青春白書6
。
携帯に電話を入れると、かわりに恋次が出た。
「恋次?」
「ああ、すまねぇば。ルキアの奴、熱をまた出しちまってな。最近は体調も良かったんだだが。なんか、学校でいざこざ起こしたんだってな。迷惑かけてすまん。俺も今日は調子が悪いから休みをとった」
「いや、別にいい。・・・恋次、気づいてたんのか?」
「そりゃな。携帯電話でまでやりとりしてるし、メールの交換もしてるし、家では一護のことも話すしな。多分始めてなんじゃないか、ルキアが誰かに恋をするのは。俺からも頼む。ルキアを大切にしてあげてくれ」
「本気か?俺は教師でルキアは生徒だぞ」
「ああ。問題は多いだろうけが・・・お前になら、ルキアを任せられると思う」
「そうか。・・・・・・なぁ、恋次」
「なんだ?」
「この鈍感バカ!」
そう言って、一護は携帯を切った。
ルキアが恋をするのは始めてじゃなのか。
ルキアはあんなにも恋次を慕い、恋をしているのに。
本人は気づいてもくれない。それで諦めれるならいいだろうが、ルキアは恋次にかなり依存している
。
同じ屋根の下に住んでいる以上、顔を合わさないわけにはいかない。
ルキアはきっと、とても苦しんでいる。
「どうしたもんだおるな・・・」
恋次に信頼されるのは嬉しいが。
「奪いきれるなら、簡単なんだけどな」
当のルキア本人は、一護という存在を認めて、悩み事打ち明けたり、他愛もない会話をしたり、挨拶のメールをくれたりするけど、それはあくまで対等である者としてみているからだろう。
「やべぇな・・・・俺本気かよ。24歳の男が、17歳の女の子に本気って。しかも教師と生徒。うわぁ、犯罪すぎる・・・・」
一おgは、保健室のデスクに肘をついてもんもんと悩んでいた。
次の日、ルキアはいつもの3時間目にやってきた。
手にはまだ包帯を巻いたままだ
。
「ルキア」
「何だ?」
「少しは俺のこと好きになってくれたか?教師としてとか友人としてとかじゃなくって、異性として」
「・・・・・わからなぬ」
ルキアは困ったように視線を彷徨わせている。
「恋次が好きなのも、依存してるのも分かるし、そこに俺が入る隙なんてないのかもしれねぇ。でも、俺はルキアのことが好きだ。恋してる」
ああ、ついに言ってしまった。
まぁ、隠しておく気もなかったし。
「私のことが好きなのか」
「そうだ」
「同情ではなく?」
「同情じゃない。家に戻ってもルキアのことが気になって、いつもルキアのこと考えてる。たまに見せてくれる笑顔に心がこうキュンキュンとな。やべぇ、俺乙女だ。どうしようルキア。俺、乙女になっちまった・・・」
「本当に私のことが好きか?」
「好きだ」
「じゃあ。じゃあ奪ってみせよ。私の心を、恋次から奪ってみせろ。私は恋次に恋してる。恋次が大好きだ。そこから私の心をさらっていってみよ」
「あーもう、お前は難題ばっかりふっかけるなぁ」
「貴様のことは嫌いではない」
一護は、ルキアの髪に、髪飾りを留めた。
「これは?」
「俺からのプレゼント」
ルキアが恋次から貰ったものと同じものだった。
「・・・・・・・・・・ありがとう」
「なぁ、キスしていいか?」
「いつも勝手にするくせに」
一護はルキアの細すぎる腰に手を回して、唇に唇を重ねた。
ただ触れるだけのキス。
少しの間抱きしめた後、ルキアは逃げるように教室にもどっていった。
頬が赤かった。
可能性がないわけではない。
「よーし、略奪愛な。いいぜ、奪ってみせようじゃねぇか」
一護も覚悟を決めた。
次の週末、一護はルキアをデートに誘った。
ルキアは、誘いに乗ってくれた。
青春白書5
朝食のテーブルについた恋次とルキアと冬獅郎。
「そ、そんなことはない」
ルキアは必死で首を振る。
「なんか・・・かわいくなった」
恋次の一言で、ルキアはぱっと顔をあげた。周囲に花が咲いている。
隣にいる冬獅郎はこういうことに疎いが、流石のルキアの反応は率直すぎてすぐに気づいた。ルキアは恋次を友人や家族としてではなく、異性として慕っている、恋をしているのだと。
それを恋次に教えるような冬獅郎ではない。ルキアはそんなことは望まないだろう、この友は。
ルキアは、思考の半分も行動もどこか男性のものに似ているけど、明らかに少女だ。疎い冬獅郎の目から見ても分かるほどに、恋次に恋をしている。
でも、恋次は鈍感すぎてそれに気づきもしない。
「そうだ、今日は髪くくってやるよ」
「ほ、ほんとうか?
」
「ああ。かわいい髪飾りもあるぞ。つけていくか?」
「ああ、つけていく」
「ルキアもせっかく美人なんだ。もっとおしゃれに気を使った方せいいぜ」
「そうか?」
ルキアは、別に自分の容姿なんてどうでもいいと思っている。ただ、誰の目をもひく美しさを与えられた。それだけだ。おしゃれしようなんて、思ったことはない。
自分のことに疎い恋次であったが、一護とルキアの仲には気づいていた。
一護に尋ねてはいないが、泊まりにくると二人は何か秘密を共有しあっているように見えた。ルキアの口から一護の話題が増えた。
恋次が話す一護の過去を熱心に聴いている。ああ、こいつは一護に恋をしているんだなと思った。一護になら、ルキアのことは任せられると思った。きっと、大切にしてくれる。
一護の過去はしっている。同じような傷を持つ二人は、きっと惹かれあうのだろう。
携帯で話しているようだし、メールのやりとりもしているようだ。教師と生徒いう障害はあるが、二人ならそれさえも取り除けると恋次は思った。
恋次は、ルキアの髪を綺麗にポニーテールにすると、硝子細工でできたかわいい髪飾りを留める。
自分の彼女にあげようと思って買ったものだが、ルキアにあげよう。
かわいく女の子になっていくルキアfを見るのも、恋次は好きだった。
そのまま、上機嫌でルキアと恋次と冬獅郎は、学校に出かけてしまった。
朝の3時間目。いつもルキアがくる時間。
ちょっとした問題児であるルキアが、一護の保健室に通い、心のケアをしていると教師の間では広まっていた。一護は担任の教師にまでルキアをお願いしますといわれたほどに信頼されていた。
ルキアが倒れたり、発作のように暴れるのは、教師一同皆知っていた。それがルキアの過去の、精神的なものからくるものだということも。
恋次が教師側にあらかた話し、理解と納得を促したのだ。
最近のルキアはとても落ち着いていて、何より生きている耀きに溢れていた。
3時間目、いつもはルキアが来る時間なのに、今日はこなかった。
まぁそんな日もあるだろうと、一護は普通に過ごしていた。
一護が呼び出された。
呼び出された先は、生徒指導室。
ルキアから事情を聞いてほしいとのことだった。他の教師には何も話さないのだと。一護になら話すだろうと他の教師が一護を呼び出したのだ。
生徒指導室に入ると、ルキアは黙って俯いていた。
手に、粉々に砕け散った髪飾りを握り締めていた。
なんでも、隣クラスの優等生で名高い女生徒といさかいをおこしたらしい。ただのケンカかと教師らは思ったが、ルキアが女生徒を拳でなぐりつけ、女生徒は鼻血を出して泣き出した。
優等生の生徒とルキアの接点は、周囲から見ると友人という位置にあったらしい。何度か同じ場所にいたり、会話をしているところを目撃されているし、ルキアは女生徒の友人にノートを見せているのだという。
優等生同志で友情を築くことはよいことだと、教師たちは思っていた。ルキアに同性の友人はクラスにいないので、よい友人になってくれると期待さえされていた。
その友人をよりによって拳で殴りつけた。周囲が必死で止めるまで、ルキアは暴れて女生徒にものを投げつけたりしていたという。
女生徒は念のため病院にいっている。
鼻血が止まらなかったのだ。
「なぁ。なんで・・・・」
二人だけにされた生徒指導室で、キッと、ルキアは一護を睨みつけたかと思うと開口一番にこう言った。
「私は謝罪しないぞ。何があっても謝罪しないからな」
「どうしたんだ、暴力なんてお前らしくもない」
ルキアは、発作的に暴れることはあっても、他人に暴力を振るったことは今までなかった。
「あの女が悪いからだ」
「あの子にいじめられいたのか?」
ルキアは、無言で俯く。
「いじめられてるなら、なんで相談を・・・」
「あやつは恋次の親戚なのだ!私が恋次に恋しているの知ってる。いうこと聞かないなら、恋次にばらすと・・・・・!」
「脅されてたのか」
いじめではあちがちなパターンだ。
「どうってことなかった。ただ、ノート見せろとかそれくらいだったから。金を要求してきたこともあったけが、つっぱねた。私が発作的に暴れると困るんで、相手もそれ以上はいってことなかった。かわりにノートとったり、宿題をするくらいなんの苦痛でもなかった。実際に、嫌がらせしてくるのはあの女のグループじゃなかったし」
「他にいるのか・・・」
一護は、ルキアの手をとる。
「破片が指につきささってるぞ。捨てないと」
「嫌だ」
手からは血が滲んでいた。大切な髪飾り。大好きな恋次がくれたもの。
「これ、あの子が壊したのか?」
「そうだ」
「はじめて髪飾りをしていった。そしたらあの女に呼び出されて、取り上げられた。取り返そうと必死になったら、あの女、これ地面にたたきつけたのだ。だから殴った」
「理由はなんであれ、人に暴力を振るうのはよくねぇ」
「じゃあ!じゃあどうすればよかったというのだ!恋次から、恋次からもらった大事なものなのだ!恋次がかわいいっていってくれたのだ。似合うと。今までいろんなものもらってきたが、こういうの興味ないからいらないと断っていた。はじめてもらったのだ、髪飾りを。髪だって、長いほうがスキだって恋次が言ってたからずっと伸ばしてる!・・・恋次が笑顔でつけてくれて、似合ってるかわいいと言ってくれたのだ!!」
ルキアは破片を握り締めたまま、震えていた。
一護はルキア抱きしめた。
「守ってやれなくてごめんな」
「・・・・・・う、うわあああああ」
ルキアは、一護の背中にしがみついて泣き出した。
結局、この事件は二人のただのケンカとして処理された。女生徒の傷は大したものでもなく、ルキアをいじめているとばれることを怖がって、女生徒は自分が友人であるルキアとケンカしただけなのだと言い出したのだ。
ルキアを保健室に連れて行き、破片のささった手を治療する。
「恋次に謝らなければならぬ。怒るであろうか?」
「大丈夫、許してくれるさ」
「ああ・・・・・」
恋次が迎えにきた。
そのまま、授業時間も全て終わって、ルキアは恋次と一緒に下校した。
割れた硝子細工の髪飾りの破片を、ルキアは大切にハンカチで包んで持って返った。
「恋次の奴、愛されてるなぁ」
一護は、軽い嫉妬心を覚えるくらいだった。
青春白書4
「いいぜ。でもかわりに、もうリストカットしないって約束だ。「特別」になるから、もうしないって。悩みがあったらちゃんと話すこと。いいか?」
「・・・・・・・・・・ああ」
紫水晶の瞳とブラウン色の瞳が交じり合う。
ルキアは涙を零すことを止めた。
どうせ。
どうせ、この大人もすぐに飽きてしまうだろう。
私にはなんの魅力もないから。可愛そうだと構っているだけだろう。
同じような境遇を過ごしていたということに、すごくひかれるものはある。でも、なまじ同じ環境を過ごしただけに同じ者の心の痛みは分かる。可愛そうという同情心は他人よりも大きい。
どうせ、私は。
お金よりもこの命は安いのだから。
そのまま、ルキアはまた眠ってしまった。
一護はしばらく傍にいたが、そのまま恋次の元に戻った。
事情を説明しようか迷ったが、ルキアは知られたくないだろうと思って秘密にした。
恋次に悪いと思いながらも、どうして自分がルキアという名の少女にここまで吸い寄せられるのかよく分からない。
似たような、いや自分よりも酷い環境を過ごしていたのも理由にあるが。
美しい容姿だからというのも確かにあるのかもしれない。放っておけないというのもある。
それ以上に、もっと何かがあるような気がした。そうだ、青春ドラマにありがちな運命の悪戯ってやつだろうか。
青春白書じゃあるまいに。
しかも相手は生徒。未成年だ。年齢は17歳。同じ学校の生徒で、一護は教師だ。
その障害は大きい。それなのに、どうしてだろうか。
まるで蜘蛛の糸にかかった蝶のようだ。でも、ルキアになら捕食されても構わないとさえ思った。
まだ知り合って数日だというのに。
週末があけて、月曜日。
一護はいつも通り保健室にいた
。
3時間目、ルキアがやってきた。
「お、どうした?」
「悩みがある。貴様がいった。悩みがあったら打ち明けろと」
「話してくれる気になったのか。どうした。クラスになじめないのか?女子の友達がいないらしいな。いじめられてるとか、そういう話か?」
「違う。クラスにはなじめなくったってどうでもいい。女の友達なんて別にいらない」
いじめのことについて、ルキアは触れなかった。
「恋次が好きなのだ。好きで好きでどうしようもないのだ。どうしたらいい?」
「あー・・・・・」
一護は天井を仰いだ。
確かに、重要な悩みだろう。まるで本当に青春白書。青春の悩みだ。
「恋次に告白はした?」
「してない。彼女がいるから振られるにきまってる。だからしてない」
「うーん・・・・」
恋だとかの悩みを打ち明けられるとは思ってもいなかったので、少し考える。
「そうだ」
「何だ?」
「俺にに恋しろ。俺を好きになれ。だって「特別」なんだろう?だったら俺にに恋をしろ」
「・・・貴様は馬鹿か?」
ルキアは、一護を睨みつける。
特別でいてくれとは言ったが、その存在定義はルキアにとっては仲間というようなもので、恋だとか好きだとかの特別とはまた違う。
バカと言われた保健室の先生は、朗らかに笑っていた。
「バカだよ俺は。なぁ、ルキア。恋次を好きなままでいいから、俺も好きになっていこうぜ」
「バカだ。相談した私もバカだ」
「はははは」
「帰る」
ルキアの手をとって、引き止める。
すぐに、テルキアはふらついた。
華奢すぎる体。
「ちゃんと食ってるか?」
「ある程度は。それ以上は体が受け付けない。嘔吐する。だから無理には食べない」
「そっか・・・・・」
ひきよせられる。
ルキアは一護の腕の中にいた。
「貴様は。・・・・これは同情か?」
「多分、違う」
「だったら何だというのだ」
ルキアの唇に、一護は自分の唇を重ねる。
ルキアは、真っ赤になって一護から逃れた。
「な、な、な!この犯罪教師!」
「おー、犯罪だよな、これ」
「帰る!」
ルキアは、保健室のドアを乱暴にあけた。かと思うと、一護の元に戻ってくる。
そして、アメジストの瞳で見上げる。
「これが、私の携帯番号とメルアドだ」
書かれたメモを一護に渡した。
拒否されているわけではないのだろうかと、一護も思う。
メモを渡してくるルキアの頭を撫でていると、ルキアは年齢よりも幼くみえた。視線の使い方を知っている。自分を守ってくれと訴えるような使い方だ。多分、義理の両親のせいでこんな使い方を覚えたのだろうと思うと、胸がチクリと痛んだ。
一護が抱きしめると、ルキアは瞳を閉じる。
「恋次と冬獅郎以外にこうされたことがない」
「居心地悪いか?」
「分からぬ」
そういって、またアメジストの瞳を開く。いつでも熱を孕んでいるように潤んだ瞳。
「帰る。貴様など、嫌いだ」
ルキアは、頬を赤くして保健室から逃げ出した。
「嫌いっていいながら頬赤くしてもなぁ。あーやべ、まじでかわいい。青春白書ってドラマあったよなぁ。こんな犯罪ちっくな内容じゃなかったけど・・・・」
一護は、ルキアがくれたメモを見る。
綺麗な執筆だ。
メモの裏には絵が描かれてあった。
「あー。なんだこれ?」
それは、ルキアの大好きなチャッピーだった。
青春白書3
冬獅郎がやってきた。中学生がくるとは思わなくて、一護はルキアの身柄を引き渡していいものかと悩んだ。
白哉が、実際のルキアの保護者になっていた。
籍は、白哉の両親の元にあるし、親権も向こう側がもっているが、あちらの義理の両親はルキアのことな
んて、本当にただ疎むだけの存在としてみていただけだ。
世間体を気にした義理の両親が捜索願を出していたため、ルキアは警察に保護された。
そうでなくとも、保護されただろう。不良グループの仲間に入り、中学生でありながら家に帰ることもせず、学校に通うこともせず、ただ不良グループの友人の家をわたりあるく。
白哉の家にやってきたルキアは、荒んでいた。
とても美しかったが、誰にも心を許すことはせずにしゃべりもしない。威嚇しているかと思えば、暗がりと閉鎖空間を嫌い、怯えていた。
病弱で、よく貧血で倒れたり、熱を出した。右手首をリストカットする癖が、その時にはすでについていた。今でも時折リストカットする。悩みを聞こうとしても、打ち明けてくれない。
精神科医のところにつれていったが、全く効果はなかった。それどころかリストカットが酷くなって、連れて行ったことを後悔したくらいだ。
恋次と暮らし出してから、恋次が傍で見守ることが多くなってから、次第に安定しだした。
一緒に暮らし始めて、リストカットなんてなくなっていた。だけど、いつからだろう・・・また再発したのは。
そうだ、恋次の彼女と出会わせてからかもしれない。ルキアは同性の友人がいないため、友人になってあげてくれと彼女に頼んだ。恋次の彼女に対して、ルキアは言葉を交わすこともせず、またリストカットがはじまった。
余計なことなんてしなければ良かったと思った。
ルキアと一緒に過ごす時間を多くとった。「お前を守る」といったときの、ルキアの笑顔が今でも忘れられない。あんなに綺麗に笑えるのだから、もっと笑ってほしかった。
恋次は知らない。ルキアが、恋次を愛していることを。異性として恋をしていて、彼女の存在がショックだったことを。
ルキアは、恋次が自分だけのものと思い込んでいた。自分を守ってくれる存在で、他人に奪われたりしないと思っていた。その分、彼女であり、婚約まで誓っているという女性の存在はルキアにとって衝撃的だった。
「すまない、ルキアを引き取りにきた」
「え、でもお前中学生だろう?学校はどうした?」
「今日は創立記念日で休みだ。タクシーを待たせてあるから、ルキアを渡してくれ」
「意識がないが、運べるか?」
「ルキアは軽いから、おんぶくらいできる」
。
保健室に案内し、椅子に座るように進めて、現状がどうであるかを確認するために一護は冬獅郎と会話を進める。生徒の心のケアも、保健室の先生の大事な仕事だ。
「このルキアって子、精神科医には診せたか?」
「診せた。でも逃げ出したりする。リストカットが酷くなって、やめた。何か悩み事があるときは恋次か俺が聞くようにしてる」
「リストカットは、まだやってるのか?」
「1ヶ月前に、1回。理由は分からない。どうしてするのと聞いても、答えてくれねぇんだ。でも、昔みたいに頻繁じゃなくなった。傷も浅い。恋次が彼女を連れてきた時、またリストカットするようになった。学校も不登校になっていた。恋次が彼女と一時的に別れてずっと傍についていたら、次第に回復した。学校も行くようになった。でも恋次がいうには同性にいじめられてるらしい。そんなこと何もいわないからな、ルキアは」
「恋次って子と同居してるらしいな」
「ああ。ルキアが同居したいって言い出してな。俺も心配だったし、両親がうざかったから家出して
、一緒に同居することにしたんだ」
「義理の両親から虐待されていたのが、リストカットの最大の原因だろが・・・。あ、これは恋次から聞いた話な」
「恋次から聞いたのか?」
「ああ。いじめられてるかもしれないとか、そこらへんも聞いた」
「ルキアの過去のこと、教える」
冬獅郎は、ルキアが義理の両親から虐待されていたこと、父からレイプ未遂を何度もされたこと、そしてついには家出をして不良グループの仲間に入り、その中の友人の家を点々として最後に警察に保護されたこと全てを話した。
「暗闇と閉鎖空間が嫌いなんだ。子供の頃、ルキアは義理の母親にしつけとしょうして、暗い地下室に閉じ込められてたんだってよ。そのトラウマかな」
「冬獅郎?」
「ルキア?起きたのか?」
「冬獅郎。いやだ、話さないでくれ。私の過去を、話さないでくれ。知っていいのは恋次と冬獅郎と兄様だけだ」
「俺は、新しく赴任してきた保健の先生だ。悩みがあるんだろ?俺に話してみないか」
一護は優しくルキアに近づく。
ルキアは、ベッドから降りるとフラついた足どりで冬獅郎の背に隠れる。
「いやだ。貴様なぞ、嫌いだ」
「ルキア、そんなこと言ちゃいけねぇ」
「いらない。恋次と冬獅郎以外いらない。貴様なんて嫌いだ。嫌い」
冬獅郎は怒ることはせずに、ルキアをおんぶした。
「熱が高いから、今日は家に帰ろう」
「冬獅郎、傍にいてくれるか?」
「ああ」
「帰りたい。家に帰ろう」
「ああ。帰ろう」
「うん」
冬獅郎は、一護に耳打ちする。
体調が悪い時のルキアは、とても幼いのだと。
そのまま、冬獅郎はルキアをおんぶして、待たせてあったタクシーの後部座席に乗せると、自宅へと戻った。
「俺は嫌い、か・・・・」
一護は見送りをしながら、一人で呟いた。
それからルキアは三日間にわたり欠席した。
熱がなかなか下がらなかったのだ。医者が嫌いなルキア。病院に連れて行くこともできない。
自然のままに体調がよくなるのを待った。恋次は学校がある日はちゃんと行って、帰ってくるとルキアの看病をした。冬獅郎もルキアの看病をする。
中学2年の冬、警察に保護されてからルキアは恋次と知り合い、友人となった。
そして、恋次に恋をした。だが,、恋次にはもう好きな人がいた。
恋次と友人になったのは、恋次も複雑な家庭事情を抱えて、よく頻繁に家出を繰り返していたと聞いたのがきっかけだった。それまで、ルキアには上辺だけの存在で、不良グループの仲間以外、友人といえる存在がなかった。同じく、孤立していた恋次。どこか自分に似た存在。ルキアは恋次の親友となった。
恋次は、一護を自宅に呼んだ。恋次と一護は親戚同士だったのだ。つもる話をしながら、再会を祝う。次の日は連休だったので、一護は恋次の自宅に泊まることになった。
「恋次・・・・?」
ルキアはやっと熱も下がって、廊下に出る。
「恋次、傍にいてくれ!」
そこですれ違った恋次と思った人物に思わず、いつものように抱きついた。
「ごめんな。俺、恋次じゃないんだ」
「あ・・・・」
優しく頭を撫でてくる人物は、恋次と同じくらい背が高かった。
「保健室の先生?どうして?」
「恋次とは親戚なんだ。ほら、足元がふらついてるぞ。まだベッドにいないと。無理して起き上がるな」
一護はルキアを抱き上げて、部屋まで連れていくとベッドに寝かせた。
「恋次は?冬獅郎は?」
「リビングルームにいる。今日は泊まることになったから」
「そうか」
ルキアは、保健室の先生をじっと見つめた。
恋次の親戚。恋次の友人。恋次の・・・・特別。
「なぁ。なんで、リストカットするんだ?」
「そんなの、貴様には関係ない」
そう言ってのけたが、一護は左手首をルキアに見せた。
そこには、ルキアの右手首にしたリストバンドの下のような傷痕があった。
「俺な、両親と妹をテロで亡くしてるんだ。それから・・・親戚に引き取られて、そこで過剰なしつけ・・・いわゆる虐待にあった。他に行き場所もなくてさ。新しく親となった相手と何度もケンカして。虐待がばれて、違う親戚に引きとられたけど、やっぱりそこにも俺の居場所はなくてさ。自分はなんで生きてるんだろうって思って、中学生の頃に手首切ったんだわ。まぁ傷はそんなに深くなかったけどよ。それから、ストレスがたまると発散のためにリストカットした。今思えばバカなことしたなぁって思う」
「・・・・・・・・・」
ルキアは泣いていた。
「なぁ、俺なら話せる?」
「・・・・・・・・・・うん」
何度も涙を零して、それから一護の優しい顔を見て、小さく頷いた。
一護はルキアの頭を何度も優しく撫でる。
その手に手を重ねて、ルキアは泣いていた。
「私も、虐待にあっていた。生まれた頃からずっと・・・・兄様に引き取られるまで、ずっと15年間。義理の父親からは何度も強姦されそうになった。生きているのが辛くて、リストカットした。この縦の傷、意識不明の重体になって、でも助かって・・・」
「うん。辛いか?ゆっくりでいいんだぞ」
「・・・・・・・」
ルキアは、ベッドから半身をおこしてせきこんだ。
ベッドに座った一護が、ルキアを抱きしめる。ルキアは、一護にしがみついて、泣き続けた。
「・・・・・・・・意識を取り戻した時、義理の両親がいったのだ。お前なんてこのまま死ねばよかったのにって。せっかく生命保険かけてるのにって・・・・。私の命はお金以下なのだ」
「ひでぇな」
流石の一護も、眉を顰める。同じく虐待にあってはいたが、そこまで酷く言われたことはなかった。死にたいと思うほどに虐待を受けていたわけでもない。でも、このルキアという少女は生れてから15年間ずっと虐待されて育ってきたのだという。義兄の白哉が庇ってくれていたが、それにも限界があった。
「・・・・・それから家に帰らなくなって・・・・」
不良グループに入って、そこのリーダーの女性と親しくなって、姉のように優しく接してくれたのだという。不良グループは、みんなルキアのように両親がなんらかの問題を抱えていたり、いじめられていたり・・・社会にうまく溶け込めなかったり、とにかくなんらかの問題を抱えた者たちの集まりで、そこにいると皆、仲間を大切にしていて、ルキアはやっと自分の居場所を見つけたのだと思った。
でも、長くは続かなかった。警察に保護されて、もう終わりだと思った。またあの家に帰らなければならないのだと思った。
義理の両親はルキアを引き取ったが、親権はもったままだが、白哉に全てを託すようになった。
恋次との出会いがあった。それが、ルキアにとっては運命の出会いだった。
恋次がいるから生きているのだと思う。そうルキアは語る。
「時折、どうして生きているのかバカらしくなってリストカットする。でも、他に意味があるのだ。恋次は、ずっと私だけのものだって思ってた。婚約者だって彼女を紹介されて・・・・私は、また手首を切った。恋次がいつの間にか私の全てになっていた。恋次の気をひくために、リストカットするがある。恋次が彼女と別れてしまえばいいのにと思うのだ。そんな自分が嫌で・・・・自己嫌悪に陥って、またリストカットする。そんな繰り返しで・・・・私など、恋次に相応しいはずないのに。冬獅郎にだって、相応しくない。私は最低の人間だ」
「じゃあ、俺も最低の人間だな」
「え?」
「お前の気持ちよく分かる。リストカットはじめてしたとき、義理の親が凄く優しくなってくれて。傷をつければ、親は優しくいてくれる。周囲の人間が自分を特別扱いするって思った。そんな俺も最低だろ?」
「私は・・・・」
「恋次の特別でありたかったんだろ?」
「・・・・・・・・ああ」
「大丈夫、十分特別だ。それでも満足いかないのなら・・・・自分だけに特別な人間が欲しいなら、俺に相談しろ」
「貴様に?」
「俺が、お前の特別になってやる。お前だけを見て、お前を守って」
一護は、ルキアの頬にキスをした。
「・・・・・・・・・私の、特別?」
ベッドに押し倒した少女は、とても華奢だった。ルキアは、一護に抱きついてくる。
これって犯罪だよなぁと、一護は心中で苦笑した。
とても哀れな少女。
「じゃあ、なってくれ。私の秘密を聞いた罰だ。私の特別になれ」
まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかった。
特別は恋次だけだ、そんな答えが返ってくると思っていた一護。
「本気か?俺は教師だぞ?」
「貴様が、そういったのではないか。背徳でもなんでもいい。私の特別になれ。恋次の「特別」であった貴様になら、私と同じ境遇を過ごした貴様になら・・・・・・約束、だぞ」
ルキアはとても綺麗な顔で微笑んだ。言っている内容は凄いけど。
青春白書2
ルキアはパジャマ姿のまま、欠伸をしてテーブルにつく。
朝ご飯は冬獅郎がいつも作ってくれる。家事のほとんどは居候の冬獅郎がする。
朝食は、トーストとサラダ、それに苺という簡単なものだったが、それだけでもありがたい。
ルキアは、食が細い。長い間、食事をまともに与えられてもらえなかった時期があるせいか、胃が小さいのだ。
トーストを半分食べ、サラダを少量食べた。それから苺だけは好きなので全部食べた。
「俺の分も食うか?」
恋次が、苺を盛った小皿をルキアの目の前に置く。
苺に限らず、果物が好きなルキアを恋次はよく知っている。
「すまない。ありがとう」
半分になってしまったトーストをかわりに恋次に渡す。
恋次はそれと受け取って食べてしまう。
「早く支度しろよ。待ってるから」
通学する時は一緒だ。
徒歩でいける距離のマンションを恋次は選んだ。
「すまぬ、今着替えてくる」
制服はブレザーだった。
ルキアは着替えた。それから、洗面所にいって歯を磨いて顔を洗う。顔なんて石鹸でごしごし洗う。
髪なんてシャンプーだけだ。
女の子なんだから・・・・そんな台詞を恋次から受けるが、女の子という感覚がルキアからは欠如していた。
「うーん。うーんうーん」
少し長くなった髪を結ぼうとしても、なかなか上手くいかない。
めんどうくさいので、そのままにした。
「いってきます」
「いってきまーす」
鍵をかけて、寝ているであろう冬獅統を起こさないように気をつける。
外は快晴だった。ゴミはすでに冬獅郎が出してくれたのか、影も形もなかった。
「おはよう」
「おはようございます、兄様」
同じ高校の教師である、義兄の白哉が朝の挨拶をしてきてくれたので、ルキアは白哉をみた。緋真姉様だけを愛し抜くという白哉は、緋真が死んでから周りの女性がアプローチしてくるのだが、一向に興味を示さなかった。
「ルキア、先に教室にいってるぞ」
「ああ、分かった恋次」
下駄箱をあけると、毎日のようにラブレターが何通か入っている。
ルキアは、それを読むことはしない。そのままゴミ箱に捨てる。酷いかもしれないが、自分が今好きなのは恋次なのだ。それ以外の男性に興味なんてない。
それでもラブレターは毎日のようにしつこいほど入っている。ストーカー被害にあうことだって、多い。
それも全ては朽木家の名をもつのと、ルキアが無防備なせいだった。
だから、なるべく目立たないように、他の女子のようにかわいいリボンで髪を結んだり、おしゃれをすることはしない。それでも目立つ。
「いっ・・・」
靴を履こうとして、足の裏に激痛が走った。
「くそ」
足の裏に完全にささった画鋲をとりのぞくと、地面に叩き捨てる。
その姿をみてクスクスと笑う女子のグループがいた。またあいつらか。
ルキアは男子にもてる。それが、女子には面白くないらしい。ルキアに女子の友人はいない。恋次の友人たちが、ルキアの友人だ。
ルキアは、靴を履き替えるとそのまま教室に向かった。
「遅いぞ、ルキア」
恋次が、鞄をもってくれた。
「ああ、すまぬ」
ちなみに、恋次は女子にもてる。おまけにルキアと同居しているとなれば、皆誤解する。
「ひゅうひゅう、朝っぱらからなんだ?」
からかいの声が飛ぶ。
恋次は無視するし、ルキアも無視する。
「大丈夫か?顔色悪いぞ」
恋次が顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもない」
なんだか、今日は少し体調が悪いかもしれない。
なんだろう。
よく分からない。
少女にしては発育が悪い体。胸なんてあまりない。
できれば男に生まれたかったな。
そんなことを思う。
1時間目、2時間目と授業を受けたあと、3時間目は体育だった。移動する。体操服を持って、ルキアは恋次とその友人たちとしゃべりながら、教室を後にする。
「でさ、恋次のやつ告白された女子を振った言葉、なんだと思う?ルキアより背の高い女の子は嫌なんだってさ」
「ぎゃはははは、なんだよそれー」
「ルキア、身長はまだ伸びる。多分・・・・」
「ルキアの身長、女の子にしても低いからな」
友人たちと談笑している時、ふいに眩暈に襲われた。
そのまま、ルキアは倒れた。
「おい、どうした!」
「すまねぇ。俺が保健室につれていく」
ルキアはよく倒れる。それが精神的なものなのか、身体的なものなのかはよく分からない。ただ、ルキアは生まれつき体が弱かった。
もう慣れてしまった恋次は、ルキアを抱きかかえて保健室に向かった。
それを見ていた女子は、明らかにバカにする。またわざと倒れたと。男子の気をひくために倒れるなんて、バカじゃないのって声が、意識が遠ざかっていルキアの耳にも聞こえた。
「失礼します」
ガラリと保健室の扉をあけると、先生がいた。
「あれ?あんた誰だ?」
「教師に向かって誰とは失礼な生徒だな。俺は黒崎一護。今日から保健室の先生だ」
黒崎一護は、少女を抱いた少年にそう自己紹介した。
「んで、どうした?」
「多分、いつもの貧血だ。倒れたんだ」
「そうか。ここまで運んできてくれてご苦労様。後は俺に任せろ」
保健室の先生とは思えない、オレンジ色の髪をした保険医だった。
ふと、ルキアが目をあける。
「きゃああああああ!いやあああああ!!!!」
暴れだす。
「ちょ、どうした!」
「いつもの発作だ。多分、精神的なものだ」
黒崎一護と名乗った保健教師は、暴れるルキアをなんとかしようとしている。
「おい、ルキア。俺は恋次だ。お前を守るから。落ち着け」
「恋次・・・・」
次第に大人しくなっていく。
そして、完全にルキアは意識を失った。
「どうなってるんだ?」
「新任ってことは、ルキアのこと何も知らないみたいだな。ルキアは、幼い頃からずっと義理の両親から虐待を受けて育ってきた。それで、義理の父親からレイプされそうになったことが、何度かあるみたいだ。本人がいってた。多分、そこらが原因じゃねぇのか、こういうのは。俺は精神科医じゃねぇから良く分からねぇけど」
一護は、言葉を失った。
少女を抱いてベッドに寝かせる。靴を脱がすと、大きな血のしみをつくった靴下が目にとまる。靴下を脱がすと、何かが刺さったような傷痕をみつける。
「この傷は?」
「またか・・・・多分、画鋲がささったんじゃないのか。ルキアは女子の友人がいないからな。いじめられてるらしい。本人が何も言わないから、誰がやったのかも分からねぇから、対処のしようがない」
「・・・・・・・・」
一護は、また言葉を失う。
「じゃあ、俺は授業があるから。ルキアのこと頼みます、先生」
やっと、教師に対してらしいものの言い方をした恋次は、そのまま保健室を去った。
「朽木ルキアね・・・・朽木財閥のお嬢さんか」
一護は思う。
白哉とは、見知った仲だった。その義妹が、この学園に通っていることは知っていたが、虐待を受けていたとは知らなかった。
白哉も精一杯庇ったのだろうが、白哉の目の届かない時に義理の両親はルキアを虐待した。
「とりあえず、怪我の治療っと・・・」
一護は傷口を消毒し、固まった血を拭き取るとガーゼをあてて包帯を巻いた。
見るからに痛そうだ。傷口は深いが、血は止まっている。普通に歩くこともできないだろうに。
手当てもしないまま、この少女は普通に歩いていたのだろう。靴下に広がった血の染みが大きい。
「恋次?」
少女が紫水晶の目を開く。
「いや、俺は・・・」
ルキアは、手を伸ばして一護の首に手を回す。
熱が出ているのだろうか。意識が朦朧としているようだ。
「恋次、私には貴様しかいないだ・・・・・・・」
一筋の涙を零して、また意識を失った少女に、一護はどうしたものかとその手を払いのけることもできずにいた。
しばらくその苦しい体勢のままいたが、一護は少女の額に手を当てる。
「こりゃ高熱だ。早退だな」
思っていた以上の高熱に驚く。多分、39度はこえている。体温計でルキアの体温をはかると、39度6分という温度だった。
一護はすぐに氷枕を用意して、額に冷えピタシールをはる。
それから、職員室でルキアの家に連絡するために、連絡先を調べて電話をかけた。
「あの、もしもし。こちら学校の者ですが、ルキアさんが高熱のため早退させたいんですが、迎えにこれますか?」
電話先の相手は、慌てたように答えを返した。
「また、倒れたのか。今すぐ向かえにいく」
まだ、幼い少年の声だった。
また、という言葉から、一護はルキアが頻繁に倒れているのだと知る。
念のため、白哉にも声をかける。
「おい、白哉。お前の義妹のルキアが高熱をだして倒れたんだ。早退にさせるけど、いいよな?」
「またか。ルキアはよく熱を出すのだ・・・兄には迷惑をかける。すまない」
保健室に戻って、ベッドの中のルキアを見る。
ふと、右手首にされていたリストバンドが気になって外してみる。
「やっぱり・・・か」
そこには、いくつも手首を切った痕があった。
自傷行為。精神的に不安定な者は、そういった行動に出ることが多い。
「精神科にはかかってねーのかな」
見た様子だと、精神科にかかっている気配はない。かかっていれば、発作のように暴れたり、自傷行為も少ないはずだ。右手首の傷をみる。つい最近つけたとみられる、傷がいくつかあった
。
それから、かなり昔のものだろうが、動脈付近を縦に切った傷を見て、一護はルキアの髪を優しく撫でた。
自傷行為をするには、いろいろ理由がある。ストレス発散だったり、突発的だったりもあれば、誰かに構ってほしいからという理由でするものもいる。
横に切ると、何度も傷口ができる。自殺しようとしても、うまく動脈を切れないのだ。
でも、縦に切るのは本当に死にたいから。横に切るよりも、縦に切ったほうが傷口は深く、動脈付近を切れば本当に死ぬ。
「こんなに若いのに」
死にたいと思わせる人生を歩んできたのだろう、ルキアは。
一護は今までいろんな生徒を見てきた。
同じように、自傷行為をしていた生徒を見たことはあるが、今現在している、悩みを抱えたままの生徒はまだみたことがなかった。
保健室を受け持つ教師となってまだ2年。
前の学校は平和で、むしろ保健室にさぼりにくる生徒を叱ったり、不登校になって保健室にくる生徒の悩みを聞いたりするくらいだった。
自傷行為をするまでに精神的に追い詰められている生徒と接したことはまだなかった。
「朽木ルキアか・・・・・・・」
一護の心に、ルキアの存在は深く刻まれるのだった。
青春白書1
同じ家の同居人である阿散井恋次に、ルキアは声をかける。
恋次はというと、椅子に座って机にノートと科学の教科書を開いたまま、その上から手を置いて寝ていた。
「恋次、恋次」
声をかけるが、起きる気配はない。
「全く、仕方ない・・・」
ルキアは自分が着ていたストールを、恋次の肩にかけた。
今日の宿題に出された科学の教科書を開くと、ルキアは15分ほどで問題を解いてしまったi。
ルキアは頭がよく、将来が有望視されている。
難関の大学に進むだろうと、進路指導の先生も楽しみにしているようだ。実際に、進路志望で提出した大学の名前は国内でもTOPの大学だ。
だが、ルキアにとってそれはあくまでも、周囲を納得させるための「答え」だった。
実際に行く大学とは違う。そのうち、進路指導の先生と相談することになるだろう。周囲は納得しないかもしれないが、どこの大学にいくのもルキアの自由だ。
恋次と同じ大学に行こうと思っている。
まぁ、まだ先の話だ。
ルキアと恋次は、高校の寮には入らなかった。
ルキアには実の両親はいない。恋次もいない。
恋次は高校に入って一人暮らしをはじめるはずだった。遅かれ早かれ、大学に進めば一人暮らしをして独立することが決まっていた。
ルキアは、居候だ。同じく、遠い親戚の日番谷冬獅郎という中学1年生と一緒に住んでいた。
ルキアは両親がいなかったが、施設暮らしをしていたわけでもない。高校から、義兄である朽木白哉に、育てられた。白哉は、今ルキアが通っている高校の教師でもあった。
白哉の両親は、白哉の亡き妻の妹であるルキアを、どこの馬の骨とも知らぬと疎んだ。実際、虐待されていた。ネグレクトが基本だったが、身体的虐待もあった。白哉がいつも庇ってくれた。
義理の父親は、ルキアを異常な目で見ていた。主に虐待するの義理の母親で、父親はそれを放置していた。父親が、異性としてルキアのことを見ていると 白哉から告げられた時、寒気を感じた。強姦されそうになった中学2年の春、とうとうルキアは家を飛び出した。
幼い頃はただ愛されたいと必死になっていた。虐待されるのも、全部自分が悪いのだと思っていた。中学に入った頃から、父親の異常な視線に気づきはじめた。
その頃から、ルキアはしょっちゅう家出を繰り返すようになっていた。不良グループの仲間に入り、学校にもいかなくなった。容姿のよいルキアを彼女にしたがる男は多かった。
ルキアは、やがて一人暮らしをはじめた白哉に、に引き取られた。ルキアは冬獅郎と親友の恋次と義兄の白哉以外、誰も信用できなくなっていた。
「今日から、私と一緒に住もう。ルキアは、緋真の妹だ。私が養育する義務がある」
優しくさし伸ばされた白夜の手を、今でも忘れたことはない。
とても優しい微笑み。頭を撫でられ、抱きしめられた。
ルキアを前にした白哉は、くるくると表情を変えるルキアに、亡き妻の緋真を重ねていた。また虐待されていたということを知っていたせいで、まるで腫れ物にでも触るように扱ってきたこともあったが、基本は優しかった。
でも、やはり血の繋がりがないのは大きかった。一人で生きていく力が欲しいと思った。親戚の中で引き取りたいと声を出す者は誰もいなかった。
朽木ルキアではなく、ただのルキアを愛してくれる者なんていない。そう思っていた。
恋次に出会うまでは。
恋次とは、本当に親友をこえた仲であった。恋次は優しかった。いつでも、包み込んでくるように。
抱きしめられた時も、最初はその頬を叩いた。それでも、恋次は怯まなかった。
不良グループの仲間にいたせいで、暴力を振るうことに対してなんの抵抗感もなくなっていた。
不良グループのリーダーは女性だった。ルキアを気に入り、またルキアの可憐な容姿のせいで異性から無理やりを強制されるだろうと恐れ、庇護下に置いた。
そして、リーダーだった彼女は、財閥の令嬢でもあった。ルキアは、彼女から自分の身を守る方法というものを教わった。
ルキアは水のように吸収していく。護身術を身につけたルキアは、もう義理の母親から身体的に虐待されることはなくなった。
義理の父親から強姦されそうになったときも、彼女から教わった護身術で身を守れた。
でも、同時にもうこの家にはいられないと思った。だから家を飛び出して、不良グループの仲間の家を点々として、中学校にも完全に通わなくなった。
無論、世間体というものを気にする義理の両親は、無理やり連れ帰ろうとするが、その度に同じ不良グループの者が匿ってくれた。
だが、このままでいいはずもなし。
まだ中学生という少女が、不良グループの男性の家に寝泊りするのを許す者などいない。
不良グループの皆は、ルキアを実の家族のように扱ってくれた。
交際を申し込まれた時もあったが、断ってもまるで実の妹に接するようにしてきてくれて、ルキアにとっての家族は大きく歪んだ形となっていた。
警察に保護されたとき、ああもう終わりなんだなと思った。
そして恋次と出会う。
何度頬をぶっても、恋次は優しく抱きしめてくれた。
そして、ルキアは本当に、心の底から泣いた。子供のように震えて泣き叫んだ。
恋次はずっと抱きしめていてくれた。
ルキアが、恋次と一緒に住むことを決めたのは、その澄んだ瞳を見た時だった。
中学を卒業した頃から、白哉の元で生活をしていたが、ルキアは恋次を受け入れた。
不良グループの仲間も決して悪くはなかったが、やっぱり他者に対して暴力をふるうという行為は、ルキアにとっては相容れないものだった。
虐待を受けてきながらも、ルキアは決して他者に暴力を無意味に振るうことはなかった。あくまで自分を守るためだけの力だった。
「お前は、こんな私を愛してくれるのか?私の朽木家という名はただの飾りだ。大財閥の朽木ルキア
はここにはいない。それでも、私を見てくれるか?」
泣きながら尋ねるルキアを抱きしめながら、恋次は言った。
「もう大丈夫だ。だから、少しづつ変わっていこうぜ一緒に。俺と一緒に暮らしながら。愛しているとも」
愛されたかった。
ルキアの虚勢は、ただ愛されたかったゆえに成り立っていた。
それが崩れていく。中学2年の冬。ルキアは、ただの少女に戻った。
不良グループから抜けた。手紙でのやり取りもあるし、携帯電話で話たり、会って笑いあって帰ることだってある。完全に、抜けたというわけではない。
だって、それまでルキアをずっと守ってくれたのは彼ら。
友人だと思っている。今までのように、誰かの家に寝泊りしたり夜を遊び歩いたりすることはなくなった。
そうする必要がなくなった。不良グループの皆は、ルキアが事情を説明すると、自分のことのように泣いてルキアを抱きしめ、いつでも会えるからと、泣きあった後に最後は笑顔で別れを告げた。
恋次とルキアは、高校2年になってから一緒に生活をしだした。
楽しかった。
愛されていると分かった。恋次のことを、ルキアは呼び捨てにしていた。それだけ仲が良かった。
やがて受験も終わり、進学する高校が決まった。更生したルキアに、もっと上の高校を進める先生は多かったが、あえて恋次と同じ高校に進学する。
そして、高校になって恋次が一人暮らしするといいはじめた。
ルキアは、高校2年になった時、恋次に一緒に暮らしてもいいかと聞いた。恋次は良いと答えた。
借りたマンションに、まさかルキアだけでなく、その遠い親戚の冬獅郎まで一緒についてくるとは、流石の恋次も思っていなかっただろう。
「ルキアのこと一人にできねーからな」
ルキアも、冬獅郎と離れることは考えていなかった。
冬獅郎は自分が住んでいた家を家出してしまって、もはや恋次も止めることはしなかった。
生活費もマンションを借りるお金も全額白哉が出してくれた。こんな好条件に乗らない手はないだろう。
義理の親の仕送りがなく生活ができる。
バイトだけでは、生活は成り立たない。
こうして、恋次のマンションにはルキアと冬獅郎が同居することになった。
「恋次の奴、寝ちまったか?」
冬獅郎が部屋に入ってきた。二人がかりで、寝てしまった恋次を抱きかかえてベッドにおくと、毛布と布団を被せた。
「俺も、もう寝る。ルキアは?」
「ああ、もう少ししたら寝る」
「そうか。俺は明日創立年日で休みだから、朝食は作っておくけど、多分寝てる」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ、ルキア」
おやすみのキスを頬に受けて、ルキアも同じように頬にキスで返す。
理想の家族を手に入れた。
辛いものなど、どこにもないはずだった。
そう、どこにも。
自分が、恋次に恋していると気づくまでは。
恋次には、かわいらしい彼女がいた。家に何度も遊びにきていた。ルキアは恋次の彼女と決して仲良くなろうとはしなかった。
どんなに想っても、この恋は報われない。
報われることは一生ないだろう。恋次を家族の愛ではなく、異性として愛していると告白することもないだろう。
恋次がが幸せであればそれでいい。ルキアはそう思う。
ルキアは、電気を消した。
「おやすみ、恋次」
そして、自分の寝室に向かう。ベッドの中に入っても、先ほどの恋次の穏かな顔がちらついて中々眠りにつけなかった。
「バカだな私は。恋をしても無駄なのに」
今になって、やっと分かる。
異性から、付き合って欲しいといわれたときの、相手の気持ちが。
好きでもないのに、付き合って欲しいと言われることもあっただろう。それはルキアが朽木の名をもつことと、美少女だからだ。
見栄のため、というものあったかもしれない。でも、憧れはあっただろう。本気で自分に恋していた相手もきっとあったはず。
きっと、こんな苦しい気持ちをしていたのだろう
。
不良グループの仲間以外は、笑って「貴様はばかか?私と付き合おうなど、何様のつもりだ?」ってそう冷たく何度もあしらった。その時のショックを受けた相手の顔を見ても、その時は何も思わなかった。
誰かを好きになってから、今になって、酷いことをしたなと思うが、もはや過去のできごとだ。
「好きだ、恋次・・・」
言えない相手に向かって、言葉を投げる。
やがて、ルキアは眠りについた。
ルキアを忘れた一護 里帰りと苺花
性別は女だと分かり、白哉が早速振袖を作った。
「兄様、あまりにも早すぎます・・・・・・」
身籠ったことで、ルキアは里帰りとして朽木家で生活していた。
何故か、一護も一緒だった。
何故かと聞くと「ルキアと離れたくない」と言われた。
子を身籠っているため、ルキアと睦み合えないが、そんなことはどうでもよさそうだった。
「おかわり」
一護は、朽木家でも自分の家にいるように過ごした。
食堂で、おかわりを所望する一護に、白哉は少し眉を寄せた。
「ここは、兄の家ではないのだぞ」
「いいじゃねぇか、白哉。ルキアの家は俺にとっても実家みたいなもんだ」
「黒崎家はどうなる」
「時折帰ってる。家人だけでなんとかやってけそうだけど」
10日一度くらいは、黒崎家の屋敷に一護は戻っていた。
それから数か月が過ぎて、ルキアは痛みを訴えた。
「陣痛だ!白哉、医者は?」
「すでに待機させてある。産婦人科が最近できた。そこから医師を派遣している」
「ルキア、頑張れ。産むまで相当痛いらしいが・・・・」
「この程度の痛み、貴様が私を忘れていたころの心の痛みに比べれば、いくらでも我慢できる」
ルキアは、初産で少し難産だったが、無事に女児を出産した。
名は、苺花と名付けられた。
一護の名前から、きていた。
初めての自分の子に、一護はメロメロだった。それは白哉もだった。
「なんで白哉が苺花を抱いてるんだ」
「私の義妹の娘だ。私が抱くことに問題があるのか?」
「苺花を独占しすぎだ!」
「そのゆうなこと、知らぬ」
白哉の手の中で、無邪気に苺花は微笑んでいた。
一護が抱き出すと、泣き出した。
「ええ、なんで!」
「ミルクの時間なのだろう。今作ってくる」
今では乳母でなく、粉ミルクが普及していた。昔は貴族の子は母親ではなく、よく乳母の乳で育てられたりしたが、今では乳母の存在はあっても、粉ミルクをあげるのが普通だった。
栄養バランスが高く、はじめはルキアも母乳をあげていたが、1週間が過ぎる頃には粉ミルクに切り替えていた。
粉ミルクを美味しいそうに飲む苺花。それを抱き上げるルキアの姿も、様になってきた。
始めは泣いただけで、おろおろしていたが、流石に慣れて、ミルクかおしめか、分かるようになてきていた。
ただ単に泣いてる時もあるが、そういう時はルキアは苺花をあやして子守唄を歌っていた。
「そんな歌、どこで覚えたんだ?」
「流魂街で。いつかは、覚えておらぬ。多分赤子の私を拾った者が、乳を与えながら歌ってくれたものだろう」
「ルキアは流魂街出身だもんな」
「そうだ。霊力もなく、兄様の義妹になれなかったら、今頃私は春を売って生き延びるか、のたれ死んでいたかのどっちかだ」
一護は、改めて白哉に礼を言った。
「白哉、ルキアを養子にしてくれてありがとう」
「全ては、緋真に言え。あれが、ルキアを妹にしてくれと遺言で残したのだ」
「緋真さんだっけ。今度、苺花も連れてお墓参りにでもいくか」
「私も行こう」
「当たり前だろ。あんたの奥さんだろうが」
今度、4人で緋真の墓参りにいくことになった。
その当日はよく晴れていた。
朽木家の立派な廟堂に、緋真は眠っていた。
「姉様・・・私は、今幸せです」
苺花を抱いて、緋真の墓の前で紹介する。
「私と一護の子です。姉様の血は、私の中に、そして苺花の中に引き継がれています」
「緋真、愛している。どうか、私がそちらにいくまで、見守っていてほしい」
「緋真さん、ありがとな。あんたのお陰で、ルキアと出会えた」
線香をあげ、菊の花と早くも開花した、緋真が好きだったという梅の花を供えた。
そして、みんなで、朽木家に戻った。
1か月が経ち、ルキアと苺花は黒崎家に戻ってきた。
まず恋次が顔出してきた。
「うわぁ、かわいいなぁ。なんとなく、俺に似てねぇか?髪の色とか」
「偶然だ、恋次。貴様の子の可能性はない」
「わーってるよ。言ってみただけだ」
苺花は、名前の通り紅色の髪をしていた。恋次と同じ髪の色だった。
もしも一護とルキアが結婚していなければ、恋次の子供かと疑ったことだろう。
次に、石田と茶虎が顔を見せた。
「苺花ちゃんか」
「いい名だな、一護」
「ああ、僕もお嫁さんもらおうかなぁ。現世では妻をもたなかったから」
「む、俺には奥さんがいたぞ。まだ他界していないから、こっちにくるのを待っているんだ」
茶虎の言葉に、一護が現実をつきつける。
「でも茶虎、普通の人は現世のこと覚えてないぞ」
「それでも、きっと巡り合う。そう信じている」
「そっか・・・・・また、巡り合うか。俺とルキアのようになれるといいな」
「うむ」
しまいに、苺花は石田の腕の中でぐずりだした。
「ああ、この時間だとおしめだ。ちょっと交換してくる」
「一護も、すっかりお父さんだな」
「まぁ、慣れだな」
「石田、茶虎、何もない家だがゆっくりしていってくれ」
ルキアが、料理人に頼んで4人分の食事を用意してもらい、4人はその日、苺花のことはちよに頼んで、食べて飲んで騒いだ。
「ああ、なんかいいなぁ、こういうの。現世にいた頃みたいだ」
ルキアが笑顔を見せていた。
一護は、もうこの笑顔を失うようなことはすまいと、強く決心する。
それから、けっこうな頻度で白哉、恋次、石田、茶虎は顔を見せにきた。
そこに井上の姿はなかったが、したことがしたことなので、仕方ないだろう。
ただ、井上も4番隊の男性と結婚し、子を産んだと聞いて、匿名で花束を贈った。
ルキアを忘れた一護は、ルキアを取り戻し、家庭を築き、13番隊副隊長であると同時に、貴族黒崎家の当主として、伴侶13番隊隊長であるルキアと共に、後世まで名を残すのであった。
ルキアを忘れた一護
fin
ルキアを忘れた一護 遠征
遠征があった。
ルキアをはじめとする、13番隊と白夜のいる6番隊との合同の遠征だった。
大量の虚がでてきたが、尸魂界を救ったとだけあって、一護の力は凄まじかった。
卍解を使っていた。
負けてなるものかと、ルキアと白哉も卍解していた。
敵の取り合いになった。
一護が月牙天衝で、一番多くの敵を葬ってしまった。
白哉の千本桜も、逃げる虚を億の刃で切り刻んだ。
ルキアは、周囲を氷点下の温度まで下げて、敵を凍りつかせて倒してしまった。
「おれらの出番がねぇ・・・・」
恋次が、苦々しそうにしていた。
「なぁ、一護。ルキアのこと忘れたって、ほんとか?」
「ああ、本当だ。今、井上と暮らしている。そのうち、籍を入れるつもりだ」
「てめぇ!井上と離婚しておきながら、今更井上に乗り換えるのかよ!」
「止めよ、恋次」
「でも、ルキア・・・・・」
恋次が、ルキアのほうを見る。
恋次は、ルキアのことが大好きだった。婚礼の手前までいったのだ。肉体関係もあった。
ルキアが、どうしても一護のことが忘れられず、やはり婚姻は無理だと言われて、引き下がったのだ。
「じゃあ、ルキアは俺がもらっていく。それでもいいんだな?」
「好きにしろよ」
その答えに、恋次は一護を殴っていた。
「てめぇ!あれだけルキアを愛しておきながら、今更忘れただって!?んなこと、許されると思ってるのかよ!」
「じゃあ、恋次が取り戻してくれよ!俺の記憶を!好きで、ルキアのことを忘れたわけじゃねぇ!」
その言葉に、恋次もそれ以上一護を追い詰めることができなかった。
「絶対に、記憶を取り戻せ。俺がなんのために身を引いたと思ってやがるんだ・・・・」
「恋次、すまぬ・・・・」
ルキアの額を、恋次がデコピンした。
「ひゃあ!」
「俺とお前の仲だろ。相談ごとがあったら、乗るからいつでも俺のところにこい」
「ありがとう、恋次」
恋次は優しい。一度は結婚を誓いあった。裏切る形になってしまったが、それでも恋次はルキアのことを思っていた。
次の日、ルキアは恋次のかまえる屋敷に赴いた。
「お、ルキアじゃねーか。どうした」
「苦しいのだ・・・・今の一護見ているのが」
「まぁ、座れよ。何もしねぇから」
出された座布団の上に座る。昔恋次にあげた、チャッピー柄の座布団だった。
「いっそ、一から口説いてみるのはどうだ?」
「だめだ。一護は井上のことを好きだと思っている」
「井上ねぇ・・・・何か怪しいな」
「井上が、何かしたとでも?」
「一護がルキアの記憶を亡くして一番喜ぶ奴って誰だ?」
「井上だが・・・・・まさか」
「そうだとなぁ。あの優しい井上が、そんなことするわけねぇだろうし」
恋次もルキアも知らなかった。
一護のことになると、井上の性格が豹変することを。
「ま、今日はパーッと飲んで、嫌なことは忘れちまえ」
恋次の酒をどんどん飲んでいくと、ルキアは泥酔しだした。
「家族としてだが、未だに恋次のことも好きだぞおおおお」
酔っぱらったルキアを布団で寝かせる・
「昔だったら、襲ってたんだろうなぁ。まぁ、一護がいる限り、俺に勝ち目はねぇからな。早く、一護の記憶が戻るといいな」
「ふにゃー恋次好きだーー」
「おい、ルキア。俺は未だにお前に恋してるんだぜ。そんなこと言ってると、マジで襲っちまうぞ」
「それはだめだ。私には一護がおるのだ」
「ルキアの記憶がなくても?」
「たとえなくても、私は一護だけを心の底から愛している・・・・」
恋次はもう何度目かに分からない振られ方に、溜息を零す。
「ふにゃーーーーー」
結局、その日は恋次の家に泊まった。
次の日。
「うう、飲み過ぎた・・・・・」
二日酔い悩まされながらも、恋次の家から13番隊の執務室に出勤する。
恋次は朝食まで用意してくれて、二日酔いの薬までくれた。
優しい恋次。
何故、恋次ことを振ってしまったのだろうと思いつつも、胸に残る一護への思いは消えない。
「一護・・・・」
今頃、井上の家から出勤しているのだろうか。
そう思うだけで、胸が切なくなった。
「おはよう、ルキア」
「ああ、おはよう一護」
こうして挨拶を交わしてる時などは、一護がルキアのことを忘れているようには見えなかった、
一護は、ルキアのことを隊長とも呼ばず、昔のようにルキアと呼んでくれた。
それがいっそうルキアの心を苦しくさせているのだが、ルキア以外の呼ばれ方を・・朽木ルキアさんだとか、朽木隊長だとか言われることのほうが、余計に苦しいのだ。
「恋次のところで、酒をのんだ」
「ふーん。恋次とは、付き合い長いのか?」
「流魂街の・・・子供の頃からの付き合いだ」
「じゃあ、恋次のことが好きなんじゃないのか」
「好きだった。結婚の手前までいって、一護、貴様への思いが、結婚をできなくさせていた。今でも恋次のことが家族として好きだ。でも、愛しているのは一護、貴様だけだ」
ルキアの訴えに、一護は戸惑う。
「俺は・・・ルキアを覚えてないから、好きだとかいえない。それでもいいのか?」
「今は仕方ない・・・ただ、覚えておいてくれ。私はいつでも一護、貴様のことを愛していると」
「・・・わかった。頭のすみっこで覚えとく」
「すみっこか・・・それでも、何も思われぬより、ましであろうな」
ルキアは願う。
早く、一護が自分のことを思い出してくれますようにと。
ルキアを忘れた一護 ルキアとの生活
牧場にいったり、札幌でラーメンを堪能したり、本場のカニを味わったりした。
ちょうど冬だったので、雪像祭りがあった。
きらきら光る明かりに照らされた、いろんな雪像が綺麗だった。
「まるで・・・日番谷隊長の作る氷像のようだ」
「あーそういえば、冬獅郎は、瀞霊廷通信でなんか、氷像を紹介するページもってたな
「私も、真似て氷像を作ろうとしたのだ。だが、うまくいかなかった。細かい部分にどうしても罅がはいって、そこから壊れてしまう」
「どうせお前のことだ。チャッピーの氷像でも作ろうとしんだろう?」
「何故わかるのだ!」
ルキアは驚いていた。
「さては、どこかで盗み見しておったな?」
「あのなぁ。多分それ俺がまだ人間の頃の話だろう。俺はもう尸魂界に行ってなかったから、盗み見なんてできねーよ」
死神代行とはいえ、用もなく尸魂界へと毎回遊びにくるわけにはいかない。
まぁ、何度か直接ルキアに会いに、尸魂界と赴いたことはあるが、いつもはルキアのほうから会いにきてくれた。
これって新婚旅行だよな?と思いつつも、なぜかお土産を買い漁る一護とルキア。
「白い恋人は絶対だ。夕張メロンのキャンディもいる。新巻鮭にカニも、札幌ラーメンのインスタントパックに・・・・・」
二人は、抱えきれぬほどの荷物を手にしていた。仕方ないので、持てない荷物は浦原商店にまで配達してもらい、そこで受け取ることに決めた。
ちゃんと、その旨を浦原に伝えておいた。そうでもしないと、浦原が自分で食べてしまうからだ。
一護が人間として死んだ後も、まだ浦原商店があるのに驚きだった。だが、古くなりすぎて、一度、建て直したのだという。
相変わらず駄菓子を売りながら、裏では尸魂界に電化製品を流しているらしい。
浦原にも、新巻鮭とカニを送っておいた。
ホテルで体を何度か重ねあっていたが、それ以外は新婚旅行だが、ただ現世に遊びに来た形となってしまたったが、ルキアがとても楽しそうだったので、一護はルキアの隣でルキアの喜んだり驚いたりする顔を見つめて、ああ、幸せだなぁと思った。
一護が尸魂界にきてから、1年が過ぎた。
ルキアとの新婚生活は甘く、順風満帆だった。
井上も、一護のことを諦めて、4番隊の席官の男性と結婚した。式にはでなかったが、二人で花束を贈った。
「ルキア、これ何処に置けばいい?」
「あ、それはこっちだ」
あれから一護に記憶の障害が起こることはなく、ルキアのことを思い出したまま、日常をすごしていた。
「ふう、年末の大掃除も大変だな」
「これが終わって年が明けたら、朽木家と合同で、他の貴族の家へ、挨拶回りだ」
「まじかよ。勘弁してくれよ」
「お兄様の嘆願もあるが、黒崎家を新しい貴族として認めてくれたのだ。礼を言わねば」
「そりゃ、礼にをいいにいくしかないな」
黒崎家が貴族であるということで、ルキアは朽木家で過ごしてきた日常とあまり代わりない毎日を過ごせていた。
ルキア専用の使用人にでもあるちよは、黒崎家で寝泊まりをして、ルキアのちょっとした世話を焼いてくれた。
例えば、髪の長くなったルキアの髪を結い上げたり。
「あ、その髪飾り・・・・ぼろぼろじゃないか。お前にあげたやつだろ。新しいの買ってやるから、捨てろ」
「だめだ!これは、貴様から初めてもらった誕生日プレゼントなのだ!捨てないぞ!」
そんなところが可愛くて、つい手を出してしまいそうになった。
「大掃除がまだだ!」
つっぱねられて、一護もまた大掃除に戻った。
それなりにでかい屋敷で、家人総出で、隅々まで掃除した。
一護が大戦を経験した後から、浦原の手で家電製品があふれ出して、今では尸魂界では掃除機もエアコンも冷蔵庫も洗濯機も・・・・何から何まで、現世の生活を思い出せる品ばかりだった。
流石に車やバイクはないが、自転車は普及していた。
もっとも、死神は自転車より瞬歩を使った方が早いので、瞬歩を使えない死神の家族とか貴族とかの間で、自転車が流行っていた。
「はぁ。終わった・・・テレビでも見るか」
現世の番組が映し出された。
もう、夜になっていた。
「ああ懐かしい。紅白歌合戦か・・・・まだ、やってるのか」
「そんなに懐かしい番組なのか?」
「ああ。俺の子供の頃から、いつも年末の一番最後の夜にやってる、歌番組だ」
「大分、長寿だな。貴様、今いくつだ?」
「死神する前も数えると87かな」
「87か。まだまだ若い。私は200歳をこえてしまった」
確かに、一護が少年時代に記憶していた、あどけなさの残る少女の顔立ちではなかったが、まだまだ20代の若さを保った見た目だった。
「白哉もそういえば若いままだな。恋次もだし。死神って、どうなってるんだ?」
「一護も、その姿のまま100年以上は生きるのだぞ」
「先が長すぎて、眩暈おこしそうだぜ」
100年後も、こうやってルキアと共にありたいと話すと、ルキアは赤くなりながら頷いた。
「その、子供がそろそろほしいのだ・・・・・」
「ああ・・・今まで、ほとんど避妊してやってたからなぁ」
「よいであろう?二人ほど、欲しいのだ」
「よし、今日から子作りだ。ルキア、覚悟しろよ」
「貴様、今日からだと!もう日付が変わってしまっているではないか!」
「まぁまぁ・・・・」
寝室に戻り、ルキアを押し倒す。
まだまだルキアも一護も若い。何度かして、すっきりして湯浴みをしてから寝た。
「一護、起きろ、一護」
「んー。あと1時間寝かせてくれーー」
「たわけ、起きろ!今日から、貴族の挨拶回りだと言っておいただろう!」
「ああ、そうだった」
一護は、眠い目をこすりながら起きた。
顔を洗って食事をして黒崎家として新しく作られた家紋の入った正装をして、出かけた。
白夜とも一緒になって、主に4大貴族の家を訪問した。
四楓院家を訪れると、夜一もいた。
「ほう、一護、ルキアとの記憶を失っておったと聞いたのじゃが、元に戻ったのじゃな」
「ああ、夜一さん久しぶりだな」
「本当に。何十年ぶりであろうな?」
褐色の肌の夜一はまだまだ若々しく、背後に砕蜂を連れていた。
「貴族風情が、夜一様に馴れ馴れしくするな!」
ガルルルルと威嚇する砕蜂も、昔と全然変わっていなかった。
「こら、やめよ砕蜂」
「はい、夜一様!」
夜一に頭を撫でられると、気持ちよさそうにしていた。
その他、かつて朽木家と縁続きになっていた貴族の館を訪れる。
その度に出される茶や茶菓子で、おなかはたぷんたぷん状態になっていく。
「う、年末早々これはきつい・・・今夜は夕飯はなしにしよう」
「俺、厠いってくる・・・・」
「待て、私も行く!」
厠も、水洗のウォシュレットになっていたりで、吃驚だった。
帰る頃には、くたくたになっていた。
「よし、今日も子作りだ」
「ちょっと待て、一護。くたくたなのだ・・・・・」
「子供が欲しいんだろ?半分寝てていいから・・・・」
「たわけ!」
ルキアは、まずは風呂に入った。一護も一緒だった。
「風呂場でするか?」
「たわけ!あがってからだ!」
布団を挟みあって、お互い正座をする。
「今夜もよろしく」
「おう」
お互いをお辞儀をしあってから、睦みあった。
ルキアと一護の甘い夜は、更けていくのだった。
ルキアを忘れた一護 記憶
「じゃあな、井上」
「いやああああ、行かないでーーー!」
すがりついてくる井上を無視して、一護は13番隊の6席となったことで、与えられていた自分の館で住むようになった。
相変わらず、ルキアとの記憶は思い出せないが、ルキアを愛しいという記憶だけあって、上司であるルキアとと、時折いけない関係へと発展した。
貴族の子女が、婚姻もなしに関係をもつことは、禁じられていた。
それを、白哉が黙しているのをいいことに、一護はルキアとの関係を深めていった。
「夢みたいだ・・・またこうやって、貴様と居られることが」
「きっと、記憶は取り戻すから。それまで待っていてくれ、ルキア」
一護の言葉に、ルキアは一護にの傍にもたれっかかった。ここは、一護の館だった。
「今のままでも、もうよい・・・。また、新しく関係を一から築いていくのも、悪くない」
「俺は、今までの記憶を取り戻したい。ルキアと、愛し合っていた記憶を」
「ならば、一度試してみるか?」
「何をだ?」
「もう1つの可能性・・・・記憶の、混濁だ。涅マユリに頼めば、そんな薬くらいありそうだ」
「それで記憶が取り戻せるなら、試したい」
「分かった・・・・」
ルキアが手配して、記憶が混濁するという薬がやってきた。
記憶の混濁は一時的なもので、後には元にもどるという、安全な薬であった。
「飲むぞ」
「ああ」
ルキアの目の前で、薬を飲んだ。
「ここはどこだ・・・・・俺は誰だ・・・・・」
「貴様は、黒崎一護。ここは尸魂界で、貴様は死神だ。そして私は朽木ルキア。お前を愛し、お前が愛する者だ」
「朽木・・・ルキア・・・・・ああ・・・・15歳の夏に出会った・・・・」
「そうだ、その調子だ、一護!」
「でも俺は、一向に来てくれないお前を諦めて・・・・井上と結婚して・・・でもまたお前は現れて、俺の心をもっていった・・・・・」
「一護、私が分かるか?」
「朽木ルキア。朽木白哉の義妹で、俺の恋人」
そこで、薬の作用を止まらせる薬を飲ませた。
「はっきりと、思い出した。あれは高校一年の夏だったかな・・・いきなりお前が現れて、死神としての力をくれた。でも、それのせいで尸魂界に追われて、処刑されることになって・・・全部、藍染がしくんだことで・・・・」
「一護、愛している!」
ルキアは、一護に抱き着いて離れかった。
一護も、ルキアを離そうとしなかった。
「ルキア、俺の永遠の恋人・・・俺が死ぬ間際まで、いてくれた」
「そうだ。そして死後も、貴様は私と一緒にいるはずだった」
「井上はどうなる?」
「さばかれることはないように、手配した。だが、もしもまた貴様に手をだすようななら、罪人として警邏隊に引き渡す」
「そうか・・・・ありがとな。井上に温情をかけてくれて」
一護は、ルキアの頭を撫でた。
思い返す。この細く小さな体を、いつも抱き締めていた。時に体を重ねた。
「ルキア、結婚しよう」
「一護?」
「もう、こんなことが起こらないうちに、結婚しよう。俺はお前を愛している。朽木家から出るのは嫌か?」
ルキアは、ポロポロと涙を流した。
「嫌なわけあるか・・・・このたわけが!」」
その年の年末、籍をいれて、式を挙げた。
石田と茶虎、それに他の隊長副隊長に、一護と縁のあった者のほとんどが出席してくれた。ただ、その中に井上の姿はなかった。
井上は、席官をやめて平隊士となり、皆に交じって生活をしはじめていた。
井上に思いを寄せる男性と、最近付き合いだしたとう噂を聞いて、一護もルキアも、ほっとした。
「朽木と縁続きになるのだ。くれぐれも、貴族社会に波をたてるな」
そう白哉に念押しをされた。
黒崎ルキアとなったルキアであるが、いつの間にか、一護は貴族に名を列ねていた。
かつでの5大貴族、志波家の末裔として。
屋敷も何もない名前だけの貴族であったが、貴族社会とはまぁ適当に付き合いつつ、一護とルキアのために建てられた屋敷で、二人は過ごすようになった。
「お前、白哉から愛されてるなぁ」
「兄様はとても優しいぞ?」
「あの白夜が、ここまで義妹のお前に骨抜きにされるとはなぁ」
「骨抜きではない。家族愛だ!」
「いや、それでも義妹の結婚のために、こんな立派な屋敷建ててくれるなんて・・・」
朽木家から、料理人やその他の家人を呼んであったので、生活は楽だった。
一護は、13番隊の副官にまで登りつめていた。
「なぁ、ルキア」
「なんだ?」
「許しもらえたら、現世に新婚旅行にいこうか」
「面白そうだな!行くぞ!」
白哉に願い出たが、断られるとばかり思っていたが、思ったよりあっさりと許可がおりた。
北海道へ、5泊6日の旅にでた。
ルキアを忘れた一護 井上の思い
結果、記憶が改竄された可能性が高いと言われた。いずれ月日がくれば、記憶を取り戻すかもしれないとも言われた。
「俺の記憶を改竄するような奴・・・・ルキアと愛し合っていた記憶を、忘れさせる奴・・・」
ふと思いついて、首を振る。
井上だった。
井上なら、ルキアと交際していた一護に薬か何かを使って、ルキアのことを忘れさせると、自分は井上のほうを見るに違いないと思って・・・・。
そこまで思考をして、やはりと首を振る。
「井上は優しくて大人しいやつだ。そんな大それたこと、するわけがない」
井上の館に帰宅すると、もう尸魂界にきて井上と暮らし出して2カ月になるので、いい加減籍をいれようという話になった。
少し戸惑ったが、承諾した。
「明日、井上と籍をいれることになっている」
上司であるルキアにそう話すと、ルキアは悲しそうな瞳で一言。
「そうか」
そして、決意する。井上から、一護を取り戻すことを。
「よし、今日は祝いだ。おごってやろう」
「まじかよ」
「上司がおごってやると言っておるのだ。しかも、私は4大貴族の姫君・・・お前の給料ではいけないような、高級料理店につれていってやろう」
「まじか!行く!」
高級料理店といわれて、一護は飛びついた。
おいしい料理を食べて、泥酔するまで酔った。
「私は、朽木ルキアだ・・・・覚えていないか、一護」
「んー。ルキア、愛してる」
「私のことを、思い出したのか!?」
「いいや、なんかルキアのことが好きだっていう思いだけが溢れてきて・・・・」
「そうか。あの宿で、休憩しよう」
ルキアの誘いに、一護は乗った。
そのまま、酒の勢いに任せて、二人は体を重ねた。
次の朝、平静に戻った一護は、ルキアに土下座した。
「すまねぇ。俺には井上がいるのに、あんたを抱いちまった。なんでもできることは言ってくれ。責任はとるから」
「そうか・・・・・・ならば、井上と籍を入れるのをやめろ」
「それは・・・」
「できぬのか?私を傷物にしておきながら・・・」
「わかった!ルキアの言う通りにするから!」
ルキアは、記憶を取り戻さなかった一護に落胆しながらも、ルキアを好きだという思いが溢れてきたとう言葉に、感動していた。
ゆっくりではあるが、確かに一護は、ルキアの存在を受け入れていっていた。
一護は、井上の館に帰宅すると、謝った。
ルキアと関係をもってしまったこと。ルキアとの約束で、籍が入れれえないこと。
井上は、珍しく激高して、一護の頬を叩いた。
「黒崎君はいつもそう!私を見ているようで、朽木さんばっかり見てる!朽木さんのこと、そんなに未だに好きなの!?」
「おい、なんだよその言葉。まるで、俺がお前を蔑ろにして、ルキアとできてたみたいな・・・・記憶の改竄・・・・・まさか、井上?お前が?」
「ち、違うの、黒崎君!これは混乱していて!」
「井上、どうなんだ!」
迫ると、井上は泣きながら逃げ出していった。
そのことを、ルキアに伝えた。
「なぁ。井上が、俺の記憶を改竄した可能性があるんだ。ルキア、あんたは気づいたか?」
「知っておった。井上が、貴様の中から私のことを消したのだと」
「ルキア!なんでそんなに平然といられるんだ!」
「仕方なかろう!お前の記憶を元に戻す方法が、可能性でしかないのだ!戻せるなら、とっくに戻しておる!」
ルキアは、ぼろぼろと涙を流しながら、一護に抱き着いていた。
「貴様の記憶が戻るなら、すにでその方法をとっている。泥酔するか、記憶が混濁した時しか、思い出す可能性がないのだと言われた。昨日貴様を泥酔させて、「ルキア、愛している」という言葉も聞けたし、私を抱いてくれた。だが、正気になったお前の中に、やはり私はいなかった・・・・・」
「井上が俺の記憶を改竄した確信が、あるのか?」
「ああ。浦原という男が、死後の記憶を一部欠落させる薬を、井上に売ったと白状した」
「そんな・・・俺の記憶は、戻らないのか?」
「分からぬ。一護、好きなのだ!貴様のことが、どうしようもないくらいに、好きなのだ!
「ルキア・・・・・」
一護は、ルキアを抱き締めていた。
「いちご?」
「記憶は戻ってないけど、ルキアを好きって感情は戻ったみたいだ」
「一護!」
ルキアに思いきり抱き着かれて、尻もちをつく。
「一護、一護、一護・・・・世界で、一番好きだ!」
「ルキア・・・俺も、好きだ」
一護は、ルキアから離れた。
「いちご?」
「ちょっと、井上と話つけてくるわ」
「一人で大丈夫なのか?」
「井上をああまで追い詰めたのは俺だ。俺に責任がある」
一護は、井上の霊圧を追った。
4番隊の隊舎の中で見つけて、無理やり手をとって、外に連れ出す。
「お前、だったんだな。俺の記憶改竄したの」
「黒崎君・・・・全部、黒崎君が悪いんだから!私がいながら、朽木さんと浮気するんだから!」
「それでも、人の記憶をいじっていいってことには、ならないだろ!」
一護が叫ぶと、びくっと、井上は身をちぢこませた。
「井上、悪いがもうお前と籍は入れれない。俺は、ルキアのことが好きだってことだけだけど、思い出した。お前とは、いられない」
「黒崎君のばかーーーー!」
泣きながら、力のこもらない手で殴ってくるのを、じっと受け止めていた。
ルキアを忘れた一護 ルキアの幻
「ルキア、愛してる」
「私もだ、一護・・・」
二人は、幸せそうだった。
その様子を、井上は涙を滲ませながら見ていた。
「私の、黒崎君なのに・・・・・」
浦原商店に向かい、死後に記憶の一部が欠如するという薬を購入した。頑張ってためたお金で、浦原に口止めをした。
「誰に使うんですか?」
「さぁ・・・・・・」
「薬の使い方間違えると、大変なことになりますよ。だから、相手に飲ませる時は少量にしてくださいねぇ」
「はい・・・・・」
井上は、ルキアにも一護にも、薬を飲ませた。
だが、ルキアが死ぬことはないので、意味はないだろう。
「井上・・・ごめん、俺やっぱお前と別れるわ。ルキアを好きなまま、お前と結婚したことに問題があったんだ」
「嫌だよ、黒崎君!私を捨てないで!」
「ごめんな、井上。この家は、お前にやるから」
「そんなのいらない!どこにもいかないで、黒崎君!」
井上は、泣きじゃくっていた。
「じゃあ、俺出ていくから・・・・・・」
ルキアと一緒に、黒崎家を出ていく一護。
「朽木さんのせいだ・・・・何もかも、朽木さんのせい・・・・・・」
全部、朽木ルキアが悪いのだと思った。せめて、死後は私の元にきてほしい。
浦原から、飲ませる時に強く念じれば、その相手を忘れるというから、ジュースに混ぜて飲ませる時に、朽木ルキアを忘れろと、怨念のように呪うように強く念じた。
「やっぱ俺、ルキアのことが忘れられない・・・・さよならだ、井上」
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「黒崎君!!行かないで!!!」
ばっと起きると、そこは席官クラスに与えられる井上の館だった。井上は、その特殊な治癒能力が買われて、4席だった。広くも狭くもないその館の寝室のベッドで、井上は寝ていた。
「夢・・・・・・」
隣には、一護が寝ていた。
「ふふ・・・今の黒崎君は、私だけのもの」
それは、狂気に似た思い。
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「よお、茶虎、石田」
「黒崎!?お前も死んで、死神になったのか!」
10番隊に配属されていた石田と、居酒屋で出会った。隣には、6番隊に配属された茶虎がいた。
「そういう石田こそ、滅却師のくせになんで死神なんかやってるんだ?」
「先の大戦で、滅却師は凄い怨みをかったからね。滅却師のままだと、尸魂界でも命が危うそうで・・・・・仕方なしに、死神になったのさ」
「俺は、力があるなら人のために役立てたい。だから、死神になった」
「茶虎は立派なのに、石田が死神になったのは、保身のためか」
「仕方ないだろう!」
「そうだな・・・なぁ、朽木ルキアって知ってるか?」
「はぁ?知ってるも何も、君の恋人じゃないか」
「そうだぞ、一護。尸魂界の反対を押し切って、付き合っていたじゃないか」
二人の言葉に、やはりルキアとの記憶だけが欠如しているのが不思議で仕方なかった。
「俺の中に、今ルキアの記憶がないんだ。ルキアのことだけ、忘れちまっている」
「おい、それはどういうことだ!」
石田が問いつめてくるが、魂葬をしたルキアに連れられて、尸魂界にやってきた時には、もうルキアのことだけを忘れていたのだと話した。
「誰かに脳をいじられたか・・・・何かの病気か・・・・・・」
「今度、4番隊と12番隊の隊長に診てもらうことになってる。まぁ、なるようになるさ。俺は13番隊の6席に配置されたんだ。今月分の給料が出たから、二人ともおごってやるよ」
そうやって、3人は現世にいた頃の他愛ない話に花を咲かせた。
「ここの酒、うまいな・・・・酔っちまった」
「ほどほどにしとけよ、黒崎」
「そうだぞ、一護」
「ルキア・・・・愛してる・・・・・」
ルキアの幻を見ていた。
アメジストの瞳でくるくる表情のかわるルキアを。
「おい、今、黒崎、ルキア愛してるって・・・」
「んー?なんかふわふわしてすっげー心地いい。ルキアのことは忘れちまったけど、なんかさっき一瞬ルキアの幻を見た気がする」
「黒崎、お前やっぱり、何かが原因で記憶が欠如してるんだ。4番隊に、早めに診てもらえ!」
「うーん。まぁ、また今度な。じゃあ、俺帰るわ・・・・・」
ふらつきながらも、一護は井上の館に帰ってきた。
「黒崎君、酔ってるの?」
「ルキア、好きだぜ・・・・」
「黒崎君、私を見て!
「んー?井上・・・・?」
「そう、私は井上織姫。あなたの妻で、あなたは私の夫。朽木ルキアのことは、全て忘れなさい」
浦原から、薬の欠点を教えられていた。泥酔したり、記憶が混濁すると、思い出す可能性があると。今まさに、一護は泥酔していて、ルキアのことを思い出しかけていた。
もしも思い出しかけた時には、忘れさせたい者の名を強く思い、言いきかせること。
「井上・・・・俺が愛してるのは、井上だけだ・・・・・」
「嬉しい、黒崎君」
その日、二人は体を重ね合った。
そのことを、翌日に13番隊の執務室で一護から聞いたルキアは、茫然となった。
「そうか・・井上と・・・・」
「ルキア、俺のことは忘れろよ。恋次とやり直すのはどうだ?」
「一護・・・・私には、貴様しかいないのだ。愛している、一護・・・・」
「やめてくれ!俺は井上を愛してるんだ。洗脳するみたいな言い方は止めてくれ!」
「洗脳・・・・まさか!」
まさかと思い、浦原の店を訪ねた。
そこで、数十年前に、確かに井上に死後の記憶を欠如させる薬を、井上に売ったと聞き出した。
だが、薬の解毒薬はなく、泥酔したり意識が混濁すると思い出しそうになるくらいで、根本的な解決法はないとの、ことだった。
ルキアを忘れた一護 13番隊への所属
籍はまだ入れいないが、そのうち入れて結婚式を挙げるつもりだった。
井上に話を聞くと、石田も茶虎も他界していて、尸魂界にきても現世の記憶があって、真央霊術院に進み、死神となったそうだ。
それぞれ、茶虎は6番隊に、石田は10番隊に配属されているそうだ。
石田は滅却師であるから、死神になるのは始め反対していたのだが、滅却師をそのまま放置するわけにもいかないという尸魂界の掟にのっとり、仕方なく死神になったらしい。
「石田に茶虎かー。懐かしいなぁ。今度会いに行こうかな」
「ねぇねぇ、黒崎君はもう死神だけど、隊首会に呼ばれてるんでしょ?」
「え、ああ。京楽さんが、尸魂界の恩人がやってきたーってめっちゃ嬉しそうだった。今日の午後から、隊首会に出る。俺はどこに配属されるんだろうな・・・井上と同じ4番隊がいいけど、俺には治癒能力とかないからな」
やがて、一護は隊首会に呼ばれた。
大戦を経験した後からもう65年以上はたっているので、その当時の隊長副隊長とは違う面子もいた。
「知らない子には紹介しておこう。この子が、黒崎一護君。尸魂界を二度にわたって救ってくれた英雄だよ」
「いや、京楽さん、俺はそんなんじゃないから」
照れながら、一護が笑う。
「そうだねぇ・・・・ルキアちゃんと仲がよいから、13番隊に配属しよう」
「あの京楽さん」
「ん、どうしたんだい?」
「俺には、その朽木ルキアさんに関する記憶がないんだ。なんでか知らないけど・・・覚えてないんだ。白夜のことは分かるが、朽木ルキアさんのことが全然記憶にない」
「それは本当なの?」
京楽の問いかけに、皆同じ思いだった。
「あんだけ朽木と仲良かったじゃないか!」
日番谷がそう言い、白哉が眉根を寄せた。
「あんなに愛し合っていたであろう・・・・」
「いや、まじで記憶がないんだ。なぁ、朽木ルキアさん」
「まず、その朽木ルキアさんという言い方をやめろ。ルキアでいい」
「じゃあ、ルキア」
ルキアは、皆の視線を集めたが、なんとか冷静を保っていた。
「一護の中に私に関する記憶がないのは本当だ。何故かは分からぬが・・・とにかく、一護には私のことを思い出してもらいたい。13番隊の配属で問題ないなら、13番隊へ」
「そういうことなら、13番隊へは必須事項だね。黒崎一護君には、そのうち4場隊と12番隊の隊長に診てもらうことにしよう」
「げ、涅マユリに!?」
「げ、とはなんなんだネ!失礼な小僧だ。私は12番隊隊長だ。今の君より身分が上であることを、忘れないでくれたまえヨ」
涅マユリは、不機嫌そうだった。その毒々しい姿は、相変わらずだった。
「では、13番隊の空いているのは・・・6席だったか」
「はい、京楽総隊長」
「では、ここに黒崎一護君、君を13番隊の6席に任命するものとする」
「じゃあ、俺の上司はルキアさん・・・・じゃなくって、ルキア?」
「そうだ。貴様は卍解も使えるだろうし、戦闘では問題ないだろうが、普段の死神の業務を覚えてもらう。何せ、真央霊術院に通っていないのだ。死神として知識をつけてもらわねば」
「わーったよ」
一護は、ぶっきらぼうに言った。
また、ズキリとルキアの心が泣き出した。
ルキアのことを忘れたといって、尸魂界にやってきて、もう1週間になる。
その間に、一護は井上にとられてしまっていた。
だが、今のルキアに二人の仲を切り裂く権限はない。一護は、とても幸せそうな顔をしていたのだ。それは本来、ルキアに向けられるべき表情であった。
「では、明日から9時前には13番隊の隊舎にくるように」
「わーったよ、ルキア」
「貴様・・・井上の家に、一緒にずっと住んでいるのか?」
「ああ、そうだぜ。今度、籍をいれることになっている」
「そうか・・・・・」
ルキアは、拳を握りしめた。
泣いてはいけない。ここでまた泣いたら、一護に変に思われる。
「ルキア」
「なんだ」
「なんだかなー。昔、こうやってあんたの名前を呼んでた気がするんだ」
「それは、気がするではなく、実際に呼んでいたのだ。私と貴様は、貴様が他界する少し前まで、時折一緒に過ごしていた」
「うーん。実感がわかねぇ。まぁ、今日のところは井上の家に帰るわ。結婚式にはルキアも呼ぶからきてくれよ。俺の隊長さん」
去っていった一護に、ぽたりぽたりと、涙が零れていく。
「貴様の、結婚式を見届けろと・・・そんな残酷なことを、貴様は平気でいうのだな・・・」
ああ、黒崎一護を愛するんじゃなかった。そう思ったが、もはや愛してしまったものは仕方ないのだ。
体の関係まであった。
かなりディープな関係だったと思う。
「一護・・・貴様が、恋しいよ・・・・」
ぽたりぽたりと、滴っていく涙は、当分の間止まりそうになかった。
ルキアを忘れた一護 一護の他界
老衰だった。85歳で他界した。
一護は、一度井上と結婚したが、離婚していた。
原因は、ルキアの存在だった。
時折、ルキアが来ては、二人は体を重ね合った。
その現場をついに見られてしまい、井上は拒絶したが一方的に、離婚を切り出した。
二人の間には、子はできなかった。
井上は、一護より先に他界していて、現世の記憶をもったまま、死神となるための真央霊術院を2年で卒業し、4番隊に配属されていた。
ルキアも、恋次と婚姻しそうになったが、結局断った。
一護と密通を重ねる自分の、その性根の悪さに自分でもほとほと困りながらも、一護への思いを絶つことはできなかった。
「ルキア・・・・大好きだ」
「私もだ、一護」
その関係は、一護が他界して尸魂界に魂がやってきても、続くと思われた。
ルキアが、一護の魂葬を行った。
尸魂界に来ると、一護はぽかんとしていた。17歳の頃の姿を保っていた。
「ここどこだ?あんた誰だ?」
はじめ、ただ混乱しているのかと思った。
「ここは尸魂界。お前は黒崎一護だ。そして私は朽木ルキア」
「ルキア?どこかで聞き覚えが・・・・いや、知らないな」
「貴様、現世での記憶がないのか!」
ルキアが、まさかと声をあげる。魂葬は、本来現世の記憶を忘れさせるもの。そのせいかと思った。
「あるぜ。井上が好きで、井上と結婚した。死神代行もしていた。でも、俺はなんで、大切な井上と離婚したんだろう」
一護の中から、ルキアの存在だけがすっぽりと抜けていた。
「貴様、本当に、私が分からぬのか!?」
「朽木ルキアさんだろ」
「朽木ルキアさん・・・・・だと・・・・・」
ポロポロと、ルキアは涙を零した。
今まで、約70年間、老衰する間際までルキアと一緒にいたのに。
ルキアはこんなにも一護をのことを思っているのに。
一護には、現世の記憶があるのに。
ルキアのことだけが、一護の中から消え失せていた。
「なぁ、何泣いてるんだ?」
「たわけ・・・私のことを、あんなに愛しているといったではないか・・・」
「え」
一護は固まった。
「俺が、朽木ルキアさんを?」
「そうだ、思い出せ!」
「うーん。だめだ、全然記憶がない。あんたの、思い違いじゃないか。俺は85で老衰して死んだけど、独り身だったし」
正確には、老衰して死ぬ間際まで、ルキアに見守れていた。
一護が老いていく姿を悲しくもありながら、それでも魂魄が尸魂界にくれば、もう一護またやり直せるのだと思っていた。
石田も茶虎も死んだ。
みんな、現世の記憶を持っていた。そのまま真央霊術院を卒業し、死神になっていた。
だから、一護も当たり前のように現世の記憶があるのだと思っていた。
実際にあった。
でも、肝心のルキアのことだけを忘れてしまっていた。
「一護・・・大好きだ」
抱き締められて、一護は戸惑う。
「ごめん、俺には井上がいるから・・・・・」
それは、一護が井上に言った言葉と似ていた。
俺にはルキアがいるから。そう言って、井上と離婚したのだ。
「一護、いちごおおおおおおおお」
一護は、戸惑いつつもルキアの頭を撫でた。
「何かしらねぇけど、俺のことが好きなんだな」
「そうだ。一護、もう一度私を好きになれ!」
「俺には、井上がいるから」
「私は諦めない、一護。必ず、貴様の記憶を取り戻させて見せる。もう一度私のことを愛していると言ってみせる」
ルキアは泣きながら、去っていく一護の姿を見送った。
4番隊で、井上が死神として働いているのを知って、一護は井上に会いに行った。
「井上!」
「え、黒崎君!?」
「井上、俺はお前を愛していたのに、何故お前のと離婚しちまったんだろう」
「朽木さんは?」
「ああ、朽木ルキアさんか。なんか俺のこと愛してるとか言って泣いてたけど、記憶にないし、俺もよくわからねぇ」
「朽木さんの、記憶、ないんだ」
井上は、ニヤリと笑った。
それは、井上の罠。浦原商店で買いこんだ、死後の記憶が塗り替えられるという薬を、離婚の直前に一護に飲ませていたのだ。
こんなものが本当に効くのかと思っていたが、効いたようだった。
「おかえりなさい、黒崎君。黒崎君も、真央霊術院に行って、一緒に死神になろう。そしてまた、私と結婚しよう」
「ああ、そうだな井上・・・・」
二人のその姿を見て、ルキアはショックのあまり言葉を失っていた。それから、ぽつりと呟く。
「一護・・・本当に、私のことを忘れてしまったのだな・・・・・」
それいけ一護君 久しぶりの現世
「現世・・・俺もいっていいのか?・・・」
「死神として、立派に暮らしていると知れば、残されていった者たちも安堵するであろう」
「俺が行ってもいいなら、行きたい」
現世に残してきた者達に別れの言葉すら、告げられなかった。だが、ルキアと結婚するにあたり、現世の家族や友人に連絡を入れた。
死神として生きていると。
結婚式当日は、井上、茶虎、石田もきてくれた。
子供を庇ってトラックにはねられて死亡とか、まるで漫画のような展開だった。でも、それが一護の死因であって。
瞬歩なりなんなり使って、助ければよかったのだが、生憎死神化していなかったので、生身の肉体で庇うのには限界があった。それでも、鍛え上げられた一護なら大丈夫と、誰しもが思った。救急車で搬送されていく一護に付き添った、双子の妹に親父である一心には、虚しくご臨終ですと告げられて、集まった井上、石田、茶虎にもそれは伝えらえれた。
「そんな・・・黒崎君・・・うわあああああああん」
あの時の、井上の悲痛な叫びを、魂魄の状態で聞いていた。
すぐにルキアが魂葬を行ったが、普通は前世の記憶は失うはずなのに、一護は死神代行であったせいか、現世の記憶をもったまま尸魂界にやってきた。
そのまま、死神のことを何も知らないとのことで、真央霊術院にいれられて半年で卒号し、13番隊の副隊長になった。
今では、少しだが鬼道も使える。
命中すれば威力がでかいが、よく自爆した。恋次といい勝負だ。
朽木邸で、現世にいくのはあさってからだと告げられて、少しわくわくしていた。
次の日は、普通に仕事をこなした。13番隊の副隊長として、平隊士たちに稽古をつけて、席官クラスにも稽古をつけた。
「さすが朽木副隊長・・・・・」
そう言われて、何かむず痒かった。
黒崎と呼ばれ慣れていたせいか、今になっても朽木一護という名前がしっくりこなかった。
白哉から、白哉が頭につけている牽星箝をするために、髪を伸ばせと言われていたが、そんな気はさらさらなかった。
牽星箝などつけるものかと、反抗した。
極度のシスコンの白哉とは、うまくいっていないのかいっているのか分からない状態で。極度のブラコンのルキアは、一護のことを大切してくれるが、よく放りだして白哉の方へ行く。
まぁ、それにも慣れた。
次の日になり、一護は空座町にルキアと共にやってきた。
ルキアは浦原に用があると、先に一護に家族に会って来いと言われて、恐る恐るではあるが、黒崎医院とかかれた自宅のドアをあける。
念のため、義骸に入っていた。
「え、一兄!?」
夏梨が、驚いた声をあげた。
「え、お兄ちゃん!?生き返ったって本当なの!?」
そう言われて、どう説明すればいい分からずにいると、一心が一護の頭をぐりぐりしだした。
「いってーな!」
「その様子だと、死神としてうまくいってるらしいな」
「そうだよ。なんか文句あるか!」
「なんでもねーよ。だが、親より先に死ぬ息子なんて、情けない!真咲が泣いているぞ!」
リビングルームにある真咲の写真の隣に、小さく一護の写真が飾られてあった。
「この扱いの差、なんなんだよ!」
「だって一兄は生きてるんでしょ?死神として」
「まぁ、そうだけど・・・・・」
家族でなんだかんだと、今の状態を話すと、一心が「ルキアちゃんはやっぱ四大貴族だったのか」と、溜息をついた。
「お前、ルキアちゃんとその家族とは、うまくいってるのか?」
「まぁ、ぼちぼちな」
1時間ほど話あって、次に井上と石田のところに訪れた。二人は今付き合っているらしく、石田の一人暮らしの家に、井上が転がりこんできた形となっている。
「黒崎君、久し振り。朽木さんとは、うまくいってる?」
「黒崎、まさか朽木さんを泣かせはいないだろうな?」
「ルキアとはうまくやってるよ。ただ、ルキアの兄貴とちょっとうまくいってないけど」
「朽木白哉だったっけ?」
石田の言葉に頷く。
「そうだ、石田、ぬいぐるみ作れるか?」
「そんなもの、すぐに作れる」
「じゃあわかめ大使の・・・こういうぬいぐるみを作ってほしい」
もっていたハンカチが、わかめ大使の柄付きだった。
「30分待て。すぐ作る」
30分が経過する頃には、見事なわかめ大使のぬいぐるみができあがっていた。
「石田、相変わらず裁縫の腕がいいな」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
「茶虎は、何処にいるか知らないか?」
「今、ボクシングの世界ツアーに参加してて、私たちもどこにいるかしらないの」
「そっか・・・・・」
茶虎にはメールを送っておいた。
合流する時間になり、一護は石田と井上に礼をいって、またそのうち会いにくると約束して、空座町の真上にきた。
「たわけ、遅いぞ一護。強いという虚も、私一人で退治してしまったではないか。む、なんだそれは!けしからん、わかめ大使のぬいぐるみではないか!」
ルキアがとろうとするが、身長差があすぎて無理だった。
「これは、白哉への土産だ。石田に作ってもらった」
「むう、石田に頼めばチャッピーのぬいぐるみも、作ってくれるであろうか」
「メールで頼んでみろよ。これ、石田のメルアド」
ルキアは、早速石田にメールをした。
「作ってくれるそうだ!資料を送らねばな」
るんるん気分のルキアを抱き寄せる。
「一護?」
「やっぱ、死神になって正解だわ。ルキアの傍にいられないとか、精神的にも物理的にも無理だわ」
ルキアは、キスをされていた。
「うん・・・・んう」
「ルキア、好きだ・・・・・」
「一護、私もだ・・・・・」
抱き締めあって、尸魂界へと続く穿界門をくぐる。
名残惜しいが、死神が人間と関わるのは極力避けるべきなのだ。
朽木邸に戻ると、ちょうど夕飯の時間だった。
「これやるよ、白哉」
白哉にわかめ大使のぬいぐるみを渡すと、白哉は固まった。
「兄は・・・・これを、何処で手にいれた?」
「石田っていう、現世の友達に作ってもらたんだ。あんたも知ってるだろう?滅却師の石田だ」
「なんという芸術的なセンス・・・・まさにこれは至上の美だ」
あ、やべ。
白哉のスイッチおしちゃった。
「清家」
「はっ」
「すぐに腕のいい裁縫士たちを集めて、このぬいぐるみを大量生産するのだ」
「御意」
「おい、白哉そんなぬいぐるみをたくさん作って、どうするんだだよ!」
「わかめ大使博物館をつくる」
「いいですね、兄様!チャッピーの部屋も用意してもらっていいですか!?」
きらきらした目で見られて、白哉もすぐに快諾した。
「わかめ大使&チャッピー大使館をつくるぞ、一護!石田を拉致してこい」
「あんたら・・・・・アホだろ。石田をそんなことのため拉致とかできるかよ!」
「アホとはなんだ!アホというほうがアホなのだ!」
「いいや、アホなのはお前らだ」
「一護、このたわけ!兄様の崇高なる思いを理解できぬ凡人が!」
「凡人でけっこう!」
一護は、飯をさっさと食い終わって、湯浴みをして寝てしまった。
夜遅くまで、白哉とルキアはわかめ大使がどうのチャッピーがどうのと、意見を出し合っていた。
数日後、ルキアの腕の中に、石田に作ってもらったとおぼしきチャッピーのぬいぐるみがあった。
そして、瀞霊廷のど真ん中の土地を買い、本当にわかめ大使&ちゃっぴーの博物館を作ってしまったのだ。
見学人は、ほとんど零で、ほどなく閉館するのであった。