしの休息をとる。
比翼の鳥は、片方は優しすぎて、片方は儚いが強さをもっていた。
比翼の鳥は、まどろみ、眠りへとついた。
闇空に、月が浮かぶ。
太陽のようにではないが、優しくそして平等に、その光は降り注ぐのであった。
PR
日常
学校の帰り道。
一護は、ルキアとゲーセンに寄った。
夏休みも終わり、秋がこようとしていた。まだうだる暑さを含んだ大気は、当分残暑が続きそうだった。
「一護、これはなんだ?」
「あー?プリクラだ。写真とるようなもんだ」
「ほうほう。一度、とってみたいぞ。貴様とでいい」
「なんだその言い方」
カチンときたが、一護はルキアと一緒にプリクラをとった。
「おお、すごいな。文字も入れれるのか。ただ、値段が少し高いな。まぁ、兄様からたくさん小遣いをいただいているので、どうでもよいが」
「お前、一体いくら白哉からもらってるんだよ」
「ふふふふ、秘密だ」
少なくとも、10万以上はあるなと、一護は思った。
ブランドものの衣服を、時折買ってくることがある。ティーンズファッションのモデルにならないかと、芸能人スカウトされたことのあるルキアは、男のようなさばさばした性格と口調のわりには、高貴な身分だけあって、どこか気品があった。
「しっかし、白哉も変わったもんだなぁ」
「そうだな。兄様は、だいぶ変わられた」
義妹を素直に愛せなかった分を、取り戻すかのように、甘やかしている。
女性死神協会のメンバーと海に行った時など、わかめ大使とかいうわけのわからない砂細工を作っていた。となりででこぼこのチャッピーを作っているルキアと、まさに似た者義兄妹。
「一護、あれはなんだ」
「ああ?クレープ屋だよ」
「ふむ。金をやるから買って来い」
「なんで俺が買うんだよ。食いたいのはルキアだろうが。自分で行け」
「たわけ!愛しい彼女のために、働くのが現世の男子というものだろう」
「別に愛しくなんかないぞ」
「今までの私との関係は、遊びだったのか!」
「いや、俺らただの死神仲間だろうが」
別に、付き合っているというわけではない。交際するなら、まずは白哉の許しがいるだろう。
「泣くぞ!」
「わーったよ。買ってくればいいんだろ!」
ハンカチを目に添えられて、ぶつぶつと文句をいいながらも、一護は自分の分も含めて2つクレープを買った。
「うむ。美味いな。食べないなら、貴様の分もよこせ!」
「意地汚いやつだな!今から食べるんだよ、俺は!」
ルキアにとられる前に、一護はクレープを食べてしまった。
「むう。もう1つ買って来い」
「だから、自分で行けよ・・・・・・」
一万札を渡されて、一護はため息を零した。
あー。なんだこの生き物。かわいいけど、我儘で傲慢不遜だ。
そんなルキアに慣れてしまったのか、一護は素直にクレープを買いにいった。おつりをもらうのに少し時間がかかった。
「たわけ、遅いぞ!」
「ほんの数分も待てないのかよ」
「よこせっ!」
一護の手からクレープを奪いとるルキア。
「さっきと違う味がする。こっちのほうがうまいな」
「どれ」
食べかけのルキアのクレープを、一護は少しだけ食べた。
それに、ルキアは真っ赤になった。
「貴様!このたわけ者!」
まるで、彼氏彼女のようではないか・・・・・・・その言葉を飲み込んで、ルキアは歩き出す。
「現世は、やはりいいな」
「そうか?」
いつまで、現世にいられるの分からない。藍染との戦いが、一段落したら、ルキアはまた尸魂界に帰るのだろう。
「現世に、ずっと一緒にいられたらいいのに・・・・・・」
ルキアの声は、小さすぎて一護には届かなかった。
今は、穏やか日々を享受しよう。
決戦の時は、近づいていた。
一護は、ルキアとゲーセンに寄った。
夏休みも終わり、秋がこようとしていた。まだうだる暑さを含んだ大気は、当分残暑が続きそうだった。
「一護、これはなんだ?」
「あー?プリクラだ。写真とるようなもんだ」
「ほうほう。一度、とってみたいぞ。貴様とでいい」
「なんだその言い方」
カチンときたが、一護はルキアと一緒にプリクラをとった。
「おお、すごいな。文字も入れれるのか。ただ、値段が少し高いな。まぁ、兄様からたくさん小遣いをいただいているので、どうでもよいが」
「お前、一体いくら白哉からもらってるんだよ」
「ふふふふ、秘密だ」
少なくとも、10万以上はあるなと、一護は思った。
ブランドものの衣服を、時折買ってくることがある。ティーンズファッションのモデルにならないかと、芸能人スカウトされたことのあるルキアは、男のようなさばさばした性格と口調のわりには、高貴な身分だけあって、どこか気品があった。
「しっかし、白哉も変わったもんだなぁ」
「そうだな。兄様は、だいぶ変わられた」
義妹を素直に愛せなかった分を、取り戻すかのように、甘やかしている。
女性死神協会のメンバーと海に行った時など、わかめ大使とかいうわけのわからない砂細工を作っていた。となりででこぼこのチャッピーを作っているルキアと、まさに似た者義兄妹。
「一護、あれはなんだ」
「ああ?クレープ屋だよ」
「ふむ。金をやるから買って来い」
「なんで俺が買うんだよ。食いたいのはルキアだろうが。自分で行け」
「たわけ!愛しい彼女のために、働くのが現世の男子というものだろう」
「別に愛しくなんかないぞ」
「今までの私との関係は、遊びだったのか!」
「いや、俺らただの死神仲間だろうが」
別に、付き合っているというわけではない。交際するなら、まずは白哉の許しがいるだろう。
「泣くぞ!」
「わーったよ。買ってくればいいんだろ!」
ハンカチを目に添えられて、ぶつぶつと文句をいいながらも、一護は自分の分も含めて2つクレープを買った。
「うむ。美味いな。食べないなら、貴様の分もよこせ!」
「意地汚いやつだな!今から食べるんだよ、俺は!」
ルキアにとられる前に、一護はクレープを食べてしまった。
「むう。もう1つ買って来い」
「だから、自分で行けよ・・・・・・」
一万札を渡されて、一護はため息を零した。
あー。なんだこの生き物。かわいいけど、我儘で傲慢不遜だ。
そんなルキアに慣れてしまったのか、一護は素直にクレープを買いにいった。おつりをもらうのに少し時間がかかった。
「たわけ、遅いぞ!」
「ほんの数分も待てないのかよ」
「よこせっ!」
一護の手からクレープを奪いとるルキア。
「さっきと違う味がする。こっちのほうがうまいな」
「どれ」
食べかけのルキアのクレープを、一護は少しだけ食べた。
それに、ルキアは真っ赤になった。
「貴様!このたわけ者!」
まるで、彼氏彼女のようではないか・・・・・・・その言葉を飲み込んで、ルキアは歩き出す。
「現世は、やはりいいな」
「そうか?」
いつまで、現世にいられるの分からない。藍染との戦いが、一段落したら、ルキアはまた尸魂界に帰るのだろう。
「現世に、ずっと一緒にいられたらいいのに・・・・・・」
ルキアの声は、小さすぎて一護には届かなかった。
今は、穏やか日々を享受しよう。
決戦の時は、近づいていた。
比翼の鳥Ⅳ
「ああ、また散らかして・・・・・・・」
海燕は、雨乾堂でばらばらになった書類を、片付けていく。
ハンコはもう押されてあった。
後は、次の隊に回すだけの書類だ。
「またこんな場所で・・・・・」
浮竹と、京楽が寝ていた。
畳に敷いた布団の上で、京楽は、浮竹を抱きしめていた。京楽の腕の中で、浮竹はすーすーと眠っている。二人とも、よく眠っているようだ。
いくら京楽の手の中だからといっても、あまりにも無防備だ。
「隊長・・・・」
海燕は、浮竹のやや薄い桃色の唇に指で触れる。
起こすまいと、優しく。
「んー・・・・・・」
京楽が、身じろぎした。
自分の今しでかしたことに気づかれたのかと、ぎくりとなった。
浮竹は、変わらずスースーと眠りに入っている。京楽のほうが、眠りは浅いようだった。
真っ白な長い髪が、布団の上で乱れている。
その髪に、そっと触ってみると、サラサラと指の間から零れ落ちた。
「ん・・・京楽の、あほ・・・・」
眠っていた浮竹が、少しだけ動いた。
また、気づかれたのかと、ぎくりとなる。
自分には、都という名の妻がいる。浮竹と出会う前から、結婚していた。もし、妻帯していなかったら。もし、浮竹に京楽がいなかったら・・・。
敬愛する上官に抱いてしまった劣情に、海燕は首を振って想いを抑え込んだ。
「二人とも、風邪ひきますよ」
かけ布団を二人にかぶせて、拾い上げた書類を手に、海燕は雨乾堂を後にした。
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽が目を開ける。
残っていた霊圧に、眉をしかめる。
愛しい浮竹の霊圧に触れるように、少しだけ霊圧の名残があった。
それは、浮竹が京楽の他に最も信頼しているはずの、副官のものだった。
確か、名前は志波海燕。妻帯者で、浮竹の世話をよくやいてくれる、京楽も頼りにしている相手だった。
「ちょっと、まずいんじゃないの・・・・・・」
もしも、浮竹を取られでもしたら、嫉妬で身が滅びそうだ。
「君は、僕だけのものだからね」
腕の中で眠る、白い髪の麗人を抱きしめる腕に、力を籠めると、僅かに翡翠色の瞳が開いた。
「ん・・・きょうら・・・く?」
交わったわけではない。だが、ぐずぐずになるように、甘く甘く、耳元で囁くように浮竹に接した。
何度も口づけして、体のラインを確かめた。
「まだ、眠い・・・・・・」
浮竹は、京楽のもじゃもじゃの胸毛のはえた胸筋に、頭をこすりつける。
浮竹の白い髪や体からは、甘い花の香りがした。
いつもそうだ。
香水も使っていないのに、甘い香りがする。花のような香りだ。
さらさらと零れ落ちていく、白い長い髪を、手に取る。
「誰にも、渡さない・・・・・・・」
やや乱暴に、口づける。
「んー・・・・・・きょうら・・く・・・・」
「どうしたんだい、十四郎」
下の名前で呼ぶと、ぴくりと浮竹の体が反応した。
「春水・・・・・・」
触れ合うだけのキスをする。
「浮竹は、甘いねぇ」
とろけるようなキスも、触れるようなキスも、甘くて甘くて。
まるで、果実のようだ。
「春水・・・・・・・愛してる・・・・・・」
「僕もだよ、十四郎」
その甘さを貪るように、覆いかぶさって、深く口づけた。
「誰にも、渡さない」
もしも、浮竹に自分以外の愛しい人ができたら、きっと相手を殺してしまう。
狂気じみた愛だ。
比翼の鳥の片割れは、貪欲だった。欲しいだけ貪る。
もう片方の比翼の鳥は、貪られて啼くことを覚えた。
優しく甘い時間は、あっという間に過ぎていく。
比翼の鳥は、お互いを抱きしめあいながら、熱を孕んで飛び立っていく。
休息を何度も取りながら。
ただ、真っ白な世界へと。
海燕は、雨乾堂でばらばらになった書類を、片付けていく。
ハンコはもう押されてあった。
後は、次の隊に回すだけの書類だ。
「またこんな場所で・・・・・」
浮竹と、京楽が寝ていた。
畳に敷いた布団の上で、京楽は、浮竹を抱きしめていた。京楽の腕の中で、浮竹はすーすーと眠っている。二人とも、よく眠っているようだ。
いくら京楽の手の中だからといっても、あまりにも無防備だ。
「隊長・・・・」
海燕は、浮竹のやや薄い桃色の唇に指で触れる。
起こすまいと、優しく。
「んー・・・・・・」
京楽が、身じろぎした。
自分の今しでかしたことに気づかれたのかと、ぎくりとなった。
浮竹は、変わらずスースーと眠りに入っている。京楽のほうが、眠りは浅いようだった。
真っ白な長い髪が、布団の上で乱れている。
その髪に、そっと触ってみると、サラサラと指の間から零れ落ちた。
「ん・・・京楽の、あほ・・・・」
眠っていた浮竹が、少しだけ動いた。
また、気づかれたのかと、ぎくりとなる。
自分には、都という名の妻がいる。浮竹と出会う前から、結婚していた。もし、妻帯していなかったら。もし、浮竹に京楽がいなかったら・・・。
敬愛する上官に抱いてしまった劣情に、海燕は首を振って想いを抑え込んだ。
「二人とも、風邪ひきますよ」
かけ布団を二人にかぶせて、拾い上げた書類を手に、海燕は雨乾堂を後にした。
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと、京楽が目を開ける。
残っていた霊圧に、眉をしかめる。
愛しい浮竹の霊圧に触れるように、少しだけ霊圧の名残があった。
それは、浮竹が京楽の他に最も信頼しているはずの、副官のものだった。
確か、名前は志波海燕。妻帯者で、浮竹の世話をよくやいてくれる、京楽も頼りにしている相手だった。
「ちょっと、まずいんじゃないの・・・・・・」
もしも、浮竹を取られでもしたら、嫉妬で身が滅びそうだ。
「君は、僕だけのものだからね」
腕の中で眠る、白い髪の麗人を抱きしめる腕に、力を籠めると、僅かに翡翠色の瞳が開いた。
「ん・・・きょうら・・・く?」
交わったわけではない。だが、ぐずぐずになるように、甘く甘く、耳元で囁くように浮竹に接した。
何度も口づけして、体のラインを確かめた。
「まだ、眠い・・・・・・」
浮竹は、京楽のもじゃもじゃの胸毛のはえた胸筋に、頭をこすりつける。
浮竹の白い髪や体からは、甘い花の香りがした。
いつもそうだ。
香水も使っていないのに、甘い香りがする。花のような香りだ。
さらさらと零れ落ちていく、白い長い髪を、手に取る。
「誰にも、渡さない・・・・・・・」
やや乱暴に、口づける。
「んー・・・・・・きょうら・・く・・・・」
「どうしたんだい、十四郎」
下の名前で呼ぶと、ぴくりと浮竹の体が反応した。
「春水・・・・・・」
触れ合うだけのキスをする。
「浮竹は、甘いねぇ」
とろけるようなキスも、触れるようなキスも、甘くて甘くて。
まるで、果実のようだ。
「春水・・・・・・・愛してる・・・・・・」
「僕もだよ、十四郎」
その甘さを貪るように、覆いかぶさって、深く口づけた。
「誰にも、渡さない」
もしも、浮竹に自分以外の愛しい人ができたら、きっと相手を殺してしまう。
狂気じみた愛だ。
比翼の鳥の片割れは、貪欲だった。欲しいだけ貪る。
もう片方の比翼の鳥は、貪られて啼くことを覚えた。
優しく甘い時間は、あっという間に過ぎていく。
比翼の鳥は、お互いを抱きしめあいながら、熱を孕んで飛び立っていく。
休息を何度も取りながら。
ただ、真っ白な世界へと。
猫又
「京楽、この通りだ」
「だめなものはだめ」
「そう言わず」
「だーめ」
「これでもか?」
浮竹は、自分の服の襟元をはだけた。
「うっ・・・・・色仕掛けしても、だめなものはだめ!」
「そんな。又吉・・・・・・・」
にゃあ。
浮竹に抱き上げられた黒猫は、かわいく鳴いた。
といっても、ただの猫ではない。
正体が夜一だというパターンでもない。
尻尾が二つあった。
いわゆる、猫又・・・・・・妖怪の一種だった。
尸魂界では、一種の虚に似た姿を保つ獣の一種だ。分類上では。
「はっくしょん」
京楽は、くしゃみをした。
「頼むから、こっち向けないでくれないかい。くしゃみが止まらなくなる・・・・っくしょん」
京楽は、浮竹と同じで夜一と交流をもつ。だが、夜一が猫の姿をとると、京楽はいなくなる。彼は・・・・・・猫アレルギーだった。
「はっくしょん。とにかくだめなものはだめ!雨乾堂で、猫又かうなんて!僕が遊びにいけなくなるじゃない」
「京楽がきたら、清音と仙太郎に世話するようにもっていってもらうから!」
「もっていくまで、ここにいるんでしょ?僕が猫アレルギーだって知ってるでしょ?」
「だから、頼み込んでいるんじゃないか。雨乾堂は、俺の居場所だぞ。本当なら、京楽の許可なしでも飼えるのを、こうやって許しをえて飼おうとしてるだけましじゃないか!」
「だめなものはだめ!」
京楽は、猫又を我慢してつかみ、ぽいっと雨乾堂の外に捨てようとする。
「又吉!」
「にゃああ」
又吉と呼ばれた猫又は、暴れると京楽の顔をひっかいて、浮竹の元に戻ってきた。
「ここがだめなら、どうしよう・・・・・・・そうだ、シロちゃんだ!」
自分と同じ、シロちゃんこと日番谷を思い出した。
彼は、けっこう動物好きだ。
「ちょっと、行ってくる」
「あ、浮竹・・・・・・・はっくっしょん!」
京楽は、くしゃみをして、瞬歩で去って行った浮竹の後を追った。
「日番谷隊長!」
「なんだ、騒々しい」
10番隊の隊舎の隊長室にやってきた浮竹は、又吉と名付けた猫又を、ずいっと日番谷の目の前にもってきた。
「にゃああ」
「なんだ、猫か。猫なんてもってきて、なんなんだ、浮竹」
「10番隊で、飼ってくれないか」
「急にそんなこと言われてもな・・・・って、この猫、猫又じゃねぇか!」
「大丈夫、ただの猫が長生きして猫又化しただけで、害はない」
「問題あるわっ!」
猫又を飼うなんて、聞いたこともない。
普通の猫として飼えるのかもわからない。
「頼む!13番隊では、京楽が猫アレルギーだから飼えないんだ」
「あのもじゃもじゃが・・・・っていうか、雨乾堂にいつもくるのか、あのおっさん」
「どうせ、僕はもじゃもじゃのおっさんだよ・・・・・・・」
浮竹の後をつけてやってきた京楽は、笠を深くかぶっていじけだした。
それを浮竹は無視した。
「だめか、日番谷隊長・・・・・・」
「んーそうだ、雛森!おい、松本!」
「んー。なんですか、隊長・・・・ふあああ、あらかわいい。猫かぁ」
長椅子で寝ていた松本を乱暴に起こすと、日番谷は命令した。
「今すぐ、雛森を呼んでこい」
「えー、まだ寝ていたいですー」
「いいから、さっさと呼んで来い!」
怒鳴られて、松本は仕方なしに瞬歩で雛森を呼びにいった。
数分後。
「わーかわいい!」
呼ばれた雛森は、猫が好きだった。
実家でも、数匹の猫を飼っている。
「シロちゃん、本当にいいの?私がもらっちゃって・・・・・」
雛森は、黒い猫又をみて、次に日番谷の顔をみた。
「シロちゃんって呼ぶな!日番谷隊長と呼べ!」
「シロちゃんは、シロちゃんだよ?」
頭を撫でられて、その覆そうにもまだできない身長差に、少し悔しそうに日番谷は雛森のされるままにしていた。
「いつか、絶対背を追い越してやるからな」
「シロちゃんがー?あははは、いつになるんだろうねぇ」
雛森は、陽だまりのように日番谷を包み込んでいた。
「シロちゃん、大好き!」
「ばかっ!松本とか浮竹が見てるだろう!」
京楽はいるけど、省いておいた。
雛森は、黒い猫又をみて、次に日番谷の顔をみた。
「シロちゃんって呼ぶな!日番谷隊長と呼べ!」
「シロちゃんは、シロちゃんだよ?」
頭を撫でられて、その覆そうにもまだできない身長差に、少し悔しそうに日番谷は雛森のされるままにしていた。
「いつか、絶対背を追い越してやるからな」
「シロちゃんがー?あははは、いつになるんだろうねぇ」
雛森は、陽だまりのように日番谷を包み込んでいた。
「シロちゃん、大好き!」
「ばかっ!松本とか浮竹が見てるだろう!」
京楽はいるけど、省いておいた。
「シロちゃん、恥ずかしがりやだなぁ」
「にゃあ」
猫又が鳴く。
「そいつ、猫又だぞ。隊舎じゃかえねぇ。大体浮竹がもってきたものだしな」
その浮竹は、松本が入れたお茶を飲んで、せんべいをかじっていた。
「雛森副隊長、飼ってくれるか?」
「ええ、浮竹隊長!猫又なんて珍しいし、実家で良ければ飼います!」
「よかった・・・・・はっくしょん」
様子を見ていた京楽は、くしゃみをしながら安堵した。これで、今までのように雨乾堂に堂々と遊びに行ける。
「浮竹隊長~、キスマーク、うなじについてますよ」
「えっ」
今日もまた、浮竹は白く長い髪を結い上げていた。露出していたうなじに、痕が残っているのに気づいた松本は、むふふふと、腐った笑みを浮かべていた。
「京楽!」
浮竹は、痕を残されることを嫌う。
怒鳴られて、京楽は浮竹を置いて瞬歩で逃げ出した。
「あのくされエロ魔人がっ」
「浮竹。ほんとに、あんなもじゃもじゃおっさんの、どこがいいんだ?」
「自分でも、たまに分からなくなる」
「にゃあ」
又吉は、かわいく鳴いて、二本の尻尾を揺らした。雛森の腕の中で、気持ちよさそうにしている。
「シロちゃーん。名前、又吉じゃかわいくないから、エカテリーヌに変えていい?」
「べ、別にいいんじゃないか」
日番谷は、雛森のネーミングセンスに、ちょっと引きかけていた。
「にゃーお」
「元気でな、又吉・・・じゃなかった、エカテリーヌ」
浮竹は、雛森の腕の中の猫又の頭を撫でてから、雨乾堂に帰っていった。
それから、戻ってきた京楽とぎゃいぎゃい騒ぎあって、結局は京楽の甘い甘いキスとかにとろけさせられて、許してしまうのである。
比翼の鳥の片割れは、猫アレルギー。
男性死神協会
「あんたら、人の部屋で何勝手なことしてるんだよ」
現世にある、黒崎一護の部屋に、尸魂界の男性死神協会の面子が集まっていた。
吉良イヅル、檜佐木修兵、射場鉄左衛門。
「尸魂界には、男性死神協会に場所を貸してくれる場所がないんじゃあ!」
射場は、涙を流していた。
うんうんと頷く吉良と、檜佐木。
「まじかよ。でも、だからってなんで俺の部屋なんだ?」
「それは、ここが一番居心地がいいからだ!」
檜佐木は、ガッツポーズで、エアコンのスイッチを入れた。
「ああ、涼しい・・・・」
「ただ涼みにきただけかよ。それより・・・・・・・」
ちらりと、もう一人いた面子の、浮竹をみる。
「浮竹さんは、なんでそんな恰好してるんだ?」
「ああ、気にしないでくれ」
他の男性死神協会の面子と同じ、上半身裸でグラサン、腹巻、黒いズボン。そこまではいい。他の三人も同じ格好をしているからだ。
でも真っ白な髪を結い上げて、髪飾りで留めていた。んでもって、めっちゃ派手な女ものの着物を肩から羽織っていた。
「気にしないでくれって言われても・・・・・・背後の、京楽さんがめっちゃ気になるんだが」
「僕のこと?気にしないでいいよ。空気だと思ってくれれば」
「いや、無理だから」
「浮竹ぇ、やっぱりその恰好じゃだめだよ。色っぽすぎる。せめて、上半身裸はやめようよ。
僕以外の死神か人間にそんな姿見せるのがもったいない」
浮竹の白い髪をまとめあげて、この前買ってあげた翡翠の髪飾りで留めたのは京楽だった。
浮竹は、涼しいからと、別段気にもとめていなかったようだが、整った容姿と普段は見えないうなじが見えて、かなり色っぽかった。
じっと見ていると、京楽の怖い笑みに気づいて、一護は視線をずらす。
「浮竹さん、あんたは帰れ」
「えっ、なんでだい一護君。俺は、男性死神協会の看板を背負っているようなものだぞ」
「いや、後ろの人がすごい怖いから」
「京楽が?また冗談ばかっり」
いや、まじで怖いんですけど。
吉良も檜佐木も射場も、浮竹を見てはギロリとした視線で、京楽に睨まれている。
「浮竹。エアコンが欲しいなら、僕がいくらでも現世から買ってあげるから、やっぱり帰ろう。肩に着物羽織っただけのそんな姿じゃ、風邪をひいちゃうよ」
「大丈夫だ、京楽。俺は別にエアコンがあるからきてるわけじゃ・・・あああ、涼しい」
エアコンの風があたって、浮竹は幸せそうだった。
「甘味屋で、かき氷とアイスおごってあげるから」
「うーん」
浮竹は、甘いものにつられそうになっていた。
その場にいた男性死神協会の全員が、議題を出しそびれていた。
儚い浮竹のうなじが、とにかく色っぽいのだ。女ものの着物が、やたら似合っている。
「やっぱり帰ろう」
どうしても集まる視線に嫌気がさして、京楽は浮竹を抱き上げた。
「こんな格好、まるで狼に子羊を会わせるようなもんだよ」
いや、いくらなんでもそこまではいかないから。
その場にいた、誰もが思った。
むしろ狼はあんただろ。
一護は思った。
「浮竹さん、京楽さんまたな」
穿界門(せんかいもん)をあけて、去っていく二人に、一護が手を振る。
「浮竹隊長、京楽隊長、お疲れさまです」
吉良が、ぺこりとおじぎをする。
二人が去って、男性死神協会の面子はやっと、議題をだして会議をはじめた。
「あーうまい。エアコンの風にあたりながらだったら、もっとうまいだろうな」
京楽は、一度浮竹と一緒に雨乾堂に帰ると、浮竹を着換えさせて、甘味屋まで来ていた。
尸魂界に、エアコンがないわけではない。四大貴族の朽木家なんかにはあったりする。
アイスを幸せそうにほおばる浮竹は、髪は結い上げたままだった。暑いからだ。
「今年の夏も暑いなぁ、京楽」
「ああ、うん、そうだね・・・・」
京楽は、かき氷を食べていた。頭にキーンときて、ちょっとつらそうだ。
女性死神が、ちらちらと二人の姿を見ていた。
「今日の浮竹隊長、髪結っててなんか色っぽいわね」
「肌の色しろーい」
「あれ、京楽隊長の上着でしょ」
浮竹は、着替えさせられたが、京楽の女ものの上着の着物を肩にかけたままだった。
「かき氷も頼んでいいか?」
「好きにしたらいいよ。でも、風邪ひかない程度にね?」
「ああ、分かっている」
浮竹は、いろんな味のアイスを食べたあと、宇治金時のかき氷を注文した。
「浮竹はさぁ。もっと、危機感もったほうがいいと思うよ」
「ん?なんでだ?」
シャリシャリと、かき氷を口に運びながら、浮竹が小首を傾げた。
その様子があまりにかわいかったので、京楽は写真を撮りたいと思ったほどだった。
「いろいろとね。男ってもんは、危ない生き物だから」
「俺も男だが?」
京楽は、溜息を零した。
「やっぱ浮竹は分かってないねぇ」
時折、男性死神の熱い視線が浮竹に注がれているのを、京楽は気づいていた。
浮竹の今の姿は、男の情欲をそそるものがある。
満足するまで甘味ものを食べた浮竹は、京楽の着物を彼に返した。
「これは、もういい」
「似合ってるのに」
「京楽のほうが、似合ってる」
「まぁ、そりゃいつも着てるからね」
「また今度、髪結ってくれるか」
京楽に、髪を櫛ですかれるのが浮竹は好きだった。
「君のためなら、いくらでも」
にこりと、京楽は微笑む。
浮竹は、京楽の手を掴むと、建物の影に入った。
浮竹は、少し背伸びすると、京楽に口づける。
「浮竹?」
「今日のお礼だ」
少し赤くなって、浮竹は目を逸らす。
「あーもう。君は、なんでこんなにかわいいの」
京楽に抱きしめられて、浮竹の体は強張った。
いくら建物の影に入ったとはいえ、往来の中だ。
ちらちらと降る視線に、浮竹は京楽の笠をとって、走り出す。
「あ、浮竹!僕の笠、返してよ!」
瞬歩で浮竹は移動する。
同じく、瞬歩で京楽はその後を追う。
「捕まえた」
細い白い手首をとらえられて、浮竹は前乗りに倒れそうになった。抱き上げてくる京楽の胸に、顔を埋める。
それから、ぺろりと、自分の唇を舐めた。
ああ。
この子、誘ってるんだ。
浮竹が、情欲を覚ると自分の唇を舐める癖があるのを、京楽は知っていた。
それを知られているのを、浮竹も知っているようだった。
「ここじゃなんだから、僕の館にいこうか。お湯、わかしてあげるからまずは風呂に入ろう」
「ああ・・・・・・・・」
京楽は、尸魂界にいくつかの別邸をもっていた。
上級貴族なだけあって、どの別邸にも定期的に人をやって、いつでも使えるようにしていた。
浮竹の露出されたままのうなじに、唇を寄せて、京楽は囁く。
「愛してるよ、十四郎」
「・・・・・・・・俺も。春水」
浮竹は、京楽の腕から降りると、手を繋いで別宅へ向かった。
途中、死神と遭遇したが、気にしない。
二人は、関係を隠していない。手をつないでいる姿を見ても、萌える女性死神と、幸せそうな二人を見守る男性死神がいるだけだ。
比翼の鳥は、まどろむように、日常の幸せを享受しあうのだった。
無題
「浮竹隊長」
「なんだ、海燕か」
浮竹は雨乾堂で寝込んでいた。少し高い熱を出してしまった。肺の病であるが、吐血するようなことは最近少ないが、ただもとから体が弱く、熱を出すのはしょちゅうだった。
だが、今回の熱には問題があった。
海燕は、その理由で浮竹が熱を出すのが大嫌いだった。
「また無茶されたんですね。何度もいいますけど、あんたは病人なんだから、本当はこういうことするのは体に負担をかけるだけですよ」
浮竹は、京楽とできていた。
それを、副官である志波海燕は知っていた。
京楽に半ば無理やり抱かれると、浮竹が熱を出すことがある。微熱の時が多いが、本当に時折高熱を出して寝込んだ。
愛し合う二人に、別れろとは言えなかった。
ただ、京楽は浮竹を思いやっているはずなのに、熱を出させるほどに無理強いをして抱いているのかと想像しただけで、怒りが沸いてきた。
「京楽隊長に、一度ガツンと・・・・・・」
「いいんだ、海燕。俺も、望んだことだから。その結果熱を出すのは俺が悪いせいだ」
「あんたはどこも悪くない!悪いのは京楽隊長だ!」
海燕は怒っていた。
もう、何度目になるだろう。浮竹が、京楽に抱かれてその後に微熱を含めた熱を出すのは。
浮竹は、体が弱い。そのせいで熱を出すのはしょっちゅうだが、行為のせいで熱を出すのは時折だ。
ただ何百年とその関係を続けている。何十年も副官をしている海燕は、浮竹が京楽のせいでしょっちゅう熱を出しているのだと勘違いをしている。
何度も違うといっても、いつも傍に京楽がいたために、浮竹が熱を出すのは京楽のせいだと思い込んでいた。
「浮竹ぇ、熱だしたんだって?」
ふらりと現れた京楽に、海燕はつかみかからんばかりの勢いで、まくしてたてる。
「あんたのせいだぞ、京楽隊長。隊長に、無理強いするから!」
「海燕、よせっ!」
京楽の胸倉を掴みあげて、今にも殴りかかりそうな海燕を、浮竹が強い言葉で制止する。
「海燕。京楽に手を出すことは、俺が許さない。これは、俺たち二人の問題だ。たとえ海燕といえど、とやかくいう権利はない」
いつもは優しい浮竹だったが、京楽のことになると少し性格が変わる。
叱られて、海燕は京楽から手を離した。
少ししわになった衣服を正して、京楽は浮竹の元にいく。
「今回は、僕のせいで熱だしちゃったんだね。解熱剤は?」
「もう、飲んだ」
「飯は食ったかい?」
「ああ、お粥だけど食べた」
「そうか。それならいいんだ。ほんとに、ごめんね」
「別に、いい。俺の体が弱すぎるせいだから」
浮竹は、どこまでも優しい京楽に、甘えるように頬に伸ばされた手に、その白い頬をこすりつけた。
「志波君。こういうことだから」
海燕の怒りは、半ば嫉妬に似ていることを、京楽は知っていた。
「浮竹が熱を出すことがあるのは、本当だよ。でも、そんなに酷く扱っていない。志波君、何か勘違いしてるんじゃないかい。僕は、無理強いすることはないとは断言できないけど、ほとんどないよ」
あくまで、同意の上での行為だと、におわせるように囁いた。
「・・・・・・・・・」
京楽は、半身を起き上がらせた浮竹の長い白い髪を、指に絡めて遊んでいた。
「この綺麗な髪を、ここまで伸ばさせたのも僕だよ」
まるで、お互いの仲を見せつけるような京楽の仕草と言動に、海燕はバツが悪そう顔をすると、海乾堂を出て行った。
「あーあ、しばらく帰ってこないね、あれは」
京楽は浮竹のうなじに口づけを落とした。
「汗かいてるから、京楽」
「後で、ふいてあげるよ」
いつも、熱を出した浮竹の体を拭いて清めるのはいつもなら海燕の役目だった。だが、いつの間にか、その役目を京楽が奪っていた。
「かわいいねぇ志波君も」
「お前、俺がいるのに海燕にちょっかい出す気か!」
「違う違う。そういう意味で言ったんじゃない。嫉妬して、かわいいなぁと思って」
「嫉妬?誰が誰に」
「浮竹は分からなくていいんだよ」
敬愛を通りこした仄かな上官に対する想いを、必死で隠そうとしている海燕をいじるのは、京楽にとって娯楽のようで、楽しかった。
これは俺のものなんだと目の前で、刻み付けるのは愉悦に近かった。
「はは、僕もたいがい性格ねじれてるね」
「今頃気づいたのか」
「ひどい!僕との関係は遊びだったのね!」
「・・・・・・・・・・・・あほか」
飽きれる浮竹に、泣き真似をしていた京楽は、苦笑して浮竹に横になるようにと促した。
「まぁ、気を付けなくても、大丈夫だろうとは思うけど・・・・」
海燕は、妻帯者だ。都という、綺麗で聡明な、妻をもつ。
その身分で、よく上官に仄かな想いを寄せれるものだなぁと、京楽は思う。まぁ、想いを寄せるくらいならいいけど。
手を出したら、多分半殺しだ。浮竹が海燕を大事にしていなかったら、多分殺しているだろう。
京楽は、残忍な部分のあるもう一人の自分に、少し戸惑いながらも、浮竹に手を出す者がいたらきっと誰であっても許さないだろうと思った。
「京楽」
「なんだい、浮竹」
「あんまり、海燕を苛めるなよ」
「はいはい。努力するよ」
京楽は、浮竹の白く細い手首をとると、内側に痕をつけた。
「あんまり、痕つけるな・・・・・・・」
少しさっきより熱が下がっているようだが、薬のせいで眠いのか、浮竹は弱弱しく嫌がるだけだった。
こんな時に、肉体関係をもっていくのは、無理強いになるのかな?
京楽は思った。
「一応、虫よけしとくか」
「あっ」
ぴりっとした感触を感じて、浮竹の声がうわずった。
「何を・・・・・・」
「だから、虫よけ」
浮竹の白い首にくっきりとキスマークを刻んで、京楽は満足そうに微笑んだ。
いつも、痕を残すと蹴られた。
浮竹は、たまに足癖が悪い。剣術の稽古の時も、蹴りの体術をまじったことをしてくる。
それは、浮竹が力ない自分を恥じて、相手を仕留める隙を見せるために使うものだというこを京楽は知っていた。
半分まどろみに入っている浮竹は、キスマークをつけられたことに気づかない。
「これは、志波君が帰ってきたら、また荒れるだろうな」
僕、しーらないっと。
京楽は、浮竹を寝かしつけて、そそくさと雨乾堂を後にした。
「あのくされエロ魔人!」
帰ってきた海燕は、浮竹につけられた京楽のキスマークに気づいて、怒った。
だが、虫よけとしては覿面だった。
こんな無防備な姿の浮竹に、手を出せるわけがない。
もともと、手を出すつもりもない。
でも、見せつけられるのは辛かった。
海燕は、寝ている浮竹をそっとして、隊舎に戻った。
「海燕殿?」
「なんだー朽木」
「その、飲みすぎではないでしょうか」
「いいんだよ。こんくらいよっぱらったうちに入らねぇ」
海燕は、心配してくる、最近入隊したばかりの朽木ルキアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「海燕殿。何かあったのですか」
「ああ、エロ魔人がな・・・・・・・・」
酔った赤い顔で、エロ魔人がとかいって飲みつぶれた海燕を、朽木は他の死神と一緒になって介抱するのだった。
「なんだ、海燕か」
浮竹は雨乾堂で寝込んでいた。少し高い熱を出してしまった。肺の病であるが、吐血するようなことは最近少ないが、ただもとから体が弱く、熱を出すのはしょちゅうだった。
だが、今回の熱には問題があった。
海燕は、その理由で浮竹が熱を出すのが大嫌いだった。
「また無茶されたんですね。何度もいいますけど、あんたは病人なんだから、本当はこういうことするのは体に負担をかけるだけですよ」
浮竹は、京楽とできていた。
それを、副官である志波海燕は知っていた。
京楽に半ば無理やり抱かれると、浮竹が熱を出すことがある。微熱の時が多いが、本当に時折高熱を出して寝込んだ。
愛し合う二人に、別れろとは言えなかった。
ただ、京楽は浮竹を思いやっているはずなのに、熱を出させるほどに無理強いをして抱いているのかと想像しただけで、怒りが沸いてきた。
「京楽隊長に、一度ガツンと・・・・・・」
「いいんだ、海燕。俺も、望んだことだから。その結果熱を出すのは俺が悪いせいだ」
「あんたはどこも悪くない!悪いのは京楽隊長だ!」
海燕は怒っていた。
もう、何度目になるだろう。浮竹が、京楽に抱かれてその後に微熱を含めた熱を出すのは。
浮竹は、体が弱い。そのせいで熱を出すのはしょっちゅうだが、行為のせいで熱を出すのは時折だ。
ただ何百年とその関係を続けている。何十年も副官をしている海燕は、浮竹が京楽のせいでしょっちゅう熱を出しているのだと勘違いをしている。
何度も違うといっても、いつも傍に京楽がいたために、浮竹が熱を出すのは京楽のせいだと思い込んでいた。
「浮竹ぇ、熱だしたんだって?」
ふらりと現れた京楽に、海燕はつかみかからんばかりの勢いで、まくしてたてる。
「あんたのせいだぞ、京楽隊長。隊長に、無理強いするから!」
「海燕、よせっ!」
京楽の胸倉を掴みあげて、今にも殴りかかりそうな海燕を、浮竹が強い言葉で制止する。
「海燕。京楽に手を出すことは、俺が許さない。これは、俺たち二人の問題だ。たとえ海燕といえど、とやかくいう権利はない」
いつもは優しい浮竹だったが、京楽のことになると少し性格が変わる。
叱られて、海燕は京楽から手を離した。
少ししわになった衣服を正して、京楽は浮竹の元にいく。
「今回は、僕のせいで熱だしちゃったんだね。解熱剤は?」
「もう、飲んだ」
「飯は食ったかい?」
「ああ、お粥だけど食べた」
「そうか。それならいいんだ。ほんとに、ごめんね」
「別に、いい。俺の体が弱すぎるせいだから」
浮竹は、どこまでも優しい京楽に、甘えるように頬に伸ばされた手に、その白い頬をこすりつけた。
「志波君。こういうことだから」
海燕の怒りは、半ば嫉妬に似ていることを、京楽は知っていた。
「浮竹が熱を出すことがあるのは、本当だよ。でも、そんなに酷く扱っていない。志波君、何か勘違いしてるんじゃないかい。僕は、無理強いすることはないとは断言できないけど、ほとんどないよ」
あくまで、同意の上での行為だと、におわせるように囁いた。
「・・・・・・・・・」
京楽は、半身を起き上がらせた浮竹の長い白い髪を、指に絡めて遊んでいた。
「この綺麗な髪を、ここまで伸ばさせたのも僕だよ」
まるで、お互いの仲を見せつけるような京楽の仕草と言動に、海燕はバツが悪そう顔をすると、海乾堂を出て行った。
「あーあ、しばらく帰ってこないね、あれは」
京楽は浮竹のうなじに口づけを落とした。
「汗かいてるから、京楽」
「後で、ふいてあげるよ」
いつも、熱を出した浮竹の体を拭いて清めるのはいつもなら海燕の役目だった。だが、いつの間にか、その役目を京楽が奪っていた。
「かわいいねぇ志波君も」
「お前、俺がいるのに海燕にちょっかい出す気か!」
「違う違う。そういう意味で言ったんじゃない。嫉妬して、かわいいなぁと思って」
「嫉妬?誰が誰に」
「浮竹は分からなくていいんだよ」
敬愛を通りこした仄かな上官に対する想いを、必死で隠そうとしている海燕をいじるのは、京楽にとって娯楽のようで、楽しかった。
これは俺のものなんだと目の前で、刻み付けるのは愉悦に近かった。
「はは、僕もたいがい性格ねじれてるね」
「今頃気づいたのか」
「ひどい!僕との関係は遊びだったのね!」
「・・・・・・・・・・・・あほか」
飽きれる浮竹に、泣き真似をしていた京楽は、苦笑して浮竹に横になるようにと促した。
「まぁ、気を付けなくても、大丈夫だろうとは思うけど・・・・」
海燕は、妻帯者だ。都という、綺麗で聡明な、妻をもつ。
その身分で、よく上官に仄かな想いを寄せれるものだなぁと、京楽は思う。まぁ、想いを寄せるくらいならいいけど。
手を出したら、多分半殺しだ。浮竹が海燕を大事にしていなかったら、多分殺しているだろう。
京楽は、残忍な部分のあるもう一人の自分に、少し戸惑いながらも、浮竹に手を出す者がいたらきっと誰であっても許さないだろうと思った。
「京楽」
「なんだい、浮竹」
「あんまり、海燕を苛めるなよ」
「はいはい。努力するよ」
京楽は、浮竹の白く細い手首をとると、内側に痕をつけた。
「あんまり、痕つけるな・・・・・・・」
少しさっきより熱が下がっているようだが、薬のせいで眠いのか、浮竹は弱弱しく嫌がるだけだった。
こんな時に、肉体関係をもっていくのは、無理強いになるのかな?
京楽は思った。
「一応、虫よけしとくか」
「あっ」
ぴりっとした感触を感じて、浮竹の声がうわずった。
「何を・・・・・・」
「だから、虫よけ」
浮竹の白い首にくっきりとキスマークを刻んで、京楽は満足そうに微笑んだ。
いつも、痕を残すと蹴られた。
浮竹は、たまに足癖が悪い。剣術の稽古の時も、蹴りの体術をまじったことをしてくる。
それは、浮竹が力ない自分を恥じて、相手を仕留める隙を見せるために使うものだというこを京楽は知っていた。
半分まどろみに入っている浮竹は、キスマークをつけられたことに気づかない。
「これは、志波君が帰ってきたら、また荒れるだろうな」
僕、しーらないっと。
京楽は、浮竹を寝かしつけて、そそくさと雨乾堂を後にした。
「あのくされエロ魔人!」
帰ってきた海燕は、浮竹につけられた京楽のキスマークに気づいて、怒った。
だが、虫よけとしては覿面だった。
こんな無防備な姿の浮竹に、手を出せるわけがない。
もともと、手を出すつもりもない。
でも、見せつけられるのは辛かった。
海燕は、寝ている浮竹をそっとして、隊舎に戻った。
「海燕殿?」
「なんだー朽木」
「その、飲みすぎではないでしょうか」
「いいんだよ。こんくらいよっぱらったうちに入らねぇ」
海燕は、心配してくる、最近入隊したばかりの朽木ルキアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「海燕殿。何かあったのですか」
「ああ、エロ魔人がな・・・・・・・・」
酔った赤い顔で、エロ魔人がとかいって飲みつぶれた海燕を、朽木は他の死神と一緒になって介抱するのだった。
猫の人生
「にゃあ」
綺麗な真っ白い猫がいた。
瞳の色は金と銀のオッドアイだ。
そういう猫は、体が弱い。
「にゃあ」
猫は鳴いた。
外でであった、ロシアンブルーの綺麗なの猫に、にゃあと、囁いた。
(京楽?)
「にゃああ」
(浮竹?)
言葉を伝えようにも、にゃあとかなーとかしか言えなかった。
でも、通じた。
光の先は、無ではなかった。猫だけど、また出会えた。
「にゃあ」
(おいで、浮竹)
ロシアンブルーの猫は、野良だった。
飼い猫の、綺麗な真っ白な猫に、家を出ろと囁いた。
気まぐれに、一緒に過ごそうと。
「にゃあああ」
(待ってくれ、京楽)
オッドアイの白猫は、振り返ってくるロシアンブルーの猫の後を追って、走り出す。
「にゃあ」
「にゃあああ」
二人の雄猫は、楽しそうに走り出した。
自由だ。
海のように深く、空のように広大な世界を、自由に楽しむ。
猫でもいいかと、京楽は思った。猫でもいいかと、浮竹は思った。
光の先は、無だと思っていた。でも、違った。
できれば人として生まれたかったが、猫でもよかった。
お互いが、生きているならば。
「にゃーお」
猫の浮竹は、飼い主にごめんなさいと鳴いて、京楽であるロシアンブルーの猫の後を追って、走っていく。
自由に、生きよう。
また、光に飛んでいくまで。
死神と違って、寿命は短いが、それでもいい。
また、永遠の愛を囁こう。
その後、二匹の猫の姿を見た者はいなかった。
綺麗な真っ白い猫がいた。
瞳の色は金と銀のオッドアイだ。
そういう猫は、体が弱い。
「にゃあ」
猫は鳴いた。
外でであった、ロシアンブルーの綺麗なの猫に、にゃあと、囁いた。
(京楽?)
「にゃああ」
(浮竹?)
言葉を伝えようにも、にゃあとかなーとかしか言えなかった。
でも、通じた。
光の先は、無ではなかった。猫だけど、また出会えた。
「にゃあ」
(おいで、浮竹)
ロシアンブルーの猫は、野良だった。
飼い猫の、綺麗な真っ白な猫に、家を出ろと囁いた。
気まぐれに、一緒に過ごそうと。
「にゃあああ」
(待ってくれ、京楽)
オッドアイの白猫は、振り返ってくるロシアンブルーの猫の後を追って、走り出す。
「にゃあ」
「にゃあああ」
二人の雄猫は、楽しそうに走り出した。
自由だ。
海のように深く、空のように広大な世界を、自由に楽しむ。
猫でもいいかと、京楽は思った。猫でもいいかと、浮竹は思った。
光の先は、無だと思っていた。でも、違った。
できれば人として生まれたかったが、猫でもよかった。
お互いが、生きているならば。
「にゃーお」
猫の浮竹は、飼い主にごめんなさいと鳴いて、京楽であるロシアンブルーの猫の後を追って、走っていく。
自由に、生きよう。
また、光に飛んでいくまで。
死神と違って、寿命は短いが、それでもいい。
また、永遠の愛を囁こう。
その後、二匹の猫の姿を見た者はいなかった。
光に向かって
それは、決して避けて通れない道。
まるで、運命のような.。
霊王の死により、崩壊する世界を安定させるために、自身の病気の進行を抑える薬代わりでもあった霊王の右腕「ミミハギ様」を解放した。
一時的に世界を安定させたのと引き換えに、病気が進行していく。
もう末期だと、4番隊隊長卯ノ花は京楽に、最後の対面をと、浮竹が静かに療養のために過ごしている部屋に行くように勧めた。
「もう、だめなのか・・・・・・・・」
比翼の鳥は、片翼を失うと失墜する。京楽にとって、片方の翼であった浮竹は、もう長くなかった。
毎日のように、せき込んでは大量に吐血した。
「浮竹・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・きょう、らく・・・・・」
さっきも、吐血した。
そして、京楽に見せたくないのに、咳き込んでまた吐血した。
べったりと張り付いた血の赤さに、京楽は眩暈を覚えた。
なぜ、彼なのだろう。
運命とは、かくも残酷だ。
浮竹がもう長くないと、皆知っていた。だから、せめて最後まで京楽が傍にあれるようにと、邪魔する者はいなかった。
愛していた。
海よりも深く。空より広大に。
愛されていた。
比翼の鳥のように、お互いを大切にして寄り添いあった。
院生時代からの、恋人だった。何千回・・いや、何万回も交わった。数百年の時を一緒に生きてきた。
それが、もうすぐ終わる。
「春水・・・・・・」
京楽は、血に濡れるのも構わずに、浮竹に口づけた。
「愛して、いるよ・・・・」
涙が、頬を伝った。京楽の初めて見せる涙に、浮竹は微笑した。
「俺も・・・・愛してる。さよなら・・・・・」
京楽は、浮竹の手を握りしめ、浮竹が少しずつ深い昏睡状態になるのを見守った。
そして、浮竹が息を引き取るまで、傍にいた。
比翼の鳥は、片翼を失った。だが、時代は京楽を必要とした。山本総隊長はなくなり、その代わりにと、京楽が総隊長の座についた。
「さよなら、浮竹。たくさんの愛を、ありがとう」
痛々しいまでにやせ細った体を隠すように、棺は白い桜の花で満たされた。朽木百哉に頼んで、桜の花をだしてもらった。
浮竹は、よく花見をする人だった。とりわけ、桜を好んだ。
棺の中には、おはぎが供えられた。
誰もが、泣いていた。京楽は、涙を零さなかった。
そのまま、火葬されていく。
数百年にわたって、愛してきた恋人が、灰となっていくのを、京楽は見守った。
-------------------------------------
「浮竹ぇ。遅いよ」
総隊長の座について、千年の時が過ぎた。
迎えにやってきた浮竹は、長い白い髪をなびかせて、京楽の手をとる。
京楽は、年のせいでやせ細った自分の体をみた。髪の色など、もうとっくの昔に浮竹とおそろいの白になっていた。
「迎えに来た、京楽」
「うん。ずっと、待ってた」
現実世界の京楽は、老衰により死を迎えようとしていた。
まどろむ夢の中で、愛しい人と出会った。
最後にみた、長い白髪のまだ病弱であるけれど、元気であった姿をしていた。
「いこう、京楽」
「ああ・・・・・・・」
ふわりと、京楽の体が浮かんだ。自分の体を見ると、総隊長に就いた頃の年齢の姿をとっていた。
浮竹の体を抱きしめる。涙が零れ落ちた。
体温が、暖かかった。
まるで、本当に生きているようだ。
「浮竹、愛している」
「俺もだぞ、京楽」
深い口づけを交し合い、二人は光にむかって、まっすぐ歩いていく。
死の先に待っているのは、輪廻か、それとも完全な無か。
輪廻があるのなら、浮竹はすでに生まれ変わり、京楽の元きていただろう。だから、きっと無になるんだ。
光へと向かっていく。
二人の姿は、やがて鳥になった。
比翼の鳥だ。
お互いに翼は一つしかない。羽ばたきあい、空を駆け、ずっと遠いところにある光めがけて、飛んでいく。
海より深く、空より広大な世界を。
愛という名で塗りつぶして、光に向かって飛んでいく。
やがて、光は消えた。
静寂だけが満ちた。
世界は、沈黙に包まれた。
京楽の墓は、雨乾堂の浮竹の眠る墓石の隣に建てられた。
もう、離れない。
永遠に、一緒だ。
刹那と永遠(とわ)の時間を刻んで。
まるで、運命のような.。
霊王の死により、崩壊する世界を安定させるために、自身の病気の進行を抑える薬代わりでもあった霊王の右腕「ミミハギ様」を解放した。
一時的に世界を安定させたのと引き換えに、病気が進行していく。
もう末期だと、4番隊隊長卯ノ花は京楽に、最後の対面をと、浮竹が静かに療養のために過ごしている部屋に行くように勧めた。
「もう、だめなのか・・・・・・・・」
比翼の鳥は、片翼を失うと失墜する。京楽にとって、片方の翼であった浮竹は、もう長くなかった。
毎日のように、せき込んでは大量に吐血した。
「浮竹・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・きょう、らく・・・・・」
さっきも、吐血した。
そして、京楽に見せたくないのに、咳き込んでまた吐血した。
べったりと張り付いた血の赤さに、京楽は眩暈を覚えた。
なぜ、彼なのだろう。
運命とは、かくも残酷だ。
浮竹がもう長くないと、皆知っていた。だから、せめて最後まで京楽が傍にあれるようにと、邪魔する者はいなかった。
愛していた。
海よりも深く。空より広大に。
愛されていた。
比翼の鳥のように、お互いを大切にして寄り添いあった。
院生時代からの、恋人だった。何千回・・いや、何万回も交わった。数百年の時を一緒に生きてきた。
それが、もうすぐ終わる。
「春水・・・・・・」
京楽は、血に濡れるのも構わずに、浮竹に口づけた。
「愛して、いるよ・・・・」
涙が、頬を伝った。京楽の初めて見せる涙に、浮竹は微笑した。
「俺も・・・・愛してる。さよなら・・・・・」
京楽は、浮竹の手を握りしめ、浮竹が少しずつ深い昏睡状態になるのを見守った。
そして、浮竹が息を引き取るまで、傍にいた。
比翼の鳥は、片翼を失った。だが、時代は京楽を必要とした。山本総隊長はなくなり、その代わりにと、京楽が総隊長の座についた。
「さよなら、浮竹。たくさんの愛を、ありがとう」
痛々しいまでにやせ細った体を隠すように、棺は白い桜の花で満たされた。朽木百哉に頼んで、桜の花をだしてもらった。
浮竹は、よく花見をする人だった。とりわけ、桜を好んだ。
棺の中には、おはぎが供えられた。
誰もが、泣いていた。京楽は、涙を零さなかった。
そのまま、火葬されていく。
数百年にわたって、愛してきた恋人が、灰となっていくのを、京楽は見守った。
-------------------------------------
「浮竹ぇ。遅いよ」
総隊長の座について、千年の時が過ぎた。
迎えにやってきた浮竹は、長い白い髪をなびかせて、京楽の手をとる。
京楽は、年のせいでやせ細った自分の体をみた。髪の色など、もうとっくの昔に浮竹とおそろいの白になっていた。
「迎えに来た、京楽」
「うん。ずっと、待ってた」
現実世界の京楽は、老衰により死を迎えようとしていた。
まどろむ夢の中で、愛しい人と出会った。
最後にみた、長い白髪のまだ病弱であるけれど、元気であった姿をしていた。
「いこう、京楽」
「ああ・・・・・・・」
ふわりと、京楽の体が浮かんだ。自分の体を見ると、総隊長に就いた頃の年齢の姿をとっていた。
浮竹の体を抱きしめる。涙が零れ落ちた。
体温が、暖かかった。
まるで、本当に生きているようだ。
「浮竹、愛している」
「俺もだぞ、京楽」
深い口づけを交し合い、二人は光にむかって、まっすぐ歩いていく。
死の先に待っているのは、輪廻か、それとも完全な無か。
輪廻があるのなら、浮竹はすでに生まれ変わり、京楽の元きていただろう。だから、きっと無になるんだ。
光へと向かっていく。
二人の姿は、やがて鳥になった。
比翼の鳥だ。
お互いに翼は一つしかない。羽ばたきあい、空を駆け、ずっと遠いところにある光めがけて、飛んでいく。
海より深く、空より広大な世界を。
愛という名で塗りつぶして、光に向かって飛んでいく。
やがて、光は消えた。
静寂だけが満ちた。
世界は、沈黙に包まれた。
京楽の墓は、雨乾堂の浮竹の眠る墓石の隣に建てられた。
もう、離れない。
永遠に、一緒だ。
刹那と永遠(とわ)の時間を刻んで。
隊長羽織
「おい、浮竹」
「なんだい、日番谷隊長」
「おまえ、また隊長羽織、間違えてるぞ」
「え?」
自分の着ている隊長羽織を、浮竹は脱いだ。
「ああほんとだ。8番隊のになってる。道理で、少し大きいわけだ」
「お前なぁ。もうちょっと、しっかりしろよ」
「まぁまぁ。よくあることだし」
浮竹は、隊長羽織を間違えて出歩くことがある。それは京楽も同じで、京楽の場合は13番隊の羽織を着ていた。
つまり、お互いの隊長羽織を間違えているのだ。
大抵は、そんな日の前は肌を重ね合わせたか、泊まっていった日が多い。
「あんなもじゃもじゃのおっさんのどこがいいんだか」
「はははは。もじゃもじゃだけど、優しいぞ?」
「浮竹の気が知れない」
「まぁ、日番谷隊長も、雛森副隊長の傍にいたくなるだろう?」
日番谷は、顔を少し赤くした。
「そんな気持ちと同じさ」
「俺と雛森はそんな関係じゃねぇ」
全然違うと、日番谷は否定する。
でも、顔を赤くしているので、それは嘘だとすぐにわかった。
「あいつとは、数百年の付き合いだからなぁ。それこそ、院生時代からの友人で、親友で、恋人だ」
浮竹は、京楽との関係を隠そうとしない。
ある意味、器は大きいのかもしれない。
「俺は、もっと強くなる」
雛森を、守るために。大事な彼女を二度と傷つけないために。泣かせないために。
「あ、シロちゃーん」
少し遠くから、雛森が手をふりながらやってきた。
「あれ、浮竹隊長。京楽隊長のにおいがする。変なの」
雛森は、浮竹と京楽の関係を知らない。
「どうして、浮竹隊長が京楽隊長の隊長羽織をきてるの?」
「それはだな」
日番谷は、言葉を濁す。
正直に打ち明けるのが、いいことなのか悪いことなのか分からない。
「ああ、昨日京楽が酒を飲んで寝てしまってね。雨乾堂に泊まっていったんだ。朝から今日は何かと忙しかったから、そのせいで隊長羽織を間違えてしまったみたいだ」
それは、本当だった。
浮竹は、暇森が気づかないならそのままでいいと判断した。
「浮竹隊長は、京楽隊長と、ほんとに仲がいいんですね!」
お互いの隊舎の隊長室に、泊まったりするくらいに。
もっと厳密にいえば、恋人同士だからだ。
「暇森副隊長、体調はいいのかい?」
「ええ、怪我も大分癒えましたから!シロちゃんが、早く元気になれってうるさいし」
雛森は、太陽のような明るさで、日番谷の腕をとった。
「シロちゃん。昨日約束してた、甘味屋にいこう?」
「お、甘味屋にいくのか。俺もご一緒してもいいかな?」
「僕も、ご一緒していいかな~?」
にょきっと現れた京楽。霊圧を完全に消して、忍び寄ってきたのだ。
「京楽、ちょうどよかった。隊長羽織、互いに間違えてるって」
「おや、ほんとだね。13番隊のを着てた。道理で、きついわけだ」
浮竹は、身長はあるが病に伏せることが多いので、あまり筋肉がついておらず、細かった。その体に合わせて採寸されているので、がたいのいい京楽はには浮竹の隊長羽織は少し窮屈だった。
「あれ?京楽隊長から、浮竹隊長のにおいがする。どうして?」
京楽と、浮竹はお互いの顔を見合った。
「ま、それはいろいろとあってだね。甘味屋にいくんだろう?みんなまとめておごってあげるよ」
「わぁ、いいんですか、京楽隊長!」
うまく話をそらせた京楽に、浮竹は何を食べようかと、すでにスイーツのことで頭がいっぱいになりかけていた。
関係を知らない者に、わざわざ教える必要はないだろう。京楽と浮竹の、お互いの関係に気づいて問いかけれた時に、正直に答えればいいだけだ。
「とりあえず、おはぎとお汁粉・・・・」
浮竹は後何を食べようと、すでに迷っていた。
「ほら、浮竹も早く。雛森ちゃんに、日番谷君も、早く早く。昼時だし、店が客でいっぱいになっちゃうよ」
雛森と日番谷がいこうとしていた甘味屋は、尸魂界でも治安のいい場所にあり、かなり人気の高い店だ。浮竹が大好きな店でもある。
早めにならばないと、待たされる羽目になる。
「待ってください、京楽隊長~。シロちゃん、いこ?」
「おまえなぁ。いい加減、シロちゃんはやめろ。日番谷隊長と呼べ」
「まぁまぁ、いいじゃないか。なぁ、シロちゃん?」
「なんだ浮竹まで。お前も、シロちゃんだろ!」
浮竹十四郎。シロちゃんと、いえないこともない。名前の一部に、シロという文字が入っている。
甘味屋につくと、混雑はしていたが、なんとか4人分の席は確保できた。日番谷と雛森は、おごりと言われたので好きなものをどんどん注文していく。
「浮竹も、好きなもの、頼みなよ?」
お汁粉と、おはぎだけ食べて、まだ食い足りないだろう浮竹に、京楽はアイスなんてどうだと、メニューを見せる。
その甘味屋は、現世で提供するようなメニューも置いてあることで、有名で、それゆえに人気が高かった。
「じゃ、ジャンボイチゴパフェ」
一人では食べきれない量のパフェである。いつも、頼む時は京楽と一緒に食べた。
「あ、それ私も食べたい。でも一人じゃ無理だから・・・・・シロちゃん、一緒に食べよ?」
「好きにしろ」
日番谷は、溜息をついた。
浮竹が頼んだジャンボイチゴパフェが、先にやってきた。京楽も、浮竹と一緒に食べる。
「ほんとに、仲いいんですね」
そりゃ、恋人同士だものな。日番谷はつっこみをいれたいのを、我慢した。
3人分をおごると、けっこうな金額になったが、上級貴族のぼんぼんである京楽にとってはたかがしれているだろう。
何せ、尸魂界にいくつかの屋敷を所有している。よく、浮竹と一緒に泊まったりする場所だ。
「美味しかった。京楽隊長、おごっていただいてありがとうございました」
ぺこりとおじぎをする雛森に、京楽はひらひらと手を振った。
「気にするな、雛森副隊長。こいつは、金持ちだからな。上流貴族なだけあるよ」
浮竹が、京楽の背中をバンバンと叩いた。
「じゃあ、俺たちは戻るからな」
「あ、待ってよシロちゃん!置いていかないで!」
「早くしろ、雛森」
残された浮竹と京楽は、二人が去っていく姿を見守っていた。
「若いって、いいねぇ」
「おじさんだもんな、俺ら」
「そうそう、いい年したおっさんだよ、僕も君も」
「その割は、随分と性欲があるようだが」
実は昨日は、泊まっただけではなかった。肌を重ねあった。風呂には入ったが、風呂上がりもいちゃこらしていたせいで、お互いのにおいがまぜこぜになってしまっていた。
「雛森ちゃん、僕らのことに気づいちゃったかな?」
「さぁ、どうだろうな」
気づかれたからといって、何があるわけでもない。
まぁ、京楽も浮竹も、一目のある場所でいちゃこらするのは控えていたが。
「京楽、今日の夜は俺がおごってやる」
「お、いいねぇ。果実酒の置いてある店にしようか」
「ああ、そうだな」
浮竹は、果実酒が好きだ。酒まで、甘いものを好んだ。
浮竹とて、隊長だ。それなりの賃金をもらっているのだが、半分を家族に仕送りをして、もう半分で飲み食いをして、そして病のための薬代をだせば、すっからかんになる。
はっきりいって、貯蓄している金額は雀の涙だ。
日々の生活に困るほどではないが、だいぶ京楽に依存していた。
何せ、お互い所帯をもっていない。外で飲食することが多い。
数百年を、一緒に過ごしてきた。
お互いが、比翼の鳥だ。
片方が欠けては、だめなのだ。
永劫の時を、刻んでいく。
何十年、何百年と。
「なんだい、日番谷隊長」
「おまえ、また隊長羽織、間違えてるぞ」
「え?」
自分の着ている隊長羽織を、浮竹は脱いだ。
「ああほんとだ。8番隊のになってる。道理で、少し大きいわけだ」
「お前なぁ。もうちょっと、しっかりしろよ」
「まぁまぁ。よくあることだし」
浮竹は、隊長羽織を間違えて出歩くことがある。それは京楽も同じで、京楽の場合は13番隊の羽織を着ていた。
つまり、お互いの隊長羽織を間違えているのだ。
大抵は、そんな日の前は肌を重ね合わせたか、泊まっていった日が多い。
「あんなもじゃもじゃのおっさんのどこがいいんだか」
「はははは。もじゃもじゃだけど、優しいぞ?」
「浮竹の気が知れない」
「まぁ、日番谷隊長も、雛森副隊長の傍にいたくなるだろう?」
日番谷は、顔を少し赤くした。
「そんな気持ちと同じさ」
「俺と雛森はそんな関係じゃねぇ」
全然違うと、日番谷は否定する。
でも、顔を赤くしているので、それは嘘だとすぐにわかった。
「あいつとは、数百年の付き合いだからなぁ。それこそ、院生時代からの友人で、親友で、恋人だ」
浮竹は、京楽との関係を隠そうとしない。
ある意味、器は大きいのかもしれない。
「俺は、もっと強くなる」
雛森を、守るために。大事な彼女を二度と傷つけないために。泣かせないために。
「あ、シロちゃーん」
少し遠くから、雛森が手をふりながらやってきた。
「あれ、浮竹隊長。京楽隊長のにおいがする。変なの」
雛森は、浮竹と京楽の関係を知らない。
「どうして、浮竹隊長が京楽隊長の隊長羽織をきてるの?」
「それはだな」
日番谷は、言葉を濁す。
正直に打ち明けるのが、いいことなのか悪いことなのか分からない。
「ああ、昨日京楽が酒を飲んで寝てしまってね。雨乾堂に泊まっていったんだ。朝から今日は何かと忙しかったから、そのせいで隊長羽織を間違えてしまったみたいだ」
それは、本当だった。
浮竹は、暇森が気づかないならそのままでいいと判断した。
「浮竹隊長は、京楽隊長と、ほんとに仲がいいんですね!」
お互いの隊舎の隊長室に、泊まったりするくらいに。
もっと厳密にいえば、恋人同士だからだ。
「暇森副隊長、体調はいいのかい?」
「ええ、怪我も大分癒えましたから!シロちゃんが、早く元気になれってうるさいし」
雛森は、太陽のような明るさで、日番谷の腕をとった。
「シロちゃん。昨日約束してた、甘味屋にいこう?」
「お、甘味屋にいくのか。俺もご一緒してもいいかな?」
「僕も、ご一緒していいかな~?」
にょきっと現れた京楽。霊圧を完全に消して、忍び寄ってきたのだ。
「京楽、ちょうどよかった。隊長羽織、互いに間違えてるって」
「おや、ほんとだね。13番隊のを着てた。道理で、きついわけだ」
浮竹は、身長はあるが病に伏せることが多いので、あまり筋肉がついておらず、細かった。その体に合わせて採寸されているので、がたいのいい京楽はには浮竹の隊長羽織は少し窮屈だった。
「あれ?京楽隊長から、浮竹隊長のにおいがする。どうして?」
京楽と、浮竹はお互いの顔を見合った。
「ま、それはいろいろとあってだね。甘味屋にいくんだろう?みんなまとめておごってあげるよ」
「わぁ、いいんですか、京楽隊長!」
うまく話をそらせた京楽に、浮竹は何を食べようかと、すでにスイーツのことで頭がいっぱいになりかけていた。
関係を知らない者に、わざわざ教える必要はないだろう。京楽と浮竹の、お互いの関係に気づいて問いかけれた時に、正直に答えればいいだけだ。
「とりあえず、おはぎとお汁粉・・・・」
浮竹は後何を食べようと、すでに迷っていた。
「ほら、浮竹も早く。雛森ちゃんに、日番谷君も、早く早く。昼時だし、店が客でいっぱいになっちゃうよ」
雛森と日番谷がいこうとしていた甘味屋は、尸魂界でも治安のいい場所にあり、かなり人気の高い店だ。浮竹が大好きな店でもある。
早めにならばないと、待たされる羽目になる。
「待ってください、京楽隊長~。シロちゃん、いこ?」
「おまえなぁ。いい加減、シロちゃんはやめろ。日番谷隊長と呼べ」
「まぁまぁ、いいじゃないか。なぁ、シロちゃん?」
「なんだ浮竹まで。お前も、シロちゃんだろ!」
浮竹十四郎。シロちゃんと、いえないこともない。名前の一部に、シロという文字が入っている。
甘味屋につくと、混雑はしていたが、なんとか4人分の席は確保できた。日番谷と雛森は、おごりと言われたので好きなものをどんどん注文していく。
「浮竹も、好きなもの、頼みなよ?」
お汁粉と、おはぎだけ食べて、まだ食い足りないだろう浮竹に、京楽はアイスなんてどうだと、メニューを見せる。
その甘味屋は、現世で提供するようなメニューも置いてあることで、有名で、それゆえに人気が高かった。
「じゃ、ジャンボイチゴパフェ」
一人では食べきれない量のパフェである。いつも、頼む時は京楽と一緒に食べた。
「あ、それ私も食べたい。でも一人じゃ無理だから・・・・・シロちゃん、一緒に食べよ?」
「好きにしろ」
日番谷は、溜息をついた。
浮竹が頼んだジャンボイチゴパフェが、先にやってきた。京楽も、浮竹と一緒に食べる。
「ほんとに、仲いいんですね」
そりゃ、恋人同士だものな。日番谷はつっこみをいれたいのを、我慢した。
3人分をおごると、けっこうな金額になったが、上級貴族のぼんぼんである京楽にとってはたかがしれているだろう。
何せ、尸魂界にいくつかの屋敷を所有している。よく、浮竹と一緒に泊まったりする場所だ。
「美味しかった。京楽隊長、おごっていただいてありがとうございました」
ぺこりとおじぎをする雛森に、京楽はひらひらと手を振った。
「気にするな、雛森副隊長。こいつは、金持ちだからな。上流貴族なだけあるよ」
浮竹が、京楽の背中をバンバンと叩いた。
「じゃあ、俺たちは戻るからな」
「あ、待ってよシロちゃん!置いていかないで!」
「早くしろ、雛森」
残された浮竹と京楽は、二人が去っていく姿を見守っていた。
「若いって、いいねぇ」
「おじさんだもんな、俺ら」
「そうそう、いい年したおっさんだよ、僕も君も」
「その割は、随分と性欲があるようだが」
実は昨日は、泊まっただけではなかった。肌を重ねあった。風呂には入ったが、風呂上がりもいちゃこらしていたせいで、お互いのにおいがまぜこぜになってしまっていた。
「雛森ちゃん、僕らのことに気づいちゃったかな?」
「さぁ、どうだろうな」
気づかれたからといって、何があるわけでもない。
まぁ、京楽も浮竹も、一目のある場所でいちゃこらするのは控えていたが。
「京楽、今日の夜は俺がおごってやる」
「お、いいねぇ。果実酒の置いてある店にしようか」
「ああ、そうだな」
浮竹は、果実酒が好きだ。酒まで、甘いものを好んだ。
浮竹とて、隊長だ。それなりの賃金をもらっているのだが、半分を家族に仕送りをして、もう半分で飲み食いをして、そして病のための薬代をだせば、すっからかんになる。
はっきりいって、貯蓄している金額は雀の涙だ。
日々の生活に困るほどではないが、だいぶ京楽に依存していた。
何せ、お互い所帯をもっていない。外で飲食することが多い。
数百年を、一緒に過ごしてきた。
お互いが、比翼の鳥だ。
片方が欠けては、だめなのだ。
永劫の時を、刻んでいく。
何十年、何百年と。
バレンタイン
四楓院夜一は、四大貴族の一つ四楓院家の出身である。本人さえ忘れがちだが、上流貴族の姫君であった。そんな夜一は、さっぱりした性格の女性であった。>
「夜一様!これを、受け取ってください!」
砕蜂は、敬愛する夜一にチョコレートを渡そうと、綺麗にラッピングされたかわいい包み紙に入った箱を、夜一の前に突き出した。
今日はバレンタイン。
砕蜂は、丹精込めて、一晩かけて作った。
いわゆる、手作りチョコだった。
夜一のために、猫型に整えられたチョコレートだ。
「おう、すまんのう砕蜂」
夜一は、砕蜂から箱を受け取ると、その場で中身をあけてしまった。
「ふむ。かわいいのう。それに、美味いではないか。菓子を作る腕前も、昔に比べて立派になったものだのう」
猫型の、少し小さめのチョコレートを食べ終えて、夜一は砕蜂のほうを向いた。
「何か、礼をしてやらねばならんのう」
「そんな、勿体のうございます!私なんかのために」
「いやいや、可愛いおぬしのため、どれ一肌脱ぐか」
そう言って、本当に服を脱ぎだした夜一に、砕蜂は真っ赤になって目を手で覆うが、しっかりと指の隙間からみていた。
「夜一様!こんな冬に裸になってしまっては、風邪をひいてしまいます!」
「いや、着換えをするだけなんじゃが。おぬしは、こういうことのほうが、喜びそうじゃからのう」
「いえ、夜一様がくださるものなら、たとえ枯れ木の一枝でも大切にいたします!」
「そうか?では、ほれ」
夜一は、ぽいっと、砕蜂に髪飾りを投げてよこした。
「わしが、昔愛用していた髪飾りじゃ。お古で悪いが、値もけっこうするいい品だぞ」
「夜一様!」
感動のあまり、砕蜂は涙を浮かべた。
ちりんと、鈴の音がなる。金細工でできた鈴がついていた。
「ああ、愛しています夜一様!」
「ふふふ、砕蜂、今夜は寝かさぬぞ」
夜一と、砕蜂はできていた。どこぞの、隊長たちのように関係を隠していないわけではないので、二人ができていると知っている者は一部の者だけだが。
じー。
二人の愛の語らいを見ていた京楽は、浮竹のいる雨乾堂に、瞬歩で向かうと、浮竹に向かって手を突き出した。
「なんだ、京楽」
「ちょうだい」
「何を」
「ほら、例のあれだよ」
「ソウルキャンディ?」
「違う、違う」
「モッドソウル(改造魂魄)?」
「いや、それは犯罪でしょ」
「わかめ大使?」
「いや、それは朽木隊長のトレードマークでしょ!」
「じゃあ、チャッピー」
「いや、それはルキアちゃんがすきなものだから!」
「じゃあ・・・・・・・雑草」
「なんかひどくない!?」
「なんなんだ、一体」
「愛の結晶!」
「愛の・・・・・・・ミトコンドリア?」
「全然違うから!なんで愛の結晶がミトコンドリアなの!」
「じゃあ、葉緑体」
「なんか現世の理科になってない!?」
「愛の・・・・・・・贈り物?」
「そうそう、大部近い!」
「やっぱり、わかめ大使か!」
浮竹は、朽木百哉のわかめ大使が何気にすきだ。甘くておいしい。
「ちがう、今日という日の愛の結晶のあれだよ」
「ふむ。頭でもわいたか?」
「しくしく」
京楽は、冷たい反応の浮竹に、畳の上に座り込んで、泣き真似をしていた。
「なんだ一体。何が欲しいんだ」
「ほら、今日は何の日かな?ヒントはそれ」
「仏滅の日」
「しくしく・・・・・・・・」
ああ、そうか、今日はバレンタインだったな・・・・。
浮竹は、去年は京楽にバレンタインチョコを渡していたので、京楽は今年もあると思っていたのだろう。
「その、悪いが用意していない。もらいもののチョコでいいなら、大量にあるが」
女性死神からの人気も高い浮竹は、甘いものが好きで、チョコも好きなため、部下の男死神からなんかもチョコをもらっていたりした。
今日で一番うれしかったのは、日番谷隊長から、友チョコだと、ただの板チョコを渡されことだろうか。
「これやるよ、浮竹」
「えっ、日番谷隊長、いいのか?」
板チョコを渡されて、浮竹は喜んだ。日番谷は、浮竹と同じように、女性死神協会の女性たちから、大量のチョコをもらっているようだった。
「言っとくが、友チョコだからな。深い意味はない」
「ああ、わかっている」
浮竹は、大量のチョコを抱えて、雨乾堂に戻って行った。
「えー、今年はないの?楽しみにしてたのに」
大げさに落胆する京楽に、浮竹は苦笑した。
「お前も、女性死神からチョコを大量にもらっただろう?」
数では、浮竹の方が多いが、女性に優しい京楽を慕う女性死神も多い。
「それはまた別!君からもらうのが、嬉しいんだよ」
「今から買いにいったものでもいいか?」
「うん、それでもうれしい」
京楽は、浮竹と手を繋いだ。
「そういえばね、砕蜂隊長が夜一にチョコ渡してたよ。あの二人、前から妖しいと思ってたけど、できてたんだねぇ」
「知らなかったのか京楽」
「えっ、浮竹知ってたのかい?」
「いや、夜一とは昔馴染みだからな。たまに遊びにくるし」
浮竹と京楽の仲を誰よりも知っていて、からかったりする夜一に、恋人がいるとは京楽は知らなかった。
浮竹は、夜一からたまに砕蜂のことで悩みを聞いていたので、知っていた。
ただ、それだけのことだ。
「僕だけ仲間外れなんて悲しいねぇ」
夜一もけっこう酒豪で、浮竹と京楽と一緒に飲みに行くことも多い。でも、知らなかった。
「まぁ、とにかく今からチョコ買いに行くから。京楽もくるか?」
ルキアからも、チャッピー型の大きなチョコをもらった浮竹は、ちゃっぴーのチョコでも買おうと思っていた。
「君がくれるなら、駄菓子のチョコでも嬉しいよ」
繋いだままの手にキスを落とされて、浮竹は翡翠の瞳を瞬かせた。
京楽のことだから、本当に駄菓子屋で売っているような5円チョコのようなものでも喜ぶだろう。
でも、バレンタインなのだ。
チャッピーの形のチョコでも買ってやるか。
浮竹は、京楽の手をひいて、菓子屋にやってきた。
「うわぁ、いろいろあるねぇ」
浮竹のために、甘味ものを買いにスイーツの店にいくことはあっても、駄菓子を買うために菓子屋にいくことなかった。
浮竹は、同じシロちゃんだからと、お気に入りの日番谷によくこの店で菓子を買っては渡していた。
「あった」
よかった、売り切れてなかった。
チャッピー型のチョコを選んで、勘定をすますと、雨乾堂に帰った。
京楽は浮竹の耳元で囁く。
「君の手で、食べさせてよ」
浮竹は、京楽の口の中にチャッピーのチョコを乱暴につっこんだ。
「ちょっと!こういう時は、もうちょっとエロティックに・・・・・」
じー。
視線をかんじて、浮竹は後ろを振り返った。
そこに、夜一がいた。
「いや、やっぱりおぬしらを見るのは飽きないのう」
「夜一」
「どうだ、浮竹、京楽。酒でも飲みに行こうはないか」
夜一の後ろでは、少し小さくなった砕蜂が、隠れていた。
「京楽にもばれているみたいだし、もう隠す必要もなかろう」
夜一は、砕蜂を抱き上げて、キスをした。
京楽はそれを見て、自分も負けるかとばかりに浮竹を抱き上げ、キスをした。
「わしらは、似た者同士じゃのう」
「そうか?」
浮竹は、首を傾げる。白い髪が、さらさらと音をたてる。
「夜一様に、手をだしたら許さないからな、お前たち」
威嚇してくる砕蜂に、夜一が頭をなでると、一瞬でしおらしくなった。
「夜一様・・・・・・・」
「そうじゃ、忘れるとこじゃった。ほれ、浮竹、京楽。おぬしらの分のチョコじゃ」
「おのれ、浮竹、京楽!夜一様に、チョコをもらうなど・・・・・」
「砕蜂、わしが愛しているのはおぬし一人じゃ。チョコ程度で、焼きもちを焼くな」
「はい、夜一様!」
その後、4人はべろんべろんに酔っぱらうまで、酒を飲んだ。
朝起きると、隣に全裸の夜一が転がっていて、京楽はびっくりした。
少し間をあけて、浮竹が寝ている。隣には、やや乱れた衣服の砕蜂が寝そべっていた。
「あー。飲みぎた・・・・何したのか、覚えてないよ」
まさか、夜一に手を出したわけじゃあるまい。浮竹も、砕蜂に手を出すなどありえないだろう。
事実、起きた夜一は、京楽と浮竹が寝た後で、砕蜂といちゃいちゃしていたという。
酒に強い京楽までべろんべろんに酔っぱらわせるほどの酒豪である、夜一は。
「また、飲みにいこうのう」
「いや、勘弁してくれ」
浮竹は、京楽に介抱されながら、水をのんだ。
「酒に強すぎた、夜一」
「ふーむ。まぁ、ホワイトデーなるものを、期待しておるからの!」
「やっぱ目的はそれか・・・・・・」
夜一が、砕蜂以外にチョコを渡すはずがないのだ。
結局、夜一へのホワイトデーは少し高価なおくりものになった。
京楽から、浮竹へのホワイトデーは、現世へのスイーツ店巡りツアーだったという。
「夜一様!これを、受け取ってください!」
砕蜂は、敬愛する夜一にチョコレートを渡そうと、綺麗にラッピングされたかわいい包み紙に入った箱を、夜一の前に突き出した。
今日はバレンタイン。
砕蜂は、丹精込めて、一晩かけて作った。
いわゆる、手作りチョコだった。
夜一のために、猫型に整えられたチョコレートだ。
「おう、すまんのう砕蜂」
夜一は、砕蜂から箱を受け取ると、その場で中身をあけてしまった。
「ふむ。かわいいのう。それに、美味いではないか。菓子を作る腕前も、昔に比べて立派になったものだのう」
猫型の、少し小さめのチョコレートを食べ終えて、夜一は砕蜂のほうを向いた。
「何か、礼をしてやらねばならんのう」
「そんな、勿体のうございます!私なんかのために」
「いやいや、可愛いおぬしのため、どれ一肌脱ぐか」
そう言って、本当に服を脱ぎだした夜一に、砕蜂は真っ赤になって目を手で覆うが、しっかりと指の隙間からみていた。
「夜一様!こんな冬に裸になってしまっては、風邪をひいてしまいます!」
「いや、着換えをするだけなんじゃが。おぬしは、こういうことのほうが、喜びそうじゃからのう」
「いえ、夜一様がくださるものなら、たとえ枯れ木の一枝でも大切にいたします!」
「そうか?では、ほれ」
夜一は、ぽいっと、砕蜂に髪飾りを投げてよこした。
「わしが、昔愛用していた髪飾りじゃ。お古で悪いが、値もけっこうするいい品だぞ」
「夜一様!」
感動のあまり、砕蜂は涙を浮かべた。
ちりんと、鈴の音がなる。金細工でできた鈴がついていた。
「ああ、愛しています夜一様!」
「ふふふ、砕蜂、今夜は寝かさぬぞ」
夜一と、砕蜂はできていた。どこぞの、隊長たちのように関係を隠していないわけではないので、二人ができていると知っている者は一部の者だけだが。
じー。
二人の愛の語らいを見ていた京楽は、浮竹のいる雨乾堂に、瞬歩で向かうと、浮竹に向かって手を突き出した。
「なんだ、京楽」
「ちょうだい」
「何を」
「ほら、例のあれだよ」
「ソウルキャンディ?」
「違う、違う」
「モッドソウル(改造魂魄)?」
「いや、それは犯罪でしょ」
「わかめ大使?」
「いや、それは朽木隊長のトレードマークでしょ!」
「じゃあ、チャッピー」
「いや、それはルキアちゃんがすきなものだから!」
「じゃあ・・・・・・・雑草」
「なんかひどくない!?」
「なんなんだ、一体」
「愛の結晶!」
「愛の・・・・・・・ミトコンドリア?」
「全然違うから!なんで愛の結晶がミトコンドリアなの!」
「じゃあ、葉緑体」
「なんか現世の理科になってない!?」
「愛の・・・・・・・贈り物?」
「そうそう、大部近い!」
「やっぱり、わかめ大使か!」
浮竹は、朽木百哉のわかめ大使が何気にすきだ。甘くておいしい。
「ちがう、今日という日の愛の結晶のあれだよ」
「ふむ。頭でもわいたか?」
「しくしく」
京楽は、冷たい反応の浮竹に、畳の上に座り込んで、泣き真似をしていた。
「なんだ一体。何が欲しいんだ」
「ほら、今日は何の日かな?ヒントはそれ」
「仏滅の日」
「しくしく・・・・・・・・」
ああ、そうか、今日はバレンタインだったな・・・・。
浮竹は、去年は京楽にバレンタインチョコを渡していたので、京楽は今年もあると思っていたのだろう。
「その、悪いが用意していない。もらいもののチョコでいいなら、大量にあるが」
女性死神からの人気も高い浮竹は、甘いものが好きで、チョコも好きなため、部下の男死神からなんかもチョコをもらっていたりした。
今日で一番うれしかったのは、日番谷隊長から、友チョコだと、ただの板チョコを渡されことだろうか。
「これやるよ、浮竹」
「えっ、日番谷隊長、いいのか?」
板チョコを渡されて、浮竹は喜んだ。日番谷は、浮竹と同じように、女性死神協会の女性たちから、大量のチョコをもらっているようだった。
「言っとくが、友チョコだからな。深い意味はない」
「ああ、わかっている」
浮竹は、大量のチョコを抱えて、雨乾堂に戻って行った。
「えー、今年はないの?楽しみにしてたのに」
大げさに落胆する京楽に、浮竹は苦笑した。
「お前も、女性死神からチョコを大量にもらっただろう?」
数では、浮竹の方が多いが、女性に優しい京楽を慕う女性死神も多い。
「それはまた別!君からもらうのが、嬉しいんだよ」
「今から買いにいったものでもいいか?」
「うん、それでもうれしい」
京楽は、浮竹と手を繋いだ。
「そういえばね、砕蜂隊長が夜一にチョコ渡してたよ。あの二人、前から妖しいと思ってたけど、できてたんだねぇ」
「知らなかったのか京楽」
「えっ、浮竹知ってたのかい?」
「いや、夜一とは昔馴染みだからな。たまに遊びにくるし」
浮竹と京楽の仲を誰よりも知っていて、からかったりする夜一に、恋人がいるとは京楽は知らなかった。
浮竹は、夜一からたまに砕蜂のことで悩みを聞いていたので、知っていた。
ただ、それだけのことだ。
「僕だけ仲間外れなんて悲しいねぇ」
夜一もけっこう酒豪で、浮竹と京楽と一緒に飲みに行くことも多い。でも、知らなかった。
「まぁ、とにかく今からチョコ買いに行くから。京楽もくるか?」
ルキアからも、チャッピー型の大きなチョコをもらった浮竹は、ちゃっぴーのチョコでも買おうと思っていた。
「君がくれるなら、駄菓子のチョコでも嬉しいよ」
繋いだままの手にキスを落とされて、浮竹は翡翠の瞳を瞬かせた。
京楽のことだから、本当に駄菓子屋で売っているような5円チョコのようなものでも喜ぶだろう。
でも、バレンタインなのだ。
チャッピーの形のチョコでも買ってやるか。
浮竹は、京楽の手をひいて、菓子屋にやってきた。
「うわぁ、いろいろあるねぇ」
浮竹のために、甘味ものを買いにスイーツの店にいくことはあっても、駄菓子を買うために菓子屋にいくことなかった。
浮竹は、同じシロちゃんだからと、お気に入りの日番谷によくこの店で菓子を買っては渡していた。
「あった」
よかった、売り切れてなかった。
チャッピー型のチョコを選んで、勘定をすますと、雨乾堂に帰った。
京楽は浮竹の耳元で囁く。
「君の手で、食べさせてよ」
浮竹は、京楽の口の中にチャッピーのチョコを乱暴につっこんだ。
「ちょっと!こういう時は、もうちょっとエロティックに・・・・・」
じー。
視線をかんじて、浮竹は後ろを振り返った。
そこに、夜一がいた。
「いや、やっぱりおぬしらを見るのは飽きないのう」
「夜一」
「どうだ、浮竹、京楽。酒でも飲みに行こうはないか」
夜一の後ろでは、少し小さくなった砕蜂が、隠れていた。
「京楽にもばれているみたいだし、もう隠す必要もなかろう」
夜一は、砕蜂を抱き上げて、キスをした。
京楽はそれを見て、自分も負けるかとばかりに浮竹を抱き上げ、キスをした。
「わしらは、似た者同士じゃのう」
「そうか?」
浮竹は、首を傾げる。白い髪が、さらさらと音をたてる。
「夜一様に、手をだしたら許さないからな、お前たち」
威嚇してくる砕蜂に、夜一が頭をなでると、一瞬でしおらしくなった。
「夜一様・・・・・・・」
「そうじゃ、忘れるとこじゃった。ほれ、浮竹、京楽。おぬしらの分のチョコじゃ」
「おのれ、浮竹、京楽!夜一様に、チョコをもらうなど・・・・・」
「砕蜂、わしが愛しているのはおぬし一人じゃ。チョコ程度で、焼きもちを焼くな」
「はい、夜一様!」
その後、4人はべろんべろんに酔っぱらうまで、酒を飲んだ。
朝起きると、隣に全裸の夜一が転がっていて、京楽はびっくりした。
少し間をあけて、浮竹が寝ている。隣には、やや乱れた衣服の砕蜂が寝そべっていた。
「あー。飲みぎた・・・・何したのか、覚えてないよ」
まさか、夜一に手を出したわけじゃあるまい。浮竹も、砕蜂に手を出すなどありえないだろう。
事実、起きた夜一は、京楽と浮竹が寝た後で、砕蜂といちゃいちゃしていたという。
酒に強い京楽までべろんべろんに酔っぱらわせるほどの酒豪である、夜一は。
「また、飲みにいこうのう」
「いや、勘弁してくれ」
浮竹は、京楽に介抱されながら、水をのんだ。
「酒に強すぎた、夜一」
「ふーむ。まぁ、ホワイトデーなるものを、期待しておるからの!」
「やっぱ目的はそれか・・・・・・」
夜一が、砕蜂以外にチョコを渡すはずがないのだ。
結局、夜一へのホワイトデーは少し高価なおくりものになった。
京楽から、浮竹へのホワイトデーは、現世へのスイーツ店巡りツアーだったという。
ツインテール
「「浮竹隊長、お似合いです!」
朽木ルキアは、チャッピーのついた髪ゴムで、浮竹の髪をツインテールに結ってしまった。
「うーん」
浮竹は、しぶい顔をしていた。
かわいいと、部下のルキアは言ってくれる。
だが、本当にかわいいのだろうか?分からない。
いい年をしたおっさんが、長い髪をツインテールにして、はたしてそれが似合うのかどうか。
だが、実年齢より100歳は若く見える浮竹に、ツインテールは似合っていた。
浮竹が自分で大嫌いな白い長い髪を、後ろで結うことはある。だが、基本は背中に流している。
「似合っているのか?」
「はい、とてもお似合いです!」
ルキアは、紫の瞳をしていた。とても珍しい色だ。
朽木家の養子になって、すぐに真央霊術院を卒業し、13番隊に入ってきた。面倒は、海燕が見てくれていたが、その海燕が亡くなって数十年が経過していた。
本当なら、ルキアは席官クラスの実力をもっている。だが、義兄である朽木白哉によって、席官にしないようにと、強く訴えられていた。いろいろ根回しがされていたせいで、ルキアは一般隊士の死神だった。
だが、浮竹はルキアのことを好んでいた。そのさっぱりした性格が好きで、よく傍においていた。
「自分ではよくわからん。暇だし、盆栽の手入れでもしてくる」
雨乾堂の外に出て、浮竹は趣味の盆栽いじりをしだした。
その腕は・・・・・・・はっきりいって、へぼい。
変な形をした盆栽に囲まれて、浮竹は少しご機嫌になった。
「やっぱり、盆栽はいいなぁ。この至高の趣味を、何故誰も分かってくれないんだろう」
親友であり、恋人である京楽も分かってくれない。
「浮竹ぇ。また、かわいい恰好してるね?ハグしていいかい?」
そう言葉がかけられた次の瞬間には、京楽の腕が浮竹の胴に回っていた。
「なんだ京楽。気配を消して、近づくなんて悪趣味だぞ」
霊圧を消して近づいて、言葉の通り軽く抱き着いて、ハグをしてくる京楽に、浮竹は弄っていた盆栽の枝を、ちょきんとはさみで切ってしまった。
「ああ、ここは切るべきではなかったか・・・・・・・」
抱き着いてくる京楽を無視して、浮竹は盆栽をいじり続けた。
「相手してくれないなら、こうしちゃうよ」
「ひゃっ」
うなじを舐めあげられて、ちょっと変な声を零してしまった。
「隊長?」
雨乾堂から顔をのぞかせたルキアが見たのは、ツインテールの髪をした浮竹を抱きしめて、浮竹のうなじにキスをしている京楽の姿だった。
「はうっ」
ルキアは、真っ赤になった。見物人であるルキアに一瞥をくれただけで、京楽の動きは止まらない。
背後から深く口づけられて、足と足の間に、膝をいれてくる京楽の動きに、貞操の危機をかんじた浮竹は、その頭をはたいた。
「部下が見ている前で、盛るな!」
「いけずー」
「あほかっ」
「京楽隊長!いいもの見せてもらいました」
ぐっと、鼻血を出しながら、OKサインをだすルキアに、京楽が声をかける。
「ルキアちゃんがしたいのかい、この髪型」
「そうです」
いつもは男みたいな口調のルキアだが、上司の前ではですます口調になる。
「最高だよ、ルキアちゃん」
褒められて、ドクドクと鼻血を垂らしながら、ルキアは言った。
「チャッピーの髪ゴム、限定販売ものなんです。今じゃ、人気がありすぎて手に入りません。兄様が、この前買ってきてくれたのです」
「あの白哉がねぇ」
ルキアの義兄である朽木白哉は、変わった。ルキアが尸魂界の双極で処刑になりそうなのを、死神代行の黒崎一護が救いだしてから、変わった。
今までは、冷たい態度をとっていたが、愛しい義妹に、静かに夢中になっていた。
「これは女性死神協会のため!」
ぱしゃりと、浮竹に抱き着いたままの京楽とのツーショットを、隠し持っていたカメラで撮影するルキア。
「朽木、写真とるなっ!」
「浮竹隊長、それではお暇させていただきます!京楽隊長、いいもの見せてくれてありがとうございました!」
瞬歩で去っていくルキアを、追いかけようにも、後ろから羽交い絞めみたいにされている。
「京楽っ、離れろ」
「無理。かわいいよ、浮竹。僕も、ルキアちゃんの撮った写真、焼きまわししてもらおっと」
「あほかっ!」
「全部、かわいい浮竹が悪い」
「やめっ・・・・・・」
浮竹の声は、京楽の口づけで、無理やり黙らせられた。
数時間後。
ツインテ―ル姿のままで、尸魂界を歩いている、浮竹の姿があった。隣には、やけに嬉しそうな、京楽が。
浮竹は、溜息を零した。
ツインテールの姿のまま、1日を過ごさないと、ルキアにもっと過激な姿を見せさせると、半ば脅しに近いことを言われて。
ツインテールがかわいいと、通りすがる死神たちが口にする。
道行く死神たちは、特に女性が、黄色い声をあげていた。
「浮竹隊長に、京楽隊長!写真、目の保養にさせてもらいますね!」
偶然通りかかった松本乱菊が、ぶんぶんと、浮竹と京楽に手を振ってくる。
「松本、やめんか・・・・・・・・浮竹隊長、どうした。その変な髪型。かわいいじゃないか」
「日番谷隊長か・・・・日番谷隊長も、ツインテール、してみるか?」
「いや、無理だろ。俺の髪じゃ、短すぎる。もっとも、長くてもそんなかわいい髪型にするつもりはないがな」
「やっぱり、かわいいのか」
自分より、何百歳も年下で、かわいいと表現できる日番谷隊長にまでかわいいと言われて、浮竹はげんなりした。
真っ白な髪には、チャッピーのぬいぐるみの髪飾りのついた髪ゴム。
「今度は、ポニーテールにでもしようね」
京楽は、かわいい姿の浮竹が見れて、それを自慢げに他人に見せれて、ご機嫌だった。
「あー。髪、切りたくなってきた・・・・・・・・」
浮竹は、ツインテールを揺らしながら、空を見上げた。
空は、どこまでも広く、青かった。
その後、情勢死神協会が発行する会員誌に、ルキアの撮った写真が掲載され、その号は飛ぶように売れて、売り切れになったらしい。
それはまた、別のお話。
比翼の鳥Ⅲ
京楽が見合いをして、結婚するらしい。というか、もう見合いはすませて、後は結婚するだけらしい。
そんな話を聞いたのは、夏も終わり秋が深まった頃だった。
夜になると、いつも過ごしている雨乾堂の少し離れた草原からは、リーンリーンと涼やかな虫の声が聞こえる、そんな季節だった。
「京楽が?」
浮竹は、その日京楽と一緒にいなかった。馴染みの居酒屋で、院生時代からの友人たちと飲んでいた。
「らしいですよ。なんでも、相手は上級貴族の姫君だとか」
「嘘だろう?」
浮竹は、酒を飲むことをやめて、真剣な表情で話を聞いていた。
「それが、なんでも山本総隊長からも根回しされたとかで。京楽隊長も、もてますからねぇ。もう潮時じゃないんですかねぇ」
友人たちは、京楽と浮竹ができているのを知らない。
院生時代からの友人だが、それほど深い仲でもなく、たまに飲むくらいだった。
「京楽が見合い・・・・結婚・・・・・・・・」
想像しただけで、身が引き裂かれる想いだった。
永遠の愛を、誓い合った仲ではなかったのだろうか、京楽は。
愛していると甘く囁いてくる、あの声も嘘か?
京楽が。
つい先日も、耳元で好きだよと囁いて、触れるだけのキスをしてきた京楽が。
遊びで、廓の女を買っても、関係はもたずにただ酒を飲みあう。そんな京楽が。
今まで築き上げてきたものすべてが、真っ白に崩れ落ちていく錯覚にとらわれる。
「どうしたんですが、浮竹隊長」
「いや・・・少し、飲みすぎたみたいだ。今日は、もう寝るよ」
逃げるように、勘定を済ませ、浮竹は居酒屋をでた。
肌寒い。夜は、少し冷えこむ。
でも、そんなことはどうでもいい。
真相を確かめることもせずに、海乾堂に帰った浮竹がしたことは、長くなった真っ白な髪を、斬魄刀でざくざくに切り落とすことだった。
「こんな髪!」
浮竹が大嫌いの白い髪。綺麗だから伸ばしてほしいと京楽に懇願され、ずっと伸ばしてきた。腰の位置より少し高い位置で、伸びすぎるといつも京楽が切ってくれた。
「こんな髪・・・・・・」
真っ白な、色素を失った髪。
肺病のせいで、元は黒かった色がぬけて純白になってしまった。
太陽の光を浴びると、銀色の輝いて綺麗だと、囁いてくれる京楽の声が忘れられない。
「京楽の大馬鹿野郎!」
涙が、頬を伝った。
親が無理やり見合いをさせて困ると、浮竹に零したことがある。でも、そんな見合いなんて全部断ってくれた。
「僕には、大切な浮竹がいるからね」
穏やかで優しい微笑みを思い出す。ずきりと、胸が痛んだ。
もう、見合いを済ませたという。今まで、見合いなど一切せずに断っていたのに。見合いを済ませた。
イコール、結婚。
俺とは、遊びだったのか?
次々と沸いてくる想いに、疑心暗鬼になりかけていた。
「隊長・・・・きゃっ!」
清音が、帰ってきた上官の顔を見ようと顔をのぞかせると、そこにいたのは美しかった長い白髪を、ざんばらに切って、斬魄刀を持ったまま放心している浮竹の姿だった。
「ちょ、隊長!髪こんなに切ったりして・・・隊長!」
揺さぶれて、はっとなった。
「清音・・・・・・・」
「せめて、斬魄刀をしまってください。話があるなら、私が聞きますから!」
浮竹は、少し冷静さを取り戻したのか双魚理をしまった。
「どうしたんですか、浮竹隊長」
美人が台無しですよ。清音は、泣きながら浮竹のざんばらに散らばった髪を集めた。
「京楽が、見合いを済ませ結婚するって・・・・・」
「ああ、あの噂ですか」
「本当なのか?」
清音は、目を伏せた。
「本当だと、聞きました」
もう終わりだ。
数百年続いてきた恋人の関係が、こんなことで終わるなんて。
ただ、切なくて苦しくて。涙が、また零れそうだった。
清音がいる。
浮竹は我慢して、唇をかんだ。
錆びた鉄の味がした。
「隊長、しっかりしてください!きっと、京楽隊長は、結婚しませんから!」
「そんなこと、本人に聞かないと分からないだろう」
そうだ。
本人に、直接聞けばいいのだ。
だが、怖い。
話が全部真実で、浮竹を捨てていく京楽がいるのが、怖かった。
ただとてつもなく。ぽっかりと巨大な穴ができたようだ。
半身を失うようなものだ。
比翼の鳥は、片方がいないと空を飛べない。そんな比翼の鳥のような関係だった二人を引き裂くのは、片方の結婚。
きっと京楽のことだから、結婚したとしても別れるとは言わないだろう。あれほど、浮竹に執着している京楽のことだ。手放さないに、決まっている。
だが、浮竹は結婚した相手と関係を続ける気は一切なかった。
「京楽のところに、行ってくる」
「隊長!髪、せめて整えてからでも・・・・」
「このままでいい」
肩より上で、ざんばらに切られた髪をそのままに、霊圧を消して、浮竹は8番隊の隊舎に瞬歩で近づくと、そのまま京楽のいるだろう隊長室に向かった。
「入るぞ」
ばんと、乱暴に扉を開けると、京楽が文机に向かって珍しく仕事をしていた。
「どうしたの・・・・・・その髪、どうしたの!誰かに、切られたの?もしそうなら、相手を半殺しにしてやる」
京楽は、浮竹の傍にくると、浮竹を抱きしめた。
「本当か」
「何が」
「結婚するって、本当か」
低い声が出た。涙を流して別れないでと、懇願するような男ではない、浮竹は。どす黒い感情そのままに、抑えていた霊圧を京楽に向けた。
まさに、殺意をこめて。
「あー、あの話ね」
「京楽っ!」
押し倒されていた。
「こんな関係、終わらせてやる!」
「できるの?僕なしで、生きていけるの?僕に散々啼かされている君が、僕なしで生きていけるとはとても思えないよ」
情欲のままに、貪られ、貪ることを覚えた体にされてしまった。
乱暴に口づけられて、浮竹は京楽の舌を少しきつめに噛んだ。
「痛いじゃないか」
「髪は、自分で切った」
「そうか。綺麗だったのに・・・・・。後で、切りそろえてあげる」
「そんなことより、どうなんだと、聞いているんだ。はぐらかすな」
「一言でいうなら、結婚しないよ。見合いも、山じいがうるさいからしたけど、結婚はしない。相手は同じ上級貴族の姫君だから、破断にするのに、時間かかったけどね。もしも、結婚を強制されたら、家を出る」
家族と、縁を切ると、強く京楽は浮竹の耳に囁きかけた。
安堵すると、自然と緩んだ緊張感から解放されて、涙が頬を伝った。
「ごめんね。もっと早くに、僕から伝えるべきだったね」
「ん・・・・」
深く口づけられても、今度は舌をかまなかった。舌をからませあいながら、京楽が与えてくる快楽を、素直に受け取る。
「怖かった。お前を失うのかと思って」
「そんなこと、ならないよ。結婚なんてしない。むしろ、許されるなら君と結婚したい」
京楽は、強く浮竹を抱きしめた。
おずおずと、抱き返して、それから京楽を力のままに押し倒す。立場が逆転して、京楽は浮竹を見上げた。
「もしもお前が他の相手と結婚したら、相手を殺してやる」
翡翠の瞳には、確かな殺意が静かに宿っていた。
「怖い怖い」
ざんばらになった、短くなった髪に京楽の指がからまった。
「僕のせいで、やけをおこして髪をきったんだね」
「そうだ。全部、お前のせいだ」
情欲というものを覚えたのも。激しく燃え上がる情熱を覚えたのも。
「髪、切りそろえてあげる。それから、また伸ばして?毛先はいつものように僕が揃えあげるから」
ぎらりと光る翡翠に、ああ、なんて綺麗な生き物なんだろうかと、京楽は微笑む。
浮竹は、静かに京楽の上からどいた。
「ちょっと待ってね。仕事、片付けるから。すぐに終わるから、待っててね」
素直に待って、畳の上でざんばらになった白い髪で遊んでいると、10分も経たずに京楽がやってきた。
いつも髪を切ってくれる大きめの鋏と、手鏡と、櫛をもっていた。
「それにしてももったいないなぁ。何で切ったの?ざんばらじゃない」
「斬魄刀で切った」
「なんて無駄な使い方だろう。双魚理が、かわいそうだよ?」
「そうだな・・・・・少し早まりすぎたみたいだ。反省する」
しゃき、しゃき。ぱらぱら。
櫛で真っすぐに伸ばされて、切られていく白い髪。
京楽は、慣れた手つきで浮竹の髪をきっていった。
「ほら、できた。かわいいね。院生時代を思い出すよ。短くても、似合ってる」
手鏡を渡されて、少し潤んだ翡翠の瞳がその中に映っていた。
綺麗に、院生時代のように短く整えられた白い髪。前までの長さに伸ばすには、数年はかかるだろう。
「改めて、約束するよ。もう見合いもしない。結婚もしない。君だけを愛し・・・・・・」
言葉は、浮竹の口づけで塞がれた。
舌をぬくと、浮竹は銀の糸をひく舌で、ぺろりと自分の唇を舐める。
京楽だけが知っている、浮竹の癖だ。
情欲すると、浮竹は自分の唇を舐める。
「京楽・・・・・愛して?」
京楽の隊長羽織を、浮竹が脱がしていく。
浮竹は、京楽に隊長羽織を脱がされ、死覇装に手がかけられる。何度見ても、見飽きない、浮竹の裸身が露わになっていく。
「あっ・・・・・・・・」
体の輪郭全部を確かめるように、音もなく、京楽の手が浮竹の体のラインをたどっていく。
浮竹は、京楽の肩にかみついた。
それも、京楽だけが知る浮竹の癖だ。快楽を覚えて戸惑っていると、肩に噛みついてくる。
「愛してる」
浮竹は、熱にうなされるように囁いた。
珍しく、浮竹から体を求めてきた。
薄い筋肉のついた胸を撫でて、先端に爪をたてると、また浮竹が京楽の肩にかみついた。
甘噛みだ。
舌で先端を転がして、もう片方に爪をまたたてる。
「おっと・・・・・・潤滑油、もってくるね」
行為の途中で置き去りにされた浮竹は、翡翠の瞳で京楽をにらんだ。
でも、潤滑油なしでは、交われない。無理に交わることもできるが、そうすると浮竹の中が傷ついて、血を流す。
京楽は、浮竹の血の色が何より嫌いだった。
それは、浮竹の命の色そのものだ。
「ん・・・」
潤滑油に濡らされた指が、蕾をえぐってくる。内部を侵す指に、浮竹は翻弄される。
「愛してる」
何度めかの囁きが、浮竹の唇から零れ落ちた。
「あうっ」
前立腺をひっかかれて、声がうわずる。浮竹は、ペロリと自分の唇を舐めていた。
水音をたてて、京楽の指が抜かれていく。
「愛して?」
小首を傾げてくる。明らかに、同じ男の京楽に犯されて、情欲していた。いつもは白い髪で、表情が見れない時があるが、今ならはっきりとわかる。
ゆるゆると、たちあがったままの浮竹の花茎に手をそえてしごきあげ、同時に挿入した。
「やあっ」
前立腺を何度もつきあげると、浮竹は翡翠の瞳を伏せた。長い睫毛が、頬に陰影を作り出す。
「あ、あ、あ・・・・・」
刻まれるリズムと一緒に、声が漏れた。
浮竹を貫いたまま、京楽は浮竹の腕をとって起き上がらせた。体重で、京楽の熱を深く呑み込んでいってしまう。
「この体勢、いやだっ・・・・・・・・」
浮竹が涙を零した。
「あ、あ、激し・・・・」
下から突き上げると、浮竹は短い白い髪をぱらぱらと宙に泳がせた。
「春水、やだっ」
ねだられて、体位を変えた。いつものように、浮竹の細い足を肩に乗せる。柔軟な浮竹の体は、少々無理な体位でも受け入れた。
「んっ」
最奥を突き上げると、浮竹も限界が近いようで、生理的な涙を浮かべている。
「一緒にいこう、十四郎。愛してるよ」
「俺も愛して・・・る・・・・・ああっ!」
花茎をしごかれ、先端に爪を立てられて、半ば強引に性を放たされた。同時に、腹の奥で京楽の熱が弾けた。
「あ、あ、いっちゃう。今はだめっ・・・・・・・」
白い液体を迸らせたままの浮竹を、京楽は侵略するように犯していく。また深く挿入され、前立腺をこすりあげられた。
「!」
頭が真っ白になった。肉体的に達しているのに、オーガズムでいくことを覚えさせられた体が、快楽で真っ白になって、ぐずぐずになっていく。
二度目の熱を、浮竹の中に吐き出して、京楽もようやく満足したようだった。
何度味わっても、飽きない。
浮竹の体は、よすぎる。
お互いにとって、肌を重ねることは麻薬に似ていた。
快楽を伴って、常用性が出る。また、体を重ねたくなる。禁断症状がでる。
「きもちよかった?」
体をふいて清めてくる京楽に、浮竹は言葉もなくこくりと頷いた。死覇装で、体のラインを隠す浮竹のうぶな動きに、またのそりと京楽の熱が高まっていく。
いけない、いけない。
激しくすると、浮竹は意識を手放してしまう。そんな相手を労わることのあまりない、快楽だけの交わりは、避けないと。
何千回と体を重ねてきたが、浮竹は激しくされるより、時間をかけてとろけるような愛され方をする方が好きだ。
だが、そのやり方だと京楽のほうが悲鳴をあげそうになる。気を放たずに、浮竹を満足させるのは難しい。
だが、できるだけ、快楽を味わって欲しかった。
「あ、そうだ」
「?」
「11番隊の、やちるちゃんに、金平糖(こんぺいとう)もらったんだ。食べるかい?」
こくこくと、頷く浮竹に、京楽は後始末を全部終わらせて、お互いに服を着あってから、もらった金平糖を、浮竹の綺麗な形の手に、転がした。
本当に、同じ死神だろうか。剣を握って戦うというのに、綺麗な手をしている。無駄なぜい肉は一切ない。だからといって、鍛え上げられた硬い筋肉もない。薄い筋肉だけを持つ浮竹は、軽い。
「甘い・・・・」
「運動した後は、余計に甘く感じるよね」
かっと、顔を赤らめて、浮竹は目を伏せた。
「浮竹は、睫毛が長いね」
「そうか?」
「うん。でも、睫毛は黒いんだね」
眉毛も、黒い。体毛はほとんどないが、黒い。もじゃもじゃの京楽からすれば、体毛があまりないのは羨ましかった。
「髪だけだ。白いのは」
「そんなことはないよ。今は上気してバラ色になってるけど、肌も白いよ」
浮竹は、もっとと、金平糖をねだったてきた。だが、手元にはもうない。
かわいい恋人に、京楽は明日あげる予定だった、浮竹の大好物のおはぎを出してきた。ついでにと、酒ももってきた。
「甘い・・・・・・・」
おはぎをほおばる浮竹の短くなった白い髪に、口づけをする。
「また、伸ばそうね」
京楽は、自分の杯に酒を注ぎ、一気に呷った。
「ああ」
同じ杯を、浮竹に持たせて、酒を注ぐ。少し躊躇した後、浮竹は杯を煽った。
喉が焼けるようだ。京楽は、アルコール度の高い強め日本酒を好む。果実酒みたいな甘い酒を好む浮竹も、日本酒を飲むが、やはり果実酒の方が好きだった。
「浮竹の好きな果実酒もあるよ」
「だったら、最初からそっちを出してくれ」
違う瓶をとりだして、浮竹にもたせた杯に注ぐ。
浮竹は、それを飲んだ。
「甘い酒、好きだね。もしも、今度一緒に現世にいくときがあるなら、カクテルを好きなだけおごってあげる」
尸魂界に、カクテルを出す飲み屋がないわけではないが、現世のほうが種類も豊富だった。
浮竹が飲んだ果実酒は、柑橘系の味がした。気に入ったので、どこに売っていたのかと聞くと、わざわざ現世から取り寄せたものだという。
きっと、値も張っただろう。
比翼の鳥は、翼を取り戻した。
半身を失わずに、済んだ。
比翼の鳥は、大空に向かって飛んでいく。
どこまでも、果てなく。
お互いの、命ある限り、寄り添いあいながら。
そんな話を聞いたのは、夏も終わり秋が深まった頃だった。
夜になると、いつも過ごしている雨乾堂の少し離れた草原からは、リーンリーンと涼やかな虫の声が聞こえる、そんな季節だった。
「京楽が?」
浮竹は、その日京楽と一緒にいなかった。馴染みの居酒屋で、院生時代からの友人たちと飲んでいた。
「らしいですよ。なんでも、相手は上級貴族の姫君だとか」
「嘘だろう?」
浮竹は、酒を飲むことをやめて、真剣な表情で話を聞いていた。
「それが、なんでも山本総隊長からも根回しされたとかで。京楽隊長も、もてますからねぇ。もう潮時じゃないんですかねぇ」
友人たちは、京楽と浮竹ができているのを知らない。
院生時代からの友人だが、それほど深い仲でもなく、たまに飲むくらいだった。
「京楽が見合い・・・・結婚・・・・・・・・」
想像しただけで、身が引き裂かれる想いだった。
永遠の愛を、誓い合った仲ではなかったのだろうか、京楽は。
愛していると甘く囁いてくる、あの声も嘘か?
京楽が。
つい先日も、耳元で好きだよと囁いて、触れるだけのキスをしてきた京楽が。
遊びで、廓の女を買っても、関係はもたずにただ酒を飲みあう。そんな京楽が。
今まで築き上げてきたものすべてが、真っ白に崩れ落ちていく錯覚にとらわれる。
「どうしたんですが、浮竹隊長」
「いや・・・少し、飲みすぎたみたいだ。今日は、もう寝るよ」
逃げるように、勘定を済ませ、浮竹は居酒屋をでた。
肌寒い。夜は、少し冷えこむ。
でも、そんなことはどうでもいい。
真相を確かめることもせずに、海乾堂に帰った浮竹がしたことは、長くなった真っ白な髪を、斬魄刀でざくざくに切り落とすことだった。
「こんな髪!」
浮竹が大嫌いの白い髪。綺麗だから伸ばしてほしいと京楽に懇願され、ずっと伸ばしてきた。腰の位置より少し高い位置で、伸びすぎるといつも京楽が切ってくれた。
「こんな髪・・・・・・」
真っ白な、色素を失った髪。
肺病のせいで、元は黒かった色がぬけて純白になってしまった。
太陽の光を浴びると、銀色の輝いて綺麗だと、囁いてくれる京楽の声が忘れられない。
「京楽の大馬鹿野郎!」
涙が、頬を伝った。
親が無理やり見合いをさせて困ると、浮竹に零したことがある。でも、そんな見合いなんて全部断ってくれた。
「僕には、大切な浮竹がいるからね」
穏やかで優しい微笑みを思い出す。ずきりと、胸が痛んだ。
もう、見合いを済ませたという。今まで、見合いなど一切せずに断っていたのに。見合いを済ませた。
イコール、結婚。
俺とは、遊びだったのか?
次々と沸いてくる想いに、疑心暗鬼になりかけていた。
「隊長・・・・きゃっ!」
清音が、帰ってきた上官の顔を見ようと顔をのぞかせると、そこにいたのは美しかった長い白髪を、ざんばらに切って、斬魄刀を持ったまま放心している浮竹の姿だった。
「ちょ、隊長!髪こんなに切ったりして・・・隊長!」
揺さぶれて、はっとなった。
「清音・・・・・・・」
「せめて、斬魄刀をしまってください。話があるなら、私が聞きますから!」
浮竹は、少し冷静さを取り戻したのか双魚理をしまった。
「どうしたんですか、浮竹隊長」
美人が台無しですよ。清音は、泣きながら浮竹のざんばらに散らばった髪を集めた。
「京楽が、見合いを済ませ結婚するって・・・・・」
「ああ、あの噂ですか」
「本当なのか?」
清音は、目を伏せた。
「本当だと、聞きました」
もう終わりだ。
数百年続いてきた恋人の関係が、こんなことで終わるなんて。
ただ、切なくて苦しくて。涙が、また零れそうだった。
清音がいる。
浮竹は我慢して、唇をかんだ。
錆びた鉄の味がした。
「隊長、しっかりしてください!きっと、京楽隊長は、結婚しませんから!」
「そんなこと、本人に聞かないと分からないだろう」
そうだ。
本人に、直接聞けばいいのだ。
だが、怖い。
話が全部真実で、浮竹を捨てていく京楽がいるのが、怖かった。
ただとてつもなく。ぽっかりと巨大な穴ができたようだ。
半身を失うようなものだ。
比翼の鳥は、片方がいないと空を飛べない。そんな比翼の鳥のような関係だった二人を引き裂くのは、片方の結婚。
きっと京楽のことだから、結婚したとしても別れるとは言わないだろう。あれほど、浮竹に執着している京楽のことだ。手放さないに、決まっている。
だが、浮竹は結婚した相手と関係を続ける気は一切なかった。
「京楽のところに、行ってくる」
「隊長!髪、せめて整えてからでも・・・・」
「このままでいい」
肩より上で、ざんばらに切られた髪をそのままに、霊圧を消して、浮竹は8番隊の隊舎に瞬歩で近づくと、そのまま京楽のいるだろう隊長室に向かった。
「入るぞ」
ばんと、乱暴に扉を開けると、京楽が文机に向かって珍しく仕事をしていた。
「どうしたの・・・・・・その髪、どうしたの!誰かに、切られたの?もしそうなら、相手を半殺しにしてやる」
京楽は、浮竹の傍にくると、浮竹を抱きしめた。
「本当か」
「何が」
「結婚するって、本当か」
低い声が出た。涙を流して別れないでと、懇願するような男ではない、浮竹は。どす黒い感情そのままに、抑えていた霊圧を京楽に向けた。
まさに、殺意をこめて。
「あー、あの話ね」
「京楽っ!」
押し倒されていた。
「こんな関係、終わらせてやる!」
「できるの?僕なしで、生きていけるの?僕に散々啼かされている君が、僕なしで生きていけるとはとても思えないよ」
情欲のままに、貪られ、貪ることを覚えた体にされてしまった。
乱暴に口づけられて、浮竹は京楽の舌を少しきつめに噛んだ。
「痛いじゃないか」
「髪は、自分で切った」
「そうか。綺麗だったのに・・・・・。後で、切りそろえてあげる」
「そんなことより、どうなんだと、聞いているんだ。はぐらかすな」
「一言でいうなら、結婚しないよ。見合いも、山じいがうるさいからしたけど、結婚はしない。相手は同じ上級貴族の姫君だから、破断にするのに、時間かかったけどね。もしも、結婚を強制されたら、家を出る」
家族と、縁を切ると、強く京楽は浮竹の耳に囁きかけた。
安堵すると、自然と緩んだ緊張感から解放されて、涙が頬を伝った。
「ごめんね。もっと早くに、僕から伝えるべきだったね」
「ん・・・・」
深く口づけられても、今度は舌をかまなかった。舌をからませあいながら、京楽が与えてくる快楽を、素直に受け取る。
「怖かった。お前を失うのかと思って」
「そんなこと、ならないよ。結婚なんてしない。むしろ、許されるなら君と結婚したい」
京楽は、強く浮竹を抱きしめた。
おずおずと、抱き返して、それから京楽を力のままに押し倒す。立場が逆転して、京楽は浮竹を見上げた。
「もしもお前が他の相手と結婚したら、相手を殺してやる」
翡翠の瞳には、確かな殺意が静かに宿っていた。
「怖い怖い」
ざんばらになった、短くなった髪に京楽の指がからまった。
「僕のせいで、やけをおこして髪をきったんだね」
「そうだ。全部、お前のせいだ」
情欲というものを覚えたのも。激しく燃え上がる情熱を覚えたのも。
「髪、切りそろえてあげる。それから、また伸ばして?毛先はいつものように僕が揃えあげるから」
ぎらりと光る翡翠に、ああ、なんて綺麗な生き物なんだろうかと、京楽は微笑む。
浮竹は、静かに京楽の上からどいた。
「ちょっと待ってね。仕事、片付けるから。すぐに終わるから、待っててね」
素直に待って、畳の上でざんばらになった白い髪で遊んでいると、10分も経たずに京楽がやってきた。
いつも髪を切ってくれる大きめの鋏と、手鏡と、櫛をもっていた。
「それにしてももったいないなぁ。何で切ったの?ざんばらじゃない」
「斬魄刀で切った」
「なんて無駄な使い方だろう。双魚理が、かわいそうだよ?」
「そうだな・・・・・少し早まりすぎたみたいだ。反省する」
しゃき、しゃき。ぱらぱら。
櫛で真っすぐに伸ばされて、切られていく白い髪。
京楽は、慣れた手つきで浮竹の髪をきっていった。
「ほら、できた。かわいいね。院生時代を思い出すよ。短くても、似合ってる」
手鏡を渡されて、少し潤んだ翡翠の瞳がその中に映っていた。
綺麗に、院生時代のように短く整えられた白い髪。前までの長さに伸ばすには、数年はかかるだろう。
「改めて、約束するよ。もう見合いもしない。結婚もしない。君だけを愛し・・・・・・」
言葉は、浮竹の口づけで塞がれた。
舌をぬくと、浮竹は銀の糸をひく舌で、ぺろりと自分の唇を舐める。
京楽だけが知っている、浮竹の癖だ。
情欲すると、浮竹は自分の唇を舐める。
「京楽・・・・・愛して?」
京楽の隊長羽織を、浮竹が脱がしていく。
浮竹は、京楽に隊長羽織を脱がされ、死覇装に手がかけられる。何度見ても、見飽きない、浮竹の裸身が露わになっていく。
「あっ・・・・・・・・」
体の輪郭全部を確かめるように、音もなく、京楽の手が浮竹の体のラインをたどっていく。
浮竹は、京楽の肩にかみついた。
それも、京楽だけが知る浮竹の癖だ。快楽を覚えて戸惑っていると、肩に噛みついてくる。
「愛してる」
浮竹は、熱にうなされるように囁いた。
珍しく、浮竹から体を求めてきた。
薄い筋肉のついた胸を撫でて、先端に爪をたてると、また浮竹が京楽の肩にかみついた。
甘噛みだ。
舌で先端を転がして、もう片方に爪をまたたてる。
「おっと・・・・・・潤滑油、もってくるね」
行為の途中で置き去りにされた浮竹は、翡翠の瞳で京楽をにらんだ。
でも、潤滑油なしでは、交われない。無理に交わることもできるが、そうすると浮竹の中が傷ついて、血を流す。
京楽は、浮竹の血の色が何より嫌いだった。
それは、浮竹の命の色そのものだ。
「ん・・・」
潤滑油に濡らされた指が、蕾をえぐってくる。内部を侵す指に、浮竹は翻弄される。
「愛してる」
何度めかの囁きが、浮竹の唇から零れ落ちた。
「あうっ」
前立腺をひっかかれて、声がうわずる。浮竹は、ペロリと自分の唇を舐めていた。
水音をたてて、京楽の指が抜かれていく。
「愛して?」
小首を傾げてくる。明らかに、同じ男の京楽に犯されて、情欲していた。いつもは白い髪で、表情が見れない時があるが、今ならはっきりとわかる。
ゆるゆると、たちあがったままの浮竹の花茎に手をそえてしごきあげ、同時に挿入した。
「やあっ」
前立腺を何度もつきあげると、浮竹は翡翠の瞳を伏せた。長い睫毛が、頬に陰影を作り出す。
「あ、あ、あ・・・・・」
刻まれるリズムと一緒に、声が漏れた。
浮竹を貫いたまま、京楽は浮竹の腕をとって起き上がらせた。体重で、京楽の熱を深く呑み込んでいってしまう。
「この体勢、いやだっ・・・・・・・・」
浮竹が涙を零した。
「あ、あ、激し・・・・」
下から突き上げると、浮竹は短い白い髪をぱらぱらと宙に泳がせた。
「春水、やだっ」
ねだられて、体位を変えた。いつものように、浮竹の細い足を肩に乗せる。柔軟な浮竹の体は、少々無理な体位でも受け入れた。
「んっ」
最奥を突き上げると、浮竹も限界が近いようで、生理的な涙を浮かべている。
「一緒にいこう、十四郎。愛してるよ」
「俺も愛して・・・る・・・・・ああっ!」
花茎をしごかれ、先端に爪を立てられて、半ば強引に性を放たされた。同時に、腹の奥で京楽の熱が弾けた。
「あ、あ、いっちゃう。今はだめっ・・・・・・・」
白い液体を迸らせたままの浮竹を、京楽は侵略するように犯していく。また深く挿入され、前立腺をこすりあげられた。
「!」
頭が真っ白になった。肉体的に達しているのに、オーガズムでいくことを覚えさせられた体が、快楽で真っ白になって、ぐずぐずになっていく。
二度目の熱を、浮竹の中に吐き出して、京楽もようやく満足したようだった。
何度味わっても、飽きない。
浮竹の体は、よすぎる。
お互いにとって、肌を重ねることは麻薬に似ていた。
快楽を伴って、常用性が出る。また、体を重ねたくなる。禁断症状がでる。
「きもちよかった?」
体をふいて清めてくる京楽に、浮竹は言葉もなくこくりと頷いた。死覇装で、体のラインを隠す浮竹のうぶな動きに、またのそりと京楽の熱が高まっていく。
いけない、いけない。
激しくすると、浮竹は意識を手放してしまう。そんな相手を労わることのあまりない、快楽だけの交わりは、避けないと。
何千回と体を重ねてきたが、浮竹は激しくされるより、時間をかけてとろけるような愛され方をする方が好きだ。
だが、そのやり方だと京楽のほうが悲鳴をあげそうになる。気を放たずに、浮竹を満足させるのは難しい。
だが、できるだけ、快楽を味わって欲しかった。
「あ、そうだ」
「?」
「11番隊の、やちるちゃんに、金平糖(こんぺいとう)もらったんだ。食べるかい?」
こくこくと、頷く浮竹に、京楽は後始末を全部終わらせて、お互いに服を着あってから、もらった金平糖を、浮竹の綺麗な形の手に、転がした。
本当に、同じ死神だろうか。剣を握って戦うというのに、綺麗な手をしている。無駄なぜい肉は一切ない。だからといって、鍛え上げられた硬い筋肉もない。薄い筋肉だけを持つ浮竹は、軽い。
「甘い・・・・」
「運動した後は、余計に甘く感じるよね」
かっと、顔を赤らめて、浮竹は目を伏せた。
「浮竹は、睫毛が長いね」
「そうか?」
「うん。でも、睫毛は黒いんだね」
眉毛も、黒い。体毛はほとんどないが、黒い。もじゃもじゃの京楽からすれば、体毛があまりないのは羨ましかった。
「髪だけだ。白いのは」
「そんなことはないよ。今は上気してバラ色になってるけど、肌も白いよ」
浮竹は、もっとと、金平糖をねだったてきた。だが、手元にはもうない。
かわいい恋人に、京楽は明日あげる予定だった、浮竹の大好物のおはぎを出してきた。ついでにと、酒ももってきた。
「甘い・・・・・・・」
おはぎをほおばる浮竹の短くなった白い髪に、口づけをする。
「また、伸ばそうね」
京楽は、自分の杯に酒を注ぎ、一気に呷った。
「ああ」
同じ杯を、浮竹に持たせて、酒を注ぐ。少し躊躇した後、浮竹は杯を煽った。
喉が焼けるようだ。京楽は、アルコール度の高い強め日本酒を好む。果実酒みたいな甘い酒を好む浮竹も、日本酒を飲むが、やはり果実酒の方が好きだった。
「浮竹の好きな果実酒もあるよ」
「だったら、最初からそっちを出してくれ」
違う瓶をとりだして、浮竹にもたせた杯に注ぐ。
浮竹は、それを飲んだ。
「甘い酒、好きだね。もしも、今度一緒に現世にいくときがあるなら、カクテルを好きなだけおごってあげる」
尸魂界に、カクテルを出す飲み屋がないわけではないが、現世のほうが種類も豊富だった。
浮竹が飲んだ果実酒は、柑橘系の味がした。気に入ったので、どこに売っていたのかと聞くと、わざわざ現世から取り寄せたものだという。
きっと、値も張っただろう。
比翼の鳥は、翼を取り戻した。
半身を失わずに、済んだ。
比翼の鳥は、大空に向かって飛んでいく。
どこまでも、果てなく。
お互いの、命ある限り、寄り添いあいながら。
太陽のように
その日は、月に一回の朝礼があった。
山本総隊長が、学院がいかにして作られただの、寮に入り学ぶことの大切さ、死神となるには云々・・・・・・・・・・ようは、話が長かった。
朝から、少し顔色の悪かった浮竹。尊敬する師の言葉を、感動のきもちで聞いているだろうが、やはり体調が芳しくないのか、少しふらついているのを、京楽は見逃さなかった。
学院に入って、3年が経とうしていた。
京楽も浮竹も、鬼道はともかく、剣術は、もうお互い以外相手にならないありさまだった。強くなったと、自分でも思う。
座学の成績と鬼道の成績こそ、浮竹に負けているが、剣術ではやや、京楽の方が上か。
上級貴族の家に生まれ、次男だからと、学院に押し込まれたのであるが、浮竹に出会って全てが変わった。
よい友人に恵まれたと思う。恋人でもあるが、その前に親友であった。
ああ、ほら倒れる・・・・・・
京楽の心配事が的中した。
ふらりと傾いだ体を、瞬歩で近寄った京楽が音もなく抱き留めた。
ざわり。
また。浮竹が倒れたと、他の生徒たちが心配そうに見てくる。
「見世物じゃないよ」
意識を手放した浮竹を軽々と抱き上げて、山本総隊長に手をふって、京楽は浮竹を医務室へと運んでいった。
浮竹の、白い髪はもう肩より長くなっていた。京楽が伸ばせというので、その通りにしていたら、髪にはさみを入れるタイミングを完全に失ってしまっていた。
「すいません、ベッドをかりていいですか?」
浮竹を抱き上げたまま、京楽は医務室の担当者に、そう言った。
「ああ、浮竹君がまた倒れたのか。吐血は?」
「いえ、熱はあるみたいだけど、吐血はしてません」
いつも、酷い咳をしたあと、吐血して意識を失うことの多い浮竹にしては、珍しい倒れ方だった。夏の暑い日差しにやられたのか、体温も高い。水分をきちんととっていないとすれば、この倒れ方は浮竹の不注意だ。
「夏の日差しにやられたのかな。浮竹君は、色素がないからね。直射日光は体に悪い」
肺の病のせいで、真っ白になってしまった髪。色素がぬけおちてしまったその色。白い肌に、翡翠色の瞳をもつ浮竹は、誰よりも強くありながら儚かった。
抱き上げていた体重の軽さに、また痩せたのかと、心の奥で呟く。
「奥のベッドに、寝かせてください。氷枕で体を冷やして、様子を見ましょう」
浮竹を奥ベッドに横たえると、京楽はその場を去ろうとせずに、浮竹の寝るベッドの近くの椅子を引き寄せた。顔色が真っ白で血の気のひいた、生きているのかも疑わしくなるような浮竹の様子に、呼吸をちゃんとしているのかと確認したくなる。
小さく上下に動いている薄い筋肉の動きが、浮竹がちゃんと生きているのだと、音もなく知らせてくれる。
「点滴をしておきますね。京楽君、授業はじまってますよ。浮竹君のことは私に任せて、教室に戻りなさい」
医務室の職員に、うるさいのだと、高めた霊圧をぶつけると、職員は顔を蒼くして、奥にひっこんでいった。
「浮竹・・・・」
起きたら、思いっきり叱ってやろう。
2時間ほどたつと、氷枕で体温を冷やし、点滴を受けたせいか、翡翠色の瞳が開いた。
「・・・・・ああ、また俺は倒れたのか」
「浮竹ぇ。夏場は、ちゃんと水分補給をしろっていったよね?この前、海水浴にいって日差しで倒れたこと、忘れたのかな?」
にっこりと微笑む、京楽の機嫌は悪そうだ。
浮竹が倒れると、看病するのは自然と京楽になった。
「水分補給はしたさ」
「じゃあ、なんで倒れるの」
「夏場の、直射日光がだめなんだ。太陽に嫌われているから」
ちゃんと水分をとって、熱射病対策をとれば、浮竹とてそうほいほいと倒れるわけではないだろうと思っていたのが、根本的な間違いだったのだろうか。
今日は、いつにも増して、暑い。太陽はギラギラと地上を焦がし、生き物の体力を奪っていく。
浮竹は、太陽のような温かく優しい男だ。でも、本物の太陽には嫌われているようだ。
太陽のように明るくて、同時に月のように儚い。
「授業、間に合うかな」
「もう昼休みだよ。午後の授業から、参加すればいいよ」
浮竹の額に手をあてると、熱は大分ひいて微熱程度になっていた。これくらいなら、授業に出ても倒れないだろう。
「意識がない間、ずっと傍にいてくれたのか」
「当たり前でしょう」
「ありがとう」
素直に礼をいう浮竹がかわいかった。
その白い髪を手ですいて、口元にもっていく。髪にキスをして、京楽は浮竹に冷えピタシートを投げた。
「これは?」
「現世で、熱をもったときに額に張って体温をさげるやつだよ」
「現世には、そんな便利なものがあるのか」
封をきって、額にはってみる。
「おお、冷たい!ヒンヤリする。これなら、酷い直射日光でもない限り、大丈夫かもしれない」
冷えピタシートを、大量に買い込みに現世にいくか・・・・・。
京楽は、浮竹の喜びように、自然と笑みがこぼれる。お説教をしまくろうと思っていたが、浮竹の体が弱いせいであるので、どうしようもない。
「京楽、いつもすまない」
「吐血したわけじゃあないんだから、そんなに気にすることじゃないよ」
本当に怖いのは、咳が止まらなくなって、血を吐き出すその真紅の色だ。
「俺の体が、もっと強ければ・・・・・」
「あんまり、気に病みなさんな」
京楽に、珍しく浮竹から触れるだけのキスがきた。
「浮竹?」
「感謝の、きもちだ」
「もっと、してもいいんだよ?」
「ばかいうな、恥ずかしい。ここの職員、いるんだろう?」
「僕が霊圧をぶつけたら、隣の部屋に逃げちゃったけどね」
医務室にいるのは、二人だけだ。
「午後の授業の前に、腹ごしらえをしにいこう。食堂で、なにかたべるか」
「ああ、そうだね。昼飯食べるの忘れてたよ」
学院の食堂は、安くてボリュームがある。
いつも残して、京楽がその残りを食べる羽目になるのだが、小食でもちゃんとした食事を、食べるだけましだ。放っておくと、簡単なものだけとかですませてしまう。例えば、お茶漬けとか。
「夏は始まったばかりなんだから、食って少しは元気をだしなさい」
「はいはい」
3回生の夏も、すぎていく。
平穏な日々は退屈であるが、穏やかだ。
また、浮竹を誘って甘味屋までいくかと、京楽は浮竹が喜びそうなのをことを思いついては、一人で浮竹の感情の揺れを思い出す。
ギラギラと、太陽が地上を焦がす。
その年の夏は異常気象で、尸魂界でも今までにないほどの高い気温を記録した。
浮竹は、なるべく直射日光をさけて、行動している。夏風邪も引きやすい彼が、倒れないように常に傍にいた。四六時中べったりというわけではないが、時間の許す限り愛しい恋人と過ごした。
太陽のように暖かい浮竹。強い日差しのように、芯が強い男だ。だが、月の光のように儚い。食べて、鍛錬しても薄い筋肉しかつかないようで、そのくせ細いのに剣術の稽古となると想像できない力を出してくる。
太陽の光に反射して、白い髪は銀色に輝いて見えた。
「髪、切らないでね」
「切ってないだろう。もう、肩より長くなってしまった」
浮竹を包み込むような優しさをもった京楽は、浮竹の白い髪が特にお気に入りだった。浮竹にとってはコンプレックスでしかないその髪を、綺麗だから伸ばせと囁く。
浮竹は、その甘やかな囁きに縛られて、はさみを入れたことがない。京楽が、毛先を揃えるくらいにしか髪は切ったことがない。
「こんな白い髪の、どこがいいんだか」
白い毛をつまんでいると、京楽の手が伸びた白い髪を指ですいてくる。サラサラと零れる、細い髪は手入れもちゃんとされているせいで、触り心地がよかった。
「雪のようで、純白だからいいんだよ。または、ふわふわした雲みたいに」
ふわふわした雲は、京楽だろうと浮竹は思う。つかみどころがなくって、そのくせ優しくて強くて、包み込むような愛をもっている。
「卒業しても、切らないでね?僕が切る以外は」
白い髪に口づけて、京楽は笑った。
「卒業か・・・・」
すでに、護廷十三隊入りは確実と、囁かれている彼ら。
その運命が、どうなるかは、まだ先お話しだ。
山本総隊長が、学院がいかにして作られただの、寮に入り学ぶことの大切さ、死神となるには云々・・・・・・・・・・ようは、話が長かった。
朝から、少し顔色の悪かった浮竹。尊敬する師の言葉を、感動のきもちで聞いているだろうが、やはり体調が芳しくないのか、少しふらついているのを、京楽は見逃さなかった。
学院に入って、3年が経とうしていた。
京楽も浮竹も、鬼道はともかく、剣術は、もうお互い以外相手にならないありさまだった。強くなったと、自分でも思う。
座学の成績と鬼道の成績こそ、浮竹に負けているが、剣術ではやや、京楽の方が上か。
上級貴族の家に生まれ、次男だからと、学院に押し込まれたのであるが、浮竹に出会って全てが変わった。
よい友人に恵まれたと思う。恋人でもあるが、その前に親友であった。
ああ、ほら倒れる・・・・・・
京楽の心配事が的中した。
ふらりと傾いだ体を、瞬歩で近寄った京楽が音もなく抱き留めた。
ざわり。
また。浮竹が倒れたと、他の生徒たちが心配そうに見てくる。
「見世物じゃないよ」
意識を手放した浮竹を軽々と抱き上げて、山本総隊長に手をふって、京楽は浮竹を医務室へと運んでいった。
浮竹の、白い髪はもう肩より長くなっていた。京楽が伸ばせというので、その通りにしていたら、髪にはさみを入れるタイミングを完全に失ってしまっていた。
「すいません、ベッドをかりていいですか?」
浮竹を抱き上げたまま、京楽は医務室の担当者に、そう言った。
「ああ、浮竹君がまた倒れたのか。吐血は?」
「いえ、熱はあるみたいだけど、吐血はしてません」
いつも、酷い咳をしたあと、吐血して意識を失うことの多い浮竹にしては、珍しい倒れ方だった。夏の暑い日差しにやられたのか、体温も高い。水分をきちんととっていないとすれば、この倒れ方は浮竹の不注意だ。
「夏の日差しにやられたのかな。浮竹君は、色素がないからね。直射日光は体に悪い」
肺の病のせいで、真っ白になってしまった髪。色素がぬけおちてしまったその色。白い肌に、翡翠色の瞳をもつ浮竹は、誰よりも強くありながら儚かった。
抱き上げていた体重の軽さに、また痩せたのかと、心の奥で呟く。
「奥のベッドに、寝かせてください。氷枕で体を冷やして、様子を見ましょう」
浮竹を奥ベッドに横たえると、京楽はその場を去ろうとせずに、浮竹の寝るベッドの近くの椅子を引き寄せた。顔色が真っ白で血の気のひいた、生きているのかも疑わしくなるような浮竹の様子に、呼吸をちゃんとしているのかと確認したくなる。
小さく上下に動いている薄い筋肉の動きが、浮竹がちゃんと生きているのだと、音もなく知らせてくれる。
「点滴をしておきますね。京楽君、授業はじまってますよ。浮竹君のことは私に任せて、教室に戻りなさい」
医務室の職員に、うるさいのだと、高めた霊圧をぶつけると、職員は顔を蒼くして、奥にひっこんでいった。
「浮竹・・・・」
起きたら、思いっきり叱ってやろう。
2時間ほどたつと、氷枕で体温を冷やし、点滴を受けたせいか、翡翠色の瞳が開いた。
「・・・・・ああ、また俺は倒れたのか」
「浮竹ぇ。夏場は、ちゃんと水分補給をしろっていったよね?この前、海水浴にいって日差しで倒れたこと、忘れたのかな?」
にっこりと微笑む、京楽の機嫌は悪そうだ。
浮竹が倒れると、看病するのは自然と京楽になった。
「水分補給はしたさ」
「じゃあ、なんで倒れるの」
「夏場の、直射日光がだめなんだ。太陽に嫌われているから」
ちゃんと水分をとって、熱射病対策をとれば、浮竹とてそうほいほいと倒れるわけではないだろうと思っていたのが、根本的な間違いだったのだろうか。
今日は、いつにも増して、暑い。太陽はギラギラと地上を焦がし、生き物の体力を奪っていく。
浮竹は、太陽のような温かく優しい男だ。でも、本物の太陽には嫌われているようだ。
太陽のように明るくて、同時に月のように儚い。
「授業、間に合うかな」
「もう昼休みだよ。午後の授業から、参加すればいいよ」
浮竹の額に手をあてると、熱は大分ひいて微熱程度になっていた。これくらいなら、授業に出ても倒れないだろう。
「意識がない間、ずっと傍にいてくれたのか」
「当たり前でしょう」
「ありがとう」
素直に礼をいう浮竹がかわいかった。
その白い髪を手ですいて、口元にもっていく。髪にキスをして、京楽は浮竹に冷えピタシートを投げた。
「これは?」
「現世で、熱をもったときに額に張って体温をさげるやつだよ」
「現世には、そんな便利なものがあるのか」
封をきって、額にはってみる。
「おお、冷たい!ヒンヤリする。これなら、酷い直射日光でもない限り、大丈夫かもしれない」
冷えピタシートを、大量に買い込みに現世にいくか・・・・・。
京楽は、浮竹の喜びように、自然と笑みがこぼれる。お説教をしまくろうと思っていたが、浮竹の体が弱いせいであるので、どうしようもない。
「京楽、いつもすまない」
「吐血したわけじゃあないんだから、そんなに気にすることじゃないよ」
本当に怖いのは、咳が止まらなくなって、血を吐き出すその真紅の色だ。
「俺の体が、もっと強ければ・・・・・」
「あんまり、気に病みなさんな」
京楽に、珍しく浮竹から触れるだけのキスがきた。
「浮竹?」
「感謝の、きもちだ」
「もっと、してもいいんだよ?」
「ばかいうな、恥ずかしい。ここの職員、いるんだろう?」
「僕が霊圧をぶつけたら、隣の部屋に逃げちゃったけどね」
医務室にいるのは、二人だけだ。
「午後の授業の前に、腹ごしらえをしにいこう。食堂で、なにかたべるか」
「ああ、そうだね。昼飯食べるの忘れてたよ」
学院の食堂は、安くてボリュームがある。
いつも残して、京楽がその残りを食べる羽目になるのだが、小食でもちゃんとした食事を、食べるだけましだ。放っておくと、簡単なものだけとかですませてしまう。例えば、お茶漬けとか。
「夏は始まったばかりなんだから、食って少しは元気をだしなさい」
「はいはい」
3回生の夏も、すぎていく。
平穏な日々は退屈であるが、穏やかだ。
また、浮竹を誘って甘味屋までいくかと、京楽は浮竹が喜びそうなのをことを思いついては、一人で浮竹の感情の揺れを思い出す。
ギラギラと、太陽が地上を焦がす。
その年の夏は異常気象で、尸魂界でも今までにないほどの高い気温を記録した。
浮竹は、なるべく直射日光をさけて、行動している。夏風邪も引きやすい彼が、倒れないように常に傍にいた。四六時中べったりというわけではないが、時間の許す限り愛しい恋人と過ごした。
太陽のように暖かい浮竹。強い日差しのように、芯が強い男だ。だが、月の光のように儚い。食べて、鍛錬しても薄い筋肉しかつかないようで、そのくせ細いのに剣術の稽古となると想像できない力を出してくる。
太陽の光に反射して、白い髪は銀色に輝いて見えた。
「髪、切らないでね」
「切ってないだろう。もう、肩より長くなってしまった」
浮竹を包み込むような優しさをもった京楽は、浮竹の白い髪が特にお気に入りだった。浮竹にとってはコンプレックスでしかないその髪を、綺麗だから伸ばせと囁く。
浮竹は、その甘やかな囁きに縛られて、はさみを入れたことがない。京楽が、毛先を揃えるくらいにしか髪は切ったことがない。
「こんな白い髪の、どこがいいんだか」
白い毛をつまんでいると、京楽の手が伸びた白い髪を指ですいてくる。サラサラと零れる、細い髪は手入れもちゃんとされているせいで、触り心地がよかった。
「雪のようで、純白だからいいんだよ。または、ふわふわした雲みたいに」
ふわふわした雲は、京楽だろうと浮竹は思う。つかみどころがなくって、そのくせ優しくて強くて、包み込むような愛をもっている。
「卒業しても、切らないでね?僕が切る以外は」
白い髪に口づけて、京楽は笑った。
「卒業か・・・・」
すでに、護廷十三隊入りは確実と、囁かれている彼ら。
その運命が、どうなるかは、まだ先お話しだ。
桃が食べたい
「桃が食べたい」
唐突だった。
「みかんの缶詰も食べたい。いや、でも桃のほうが食べたい気がする。桃の缶詰は味が変わってしまっているからいまいちだ」
げほごほ、ごほ。
布団から半身を起こしていた浮竹は、咳をした。
「ほらほら、横になって。まだ熱高いんだし、無理しないで」
「桃が食べたい」
「分かった分かった。買ってきてあげるから、大人しくしてるんだよ」
しきりに、桃が食べたいと訴える浮竹を寝かしつけて、京楽は雨乾堂の外に出た。夏が、はじまろうとしていた。
太陽の光はじわじわと体力を奪っていく。こんな季節は、海にいきたいが、今の浮竹を海に行こうと誘う気にもならなかった。
夏風邪をひいてしまったらしい。こじらせて、かなり長引いていた。
尸魂界の市場で、値段のはる高級な桃を数個買い込んだ京楽は、市に並んでいた髪盛りに視線を移した。
「へぇ、翡翠細工か」
本物の翡翠があしらわれた髪飾りを手に取ると、値段をみる。隊長の1か月分の給料の数倍はした。繊細な細工のそれを、気に入ったとばかりに購入した。
京楽は、上流貴族だ。お金は、腐るほどにある。次男だが、生前分与でかなりの額を両親からもたされており、銀行に預けっぱなしだった。
浮竹のために使う金は、けっこうな額になった。飲食代だけでも相当なものだ。
「浮竹に似合うだろうねぇ」
翡翠細工の髪飾りをあげても、女の子じゃないからと、浮竹があまりつけたりしないのを分かっていても、買ってしまう。
ただ、一時でもいいから身につけさせれば、それで満足だった。
浮竹は、贅沢を好まない。どちらかというと、質素なものを好む。
髪飾りだの、宝石だの、そういうものを好まない。衣服も、高いものは受け取ってくれないことが多い。
唯一、酒は高いものをプレゼントしても喜んでくれた。
「ただいまー」
雨乾堂は、もはや我が家に近かった。毎日のように浮竹に会いに来る京楽を止める者は伊勢七緒くらいだ。
二人ができていることを知ってはいるが、頻繁すぎると怒られた。
気にしない、気にしない。
七緒の怒った顔もかわいいけれど、恋人の浮竹の儚い美しさにはかなうものはいないと思う。
「桃、買ってきたよ。むいてあげるから」
「んー?」
布団からのそのそと顔をのぞかせて、浮竹は氷で冷やした冷たい水を飲んで、京楽のほうを向いた。
「西瓜が食べたい」
「おいおいおいおい。桃が、食べたかったんだろう?」
「西瓜がいい」
「そりゃないよ。高い美味しそうなの、買ってきたのに」
「じゃ、それでもいい」
猫のように伸びをして、まだ少し高い熱に瞳を潤ませて、こちらを見てくる浮竹に、京楽は買ったばかりの髪飾りを、その白い長く伸びた髪にさした。
「ん?」
「髪飾りだよ」
「俺は、女じゃないぞ。そんなものもらっても、嬉しくない」
「分かってるよ。今、つけてくれてるだけでいいから」
「・・・・・うん」
簪や、髪飾りを京楽は好んだ。京楽は自分の髪にも、女ものの値段のはる簪をしている。
髪飾りを、浮竹は手にとってみてみた。
「これ、翡翠じゃないのか」
「いいや。ただのガラス玉さ」
「そうか」
多分、本物であると気づいているだろう。高い髪飾りや簪は、もうたくさんある。全部、京楽が浮竹の髪にと、買ったものだった。
今浮竹がもっている、京楽から贈られた髪飾りや簪を全部売り払えば、屋敷が建てれるくらいの値段にはなるだろう。
高価なそんなものより、京楽が昔編んでくれた花冠のようなものが好きだった。
手作りの置物や、現世から部下に購入させた安価なキーホルダーのようなものを好んだ。
甘味ものを特に好む浮竹には、プレゼントはスイーツ系のものも多い。
食べ物と酒なら、少々値がはっても喜んでくれる。
「ほら、桃がむけたよ」
無言で、じっと見上げてくる。
まだ、熱は完全に下がっていない。
「はいはい。口開けて」
皮をむいて、適当な形にカットされた桃を口元にもっていくと、浮竹はぱくりとそれを食べた。
甘えん坊なのは、熱が高い証拠だ。
「甘い」
「甘いだろうね」
ぺろりと、唇をなめる浮竹の唇に触れる。
少しだけついた桃の雫を味わって、京楽は浮竹に桃を食べさせていく。
甘ったるい匂いが、むしろ心地よい。
お互い、護廷13番隊の隊長であることを忘れて時を過ごす。
「早く、治るといいね。元気になって、8月になったら海にいこうか」
「海か・・・・・・西瓜が食べたい」
「西瓜、好きだねぇ。桃の方が甘くておいしいんじゃないの?」
「西瓜もすきだ。塩をかけると甘味がます」
去年は、女性死神協会主催の海の旅行についていった浮竹だが、暑さにやられて倒れて、お墓のようなもの作られて、山本総隊長からの金一封をてにいれたらしいが、その時は忙しくて京楽は一緒に行けなかった。
「桃、もっと食べたい」
「はいはい。甘えん坊だねぇ、浮竹は」
京楽のいうままに、伸ばした白い髪が、畳の上で乱れている。
「後で、体ふいてあげるよ。今日は熱が高いから、お風呂はだめだよ」
浮竹はけっこう綺麗好きだ。熱があっても、風呂に入る時が多いが、湯冷めし具合を悪くすることなど日常茶飯事だった。
「むー」
「そんな顔したってだめなものはだめ」
ついばむような口づけを交わした。
桃の、甘ったるい味に、京楽は苦笑する。
「浮竹は、甘いね」
「甘味ものか、俺は・・・・・・・・」
「髪、ほつれてる。すいてあげるよ」
20年ほど前に、買ってあげた螺鈿細工の櫛を渡される。贈り物は、大事には、してくれているようだ。
白く長くなった髪をすいていると、きもちいいのか浮竹はすり寄ってきた。
「浮竹ぇ、僕を煽ってるの?病人なんだから、その気にさせないでよ」
浮竹は、キスが好きだ。触れるだけのやつも、深い口づけも。
額に口づけて、京楽は浮竹の髪をすいていく。
もうすぐ、夏も本格的になる。
それまでには、こじらせた夏風邪も治っているだろう。
8月になったら、海にいこう。
みんなを連れていくのもいいかもしれない。楽しく、西瓜割でもしよう。
京楽は、窓の外の太陽を見上げた。
唐突だった。
「みかんの缶詰も食べたい。いや、でも桃のほうが食べたい気がする。桃の缶詰は味が変わってしまっているからいまいちだ」
げほごほ、ごほ。
布団から半身を起こしていた浮竹は、咳をした。
「ほらほら、横になって。まだ熱高いんだし、無理しないで」
「桃が食べたい」
「分かった分かった。買ってきてあげるから、大人しくしてるんだよ」
しきりに、桃が食べたいと訴える浮竹を寝かしつけて、京楽は雨乾堂の外に出た。夏が、はじまろうとしていた。
太陽の光はじわじわと体力を奪っていく。こんな季節は、海にいきたいが、今の浮竹を海に行こうと誘う気にもならなかった。
夏風邪をひいてしまったらしい。こじらせて、かなり長引いていた。
尸魂界の市場で、値段のはる高級な桃を数個買い込んだ京楽は、市に並んでいた髪盛りに視線を移した。
「へぇ、翡翠細工か」
本物の翡翠があしらわれた髪飾りを手に取ると、値段をみる。隊長の1か月分の給料の数倍はした。繊細な細工のそれを、気に入ったとばかりに購入した。
京楽は、上流貴族だ。お金は、腐るほどにある。次男だが、生前分与でかなりの額を両親からもたされており、銀行に預けっぱなしだった。
浮竹のために使う金は、けっこうな額になった。飲食代だけでも相当なものだ。
「浮竹に似合うだろうねぇ」
翡翠細工の髪飾りをあげても、女の子じゃないからと、浮竹があまりつけたりしないのを分かっていても、買ってしまう。
ただ、一時でもいいから身につけさせれば、それで満足だった。
浮竹は、贅沢を好まない。どちらかというと、質素なものを好む。
髪飾りだの、宝石だの、そういうものを好まない。衣服も、高いものは受け取ってくれないことが多い。
唯一、酒は高いものをプレゼントしても喜んでくれた。
「ただいまー」
雨乾堂は、もはや我が家に近かった。毎日のように浮竹に会いに来る京楽を止める者は伊勢七緒くらいだ。
二人ができていることを知ってはいるが、頻繁すぎると怒られた。
気にしない、気にしない。
七緒の怒った顔もかわいいけれど、恋人の浮竹の儚い美しさにはかなうものはいないと思う。
「桃、買ってきたよ。むいてあげるから」
「んー?」
布団からのそのそと顔をのぞかせて、浮竹は氷で冷やした冷たい水を飲んで、京楽のほうを向いた。
「西瓜が食べたい」
「おいおいおいおい。桃が、食べたかったんだろう?」
「西瓜がいい」
「そりゃないよ。高い美味しそうなの、買ってきたのに」
「じゃ、それでもいい」
猫のように伸びをして、まだ少し高い熱に瞳を潤ませて、こちらを見てくる浮竹に、京楽は買ったばかりの髪飾りを、その白い長く伸びた髪にさした。
「ん?」
「髪飾りだよ」
「俺は、女じゃないぞ。そんなものもらっても、嬉しくない」
「分かってるよ。今、つけてくれてるだけでいいから」
「・・・・・うん」
簪や、髪飾りを京楽は好んだ。京楽は自分の髪にも、女ものの値段のはる簪をしている。
髪飾りを、浮竹は手にとってみてみた。
「これ、翡翠じゃないのか」
「いいや。ただのガラス玉さ」
「そうか」
多分、本物であると気づいているだろう。高い髪飾りや簪は、もうたくさんある。全部、京楽が浮竹の髪にと、買ったものだった。
今浮竹がもっている、京楽から贈られた髪飾りや簪を全部売り払えば、屋敷が建てれるくらいの値段にはなるだろう。
高価なそんなものより、京楽が昔編んでくれた花冠のようなものが好きだった。
手作りの置物や、現世から部下に購入させた安価なキーホルダーのようなものを好んだ。
甘味ものを特に好む浮竹には、プレゼントはスイーツ系のものも多い。
食べ物と酒なら、少々値がはっても喜んでくれる。
「ほら、桃がむけたよ」
無言で、じっと見上げてくる。
まだ、熱は完全に下がっていない。
「はいはい。口開けて」
皮をむいて、適当な形にカットされた桃を口元にもっていくと、浮竹はぱくりとそれを食べた。
甘えん坊なのは、熱が高い証拠だ。
「甘い」
「甘いだろうね」
ぺろりと、唇をなめる浮竹の唇に触れる。
少しだけついた桃の雫を味わって、京楽は浮竹に桃を食べさせていく。
甘ったるい匂いが、むしろ心地よい。
お互い、護廷13番隊の隊長であることを忘れて時を過ごす。
「早く、治るといいね。元気になって、8月になったら海にいこうか」
「海か・・・・・・西瓜が食べたい」
「西瓜、好きだねぇ。桃の方が甘くておいしいんじゃないの?」
「西瓜もすきだ。塩をかけると甘味がます」
去年は、女性死神協会主催の海の旅行についていった浮竹だが、暑さにやられて倒れて、お墓のようなもの作られて、山本総隊長からの金一封をてにいれたらしいが、その時は忙しくて京楽は一緒に行けなかった。
「桃、もっと食べたい」
「はいはい。甘えん坊だねぇ、浮竹は」
京楽のいうままに、伸ばした白い髪が、畳の上で乱れている。
「後で、体ふいてあげるよ。今日は熱が高いから、お風呂はだめだよ」
浮竹はけっこう綺麗好きだ。熱があっても、風呂に入る時が多いが、湯冷めし具合を悪くすることなど日常茶飯事だった。
「むー」
「そんな顔したってだめなものはだめ」
ついばむような口づけを交わした。
桃の、甘ったるい味に、京楽は苦笑する。
「浮竹は、甘いね」
「甘味ものか、俺は・・・・・・・・」
「髪、ほつれてる。すいてあげるよ」
20年ほど前に、買ってあげた螺鈿細工の櫛を渡される。贈り物は、大事には、してくれているようだ。
白く長くなった髪をすいていると、きもちいいのか浮竹はすり寄ってきた。
「浮竹ぇ、僕を煽ってるの?病人なんだから、その気にさせないでよ」
浮竹は、キスが好きだ。触れるだけのやつも、深い口づけも。
額に口づけて、京楽は浮竹の髪をすいていく。
もうすぐ、夏も本格的になる。
それまでには、こじらせた夏風邪も治っているだろう。
8月になったら、海にいこう。
みんなを連れていくのもいいかもしれない。楽しく、西瓜割でもしよう。
京楽は、窓の外の太陽を見上げた。
会いにいく
ダン!
床を蹴る足は、軽やかだ。
木刀を京楽に向かって振りおろす。
ぶんっ!と風を切る音が聞こえ、京楽は浮竹のもった木刀を間一髪よけると、居合の要領で浮竹の胴を狙った。
浮竹の体が、軽く飛び上がる。
竹刀は空を切った。
翡翠色の相貌が、楽しそうに輝いていた。
ダン!
床を蹴ると、衝撃で穴があいた。浮竹の真正面からの攻撃に、竹刀を盾代わりにして受け止める。
本当に、軽い体重に細い体をしているというのに、どこにそんな力があるのだろう。
受け止めた竹刀を握る右手が、力に押し負けて、ぐっと下がる。左手を添えて力を出すが、このままでは力に押し負ける。一度離れて距離をとると、浮竹の鋭い一撃がやってくる。
カンカンカキン。
何度も木刀で切り結びあう。
もし、刃のある刀だったら、きっと京楽は出血で倒れていただろう。
「右ががらあきだぞ、京楽!」
左側ばかり責められて、竹刀を受けるのも左側ばかりで、右側にまで気が回らなかった。
カーン。
高い音をたてて、京楽の手から竹刀が浮竹の竹刀にからめとられ、宙を舞って床に転がった。
ニッと、浮竹が笑んだ。とどめとばかりに、首元に竹刀が。
「そこまで!」
山本総隊長の声を無視して、京楽は落ちた竹刀を握りしめると、浮竹に振り下ろした。
浮竹は、真正面から受けずに、右足で浮竹の竹刀を蹴り上げた。
「足癖、悪いなぁ」
竹刀で一騎打ちをしている間に、何度か蹴りが襲ってきた。実戦なら、その蹴りの一撃で片がつくだろう勢いの、蹴りだ。
「そこまで!これ、十四郎、春水、言うことをきかぬか!」
「山じい、やられっぱなしは性に合わないんだよ。あともうちょっと」
竹刀を、2つもつ。
尸魂界に、2つしかない二対一刀の斬魄刀をもつ二人は、両利きだった。
院生の卒業まであと3か月。
すでに、京楽と浮竹は護廷十三隊入りが確定している。院生でいる時代に斬魄刀を扱える者など、今までの学院の歴史にはなかった。
山本総隊長の指導の元、剣術の稽古に励んでいのだが、浮竹が京楽と一騎打ちをしたいといいだして、今に至る。
「そおら、どうする!?」
右、左、左、右下、上、左下、頭。
「京楽、あまいぞ!」
次々と、竹刀を打ち下ろしていく京楽を、浮竹はまるで舞を舞うような軽やかさで避けている。だが、浮竹の長くなった白髪が、宙を舞った。髪を束ねていた髪ゴムが、衝撃に耐えきれずにちぎれたのだ。
繰り出される、京楽の突きを、間一髪でかわすが、空気が渦を巻いて浮竹の頬をかすめた。
白い肌が裂け、血が流れだす。
「おっと。大丈夫かい、浮竹」
「たわけっ!そこまでじゃ!」
山本総隊長の大声が、道場中に響き渡った。
竹刀だというのに、剣圧だけで空気を切り、かまいたちを起こす京楽の腕に、浮竹は舌打ちした。
いつもののほほんとした浮竹ではない。
命のやり取りをするときの、浮竹の姿がそこにあった。
優しいのに、冷酷で、血の色を好むように自分自身を朱に染め上げる。
率先して、前をいく武闘派ではないが、一度敵と認識すると、容赦はしない。
「これくらい、大丈夫だ」
頬の傷を手で拭うと、思ったより出血が多く、血が止まらなかった。
「あーあー。綺麗な顔に傷つけちゃった。傷跡、残らなきゃいいんだけど」
本気で心配してくる京楽が、山本総隊長を無視して真新しい手ぬぐいを、浮竹の傷にあてた。
「全く、十四郎も春水も、手がかかるのお」
道場は、二人が暴れたため、壁はぶち壊れていたり、床に穴があいていたりと、散々な様子だった。竹刀での一騎打ちだけで、ここまでできるのは、なかなかにいない。しかも、二人の霊圧は、護廷十三隊でも、隊長クラスに匹敵した。
「医務室いこう。念のため、ちゃんと手当してもらったほうがいいよ」
「こら十四郎、春水!話はまだ終わっとらんぞ!」
「山じいまた今度ね」
「元柳斎先生、ありがとうございました」
浮竹は、ぺこりとおじぎするが、京楽は手をひらひらとさせるだけだ。
山本総隊長を残して、京楽は浮竹の手を握ると、医務室まで歩いていく。その長いようで短い時間が、心地よかった。
浮竹は、かなり久しぶりに本気で暴れた。その相手が務まるのは、同級生でも京楽くらいのものだろう。
京楽も浮竹も、汗をかいている。お互い、本気をだして一騎打ちをしていた。流派とかあったものではなかったが。
二人とも、山本総隊長から剣を学んでいるが、それに我流を加えている。
「すみませーん。けが人だよー」
がらりと、医務室の戸をあけると中には誰もいなかった。
京楽は、消毒用のアルコールを綿にひたして、浮竹の頬の傷を消毒した。
「しみる。いたい」
「ごめんよ。まさか、剣圧で切れるとは思ってなかった」
「手を抜かずに相手してくれた証拠だから、別にいい」
傷跡が残っても、男の勲章としようと思う浮竹とは別に、京楽は綺麗な顔に傷跡が残ったらどうしようと本気で考え込んでいた。
手際よくガーゼを切って、傷口に宛がう。そのままテープで固定して、手当は終わった。1週間もすれば、傷跡も大分薄れるだろう。
「本当に・・・・ごめんね」
「だから、別にいいといっている」
思い切り抱きしめられて、浮竹はため息をついて、京楽の体に身を委ねた。
「君の血の色は、あまり見たくない」
吐血して、頽(くずお)れる瞬間をよく目の当たりにしているので、浮竹の真紅は命の色そのものだった。京楽にとっては。
「傷跡残ったら、責任とってお嫁さんにもらってあげるよ」
二人ははじめ、ただの親友同士だった。だが、京楽は浮竹に恋をしてしまった。ずっと秘めていた想いに気づかれたのは、2回生になった頃。そして、2回生の夏あたりから京楽の想いは通じて、二人は恋人同士になった。
「お前は次男だろう。長男の俺が、嫁にもらってやるよ」
「こんなもじゃもじゃの毛深いお嫁さんでいいのかい」
「脱毛エステを受けさせる」
クスクスと、他愛ない冗談で笑いあった。
コツンと、額をぶつけ合う。身長差は、ほとんどなくなった。初めの頃は、京楽のほうが身長が大分高かったが、今では数センチくらいしかかわらない。
ただ、病をもっている浮竹はどんなに鍛錬しても、京楽のような男らしい筋肉がつくことができなかった。吐血したり、熱をだしては寝込み、食事もとらないような日々がある。
今は小健康状態を保っているが、いつ熱を出して倒れてもおかしくなかった。
「教室に戻ろう」
浮竹の手を、京楽が握った。
「君の、殺気、凄かった。ぞくぞくしちゃったよ」
「そういうお前の殺気も、相当なものだったぞ」
触れるだけのキスをされて、浮竹は目を伏せた。長い睫毛が、影を落とす。
「卒業したら、今までのように毎日一緒にいられなくなるな」
「そうだね。どの隊に入っても、会いに行くから」
「ああ。俺も、会いにいく」
卒業まであと3か月。院生として学院にいる時間もあとわずかだ。
卒業と同時に、死神になり、護廷13隊の席官の地位が用意されてある。
そのうち、訓練であったように、虚退治で命をかける日々が訪れるだろう。穏やかだけれど、危険と隣り合わせの日々が始まるのだ。
「会いに、いく。必ず」
「僕もだよ」
卒業と同時に、京楽は8番隊の、浮竹は13番隊の席官になった。その後、数年足らずで、若くして隊長の座を任されるようになるのは、まだ少し遠い未来のお話。
床を蹴る足は、軽やかだ。
木刀を京楽に向かって振りおろす。
ぶんっ!と風を切る音が聞こえ、京楽は浮竹のもった木刀を間一髪よけると、居合の要領で浮竹の胴を狙った。
浮竹の体が、軽く飛び上がる。
竹刀は空を切った。
翡翠色の相貌が、楽しそうに輝いていた。
ダン!
床を蹴ると、衝撃で穴があいた。浮竹の真正面からの攻撃に、竹刀を盾代わりにして受け止める。
本当に、軽い体重に細い体をしているというのに、どこにそんな力があるのだろう。
受け止めた竹刀を握る右手が、力に押し負けて、ぐっと下がる。左手を添えて力を出すが、このままでは力に押し負ける。一度離れて距離をとると、浮竹の鋭い一撃がやってくる。
カンカンカキン。
何度も木刀で切り結びあう。
もし、刃のある刀だったら、きっと京楽は出血で倒れていただろう。
「右ががらあきだぞ、京楽!」
左側ばかり責められて、竹刀を受けるのも左側ばかりで、右側にまで気が回らなかった。
カーン。
高い音をたてて、京楽の手から竹刀が浮竹の竹刀にからめとられ、宙を舞って床に転がった。
ニッと、浮竹が笑んだ。とどめとばかりに、首元に竹刀が。
「そこまで!」
山本総隊長の声を無視して、京楽は落ちた竹刀を握りしめると、浮竹に振り下ろした。
浮竹は、真正面から受けずに、右足で浮竹の竹刀を蹴り上げた。
「足癖、悪いなぁ」
竹刀で一騎打ちをしている間に、何度か蹴りが襲ってきた。実戦なら、その蹴りの一撃で片がつくだろう勢いの、蹴りだ。
「そこまで!これ、十四郎、春水、言うことをきかぬか!」
「山じい、やられっぱなしは性に合わないんだよ。あともうちょっと」
竹刀を、2つもつ。
尸魂界に、2つしかない二対一刀の斬魄刀をもつ二人は、両利きだった。
院生の卒業まであと3か月。
すでに、京楽と浮竹は護廷十三隊入りが確定している。院生でいる時代に斬魄刀を扱える者など、今までの学院の歴史にはなかった。
山本総隊長の指導の元、剣術の稽古に励んでいのだが、浮竹が京楽と一騎打ちをしたいといいだして、今に至る。
「そおら、どうする!?」
右、左、左、右下、上、左下、頭。
「京楽、あまいぞ!」
次々と、竹刀を打ち下ろしていく京楽を、浮竹はまるで舞を舞うような軽やかさで避けている。だが、浮竹の長くなった白髪が、宙を舞った。髪を束ねていた髪ゴムが、衝撃に耐えきれずにちぎれたのだ。
繰り出される、京楽の突きを、間一髪でかわすが、空気が渦を巻いて浮竹の頬をかすめた。
白い肌が裂け、血が流れだす。
「おっと。大丈夫かい、浮竹」
「たわけっ!そこまでじゃ!」
山本総隊長の大声が、道場中に響き渡った。
竹刀だというのに、剣圧だけで空気を切り、かまいたちを起こす京楽の腕に、浮竹は舌打ちした。
いつもののほほんとした浮竹ではない。
命のやり取りをするときの、浮竹の姿がそこにあった。
優しいのに、冷酷で、血の色を好むように自分自身を朱に染め上げる。
率先して、前をいく武闘派ではないが、一度敵と認識すると、容赦はしない。
「これくらい、大丈夫だ」
頬の傷を手で拭うと、思ったより出血が多く、血が止まらなかった。
「あーあー。綺麗な顔に傷つけちゃった。傷跡、残らなきゃいいんだけど」
本気で心配してくる京楽が、山本総隊長を無視して真新しい手ぬぐいを、浮竹の傷にあてた。
「全く、十四郎も春水も、手がかかるのお」
道場は、二人が暴れたため、壁はぶち壊れていたり、床に穴があいていたりと、散々な様子だった。竹刀での一騎打ちだけで、ここまでできるのは、なかなかにいない。しかも、二人の霊圧は、護廷十三隊でも、隊長クラスに匹敵した。
「医務室いこう。念のため、ちゃんと手当してもらったほうがいいよ」
「こら十四郎、春水!話はまだ終わっとらんぞ!」
「山じいまた今度ね」
「元柳斎先生、ありがとうございました」
浮竹は、ぺこりとおじぎするが、京楽は手をひらひらとさせるだけだ。
山本総隊長を残して、京楽は浮竹の手を握ると、医務室まで歩いていく。その長いようで短い時間が、心地よかった。
浮竹は、かなり久しぶりに本気で暴れた。その相手が務まるのは、同級生でも京楽くらいのものだろう。
京楽も浮竹も、汗をかいている。お互い、本気をだして一騎打ちをしていた。流派とかあったものではなかったが。
二人とも、山本総隊長から剣を学んでいるが、それに我流を加えている。
「すみませーん。けが人だよー」
がらりと、医務室の戸をあけると中には誰もいなかった。
京楽は、消毒用のアルコールを綿にひたして、浮竹の頬の傷を消毒した。
「しみる。いたい」
「ごめんよ。まさか、剣圧で切れるとは思ってなかった」
「手を抜かずに相手してくれた証拠だから、別にいい」
傷跡が残っても、男の勲章としようと思う浮竹とは別に、京楽は綺麗な顔に傷跡が残ったらどうしようと本気で考え込んでいた。
手際よくガーゼを切って、傷口に宛がう。そのままテープで固定して、手当は終わった。1週間もすれば、傷跡も大分薄れるだろう。
「本当に・・・・ごめんね」
「だから、別にいいといっている」
思い切り抱きしめられて、浮竹はため息をついて、京楽の体に身を委ねた。
「君の血の色は、あまり見たくない」
吐血して、頽(くずお)れる瞬間をよく目の当たりにしているので、浮竹の真紅は命の色そのものだった。京楽にとっては。
「傷跡残ったら、責任とってお嫁さんにもらってあげるよ」
二人ははじめ、ただの親友同士だった。だが、京楽は浮竹に恋をしてしまった。ずっと秘めていた想いに気づかれたのは、2回生になった頃。そして、2回生の夏あたりから京楽の想いは通じて、二人は恋人同士になった。
「お前は次男だろう。長男の俺が、嫁にもらってやるよ」
「こんなもじゃもじゃの毛深いお嫁さんでいいのかい」
「脱毛エステを受けさせる」
クスクスと、他愛ない冗談で笑いあった。
コツンと、額をぶつけ合う。身長差は、ほとんどなくなった。初めの頃は、京楽のほうが身長が大分高かったが、今では数センチくらいしかかわらない。
ただ、病をもっている浮竹はどんなに鍛錬しても、京楽のような男らしい筋肉がつくことができなかった。吐血したり、熱をだしては寝込み、食事もとらないような日々がある。
今は小健康状態を保っているが、いつ熱を出して倒れてもおかしくなかった。
「教室に戻ろう」
浮竹の手を、京楽が握った。
「君の、殺気、凄かった。ぞくぞくしちゃったよ」
「そういうお前の殺気も、相当なものだったぞ」
触れるだけのキスをされて、浮竹は目を伏せた。長い睫毛が、影を落とす。
「卒業したら、今までのように毎日一緒にいられなくなるな」
「そうだね。どの隊に入っても、会いに行くから」
「ああ。俺も、会いにいく」
卒業まであと3か月。院生として学院にいる時間もあとわずかだ。
卒業と同時に、死神になり、護廷13隊の席官の地位が用意されてある。
そのうち、訓練であったように、虚退治で命をかける日々が訪れるだろう。穏やかだけれど、危険と隣り合わせの日々が始まるのだ。
「会いに、いく。必ず」
「僕もだよ」
卒業と同時に、京楽は8番隊の、浮竹は13番隊の席官になった。その後、数年足らずで、若くして隊長の座を任されるようになるのは、まだ少し遠い未来のお話。